12-2.地の文を持ったマンガ2
手塚治虫の「後藤又兵衛」。
手塚治虫は絵ゴマの外に地の文のあるマンガを一切書いていませんが、コマの中に、説明文を入れたマンガは書いてい
ます。
「後藤又兵衛」は「おもしろブック」の付録で、山根一二三、福井英一と競作した「少年三豪傑」の巻頭の作品です。
福井英一の「穴山小助」も傑作です。当時人気ナンバーワンの「イガグリくん」の作者との競作ですから、手塚は
力を入れていると思います。
マンガ「後藤又兵衛」は、徳川の家臣で、又兵衛に徳川への仕官をすすめる役をあたえられた森勝重(もり・かつしげ)
が語る物語です。マンガのところどころに地の文の形で森勝重のナレーションがはいります。物語の中には勝重自身が
登場しますから、彼が出てくるコマに彼自身のナレーションが重なることもあります。
ナレーションがそのコマに登場している森勝重の語りであるということは、そのナレーションがいつの間にか
森勝重の吹き出しの中に入っていることであらわされます。「私は森勝重である」などというナレーションなら
わかりやすいとおもいますが、そのようには説明されません。高級なマンガです。
手塚治虫は映画の表現をマンガで実現したマンガ家ですが、映画の中には、ナレーションが入った映画もあります。
「市民ケーン」、「偉大なるアンバーソン家の人々」、「アラバマ物語」、「雨のニューオーリンズ」、トリュフォー
の「野生の少年」などが思いうかびます。これらの映画では、ナレーションの主は誰かということは通常説明されま
せん。「私は彼を訪れた。」というナレーションがあって、画面の中で男の人を訪問している人物が映れば、その人物
が語り手です。
上の絵は終わり近く、大きなコマの中に炎上する大阪城が描かれ、かぶとをかぶった森勝重が手前におり、彼自身の
ナレーションがかぶさります。かれは後藤又兵衛が好きになっており、敵味方になった又兵衛を案じています。物語
は急転直下、大阪城と主人公の悲劇的結末へと向かいます。
次のページではマンガは終わってしまうのですが、ナレーションによる説明が多用されているラストはすばらしい。
手塚治虫は珍しく、コマの絵を文章で説明します。文で説明しなくとも、十分わかる、迫力のある絵なのですが、
この場合は地の文で説明がされています。しかし、それは決して、言わずもがなの説明にはなっていません。なぜ
なら、登場人物のナレーションのかたちでなされる説明ですから、語り手の気持ちを表現する働きがあります。すな
わち森勝重のナレーションは、最後のコマで、硝煙の中に消えていく又兵衛の姿を説明しているようで、その実、
又兵衛の親友・森勝重自身の気持ちを表現しているのです。
「後藤又兵衛」は絵物語「銀河少年」の翌年の作品です。格別、地の文の多い作品「後藤又兵衛」は、手塚治虫が
絵物語を書いた経験を生かした傑作と思います。