門前仲町
八幡橋(旧弾正橋)
所在地:江東区富岡1−19(地下鉄 門前仲町)



八幡橋(旧弾正橋)
  


 富岡八幡宮の東側の鳥居から出てすぐの所に、八幡橋がある。国産最古の鉄橋で、国の重要文化財にも指定されている。
     



八幡堀遊歩道
 

  
 八幡橋がかかっているのは、八幡堀遊歩道。現在は水は流れていないが、おそらくかつてはその名の通り堀だったのだろう。
     


八幡橋(旧弾正橋)
 

 八幡堀を歩くと、しばらくすると赤いアーチ橋が見えてくる。長さ15.2メートル、幅2メートルの鉄橋である。

 八幡橋は1878(明治11)年、東京府の依頼により製造された。当初は京橋の楓川にかかり、「弾正橋」といった。1913(大正2)年に新しい弾正橋が架けられたため、「旧弾正橋」となる。その後、1929(昭和4)年に現在地に移され、その際に富岡八幡宮の隣ということから「八幡橋」と改められた。
 現存する鉄橋としても最古とのことである。
  


 

 橋にはよく見ると菊の御紋があしらわれている。
   


菊の御紋
 

 橋の下には猫たちが住んでいる。
  



橋の下の住人
 


 八幡橋は、アメリカ人建築家スクワイヤー・ホイップル(1804〜88)のトラス橋の特許を基本としているそうで、そのこともあって1989(平成元)年、米国土木学会より「土木学会栄誉賞」を送られている。
 



「土木学会栄誉賞」碑
 


 八幡橋の説明板は、人力車の形のオブジェに設置されている。
    



八幡橋の説明板
 


 八幡橋のすぐ近くには旧新田橋が展示されている。実際に渡ることはできなくなっているが、もともとは木場の大横川に、医師・新田清三郎によって架けられたもの。
  
  



旧新田橋
 


 新田医師は大正時代に木場5丁目に病院を開業。1932(昭和7)年、不慮の事故で亡くなった夫人の霊を慰める「橋供養」の意味も込められて、橋が架けられた。当初は「新船橋」と名付けられたが、「木場の赤ひげ先生」として人望のあった新田医師に因んで死後「新田橋」と呼ばれるようになった。
 2000(平成12)年に架け替えられ、ここに移築された。
  



旧新田橋
 


 架け替えられた新田橋も現存しており、木場駅の南に現役の橋として活躍している。いかにも昭和といった景観である。
      



現在の新田橋
 


 もちろん、八幡橋のほうも現役の橋である。最後に渡ってみた。
  



八幡橋(旧弾正橋)
富岡八幡側


八幡橋から見た八幡堀遊歩道


八幡橋(旧弾正橋)
木場側
 


 橋の辺にある木造の民家が、なんともいえず良い雰囲気を醸し出している。
  



 

(2014年2月25日)


戻る