わたしも街道をゆく/1989年/北陸へ
わたしも街道をゆく 1989年 北陸へ

1989年11月5日 高山から東京へ 本日の走行距離443Km
 高山の朝は寒い。VTZもすっかり冷え込んで、一発でエンジンがかからない。朝市を横目で見て、ツーリング最後の一日が始まる。

 ホントに寒い、気温は5度。R41を震えながら南下する。下呂からR257へ。国道沿いの喫茶店でお腹も空いたし休憩。ジャムトースト付きでコーヒーが300円、安い!

 8時を回ってやっと太陽もパワーを増してきた。R257からR256へ、道を間違えまくりながらも妻篭の町に着いた。
 江戸時代の、中仙道の宿場町がそのままで、タイムスリップしたみたい。一部は地面がコンクリートじゃないのが、らしくて嬉しい。格子窓の二階から旅姿のお姐さんが顔を出しそう。ちょいとお前さん、旅の埃を落としてお行きなさいよ。
 さ、次の宿は馬篭、日が暮れちまうわ急ぎましょ。

 木曽路はすべて山の中、島崎藤村はそう言ったけど、急コーナーの旧中仙道、昔の人はこんな道を通って旅をしたんだろうか。馬篭に向う道は急な坂道だ。今はバイクで簡単に走っちゃう。歩いて旅をした昔の人に申し訳ない気もする。
 馬篭の宿場も急な坂道だ。五平餅を焼くいいにおいをかぎながら坂を下りる。藤村記念館を見学、東京に帰ったら「夜明け前」また読もうかな。
 五平餅の香りに食欲をそそられ、ちょっと早いけどお昼ご飯、栗こわ定食。あったかい栗ご飯、それに蕎麦の実なんて初めて食べたけどおいしい。ああ満足満腹。

 さてともう帰らなくちゃ。中津川インターから中央自動車道にのる。
 いつまで走っても外に出られない恵那山トンネル、このままずーっとトンネルなんじゃないかと不安になってくる。韮崎あたりで富士山だ! いいねえ。江戸っ児のツーリングは富士山で始まって富士山で終わるんでいと啖呵をきって、勝沼と八王子で渋滞に巻き込まれてすりぬけして、料金を払ったら、バックミラーに映るお日さまが夕焼けになってた。そういえば4日間、毎日晴れてたっけ、お日さまどうもありがとう、楽しかったです。


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