作品論14 ノックアウトQ
(1)「ノックアウトQ」の主人公はふたりいます。アメリカにわたりプロボクサーとして活躍する
久五郎と、その幼友達で、まんが家をめざし、印刷屋で働く章治です。最初ふたりがともにした少年時代が描写され
ます。その後、それぞれの道を歩み始めたふたりの青年時代が平行して語られます。ふたつのストーリーが平行して
進行するのです。そのため、物語がだれることなく、興味が倍加します。
(2)「ノックアウトQ」は山川惣治の自伝的作品です。前半、どこにでも転がっているような、東京の下町の風景や
エピソードが語られます。少年文学でここまでリアルに、主人公たちの日常を描いたものはなかったのではないかと
思わせます。しかし自分の経験をそのまま絵物語にするような不調法なことは、作者はしていません。自分の経験を
誇張し、既存の物語の枠にはめて、ウエルメイドのストーリーをつくろうとしています。とくに後半、章治をめぐる
物語の展開に、虚と実についての作者の苦心が見えるような気がします。漱石の「道草」がどこまでフィクションで
あるかが研究者のテーマになるのと同様、「ノックアウトQ」にどれだけ作者の実人生がこめられているかは読者の
興味のもとでしょう。