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平成25年の画像                                                          H25年制作

平成24年11月22日にNHK第1ラジオ放送の「ここは故郷旅するラジオ」の生放送が山梨大学キャンパスで行われましたので、バスに乗り見学しました。

ご覧の通り、甲府放送局の幟の後ろ側に「はちまるチャン号」と呼ぶイベントカーが舞台を開き、以下のようなステージの
準備中でした。そして、此のイベント号は3代目でステージが2代目より広くなっているとの事でした。

この放送は 月〜木曜日の12時半から放送するもので、
このイベントカーが全国を回り各地のアナウンサーが司会進行をするもので、地元のやる気・元気・本気を紹介します。
そして、H25年4月からは9周目の旅をしています。
   そして、この日はワインの研究で知られる柳田教授を中心に、ワインを研究している学生の研究活動の様子を小野アナウンサー(現在は仙台放送局勤務)が紹介しました。


その中で、柳田藤寿教授が開発した海水から酵母をを作る「海洋酵母」で醸造したワインを紹介しましたが、画像の左端が柳田教授で、マイクを持っているのが小野アナです。
此のイベントカーの正面は「ここはふるさと旅するラジオ80号」と書かれ、R1はNHK第一ラジオ放送を、FMはNHKFM放送を意味しています。

そして、80の意味は、1925年に、ラジオ放送が開始されて80年になることを記念し2005年に造られた車で、現在は2代目だそうですが、私は、この車がどの様に造られているのかを知りたくて、当日出掛けました。

この車は、地面から2カ所の階段を使ってステージに上り
そこから放送をするのですが、現在も9周目の旅を続けていますのでその様子が手に取るように目に浮かびます。

H27年5月追記
「ここはふるさと旅するラジオ」が「旅ラジ」に変わり、テーマ曲と共にイベントカーも80チャン号が90チャン号に変わりました。
90チャン号は、1925年に放送を開始し90年を記念して、車のデザインと名前を一新し、白地にカラフルなイラストが満載の「90ちゃん号」に生まれ変わったのです。しかし、車体は此れ迄の80チャン号(三代目)を塗り替えて使用したようで、大きさや機能は同じだそうです。そして、H27年度は4月27日から富山県よりスタートしました。


この古墳は、孫たちが通った保育園の傍に在るもので、以前はこうした古墳が沢山あったことが正面の説明書きに記されています。

そして、この古墳は「加牟那塚」と呼ぶ古墳で、型は直径が約45メートルの円形になっていますが、このあたりの地名を
「千塚」と呼ぶことから、この地域が昔から古墳が多かった事が分かります。
ご覧のとおり周囲は策で囲われていて古墳の中に入ることは出来ませんが「山梨県指定史跡」として管理され 古墳の中央に石室があり、しかし石室に何が収められていたかに付いては不明です。
山梨にはこの他に数カ所に県指定の史跡があり以下に紹介する甲斐風土記の丘と呼ぶ「国指定史跡」を含めると多くの古墳があります。しかし、宮崎県の西都原(さいとばる)には一カ所に数百の古墳がありその多さにはかないません。西都原に何故多くの古墳が出来たのか現在も分かっていませんが、古墳時代は弥生時代と重なっていますので、稲作により日本人が定着したことと関係があるのかも知れません。
「加牟那塚」を紹介するプレートをクローズアップしたものですが、昭和55年に整備されたことが判ります。ひとつ前の西都原に書きましたが、何故日本にはこうした多くの古墳があるのでしょう。以下の画像に登場する前方後円墳は高貴の人の墓として知られていますが、山梨にもその時代の豪族の墓として沢山造られたものと思います。

そう言えば、埼玉県の県名の由来となる「サキタマ古墳」は
有名ですが、こうした古墳(墓)が存在したものと思います。
此処からが、県立考古学博物館の裏にある曽根丘陵の風土記の丘と呼ぶ古墳群の案内図ですが、多くの古墳が在り公園として管理していました。その中で、一番大きな古墳が二枚下になる前方後円墳の「銚子塚古墳」です。

銚子塚とは、円形部分と平らな部分の内、平らな部分が取っ手の部分で円形部分が酒を盛る部分、つまり酒や液体を注ぐ容器に似ていることからこうした前方後円墳を銚子塚古墳と呼び全国にこうした古墳が存在するようです。そのなかで最大の古墳は、関西の堺市にある仁徳天皇陵ですが、仁徳天皇陵と比べればかなり小型ですが、曽我氏と物部氏が権力闘争の中で曽我氏に敗れた物部氏が都から下り全国に落ちて行った際に、山梨にも来たことが書物に残されているそうで、一説によるとその物部氏が造った物部氏の墓ではないか(?)と言うのです。
銚子塚古墳(前方後円墳)とその隣にある丸山古墳(円形墳)について説明している案内図ですが、航空図と共に、この地域の歴史が書かれていました。
此れが前方後円墳の「銚子塚古墳」です。画像は手前が平らな古墳部分でその奥にあるのが円形の部分です。そして、古墳には階段が整備されていて、登ることが出来ますが、手摺りがなく体が不安定なので、途中まで登りましたが、怪我をすると危ないので、諦めて降りました。
銚子塚古墳の詳細についての案内図の画像ですが、概要は以下となっています。

1)制作時期;四世紀後半
2)規模:当時としては、東日本で最大級
3)古墳の形状
  ・古墳の全長:169m
  ・後円部直径:92m
  ・後円部高さ:15m
  ・前方部の幅:68m
  ・前方部高さ:8.5m

  ・竪穴式石室長さ:6.6m
  ・         幅:0.93m
  ・        高さ:1.35m
銚子塚古墳の手前にある「丸山塚古墳」ですが、この他にも小規模の古墳が多数ありました。そして、今回見学に来て初めて曽根丘陵にこうした古墳群があることを知ったのですが、中央道の甲府南インターの傍にある県立考古博物館が曽根丘陵の一部にあることも初めての経験でした。
  此の画像は、私の家の前の道路と川の向こうに建つ温泉ホテルですが、以前は「神の湯温泉」と呼んでいました。現在は宿泊客だけの温泉ですが、子供が小さな頃は日帰り入浴やプ−ルに入る事も出来ました。そして、このホテルからは甲府の夜景を望む事が出来てそれなりの価値を持っていますが、湯村温泉や石和温泉からは離れた場所にありますので、
ウイークデーには宿泊客がいないのか(?)温泉の廃水が
止まっている日があります。しかし、シーズンになると観光
バスが来ていますので、まあまあの経営になっているのでしょう。

そして、ホテルの下に、イ--アクセス(株)と言う携帯電話会社の中継設備が造られましたが、何故このような低い場所に建てられたのかは不明です。
  此の設備は、携帯電話の「E-モバイル」のブランドでソフトバンクやAuそしてNTTドコモの大手に食い込んでいますが、今年になりソフトバンクが買収をしました。今後どのようになるのか(?)発表がありませんが、通販大手の「ジャパネット・タカタ」等が、パソコンのプロバイダ契約にE-モバイルでの契約を条件に低価格を打ち出していますので、携帯電話事業だけではなく、プロバイダ事業も手掛けていると思うのですが、詳細はよく判りません。
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