わたしも街道をゆく/1987年/房総へ
わたしも街道をゆく 1987年 房総へ

1987年4月18日 東京から南房へ 本日の走行距離190Km

 バイクで皇居より遠いところに行ったことのない私が、ひとりでツ―リングに行く決心をしたのは免許を取って1ヶ月め、3月半ばのこと。なのに4月に入って2週続けて事故ってしまう。(停車してるトラックの後にぶつかってコケ(__;)、次の週にはスクーターと接触して相手を転ばせた…私は無傷)
 ああやっぱり私って、才能ないのかなあ。なんたって免許取るのに27時間もかかったし、人に迷惑かけてばっかりいるし、ひとりでツーリングだなんて10年早いんだきっと。でも今、走るのやめたらもうずっと走らなくなっちゃうかもしれない。よし、と気を取り直し、もちろん反省を胸に、4月18日朝6時半、行ってきます、と書き置きを残し元気に出発したのだった。(え、なんで書き置きだって? 親に言ったら絶対止められるので、こっそり行くことにしたのである)

 蔵前橋通りを西へ。鳥越神社に寄って、無事に帰って来れますようにとお参りをする。ちょっとトイレにに行きたい気がするけど見あたらない。ま、いいか。
 ゆるいカ―ブを描く陸橋を走り抜けて行く。走ったことのない道、この角を曲がったらどんな景色が私を待っているんだろう、ワクワクしてくる。やがて江戸川を渡り、さあ千葉県だ。初めて都内から脱出。
 R14船橋市内で、第一の関門にぶつかった。ふたまたに分かれた道、どっち? 地図を見ながらうーん…と考える。
 この光景がこれから先の私のツーリングに欠くことの出来ないものになるとは、この時思ってもみなかった。…私って方向音痴だったのね。
右の道を選び、どんどん走ってゆく。どうやら正しい道を選んでいたみたい、私のカンも捨てたもんじゃないらしい。

 …実はさっきからずっとトイレに行きたくて仕方がない。すかいらーくがあったから、トイレだけ借りちゃおう! と駐車場に飛び込む…でもまだ開店してない、もう9時半なのに、ああ。ガソリンスタンドやコンビニで借りるなんてことも思いつかず、ただもう走るしかない自分が悲しい。(走ってる分には多少はまぎれる)
 R16の工業地帯、道は間違っていないよね、と標識を見上げながら走っていると、後ろでホーンが鳴った。ん、私かなあ、まさかね、とふっとミラーを見ると、なんと私を先頭にして、ずらっと車の列。トロトロ道の真ん中走って渋滞の原因になっちゃっっていたのだ。ゴメンナサイ。

 R16号から木更津市街へ。たぬきばやしの歌の舞台、証誠寺に行きたいけど観光ガイドを忘れてしまって場所がわからない。ともかく海でも見ようかと港に行くと、あった、公衆トイレだあ! 天の助けとばかりに入ったら、とんでもなく汚い。もちろん汲み取り式なんだけど、いったいいつバキュームカーが来たのかしらと疑問に思うくらいのすさまじさ。だってウ○チが盛り上がっているんだもん。ど、どうしよう…でももうこれ以上我慢できないし、えーい入っちゃえ。
 …ああすっきりした、と出てきた私を、港のおじさんたちが怪訝な表情で見る。なんで? まあいいや。気分爽快なのでどーでもいい。
 岸壁に座って、海を見る。初めてバイクと一緒に見る海はとても新鮮で感動的。東京湾を横断するだけのフェリーにもなんだか旅のロマンかきたてられちゃったり。シアワセだなぁ、としばらくぼーっとしてから、さあ行こうかな、と通りぎわにふとさっきのトイレを見たら、あれ、裏側に女性用が…。そう、さっきのは男性用だったのである。おじさんたちの視線の意味が、やっとわかった。は、恥ずかしい。だって知らなかったんだもん…でもほら、旅の恥はかきすてってよくいうじゃない! と自分に言い聞かせ、足早にその場を立ち去るのであった。

 気をとりなおして、富津岬に行く。海の向こうは工業地帯、あんまりきれいじゃない海岸で缶コーヒーを飲みながら、休憩。駐車場でFZRの少年が話しかけてきた。どこから来たの? どこ行くの? などと話をしてるうちにじゃあ一緒に走ろうか、ということになる。
 富津岬から国道へ出る道で、前を走るFZR少年が向こうから来たバイクに向かってへろっと片手を挙げた。これがあの、ピースサインか! 初めて見ちゃった。へえー、これがそうなのかあ。
 東京湾観音も鋸山も、小さい時から親に連れられて何度も来ているのに、とても新鮮な景色に映る。そう、だって自分の力で来たんだもん。
 富浦のドライブインで昼食。初対面の人は苦手なのに、話が弾む。バイクという共通点しかないのに不思議なこと。

 館山の町、ずいぶん久し振りだ。私の子供の頃の夏がある街。夏休みにはいつもここにいた。だからとても懐かしい。どこかに小さい自分がいるようなヘンな感覚にとらわれる。
 おじいちゃんのお墓参りをしなくちゃ、と思っていた。だけど…あれれ、お寺どこだっけ? FZR少年も巻き込んでしばらくうろうろしたけれど、おじいちゃん、ごめんね、また今度来ます。

 ここで少年とはお別れ、2台で走ってたのはほんの少しの時間だったのに、ひとりになるとちょっぴり心細い。でも、元気を出して房総フラワーラインを走る。土曜日なのに道はがら空き。ほら、前にも後ろにも車がいない。…今のこの瞬間は、この道もこの景色も、私と私のCBRのためにあるんだと、そう思ったらうれしくて幸せでしかたがない。

 対向車線をカワサキのバイクが走ってきた。ねえ、あなたがどこの誰かは知らないけど、私がこうしてツーリングをしている限り、あなたとすれ違った瞬間のことを忘れないと思う。だって、あなたが私にピースを送ってくれて、私は初めてあのピースサインを返したんだよ。なんだかやっと、一人前のバイク乗りになれたみたいな気がした。ちょっぴりドキドキしたけどね。

 野島崎の民宿に着いた。散歩でも行くか、と髪をとかそうと思ったら、ブラシを忘れて来たことに気が付いた。でも1日や2日髪をとかさなくたって死にゃあしない。ま、気にしない気にしない。
 お風呂に入っていたら、ビールが飲みたくなってきた。どうしよう、一人でビール飲むなんて変かなあ、でもいいよね。…「すいません、ビール付けてください!」いわゆるフツーの民宿のフツーの夕食だったけど、ビール1本ですっかりいい気持ち。
 ひとりぼーっとしていると本当に不思議な気がしてくる。距離は近いけど、気持ちの中では東京からずいぶん離れた所にいるみたい。こんな遠くでこうしているなんて、なんだかすごい。
 外では蛙の鳴声がうるさいぐらい。少々興奮気味で目が冴えていたけれど、蛙の合唱を聞いているうちに、いつの間にか寝てしまった。
 一人旅も、ツーリングも、ピースサインも、初めてづくしの一日が、こうして終わった。


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