GSエルリック極楽大作戦!(事前学習編) 






 カーン…。
 遠くで鐘の音が聞こえた。
 お家にお帰りと鳴り響く金属音は、澄んでうつくしいのにどこか寂しい。
 真新しい墓石の前には、白い花輪が置かれている。
 おかあさんが、好きだった花だ。
 小さくて地味だけど、とてもいい香りがする。昨日までつややかに瑞々しかった花弁は、端のほうから穏やかに枯れて変色を始めていた。
 そんないつもなら気にも留めなかったささやか事が、つんと胸の奥を痛ませる。
「おかあさん」
 アルフォンスの呟きに、エドワードは膝小僧に顔を埋めた。
 目の奥がじんわりと熱っせられて、胸の奥で呼吸が止まる。
 横から、聞こえてくるのはすすり泣き。
 いやだよ、こんなのいやだ。
 抱きしめて、キスをして。
(エドもアルも泣き虫さんね。ほら男の子でしょう?)
 ウィンリイちゃんに笑われるわよ。
 いつものように優しく叱って。

『日が暮れるわ。もう、家に帰らなくちゃダメよ』

 そう、こんな風に。

 ……がばっ!
 兄弟は涙も拭かず顔を上げた。眼をまん丸にひん剥いて、同じ方角を凝視する。
 空耳? …いや、違う!
 エドワードとアルフォンスの正面。
 墓石の10センチほど上にふんわり浮かび、居心地悪く微笑んでいるその人は。

「「おかあさん!?」」

 なんでいるの!?
 2人の声が仲良くハモる。

『ごめんなさい、お母さん、ちょっぴりあの世に逝きそびれちゃったみたい…』

 ぱっかり口を開けて固まってしまった我が子たちに、トリシャ・エルリックは首を傾げた。



 いきなりナンの話ですか?
 鋼じゃないの?  そうお困りの皆さまへ。

 突然ですが、説明しよう!

 古来より我が国、秋津島は世界に冠する呪術国家だった。
 そんなわけでのお約束。
『幽霊は、1人見かけたら30人』
 これは霊の存在が科学的に認知され、除霊を請け負う職業がポピュラーになった今日の日本の常識である。
 …でも。茶羽の悪魔並みに野良幽霊が繁殖してたら、生きているヒトたちは大迷惑じゃないかって?
 おっと良い質問だね、お嬢さん!
 もちろん仰る通りつーもんだ!てやんでぃっ!
 パパンっ!(ハリセンの音)

 仮に善良なゴーストが相手なら、お友だちになれるかもしれない。
 そんなケースもあるだろう。
 しかしヤツらの多くは未練や怨念・心残りで悪霊堕ちした、ある意味ガッツ溢れる困ったちゃんたちだ。
 何ていっても相手は死人。
 生者のほうがやっぱり大切。これ基本。
 咎なくして祟られたり取り憑かれたりしては、霊的抵抗力の薄い一般人にはたまったものじゃあない迷惑だ。

 そんなアナタが困った時!
 しつこい悪霊汚れをキレイに掃除してくれる始末人にして、命知らずの冒険野郎ども!
 それがGS(ゴースト・スィーパー)だっ!

 日本中がバブル景気に沸きあがり、地価高騰が天井知らずになったころ。
 GSという職業はは高額納税者長者番付にお馴染みの顔となったから、ちょっと幽霊と縁が薄いわというアナタでも聞いたことはあるだろうこのセリフ。
『そう!この日本にもはや幽霊を住まわせる土地などないのだ!』
 ……。
 …………?
 ええっ?
 泡経済が弾けた現在に、そのキャッチコピーが使われていることは相応しくないって?
 いやいや、諸君。決っして、そんなことはない!
 とくと考えてみてご覧なさい。
 霊障が多く起きるのは、人が多く死んだ場所。トドのつまりは人がたくさん住んでいる場所なのだからして、放置しておけば何らかの差支えがあるんだなあ、またこれが!
 浮遊霊つきのマンションには住みたくないのが人情だし、地縛霊の出る交差点は危険だし。やっぱり人間、命あってのモノ種だ。
 そもさん安全は買えても、命は買えない。たったひとつのものだもの、粗末にしちゃあ勿体無い!
 回るよ因果の糸車。風が吹けば、桶屋が儲かる。
 まァそんなわけでGSは濡れ手に粟の、ボロい商売だということはご理解頂けたことだと思う。
 ただし危険がいっぱいなので(例・大気圏突入高度から、命綱なしのバンジ−ジャンプ。美神令子除霊事務所、所属GS・横島忠夫の『通常』業務より抜粋)生命保険の審査は概ね弾かれることもご一考して、職業選択の自由として頂きたい。



 その暗黙の了承を踏まえて、トリシャはおっとり困り果てた。
『どうしましょう。お父さんが残してくれたお金は、あなたたちの生活に使ってもらおうと思ってたんだけど…』
 令子ちゃんに頼んでお払いしてもらったら、お金掛かっちゃうわよねえ。

 いざ困った時。頼りになる知り合いは、医者と弁護士とゴースト・スィーパー。
 ただしどれも雇うにゃそれなりの元手が掛かる。
 しかもトリシャの知り合いは、国連からの依頼の受注があるような飛び切り腕利きのGSだったもので、その料金もグっとお高かった。
『……困ったわぁ』
 伸び盛りの我が子の行く末と、いつまでもフラフラ放浪している最愛の夫が気になって、うっかり昇天し損ねたトリシャは失敗したなと溜め息をつく。

「そんな!成仏しちゃヤダよ、おかあさん!」
「ずっとボクたちの傍にいて!」
「そうだよ、おかあさんと、アルとっ。このまま3人で暮らそうよ!」
「ねえ、いいでしょ。一生のお願い!きっとそのほうが楽しいよ!」
 ふっくらほっぺを林檎色に染めて、子供たちは必死の表情ですがってくる。
 パクパク口を開けるその姿は、まるで燕の雛のようだ。
(…まあっ!)
 以前から、そうじゃないかと密かに思ってたけど……。

 ああっ、ウチの子たちはっ。なんて可愛いのかしら!

 トリシャは感極まった。
 つい自分が幽霊だということを忘れ、2人をぎゅっと抱きしめる。すると勢いあまって通り抜けてしまった。
 …やあ、失敗。
 ほんのちょっぴり照れくさい。
「大丈夫? おかあさん」
「あ、でもちょっと触れたような気がしたよ?」
 あらやだ気持ち悪かったんじゃないかしらとのトリシャの内心を他所に、兄弟はきゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。
 そこには微塵の動揺もなかった。
(…2人とも神経が太くて助かったわ)
 思えばエドは人に害なす悪鬼悪霊を昆虫採集がわりに捕まえて、それは立派な標本を作ったり(そして夏休みの自由研究として提出した)、アルは浮遊霊のガールフレンドを連れてきては『折角仲良くなったのに、なんで成仏しちゃったの?』いつもそう泣く羽目になるフェミニストかつ、おマセさんな子供だった。
 今更幽霊のひとりやふたりで驚くような繊弱さとは縁遠いようで。
 ……ふふ、2人ともあの人にそっくりねv
 トリシャは我が子の逞しさに幸せな気分になった。
 にこ、にっこり。
 自然と微笑みが浮かんだらしく、子供たちも満面の笑顔で応えてくれる。
 至福のひととき。

「本当に、そこにトリシャがいるんだねえ」
 ピナコは長ーい溜め息をつく。
 言い忘れたが兄弟がトリシャを連れ帰ったのは実家ではなく、困った時の駆け込み寺。お隣のロックベルさん家だった。
 孫娘はまだ学校から帰ってきてなかったので、(つまり兄弟は授業をサボったわけだが、結果オーライ)仰天の事態に独り立ち向かう羽目になったピナコはとりあえず一服・気を落ち着かせようと煙管をふかしていた。
(全く…。これから晩御飯の仕度がなければ、ビールの一杯でも引っ掛けたいところだね)
 流石はリゼンブールの女豹。
 これで動揺しているつもりなのだから、兄弟の相談持込の選択は正しかったとしか言いようがない。

 己の至らなさを指摘されたようで、トリシャはしゅんと小さくなる。
 ごく真っ当な人間は、普通に成仏するものだ。
『すいません、ピナコさん。いつも、ご迷惑をおかけして』
 しかし頭を下げるトリシャの姿はピナコには見えていない(まあ、幽霊だし)。解っちゃいるが、そこは気分の問題だ。
 どうも気合が足りないのか、それとも幽霊になる適性がなかったのか。
 浮遊霊であるトリシャの姿が見えたのは高霊的ポテンシャルの幼兄弟だけで、カンが鋭い犬のデンでさえ、トリシャが漂っていることに気がついているフシがない。
 上の子が機転を利かし父親の道具箱から探してきた幽霊探知機『見鬼くん』だけがピコン・ピコンとこれまた至極弱々しく反応し、トリシャの存在をアピールしている。

「ばっちゃん、おかあさんがご迷惑をおかけしますって言ってるよ!」
 そんな中、春生まれの子犬のように溌剌として通訳してくるのはアルフォンスだ。
(久しぶりに笑顔を見たね)
 ピナコはついと目を細める。
 この年になれば幽霊でいいから会いたいと思う別れのひとつやふたつは経験しているものだ。
 子供たちの気持ちは身に染みてわかる。
 …それに生前のトリシャの性格からして悪霊になるのは難しそうだと、判っていれば尚更だ。
「迷惑だとはおもっちゃいないよ。気になさんなと伝えておくれ。…しかし、折角いるのに話ができないっていうのは不便だねえ」

 その何でもない一言に、エドワードはハッとした。
 トリシャは存在が薄い。つまりエネルギー総量が少ない霊体なのでは、その疑惑だ。
 勢い余った挙句、悪霊に転化しそうにないのは……安定していていいことだが。
(たとえ成仏しなくても…このままじゃ空中分解しかねない!)
 どうしよう、何か霊体を保護する『核』がないと…!
(…そうだ!)
「書斎の左本棚、隠し扉の奥!」
 兄が叫ぶとただそれだけで似通った思考回路を持つ弟は、同じ危機意識を共有した。
「…おとうさんの精霊石!」
「おう、アル!結界作るぜ!」
「ちょっと待ってて、おかあさん!消えちゃいやだよ!?」
 打ったら響く反応の良さで、兄弟は居間を飛び出していく。

「……何か妙案を思いついたのかね?」
 あの兄弟(と孫娘)の行動は、いつもピナコの想像を超える。
『…さあ?』
 ピナコの問いかけにトリシャはおっとり首を傾げたが、やはりその姿は見えていなかった。



 まっ。そういうことがあったので。
 もともと錬金術師としての素地があった兄弟は、自然とGSを目指すことになった。
『お母さんの為に、正しい知識を身につけたい!』
 そんな純粋な動機と。
『地獄の沙汰も金次第。生活するには糧が必要』
 といういささか泥臭い観念から兄のエドワード・エルリックは早々に国家試験を受け、GSとして資格を手に入れた。
 いやあ、めでたし・めでたし。天才とは素晴らしいね!商売繁盛・笹もってこい!ハレルヤ!
 しかーし、12歳の少年が国家資格を取ったという目立つニュースに、いくらなんでも年齢が若すぎると某倫理委員会のクレームが入った。
 世の中には五月蝿さ方がいるものだが、その言い分は振るっている。
 つまり。
「GS免許は玩具じゃない!小学生に与えられるのは納得いかん!」
 うんうん、確かにこの時のエドワード少年は小学生だったねえ。
「しかし取っちゃったものを返上させるのは不条理でしょう。試験には受かっているんですから」
 いや、まったく。仰るとおり!
 少なくとも、オトナが免許保留を言われたらやさぐれるだろうねえ。
 試験は霊力テストでふるいに掛けられた後、ガチンコ霊力勝負でトーナメント勝ち抜き戦をやらされるんだから。
 でもギリギリ合格だったら、大上段に親切ぶって『チミは実力不足で危険だから、何年かはひとりで除霊は駄目ですよ〜』とイチャモンつけられないことはない。
 しかし無念!
 エドワード少年はブッ千切りでその年の主席合格者だった。これで文句をつけるのは重箱の隅を突付くようなみみっちさだ。
 将来的には頭角を現すだろう逸材に、GS本部もしこりが残るよーな真似をするような根回し下手とゆうわけでもなくて。
「まあ、常識的に考えて…あまり小さな子供が試験に受けて、あまつさえ合格するなんて想定してませんでしたしねえ…」
「仕方ありません。来年からは、年齢制限を要綱に盛り込みましょう」
 喧々諤々に協議はしても、最終的には鶴の一声。
 エドワード少年の免許は据え置きします。でも翌年からGS免許取得は中卒年齢以上対象となりますよーとのことで一件落着!
(それが為に『史上最年少GS』という枕詞は、歩く非常識・エドワード・エルリックを修飾する単語となったのだが、これは蛇足)
 その栄冠の称号の舞台裏で『兄さんのせいでボクが免許取れなくなっちゃったじゃないか!ズルイ!』と兄が弟に盛大にスネられ、機嫌を取り結ぶのに大変苦労したという逸話があったことは、他人様は知る由もない個人的な家庭の事情だ。


 と、いうような予備知識を軽く踏まえ、物語は兄が15歳、弟が14歳の春。
 桜の季節からスタートする。



 次回『GSエルリック極楽大作戦!』(今度こそ)はじまり・はじまり〜。





2005,10,5

 拍手deハロウィン企画をこっそり開催中です。
 舞台は現代日本。
 世界観の出典は丸々『GS美神極楽大作戦!!』(by椎名高志・サンデーコミック)からお借りして。
 つまりダブルパロなわけですが、そうはいっても(ここは鋼サイトですしね)GSでは主役を張っている美神さんや横島くんは脇役以上に出てきません。
 なんかそーいう人たちも同じ世界にいるらしいぞうぐらいのフィーリングですので、上記作品をご存知なくても読めるように説明編からお送りしたいと思います。

 ええと、ダブルパロをやりたい動悸は単純でして。
 錬金術師がごく普通に職業として成り立つ現代日本で、勤労学生をするエルリック兄弟が書きたかったんです。
 あとは『死んじゃっても生きられます!』なトリシャ・ママンとかハイデリヒさんとか。(←GS美神の世界観だとそうなのですよ…)









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