わたしも街道をゆく/1987年/東北へ
わたしも街道をゆく 1987年 東北へ

1987年8月18日 会津若松から東京へ 本日の走行距離314Km

 いよいよ東京へ帰る朝、とりあえず雨は降っていない。でも、出発しようとしたらパラパラ降って来たりまたやんだり。カッパを着たり脱いだりする。はっきりしてよねっ。

 飯盛山近くで例によってセブンイレブンの前で朝ご飯。そこへ地元のオネエサンとお話をする。いつもバイクに乗っているんだって。うれしいなあ、こういうのって。
 そして白虎隊のお墓参り、今でも香華が絶えないというのはすごいなあ。自刃の場所から見る鶴ケ城はとても小さく、お城が燃えてると間違えてもしかたがない。ここで死んでいった子たちのことを考えると、痛ましくてならない。

 ちょっと降ってきたけど気にしないで走っていると、猪苗代湖にさしかかったあたりで、大雨。あわててカッパを着る。ずっと前、小さいときにおじいちゃんたちと猪苗代湖に来たときも、たしか雨だったっけなあ。
 このR49が渋滞してるが、なんとかかいくぐって郡山からR4に出る。東京まで一直線だ。雨がやんだと思うとまた降ってきてカッパの脱ぎ着がわずらわしいが、けっこうすいてるので快適に走る。
 宇都宮の手前、氏家というところでガソリンを入れたら、ヤクルト貰っちゃった、嬉しいな。
 と、突然R4が消えた。T字路になっていて、右にいっても左にいってもR59だ、なんで?どうしたらいいの…実は今まで走っていたのはバイパスで、まだ未開通だったのだ。よその車についてって、なんとか本線にたどり着く。
 ヒッチハイカーの外人さんが立っていたので手を振った。頑張ってね! 乗せられるもんなら乗せてあげたいけどさ。

 埼玉県に入る、もう少しだ。
 にしても埼玉って所は、赤が「進め」なわけ? 青になったから出たら横から車がびゅわっと出てきてびっくり、ばかやろ〜。よかったぶつからなくって。
 最後のドジは東京に入ってから。内側の車線から路肩に出ようとしたときに、うまく回り込めず歩道に対して直角につっこみじたばたしてたら、大宮ナンバーのバイクのお兄さんが助けてくれた。とほほ、すみません。
 都内は大渋滞のうえ、雨は降るしカッパ着る気力はないし、雷は鳴ってるし、ぐったり。んでもあとひとふんばりだ。

 7時半頃、無事に家に到着する。
 見慣れた自分の部屋が、ビジネスホテルが続いていたせいか変な感じ、なんかしっくり来ない。ジーパンは濡れてるし、臭いし、やだなあ。
 だけど、そんなことはどうでもいい。この1週間、本当に楽しかった。雨の中走ってるときは、もーやだ、と思ってるけど、こうして終わってみると、とても充実してたんだよねえ。
 ああ、幸せ。でも、宿の予約を先にしておくと行動が制限されてつまんないということを知ったのであった。


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