わたしも街道をゆく/1989年/紀伊半島へ
わたしも街道をゆく 1989年 紀伊半島へ


1989年5月3日 東京から熊野へ 本日の走行距離661Km

東名高速は今日も渋滞中。だって連休だし

 遠くにツーリングに行く時、一番好きなのはもしかすると走ってる時よりも、何ヵ月も前から地図を眺め、まだ見ぬ道にワクワクしている時。次に好きなのは出発の朝、これからの数日間への期待と不安でいっぱいの心でエンジンをかける時
 そんな思いでエンジン始動、午前0時50分出発。最近2回のツーリングで3回もコケているので、今度は何事もなく帰って来れるといいんだけど。

 深夜の青山通り。けっこう交通量が多いなあとのんびり構えてた私、玉川通りに出てびっくりした。渋滞してる。首都高を見上げればやっぱり渋滞、なんだかいやな予感がしてきた。
 用賀ICから東名へ。ゴールデンウィークの初日だから混む前に出なくっちゃと思ってこんな真夜中に出たのに、なんの意味もなくすでに大渋滞。『秦野中井まで渋滞』だって。家に帰りたくなってきた。

 だいっ嫌いなすりぬけ、でも路肩走るのはもっといやだから(スピード違反以外の違反は自主的にしないことにしてるんだもの)迷惑ハイビームでずっとすりぬけ。疲れる。

 電光表示どおり秦野中井までできっちり渋滞が終わった。ほっとして走ってるのも束の間、浜名湖過ぎたらまた渋滞? もうやだ…。ついに掟破りの路肩走行をしてしまう。予定より3時間以上過ぎてやっと大垣出口へ。
 R258、一般道を走ってるのがやたらと嬉しくなる。やっぱり渋滞してるけど、まわりの田園風景など見ながらのどかに走る。うーん、田植えの季節だなあ。

白骨死体にならなくてよかった

 2度目の伊勢神宮、門前には観光客もバイクもいっぱいだ。もちろん食べた大好きな赤福、本場で食べるとやっぱりおいしい。

 駐車場で話をした人たちが、今日泊まるのが同じユースなんだって。また後でね、と彼らはパールロードへ、私はR260への最短ルートへ。本当はパールロードは大好きだし走りたかったんだけど、R260がかなり険しいって言われてたのでそんな遠回りしてたら大変、明るいうちに着かないかも、と思って大好きなパールロードはあきらめた私だった。なんでそんなことしちゃったんだろう。もったいない。

 舗装はしてあるけどかなりカーブがきついよって伊勢神宮の警備の人は言っていた。たしかに舗装はしてある、けど山側も谷側もコンクリートぐちゃぐちゃ、ガードレールくらいあったっていいんじゃないの? おまけに頭からおっこちそうな急カーブ。死ぬかもしんない、でもこんな所じゃきっと死後何日もたたなきゃ発見されないんだ、見つかったときには白骨死体、ああどうしよう、と大後悔、道沿いを流れてる小川に眼を止めてる余裕すらない。
 オフローダーが3人、ピュンと抜いていった、いいよなあオフは、と思ってのろのろついていったら、ひとりの女の子が曲がりきれないでこけてた。ああ良かった止まりそうなくらいゆっくり走ってて。

 やっと出た、国道だ、R260。海がすっごくきれい。入り組んだ海岸線に真珠筏(って言うの?)が浮かんでるのが伊勢志摩らしいね。
 けれども道はすぐまた山道に。さっきの道よりはずっといいけど、くねくねしててそのうえ細いから、トラックと車が行き違えないでそのたびに渋滞してる。まあいいや私も一諸に渋滞さ。

 国道の番号が二桁になったら走りやすい道になった。元気に走って熊野に着いた。夕日の時間、もう少し外にいたくて、海辺でぼーっとする。鯉のぼりが海風になびいている。

 伊勢神宮で会った二人がずいぶん遅くなってから到着した。遅かったねって聞いたら、ひとりがコケちゃったんだって、あらら。でも大したことはなさそうで良かったね。

 すりぬけと山道走行に明け暮れた一日が終わった。