第七十八話


 牛車(ぎっしゃ)に揺(ゆ)られながら、唇(くちびる)に手を触(ふ)れて綺羅(きら)姫は昨夜のことを思い出していた。

 ――はじめて、セイラと……。

 身体(からだ)の芯(しん)がカーッと熱くなって、耳たぶが赤く染(そ)まる。

 ――やだ、あたしったらこんなにセイラのこと……。

 今すぐ会いたいという気持ちが抑(おさ)えられなくなる。

 それが叶(かな)わないもどかしさに、綺羅姫は胸の奥が締(し)めつけられるように苦しくなった。

 セイラは今日、晴明(せいめい)と神剣を交換(こうかん)する。

 護純(もりすみ)の話では、夜明け前に邸(やしき)を出ていったらしい。

 ――神剣を交換するだけにしては、早すぎやしない?

 綺羅姫の脳裏(のうり)を嫌な予感がかすめる。


「姫さま、おなか痛いの?お顔が赤くなったり青くなったりしてる」

 一緒にいた真純(ますみ)に顔をのぞき込まれて、綺羅姫はハッと我に返った。

「だっ、大丈夫よ。赤くたって青くたってかまわないわ。この浅葱(あさぎ)色もいいわね。真純とお揃(そろ)いよ、ほら!」

 まるでかみ合わない返答をして、綺羅姫は水干(すいかん)の両袖を広げて見せた。

 ぽかんと口を開けている真純を、へらへらと笑いでごまかして話をそらそうとする。

「も…もう、どの辺まできたかしらね。護純!如意ヶ嶽(にょいがたけ)はまだ?」

 物見(ものみ)の窓をのぞいて、御者台(ぎょしゃだい)にいる護純に声をかけた。

「ああ、目の前に見えてるのがそうだ。それと、セイラ殿が急いだ理由がわかってきたぜ、姫さん」

 護純の目には、こちらを見て驚いている篁(たかむら)の顔がはっきりと見えていた。

 勢(いきお)いのついた牛車は、篁の鼻先をかすめてようやく止まった。

 降りてきた綺羅姫は日の光に手をかざし、後頭部で束(たば)ねた髪を揺(ゆ)らして篁に歩み寄った。

 林の方を見ると、弓と矢筒(やづつ)が置いてあり、ナギやグェンの姿も見える。

 ここでなにをしようとしていたかは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

「あんたたちがどうして今日のことを知ったか、なにをするつもりだったかは聞かないわ。セイラは?一緒じゃないの?」

「セッ、セイラなら山へ行ったよ。それより綺羅さん、その恰好(かっこう)……」

「山へ行った!?ひとりで――!?」

「いや、オルフェウスも一緒だけど……」

「そう……」

 少しほっとしたように言うと、まだなにか言いたげな篁をおいて綺羅姫は歩き出した。

「真純、護純、あたしたちも山へ行くわよ!」

「待てよ、綺羅さん!ぼくたちだって行くつもりだったんだ。でもセイラが、山へ入った者とは縁を切るって……」

「縁を…切る?」

「ああ。ぼくたちの身を案じて言ってくれたってことはわかってる。でも考えてみれば、確かにぼくたちが行ってもなにもできないだろうし、セイラの足を引っ張るだけかもしれない。だから、セイラを信じて……」

「ここで待ってたってわけね、なにもしないで!」

 振り向いた綺羅姫の眼差(まなざ)しは厳しく、口調は辛辣(しんらつ)だった。

「あたしは縁を切られたって行くわ!切られたらまた結びなおせばいい!でも、セイラがセイラじゃなくなっていたら?神剣を手に入れてそのまま帰ってしまったら……?なにが起こるかわからないのに、なにも知らないで、ここで待ってるだけなんてイヤよ!」

 涙をにじませながら声を荒(あら)らげる綺羅姫に、篁はやさしい目を注(そそ)いだ。

「そうじゃないんだ、綺羅さん。ぼくたちだって山でなにが起きているか知りたい。セイラに危険が迫(せま)っていたら、なんて言われようが助けに行くつもりだ。ここにいても、それを知る方法がひとつだけあるんだ」

 そう言って、篁はナギを指さした。

 草むらに座って、目を閉じ手を合わせているだけに見えたナギが、よく見ると全身が光る帳(とばり)のようなものに覆(おお)われている。

「ナギ……なにしてるの?」

「山の精霊の力を借りているんだ。ああして山の精霊と同化(どうか)し、セイラがどうしているか見てる」

 それを聞くと、綺羅姫は脱兎(だっと)のごとく走り出した。

 飛びかからんばかりの勢いでナギに向かっていく綺羅姫を、グェンが阻(はば)む。

「邪魔をしないでもらおう。ナギにさわると同化が解(と)ける」

「嵯峨宮(さがのみや)……!」

 綺羅姫は足を止めて、キッとまなじりを上げた。

「そこをどいてちょうだい!あんたがなぜここにいるか知らないけど、あたしはナギに聞きたいことがあるの!」

 聞きたいこと――は、言わずともわかっていた。

 グェンは、これ以上騒(さわ)がれてはたまらないとばかり、

「……セイラさまは、今ザフと話をしているところだ」

「セイラさま?ああ、誤解が解(と)けたんだったわね。オルフェウスから聞いたんでしょ?ザフって、晴明のことよね。ナギがそう言ったの?」

「セイラさまに動きがあれば、知らせてくれることになっている」

「そう、動きがあれば……」

 落ち着きを取り戻した綺羅姫は、光る帳(とばり)に触(ふ)れないようナギの前に腰を下ろした。

 後ろから、誰かの足音が近づいてくる。

「ナギ、おなか痛いの?」

「大丈夫よ、真純」

 綺羅姫は、心配そうな真純をとなりに座らせて、

「ナギは今、精霊とひとつになってセイラを見てくれているの」

 その時、ふいにナギの口が開いた。

「戦いが……はじまった。オル…フェウスが、やられた!」


   
        


 円盤(えんばん)から青白い光が放たれると同時に、オルフェウスはセイラの前に立ち、防御壁(ぼうぎょへき=シールド)を張った。

 次の瞬間――

 後ろへ飛んだザフが呪文を唱(とな)えると、緋毛氈(ひもうせん)がザザーッと横に移動した。

 意表(いひょう)をつかれ、体勢(たいせい)を崩(くず)しながら上に飛んだオルフェウスを狙(ねら)って、再びザフが青白い光を放つ。

 気づくのがわずかに遅れたオルフェウスに、それを防(ふせ)ぐ術(すべ)はなかった。

「油断したね」

 麻痺(まひ)したオルフェウスを受け止めて、セイラは草むらに寝かせた。

「セ…イラ、さま……」

「ザフの麻痺をあなどるな。グェンもこれでやられた」

 してやったりとばかりに、ザフはクスクスと笑って、

「二対一では分が悪い。欲しいのはセイラさまの剣なので、オルフェウス殿には退場してもらいました」

「二対一?フッ、緋毛氈の下に式神(しきがみ)を隠(かく)していたくせに……」

 セイラが手を上げると、それに呼応(こおう)するように緋毛氈が立ち上がった。

 裏側には十数体の式神がへばりついている。

 パチン!――と、セイラが指を鳴らすと、緋毛氈は発火して燃え上がった。

「やれやれ、あの緋毛氈は高価な品だったのに……」

「おとなしく剣を交換していれば、焼かれずにすんだんじゃないか?」

「そうはいきません」

 ふいに、ザフの声の調子(ちょうし=トーン)が変わった。

 切れ長の目の奥には、ぞっとするような冷たい光が宿(やど)っている。

「私にとって教主は神にも等しい。その教主を辱(はずかし)めた者は、死をもって償(つぐな)ってもらうのみ。さいわいあなたは記憶を失っている。本来の力は望むべくもないでしょう。まさに千載一遇(せんざいいちぐう)の好機(こうき)」

 にやりとして、急になにかを思い出したようにザフは吹き出した。

「そうそう、セイラさまが放してやったという黒角(くろつの)ですが、処分しておきました。私の式神でありながら、あなたに寝返るような裏切り者は生かしておけませんから」

「そうか、おまえが……」

 フッと、セイラの姿が消えた。

 次の瞬間には、ザフの身体は十間(じゅっけん=約十八メートル)ほども後方に吹き飛ばされていた。

 烏帽子(えぼし)が飛んで髪がばらけ、血反吐(ちへど)を吐(は)いてのたうちまわるザフを、紅蓮(ぐれん)の双眸(そうぼう)が見下ろしている。

「グホッ、グホッ……私は、打たれ弱いんです。一撃で…殺してしまう、つもりですか……」

 冗談ではないと言いたげなザフに、セイラはにこりともせず、

「だったら手っ取り早くすんだのに……おまえはまだ生きている」

 そう言ったセイラの身体から発する強烈な殺気(さっき)を感じて、ザフは総毛(そうけ)立った。

 このままでは本当に殺される――!

 呪符(じゅふ)を大量に飛ばしてセイラの動きを封(ふう)じようとするが、炎ですべて焼き払われてしまった。

 手のひらに気をためようとする前に、セイラの正拳突(せいけんづ)きが飛んでくる。

 出し惜(お)しみしている場合ではない。

 ザフは、地中にしかけておいた円盤のひとつを発動(はつどう)させた。

 足元に異変(いへん)を感じたセイラが後方に飛びのくやいなや、そこから青白い光が立ちのぼる。

「クッ!」

 悔(くや)しさをむき出しにして、ザフはセイラが飛びのいた先の円盤を次々に発動(はつどう)させていった。

 地中に気をとられていたセイラが、視界からザフの姿が消えたことに気づいた時はすでに遅かった。

「うっ……!」

 後ろにまわりこんだザフが、セイラの背中に向けて近距離から青白い光を放った。

 動けず倒れこむセイラに、足音が近づいてくる。

「クックックッ……ぞくぞくする。あなたをこうして見下ろす日がこようとは……」

 急所をわざと外(はず)して、閃光(せんこう)を放ち続けるザフの顔が喜悦(きえつ)に歪(ゆが)む。

 おびただしい出血のせいで、セイラの衣(ころも)は暗紅色(あんこうしょく)に染まった。

「おやおや、私としたことが……楽しすぎて目的を忘れるところでした。こんなことをしている場合ではありませんね。いただくものは、先にいただいておかなくては……」

 言いながらわき腹を蹴(け)ってあおむかせ、懐(ふところ)から神剣を取り出そうとする。

 その時なにが起きたのか――

 ザフの懐からこぼれ落ちた神剣が、衣についたセイラの血を吸い取り燦然(さんぜん)と輝きだした!



     
     
     


 まぶしさに目がくらんで、ザフが身をのけぞらせる。

 見る見るうちに傷口が癒(い)え、麻痺(まひ)が解(と)けて上体を起こしたセイラの眼前に、それはあった。

「……ああ、わかっている。おまえを探してここまできた。手にすることを、今さらためらう理由はないはずだって言いたいんだろ?でも、私は……」

 苦渋(くじゅう)に満ちた目を伏せて震える手を握りしめたその時、突然光が失われた。

 神剣は、再びザフの手に握(にぎ)られていた。

「ふう。まったく、ひやひやしました。神剣に触(さわ)れないというのは本当だったんですね」

 くすくす笑いながら、神剣を懐に押し込み、

「なぜ触れないのか、興味があるところですが……」

 そう言って、ザフは狡猾(こうかつ)な目を光らせた。

「剣を奪(うば)われる心配がないのは、私にとって好都合。接近戦になったら、盾(たて)がわりとして使えるかもしれませんね。くっふっふっふ……」

「奪わなくても、おまえを倒せばすむことだ」

 立ち上がったセイラの髪がゆらゆらと揺(ゆ)らめいて、帯電(たいでん)する周囲の空間に刺激臭(しげきしゅう)が立ち込める。

 円盤が浮き上がった箇所(かしょ)の地面が次々と引きはがされ、砕(くだ)けて土塊(つちくれ)となった山頂一帯は、まるで巨大なモグラの群れが這(は)い出た後のようだった。

「麻痺(まひ)させてしまえば思い通りにできると思ったようだが、苦労して作ったしかけもこの通り。当てが外(はず)れたな」

 セイラは、灼熱(しゃくねつ)色に染まった目でギッとザフをにらんだ。

「つまりおまえは、相手を麻痺させなければなにもできない。その麻痺攻撃も接近戦では役に立たない。通常攻撃だけで、どうやって私から神剣を奪うつもりだ?」

「うっ、うるさーい!黙れ!黙れ!黙れ――っ!」

 逆上(ぎゃくじょう)したザフは、セイラに向かって青白い光を放ち続けた。

 だが、目で追うことも難(むずか)しい速さの前では、その残像を捕(と)らえるのが関の山だった。

 形勢がセイラに傾(かたむ)いたかに思われたころ、後方でオルフェウスが起き上がる気配がした。

 ギクッとしたザフが、振り返って再び麻痺の光を当てようとした時、ある考えが浮かんだ。

「あれを、試(ため)してみるか」

 手のひらから浮き上がった五芒星(ごぼうせい)が、激しく回転しながらオルフェウスに向かっていく。

 麻痺が完全に解けていないオルフェウスの額に、それはなんの抵抗もなく吸いこまれていった。

 すると、額に印(いん)が浮き上がり、白目が徐々に黒く染まっていく。

 なにが起きたかわからないままに、オルフェウスは激しい頭痛に襲われた。

 頭の中で、大音量の雑音が鳴り響く。

 耳をふさいでも止まず、それは神経を苛立(いらだ)たせ考える力を奪い、精神を疲弊(ひへい)させていった。

「うあああ―――っ!!」

 オルフェウスはついに叫び声をあげた。

 その時、誰かの手が肩をつかんだ。

 目を開けても、影絵のように黒い輪郭(りんかく)しか見えない。

 ――そいつは敵だ。殺せ!

 ふいに、頭の中で声がした。

 その声にあらがおうとする気力は残されていなかった。

「オルフェウス――!?」

 いきなり突きつけられた剣をかろうじてかわして、セイラは疑惑の目を向けた。

 見ると、黒く染まったオルフェウスの双眼の上には、五芒星が浮き出ている。

「ザフの、仕業(しわざ)か……」

 セイラはつぶやいて、離れたところにいるザフをにらんだ。

「クックック……私では役不足というのでしたら、かわりにオルフェウス殿と遊んでください。皇子のお手並み拝見といきましょう」

 そんなザフの思惑(おもわく)とは裏腹に、セイラの気弾(きだん)がやつぎばやに襲ってきた。

 からくもそれをシールドでかわしながら、ザフはオルフェウスの反応の鈍(にぶ)さを呪(のろ)った。

 そのオルフェウスは、今しもセイラの背後から斬(き)りかかろうとしていた。

 気配を察したセイラがひらりと身をかわした先に、オルフェウスの剣がついてくる。

 息つく間も与えない剣技(けんぎ)は、さすがというべきだった。

 じりじりと後退しながら、セイラはついに神剣を手にした。

 強烈な刀身の輝きが、闇に塗(ぬ)りこめられたオルフェウスの目に突き刺さる。

 その時、青白い光がセイラの背後に迫った!

 別方向から、シュルシュルと空気を切り裂く音が近づいてくる。

 振り返ったセイラの眼前で、光は回転する真空の刃に弾(はじ)かれて霧散(むさん)した。

「セイラさま――っ!」

 上空からグェンの声が聞こえた。

 だがセイラに、その姿を確かめているよゆうはない。

 苛烈(かれつ)をきわめるオルフェウスの剣に、防戦一方となっていた。

 ――オルフェウスがやられた!

 ナギがそう告げた時、グェンの心は決まった。

 躊躇(ちゅうちょ)せず防護膜(ぼうごまく)に乗り込もうとするグェンの前に、綺羅姫と篁が立ちふさがる。

 拒(こば)んだり、言い合いをしている場合ではなかった。

「なに、これ……ここで、なにがあったの?」

 防護膜を降りた綺羅姫の前には、異様な光景が広がっていた。

 山頂の地面が引きはがされ、あちこちに土塊(つちくれ)の小山ができあがっている。

 グェンは削(けず)れた地面に手を当てて、

「ザフの能力の残滓(ざんし=残りかす)が感じられる。おそらくセイラさまが砕破(さいは)したんだろう」

「そんなことより、あれは……どういうことだ?」

 最後に防護膜を降りた篁は、見ているものが信じられないといった顔で、戦っている二人を見た。

 オルフェウスが振り下ろす剣は、微塵(みじん)の躊躇(ちゅうちょ)も感じられない。

 その一撃でも浴びれば、セイラは致命傷を負(お)わされてしまうだろう。

「まさか、オルフェウスが裏切ったんじゃ……」

「ウソよ!オルフェウスがそんなことするはずないわ!」

 言下(げんか)に断言する綺羅姫に、篁はカッとして怒鳴(どな)った。

「じゃあ、あれをどう説明するんだよ!」

 綺羅姫はなにも言えずに、戦っている二人を見つめた。

 握りしめた両手や血の気の引いた頬(ほほ)から、思いつめた心情が伝わってくる。

 ふいに、グェンは綺羅姫を抱え上げた。

「もっと近くまで行ってみよう。オルフェウス・ラーダが、セイラさまを裏切るなどありえない。これには理由があるはずだ」

 樹幹(じゅかん)に身をひそめたザフの苛立(いらだ)ちはつのる一方だった。

 オルフェウスと戦っているセイラを背後から狙(ねら)うのは造作(ぞうさ)もないと思っていたが、二人の位置は常に反転し、一瞬たりと止まっていることがなかった。

 オルフェウスを麻痺させては意味がない。

 やっと訪れた絶好の機会は、グェンに阻(はば)まれてしまった。

 そのグェンがセイラの後ろを護(まも)れば、麻痺させるのはさらに難(むずか)しくなるだろう。

 ――なにかよい方法は……待てよ……。

 綺羅姫を抱えたまま、低空を飛んで二人の近くまできたグェンは、そこでオルフェウスの身になにが起きているかを悟(さと)った。

「あの印(いん)は……」

 だがそんなこととは知らず、二人の戦いを間近で見た綺羅姫の動揺(どうよう)は大きかった。

「やめて!オルフェウス!どうしちゃったの!?」

 叫びながら、小走りに駆け寄ろうとした時、

「来るんじゃない、綺羅姫!」

 セイラの声に綺羅姫の足が止まった。

「セイラ……その剣(つるぎ)……」

 神剣から立ちのぼる光輝(こうき)を、綺羅姫ははじめて目にした。

 オルフェウスの剣を受け止めて、身体(からだ)ごと後方へはね返したセイラの肩が大きく弾(はず)んでいる。

「オルフェウスは今、ザフに支配されている。目の前にいるのが誰かもわかっていない。近づけば、綺羅姫にも剣を向けるだろう」

「そんな……」

 その時、ようやく篁が追いついてきた。

 肩で荒い息をしながら、その目はオルフェウスの額に釘(くぎ)づけになっている。

「はぁはぁ……あの五芒星は、なんだ?」

「ザフに支配されている、ということです」

 二人の戦いを見つめながら、グェンはいまいましそうに顔をしかめた。

「オルフェウスが――!?」

「ええ。あのオルフェウス・ラーダが……」

 それを聞くと、篁はいてもたってもいられずに叫んだ。

「セイラ!どうするつもりだ!オルフェウスに勝てるのか!?」

「こっちのことはいい!」

 にらみ合いを続けながら、セイラは徐々に息を整(ととの)えていった。

「それよりグェン、ザフを見張っていてくれないか。オルフェウスを倒しても、ザフがこのまま引き下がるとは思えない。なにか企(たくら)んでいるはずだ。戦う必要はない。でも二人のことは……連れてきたからには、責任をもってもらうよ」

「セイラさま……はい!」

 頼られている――そんな気がして、グェンはうれしかった。

 言われるまでもなく、二人を危険にさらすつもりはない。

 どこか目立たない場所に結界(けっかい)を張って、その中に二人を隠しておけば……。

 その時――

「危ない!」

 声と同時に、グェンは綺羅姫に背中を押されていた。

 ザフの放った光が、綺羅姫に吸い込まれていく。

「綺羅さん!」

 青ざめる篁の目に、うつむいたまま動かなくなった綺羅姫が映(うつ)る。

 なにか 異変(いへん)が起きているのは確かだった。

「心配しなくていい。麻痺しているだけだ」

 グェンは二人の前に立ってシールドを張り、ザフのいる方向を見定めようとした。

「ぼくたちを狙っているのか?」

「人質にでもするつもりだろう。ザフの考えそうなことだ。とにかくここにいては危険だ。一旦(いったん)、林の中に隠れて……」

「あっ、綺羅さん!」

 その声に振り返ると、脱兎(だっと)のごとく駆け出していく綺羅姫の後ろ姿が見えた。

「麻痺していないのか!?なら、あの光は……」

 はっとして、グェンはオルフェウスを見た。

 額(ひたい)に刻(きざ)まれた五芒星が、もし綺羅姫の額にもあったら……。

 走りながら、なにかを投げ捨てた綺羅姫の手元に光るものが見えた。

「やめろ!そんなことをしたら後悔するぞ!」


  次回へ続く・・・・・・  第七十九話へ   TOPへ