GSエルリック極楽大作戦!『JRで会いましょう』編 






 3時限目の授業も中盤に差し掛かると、ダレが入ってくる。

「…というわけで室町幕府も中期に入ると、南北朝の動乱を経て戦国時代へ至る歴史的大転機に当たるわけだ。…聞いているか!ロックベル!」
「ふぁい」
 この時間いつもは夢の中の女生徒は、ウィンナを口に箸を片手に返事をする。
「まだ4月とはいえ受験生が早弁とはいい度胸だ。さて、ロックベル。源頼朝が幕府を開いたのは1185年のことだが、そのころ書かれた文学を2つあげよ」
 前回の授業を真面目に聞いてれば分かるはずだ。
「えっと、方丈記とー…。平家物語? です」
 案の定、ウィンリイは答えてくる。
 ちっ!
「正解だ、続きを食べて良し!」
 その時間の彼女はやっぱり寝ていたはずだが、正解なら仕方ない。次のターゲットはと教室を見回し、ガックリ肩を落としてしまう。
「エルリック!頼むから俺の授業の内職に、仕事用の札を仕込むな!」
 普通の公立中なのに、何故かこの学校には変り種が事欠かない。教員然り、生徒然り。
 …いや感覚の共有がある分、教師のほうがまだマシか。
(ったく、この新人類め)
 自分の学生時代を振り返れば授業中に漫画を読む、メールを打つぐらいはやったものだ。
 エネルギーを持て余している若い奴らが机の前に縛られれば、居眠り早弁、教科書落書き、やりたい気持ちはよくわかる。ペナルティを受ける覚悟があれば、勘弁してやらないことはない。
 しかし天才錬金術師と誉れの高いこの生徒は、コピー用紙に筆ペンで除霊道具の量産に入っていた。
 教科書ノートは机下に仕舞われ、その表情は真剣そのもの。だからサボりが良くわかる。
「聞いているのかエルリック!」
 これが世代の断絶というものか。
 ふっとアンニュイになった時。
「あっ!」
 妙に焦った声がエドワードの口から漏れた。
「ちょっと待って先生!今、話しかけられると霊力が漏れる!」
 ぎっくん。
 教室の空気が冷たく凍る。
 外見に似合わずエドワードの霊力は凄まじく強い。12歳で並み居るライバルを蹴倒して、GS試験を主席合格している猛者だ。
 札に封じ込める用に凝縮された高圧の霊力。そんなんが教室で漏れでもしたら…。
 言うまでもない大惨事だ。
(…………っ!)
 水を打ったよう静まり返った教室に、エドワードが筆をすべらせる音だけがサラサラ流れる。

 そして待つこと30秒。
「終わったか?」
 ほうと零れた溜め息に、満を持してようよう尋ねる。
「…っと、お待たせしました?」
 てへっ。
「野郎が可愛く首を傾げるな」
 一学年下の弟ぶりっこをして誤魔化そうとする少年の頭を、ゲンコで軽くハタいておく。
 校内暴力で訴えられても、今なら裁判で勝つ自信がある。
 本人も出てくる文句はないらしく、痛む患部を黙って押さえた。
「参考までに聞かせてもらうが、どれぐらいの威力の破魔札を仕込んでいたんだ?」
 聞いたのは純粋に好奇心からだ。
 生徒にGSが居るっていうんで調べたが、正規の場に出ている破魔札や吸引護符の流通は、素人目にも分かりやすく値段が高いほど威力も強いように作られているらしい。
 エドワードが授業中に内職しているのは今に始まったことじゃないが、失敗しかけた姿を見たのは初めてだ。
「ええと、一億円くらい…かな? ……っていっても自分で使う用で出荷するわけじゃないから、コレの値段はないに等しいけど」

 いちおくえん!
 そんなん、悪霊どころか人間だって吹っ飛ぶわ!
 ええい、この人間兵器め!
「んな危険なブツを教室で作るな!」
 しかも職員室からガメてきた薄っぺらいコピー用紙と購買部割引95円の筆ペンで!

「だって先生、昨日の除霊で札の大物使っちゃったから早めに補充しとかないとヤバいんだよー!」
 今夜も一件入っているし!
 先生の御説はごもっとも。しかし危険な仕事に従事する、勤労学生の訴えは切実だ。
 前述のように良い除霊道具は滅法お高い。エドワードが大人に混じってGSとして活躍できるのは、使用頻度の多い消耗品を自分で生成できるからだ。
「……わかった。爆発しないものは作っててよし」
 教師側としても内職を禁じたのが原因で道具が足りず、このちびっ子に怪我でもされたら目覚めが悪い。これは自分の生徒だが、プロのGSでもあるのだ。
「まあ、その前にエルリック。ここからは学生の本分、問題だ。寛政の改革の選定者と改革の内容を述べよ」
「先生、酷っ!江戸時代はまだやってないのにっ」
 エドワードはガタガタ机を鳴らして抗議するが、自業自得のクラスメイトを助ける者はいない。
 うむ。これぞ教師の醍醐味だ。
「お、そこまでは分かったか。感心感心。それに免じて簡単でいいぞー」
 低く唸った金髪頭は、それでも思い出す目付きになった。
「寛政の改革だろー? ……確か11代将軍徳川家斉の老中松平定信が行なった行政の見直しでー。えーっと内容は…質素倹約。出稼ぎ農民を農地に帰すのと。寛政異学の禁。囲米の制。…あ、あと棄損令の実施とかもあった!…で、合っている?」
 多少自信なさげでも正解を答えてくるのが、この生徒の可愛くないところだ。
「おっし良く出来ました。ちなみに寛政の改革の結果はなー。一時的に収入が増えたり、身分の秩序や乱れた世が引き締められたり、幕府の政治のクリーン化が起きたりしたんだが。あんまりお上の締め付けがキッツかったもんでそれに対抗するため商人が結束して力を溜めたり、町民や農民の反感は大きくなるわで幕府の立て直しにはあんまり役には立たずで結局は6年の短さで失敗に終わったわけだ。……先生も『白河の 清きに魚も 住みかねて もとのにごりの 田沼恋しき』とか歌われるのはヤダからあんまり五月蝿く締め付けんけど、ある程度は自重しとけよ、エルリック」



 たたん・たたん。
 時は夕暮れ。
 電車の規則正しい音は、特有の眠気を誘われる。
「結局その一言注意でお咎めなし? 眼鏡先生も粋ってゆーか、単に面倒臭がりってゆーか。ヨキ先生なら、滅茶苦茶に五月蝿いよ。きっと?」
「おー。今年は神経太くて、いい担任に当たったよなー…あれ? お前はとこはナマズ髭だったっけ?」
 ナマズ髭の愛称で親しまれている名物教師は外野で観察する分には愉快だが、直接教わるのはやっかいな相手だ。
「それも楽しそうだけどね。ウチは技術・家庭のホーリング先生。それにヨキ先生がクラス担任になったら速攻胃潰瘍で入院しちゃうだろうし」
「そっか、アルお前またラッセルと同じ組か。…問題児・危険物は固めておけってことだよな!」
「なるほど兄さんもウィンリイと一緒の組だものね」
「……やめよう。不毛だ」
「…うん、了解」
 先頭車両の中には兄弟の他には人影がない。
 正・副運転士は電車の運行の為に仕方なく乗り込んでもらっているが、それだけだ。

 今日のGSのお仕事先はJR。
 通勤電車に取り付いた、悪霊の撤去作業がお役目だ。
 それにしても。
「夕方の電車丸々貸切ってゴージャスじゃね?」
「仕事じゃなきゃ、もうこんなことないだろうねえ」
 所詮は庶民の兄弟はしみじみと相槌をうつ。

 さて。
 兄弟の除霊における仕事着は、ソフトフォーマルにも見えるがその実、動きやすくて汚れが目立たぬチョイスの黒の上下。
 特殊ゴムで裏打ちしたのは厚底ブーツ。
 羽織ったコートは織姫謹製・防霊仕様。
 背に鮮やかに、染め抜かれし紋はフラメル。それはイズミ・カーティスの弟子であることを、誇りとする無言の名乗りだ。
 座席の上に置いてあった『見鬼くん』の反応に、頃合を図ったエドワードは仕上げとばかりに白手袋を指に嵌める。
「火蜥蜴のパクリつーのも気にくわねえけど」
 手袋は腐れ縁の錬金術師の物真似だ。
「咄嗟の時には便利だもん。これもユニバーサルデザインっていうのかな?」
「いや、それは違うだろ弟よ」
 白い手袋に白い刺繍では目立たないが、それには細かくびっしりと、夥しい数の錬成陣が描かれてある。おかげで縫い物の腕は上達したが、作成するのは大変な代物だった。
 じっと手を見る。
「…なあ、銀のじいさまみたく墨を入れたら格好よくね?」
「やめてよね!そんなことしたら母さんが泣くよ!」
 アルフォンスにピシャリと叱られてエドワードは口を尖らせた。

 しかしながらタイムリミット。
 余分なお喋りしている時間は終りだ。
「来たな」
「やっぱり、外だね。…絡んでいる」
 アルフォンスは窓の外に視線を流す。
「エサを乗せた電車が走らんと出てこない悪霊なんて我侭だな」
「実体化してないだけマシじゃない?」
 いってらっしゃいと手を振られて、エドワードは顔をしかめた。
「畜生!やっぱり行くのはオレかよ!」
「甘えないでよ、GSエドワード・エルリック?」
「ああ、わかったよ。GS『見習い』アルフォンス・エルリック」
「うっわー!やっぱソレ、腹立つ!」
『キケケケケケ!』
 窓の外では溶解してアメーバ状の塊になった悪霊群が車体にねっとり纏いつき、おサイケなことになっている。
「…っげー、ゲトゲト。触りたくねえ」
 文句を垂れつつ、エドワードはどっかり床に座り込んだ。
 ひとつ息を吸い込み目を閉じる。
 幽体離脱だ。

 エルリック兄弟の師匠は容赦なく厳しい人だったので、幽体離脱の訓練に『チーズ餡シメ鯖バーガー(別名・幽体離脱バーガー。一般人でも一口で幽体離脱してしまうほど不味い食べ物)』なんて使用させてはくれなかった。
「自力で幽体離脱。やれきなゃ幽体離脱棒(つまり、ただのバットでぶん殴る)を使うからな?」
 危機感を煽られれば、人間出来ることが増えるものだ。
 閑話休題。

『オレの体よろしく』
 エドワードの幽体はそれだけを言い置きするりと壁抜けして、走行中の電車から出ていった。
 念のため。アルフォンスは一見ただ眠っているだけのような兄の身体に、ロープと注連縄の簡易結界を張っておく。
(んー…。電車の中じゃ破魔札使うのは不味いか)
 やっぱりこれか。
 アルフォンスは腰の裏側に装備した、神通棍を引き抜いた。
 キィン!
 柄に内蔵されている精霊石が持ち主の霊力に反応して、光の刃を作り上げる。その姿は(色は青ではなかったが)某スペオペ大作のライト○イバーを思い起こさせる…ていうか、まんまソレだ。

 ちなみに悪鬼悪霊を払う能力は、基本霊力×(強気+自信)で=とされる。気の弱い者はいくら霊力が高くてもぺっぽこぴーだったりするのだ。
 したがって。
 げちょげちょのべろべろのぐちゃぐちゃに脹れ上がった悪霊団を、幽体の素手でがっしり掴み電車の中まで引きずりこんできたエドワードは瘴気に犯されることもなく元気いっぱいだった。
『ぎゃー、触るの気持ち悪ー!』
 ただし思うところはあったらしく盛大に喚いている。
「兄さん、放して!」
『あいよっ!』
「ていっ!」
 大きく振りかぶって痛恨の一撃!
 ぺっと床の上に落ちた悪霊を、アルフォンスは最大霊力を込めた神通棍でしばき倒す。
『みぎゃー!』
 核を打ち抜かれ小さく縮んだ物体]を、厚底ブーツで(この為だ!)踏みつけて固定する。
 苦痛にのたうつ悪霊に、アルフォンスは吸引護符を開いて脅した。
「何か遺言を残すことがあるんだったら、暴れないで下さいねー。これ以上おイタをすると吸引して焚き上げしちゃいますよー?」
「よっ。女王様!」
 持つべきものは出来のいい弟。
 速攻でボディに戻ったエドワードは、もう出る幕がなさそうなので野次を飛ばした。
「もー茶々を入れないでよ兄さん!一応、余裕がある時は、死者の言葉を聞いてあげるのが霊能者の嗜みってやつでしょう!?」
「……だって、お前の一閃でソイツほとんど空中分解しちゃってるし…」
「あ」
 電車に取り憑いていた、男子中学生に痴漢を働きそれが世間に露見し職を追われ首吊り自殺をした45歳独身男性元公務員(長いですが、一気にどうぞ!)の霊体は今、まさに消え失せようとしている。
「とりあえず、簡単に成仏させるのもシャクだねえ……」
 仕事が楽なのは助かるけどさ。

 アルフォンスがいつまでも死者に鞭うつように靴の底でニジっているので、エドワードはふと疑惑を抱く。
 弟は、兄より他者に寛容な性質だ。
「今日は珍しく辛辣ですのねアルフォンスさん」
「……男の痴漢はそろそろ絶滅するべきだと思いますのよエドワードさん」
(なんだかなあ)
「女の痴漢は?」
「えっと、されたら嬉しいよね?」
 疑問系で答えるあたり、されたのですか弟よ。
 ここら辺の質問は、突っ込んだら聞きたくない答えが返ってきそうだ。
 エドワードは逃げをうつ。
「あー…。ひとまず吸引して証拠物件として引き渡すか?」
 後は迷惑を掛けられた依頼主に煮るなり焼くなり好きにしてもらうということで。
「そだね」
 きゅぽん。
 微妙な雰囲気の中、悪霊は護符の中に吸い込まれた。

 つまりは、そういうことになった。



 次回GSエルリック極楽大作戦!
『生まれる前から愛してましたっ!(仮題)』
 純情愛情過剰に異常!ハイデリヒの青春はどっちだ!?
 乞うご期待!
(嘘です。すみません、すみません)



2005,10,7

 眼鏡先生のビジュアルは、まんまスカー兄です。
 ……中学校の先生ってみんなあだ名をつけられますよねvって彼の名前を知らないだけですが。  きっと小動物のお医者さんな、顔のおっかない弟とかがいるんだよー…(←言いたいことはそれだけか)。









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