失敗山日記 V−3
ビバーク、ヒグマ、幻聴幻視、ビバーク、・・・
in トムラウシ(大雪山系,20007月) 掲載 200310
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
その6
 しばらく平坦な所を進むと、ガレ場の下に出ました。ロックガーデンという場所のようです。今度は上りです。残念ながらガスがかかっていて全体を見渡すことが出来ません。ガスが晴れることも少々期待しながら、登る前に休憩をとります。
 休んでいると2人の登山者が追い越していきます。すぐにガスの中に消えましたが、鈴の音がいつまでもリズミカルに続きます。長い岩場の登りなのに元気だなあと、我が身のリュックの大きさが恨めしくなります。

 この長いガレ場を何度も休みながら登りきると、やっと元気が出てきました。その後の緩やかな登りを膝に違和感を感じながらも休まずに歩くと、北沼です。その横の雪渓を進みますが、曇り空の下で寒々しく、なんだか羆でも出て来そうな雰囲気です。
 トムラウシを回り込む際に通り雨にもありましたが、どうにかテント場に着くことができました。まだ日没まで時間はありましたが、トムラウシ山頂往復などは考える気にもならず、早々にテントを張ります。

 設営作業時に何度かイヤな痛みが膝に走りましたが、歩き方を工夫すれば明日は大丈夫だろうと、あまり気にもしませんでした。数年前に買い、下山時に使って効果のあった膝当てがリュックの中にありますし、以前南八甲田で足首を捻り、痛みをこらえながら2、30分歩くうちに治ってしまった経験もあります。
 その時は足の着き方をいろいろ工夫して歩くうちに、痛くない足の着き方が見つかり、その後の登山口までの1時間ほどは痛みが消えてしまったのです。尤も足首の痛みは消えたものの、杖に使った青森トドマツの枝で掌が破けそうになりました。下山時用にステッキを使うようになったのは、このことがあってからです。(また話がそれてしまいました。)
 

 テント場で1人っきりだったら恐いなあとの心配は杞憂となりました。この夜は10張り以上のテントが張られていました。人の存在が頼もしく思われ、食事も早々に2日ぶりの安らかな眠りを貪りました。


 目が覚めると雨でした。少し横になって様子を見たりしますが、止みそうにありません。今日中に北海道を離れたいので、少し小降りになった頃に出発します。8時頃だったでしょうか。
 ほとんどのテントは撤収されており、もうトムラウシ温泉から登って来たパーティーもあります。コースタイムは降りでも最低4時間半はかかるのに、軽装とはいえ、一体何時に発って来たのでしょう。
 時間の制約があるのでしょうが、熊の活動時間と言われている夜明け〜早朝に歩き出すのが常識のようになっている大雪山。『みんながやってるから恐くない』ということなのでしょうが、どんなものでしょうか。夜中の3時ごろから起き出して、安眠を妨げられるのも迷惑な話ですし。

 膝が少々痛み、思ったより時間がかかりそうです。雨で出遅れたことが悔やまれます。ぬかるんだ道をしばらく降ったところで、少し平らになった場所に出ました。後でトムラウシ公園と分かったのですが、この時はお花畑などには気付きませんでした。
 普段はないと思われるような流れが、広がって流れています。どこを渡っても膝近くまで水が来そうですが、なるべく浅そうな所を探します。ここが良さそうだなと、渡り始めると、想像に反していきなり膝あたりまで入ってしまいました。
 すぐ先は水のない場所なので、浅くなるだろうと一歩前に出ると、腰まで入ってしまいました。次こそはと更に次の一歩を出すと、いきなり胸(ほとんど肩)まで沈み、体が浮き、僅かですが流されました。幸い僅かに流れただけで陸地をつかめ、這い上がることが出来ました。
 こう書くと長いですが、渡り始めてから陸に上がるまでは一瞬の時間でした。
 振り向くと、いつの間に来たのか、流れの向こうに1人の若い下山者が立ち尽くしています。彼はびっくりした表情で、
「大丈夫ですか?」と、声をかけてきました。
私はなんとも恥ずかしい気持ちでうなずくしかありません。彼は一部始終を見ていたのです。

 彼も渡りやすい地点をじっくり探し始めました。彼は当たり前のことをしているのですが、俺の失敗を反面教師にするつもりだなと、少々癪に障ります。そして私のすぐ近くまで、大して濡れずに来ると、一気にこちら側に跳びました。
「エッ、俺の溺れた場所をひとっ跳びかよ。失敬な奴だな。」と感じましたが、わたしのはまった地点の流れはそれ程に狭かったのです。
 ところが彼の思惑は外れました。リュックの重さが計算から外れていたのでしょうか。片足がこちらの地面にかかったかと思った瞬間に足は滑り、一気にザブンと水にはまりました。彼は首まではまりました。勢いよく落下した分、先程の私以上です。

 すぐに自力でこちらに上がりましたが、自尊心を踏みにじられるのを免れた私は現金なもの。私同様の、なんとも迂闊な彼の思い切りに親しみを感じてしまいました。彼も照れくさそうでしたが、お互いの不運(迂闊さ?)を嘆きあった後すぐに気を取り直し、こちら側の斜面を登り始めます。
 登山道で中央が深くえぐれている場所がよくありますが、2人のはまった―-”私の”ではなく”2人の”と書ける安堵感よ―-のはそういう所だったようです。せいぜい1、2mの幅だったのでしょう。

 それにしても最近の雨具は大した物です。シャツやズボンは殆ど濡れていません。雨具を着けたので、ビニール袋から出していたタバコもシャツのポケットの中で無事だったのには感心しました。

 一昨日の五色岳の降りで若い女性が『膝あたりまで濡れる』と教えてくれたのは、ここのことだったのでしょう。そういえば、トムラウシに向かうしかない道で「トムラウシ”山”へ行くのですか?」と当たり前のことを聞くのは私くらいのもの。トムラウシの後で十勝岳方面に降りるのか、トムラウシ温泉に降りるのかを聞くつもりで、
「トムラウシ(温泉)までですか?」と尋ねたのでしょう。
 それに対して私がうなずいたので、トムラウシ”温泉”に行く途中で濡れる場所があると忠告してくれたのでしょう。
 昨日の愚行に加え、更に水にもはまってから気付いても遅すぎますが。 
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
  
  
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