第七十九話


 オルフェウスの剣さばきには、しだいに慣れてきていた。

 だが少しでも油断すると、踏(ふ)みこまれて骨ごと砕(くだ)かれそうになる。

 殺気は感じられない。

 それどころか、黒く塗(ぬ)りこめられた目の奥から、苦悩(くのう)する声が聞こえてきそうだとセイラは思った。

 防戦(ぼうせん)しているだけでは埒(らち)が明かない。

 この状況を打開(だかい)するには、額(ひたい)の印(いん)を消すしかない。

 オルフェウスの動きを止めて、額に浄化(じょうか)の気を注ぎこめれば……。


 セイラは懐(ふところ)に神剣を収(おさ)め、振り下ろされたオルフェウスの剣をかわして胸元に飛び込んだ。

 意表(いひょう)をつかれ、棒立ちになったオルフェウスの額に手をのばしかけた時――

 ズブッ!という鈍(にぶ)い音とともに、背中に灼熱(しゃくねつ)の錐(きり)をうがたれたような痛みを感じた。

「なっ………」
 
 振り返ったセイラの目に、額に印を刻まれた綺羅姫が映(うつ)る。

「綺…羅…ひ……」

 くずおれ、草むらに倒れ伏すセイラを見下ろす綺羅姫。

 その目が背中に刺さった懐剣(かいけん)とあふれ出す血を見た時、強烈な感情が沸(わ)き起こった。

「ああっ…ああっ…あああああ―――っ!!」

 胸が張り裂けそうな悲しみと慟哭(どうこく)。

 後悔と絶望、死―――!

「いや―――っ!!」

 感情の爆発が呪縛(じゅばく)を解き放ち、額の印を消していく――が、そこまでが綺羅姫の限界だった。

「綺羅さん――!」

 気を失って倒れた綺羅姫を、篁が抱(かか)え起こす。

 グェンはセイラのもとへ急いで、懐剣を抜き治癒(ちゆ)の光を注いだ。

 放心して立ちつくしていたオルフェウスが、頭をおさえて苦しみはじめる。

「セイラさま!お気を確かに!セイラさま、私の声が聞こえますか!?」

 呼びかけに反応しないセイラの、青ざめていく頬(ほほ)を見ながら、グェンは嫌な予感を募(つの)らせた。

「クッ、血が止まらない!傷は左の背中……まさか心臓まで達しているのか?冗談じゃない!こんなところで……セイラさま!起きてください、セイラさま――っ!」

 その時、青白い光が篁とグェンを襲った。

 一瞬にして身動きできなくなった二人に、足音が近づいてくる。

「背中ががら空(あ)きですよ、ヨルギア人」

 ザフはそう言って、セイラに覆(おお)いかぶさっているグェンを蹴飛(けと)ばした。

 目ばかりをぎらつかせたグェンが、ドサッと草むらに倒れこむ。

「まっ、あなたをいたぶるのは後にしておきましましょう。それに……」

 篁に抱(かか)えられ、気を失っている綺羅姫に目を移して、

「そこの勇ましい姫には感謝しなくては、クックック……」

 ザフは、苦しみもがいているオルフェウスを一瞥(いちべつ)して、血の気のないセイラの顔に目を落とした。

「ついに、やったぞ!この私が、あなたを倒した!フフッ、ハハハハッ、アッハハハハ……」

 哄笑(こうしょう)は山中にこだまし、ザフは至福の時に酔(よ)いしれた。

 その喜びを打ち消すような、ヒヤリと冷たいものが足に触(さわ)った。

 見ると、指貫(さしぬき=袴のこと)から出ている片方の足が、履(は)き物ごと凍りついている。

 その足首は、燃えるような目をしたセイラの手に握られていた。

「うあああ――っ!」

 思わず、ザフは悲鳴をあげて飛び退(の)いた。

 が、凍りついた足のせいで身体の均衡(きんこう)が保(たも)てず、無様(ぶざま)に尻もちをついてしまった。

「ははっ。おっ…驚きました。ま、まだ動けるとは……」

 無言のまま腹ばいになって、セイラはじりじりとザフに近づいていく。

 その迫力に気おされて、ザフは一歩また一歩あとずさった。

「い…今、とどめを刺してあげますよ。こ、これで私は元の世界に帰れる。ははっ、教主もお喜びになるでしょう。あなたの…あなたをこの世界に送り込んだ国王も、本当はこうなることを望んでいたのではありませんか?」

 ピタリと、セイラの動きが止まった。

 その反応を見たザフの口元に、笑いが広がっていく。

「やはりそうでしたか。うわさというのは、えてして的を射ているもの。アストリアの国王と皇子は仲が悪い。その理由は、最愛の王妃を皇子が殺してしまったから」

「やめろ……」

「あなたは母親を殺した!母殺しの皇子だ!」

「やめろ―――っ!!」

 その瞬間――封印(ふういん)されていた心の深層(しんそう)がこじ開けられ、記憶がなだれ込んできた!


   
   


 転移(てんい)装置内に警報が鳴り響く。

『ただいまより時空遡行(じくうそこう)を開始いたします。航路進入時、防護膜(ぼうごまく=ポッド)の揺(ゆ)れにご注意ください』

 左腕に装着(そうちゃく)した腕輪から、時空遡行時の注意事項が音声で流れている。

『……なお帰還(きかん)の際、記憶の混乱を生じるおそれがあります。念のため検査を行いますので、速やかに時空管理局医務室までお越しください……』

「記憶の混乱、か……」

 レギオンは深いため息をついた。

 ――疲れた……。

 陛下は見送りにこなかった。

 これが、最後の別れになるかもしれないのに。

 オリハルコンを手に入れたら私は……。

 いっそ混乱した方が幸せかもしれない、とレギオンは思った。

 ――陛下に、父親らしい言葉をかけてもらったこともない。

 そんな記憶なら、なくなってもかまわない。

 いっそ、なにもかも忘れてしまえばいい!

『まもなく指定の座標に到着します。航路を離脱する準備をしてください』

 その時だった――

 突然、前方から光線が放たれ、防護膜を突き抜けてレギオンの額に命中した!

 脳髄(のうずい)に衝撃(しょうげき)が走り、しだいに意識が薄れていく。

『防護膜内に異常が発生しました』

 警告音が鳴り響き、時空遡行機から緊急用の音声が流れる。

『現時点の座標、指定座標より二年後の世界に緊急脱出します』

 航路を脱出し、落下していくレギオンの危険な速度を感知(かんち)して、遡行機は主(あるじ)を守るようにかりそめの防護膜を張った。

 朦朧(もうろう)とした意識の中で、レギオンは亡き母の顔を思い出していた。

 ――なにもかも、忘れてしまえ!


   
   


「あっ……」

 セイラの頬を、いつしか涙が伝っていた。

 苦く切ない思いばかりがこみあげてくる。

 それにもまして、記憶を封印していたのは自分なのだと気づいた時、唇(くちびる)からひとりでに笑いがこぼれた。

「笑っていられるよゆうはないはずですよ!」

 ザフの右手が上がり、逃れることのできない至近(しきん)距離から幾筋(いくすじ)もの閃光が放たれる。

 その閃光を阻(はば)むように、突如(とつじょ)としてセイラの前に人影が立ちふさがった。

 墨染(すみぞめ)の衣(ころも)をまとい、両手を広げて閃光を遮(さえぎ)るその人影の名をセイラは叫んだ。

「理空(りくう)殿――!?」

 ゆっくりと、時に逆(さか)らうようなゆるやかさで理空が倒れてくる。

 その血まみれの身体(からだ)を受け止めて、セイラは声の限りに叫んだ。

「理空殿―――っ!!」

 理空は微笑(わら)っていた。

 さもうれしそうに、誇らしげに……。

「なぜ、ここに――!?」

「私にできる、最後の役目があると思ったからです。セイラさまを、お助けすることができた……これで、むこうに行っても……笑って、楊姫(ようひめ)に……」

 治癒(ちゆ)の光をあてるまでもなく、理空はすでにこと切れていた。

 大粒の涙が、セイラの頬を伝い落ちる。

「あなたは、生きなければならなかったのに……こんなところで、死んでいいはずがない!私が、二人の運命を狂わせた……そんな私のために……死んでいいはずがないんだ――っ!」

「悲しむことはありません。あなたにも、すぐに後を追わせてあげますよ」

 凍りついた片足をかばって、わずかに宙に浮いたザフの右手が、再びセイラに向けられる。

 その背後から忍び寄るものに、セイラは目を見張った。

 一群(ひとむら)の草が、みるみるうちに樹木と同じくらいまで成長し、迫ってくる。

 長いひも状の葉で、瞬く間にザフをぐるぐる巻きに縛り上げ、高々と宙に持ち上げたかと思うと、勢いよく地面に叩きつけた。

 閃光が虚空(こくう)に放たれ、氷の欠片(かけら)が宙を舞って、頭を強く打ったザフの意識が遠のいていく。

「セイラさま――!」

 上空から、一塊(ひとかたまり)の木の葉が下りてきた。

 乗っていたのは、ナギと真純(ますみ)、護純(もりすみ)だった。

「これは……おまえがやったのか、ナギ?」

「はい。オレにだって、これくらいはやれます」

「そうか。なにもできないなんて言って悪かったね」

 微笑(ほほえ)むセイラの頬に、涙の跡(あと)が残っている。

 ナギはハッとして、眠るように横たわっている僧を見た。

「セイラさま、その人はもしかして……」

「ああ、理空殿だ。グェンが助け出してくれて、邸(やしき)で養生させていた。今日、柄岩(つかいわ)島に帰るはずだった。こんなところで……死ぬはずじゃ……」

 セイラの声が震えていた。

 失ったものはかえってこない。

 わかっていても、それを受け入れるにはあまりに唐突(とうとつ)で、あまりに一瞬の出来事だった。

「セイラさま……」

 ナギはかける言葉もなく、唇をかみしめた。

 真純と護純も、無言で理空に手を合わせる。

 そこへ、誰かの近づいてくる足音がした。

 真っ先に気づいたナギが、うれしそうに駆(か)け寄っていく。

「オルフェウス!麻痺(まひ)が解けたのか?」

「ダメだ、ナギ!近づくんじゃない!」

 セイラの声に、ナギの足が止まった。

 そのナギの前を、ふらふらとした足取りでオルフェウスが通り過ぎていく。

 ようすが、明らかに今までとは違っていた。

 セイラの前で、なにかを言おうとするオルフェウスの目から、一筋(ひとすじ)の涙がこぼれる。

「おまえにしてはずいぶん苦しめられたね。今、楽にしてやる」

 そう言って立ち上がったセイラの背中から、新たな血が噴き出している。

 立っているのがやっとの状態で、セイラはオルフェウスの額に手を当て、浄化(じょうか)の気を注(そそ)ぎこんでいった。

「セイラさま……私は……」

 翡翠(ひすい)色の目が戻ってくると、セイラはかすかに微笑(ほほえ)んだ。

「おまえの目、久しぶりに見た気がする……」

 ドサッと草むらに倒れたセイラを見て、オルフェウスは強い既視感(きしかん)に襲われた。

 背中を刺され、くずおれるセイラ――あれは、夢ではなかったのか!?

「セイラさま――っ!!」



     
     
     



 身も凍(こお)るような恐怖に襲われながら、オルフェウスは傷口に手を当て、あらんかぎりの気を注いだ。

 だが、セイラの意識は戻らない。

 すでに日は高く、紅葉が青空に鮮(あざ)やかなきらめきを放っている。

 これほどセイラが窮地(きゅうち)に追いこまれるとは、誰が想像しただろう。

「セイラさま、死んじゃうの?」

 不安げな真純の言葉に、ナギはこらえていた怒りを爆発させた。

「セイラさまが死ぬものか!神さまなんだぞ!」

「だが、血を流しすぎている。精気(せいき)を注ぎこんでも、このままでは……」

 まるで自分の気をすべて注ぎこもうとしているように、オルフェウスの顔が憔悴(しょうすい)していく。

 自分にはなにができる――思いつめたナギの脳裏(のうり)に、閃(ひらめ)くものがあった。

「真純、おまえ…水を操(あやつ)れるなら、セイラさまの血を元に戻せないか?」

 澄(す)んだ真純の目が、じっとナギを見つめてくる。

「わからない……」

「やってみてくれ!セイラさまを助けるためなんだ。頼む!」

 むずかしいことはわかっていた。

 衣(ころも)に染(し)みついた血と水では扱(あつか)いやすさが違う。

 だがここにいる者で、それができるのは真純しかいない!

「俺からも頼む、真純。俺たちはセイラ殿に助けられた。その恩には報(むく)いなきゃならねえ。なーに、できなかった時はできなかったでいいさ。だがなにもせずに、見殺しにはできねえだろ?」

 護純の温(あたた)かい眼差(まなざ)しに、真純は素直(すなお)にうなずいた。

「わかった。やってみる」

 胸の前で手を組み、真純は一心になにかをつぶやきはじめた。

 なにも変わったようすはない。

 ――いや、草むらがかすかに震(ふる)えだした。

 そこから、小さな赤い無数の粒が立ち上り浮遊(ふゆう)している。

 同じことは、セイラの衣にも起きていた。

「みんな、セイラさまの身体に戻って!」

 ナギや護純が唖然(あぜん)として見守る中、浮遊していた粒は、無数の赤い線を描いてセイラの身体に吸い込まれていく。

 しばらくしてセイラの頬に血の気がさしてくると、オルフェウスはほっと吐息をついた。

「セイラさま、これで助かる?」

 心配する真純に、オルフェウスがうなずく。

「ああ」

「真純、おまえすごいな!」

 ナギが感心すると、護純も目を細めた。

「まったく、大したもんだ」

 その時、突然悲鳴が上がった。

「私の…私の足が――っ!」

「ザフだ!あいつ、まだ生きてたのか!」

 駆け出して行こうとするナギを、オルフェウスが止めた。

「待て!私が行く。おまえたちはセイラさまを守ってくれ」

「だったら二人で……!」

 はやるナギを、オルフェウスは鋭い目でにらんだ。

「私は、おまえにセイラさまを託(たく)すと言っている。それでは不服(ふふく)か?」

 セイラを託す――それは、オルフェウスが最大級の信頼を寄せた言葉だった。

「わかった……セイラさまはオレが守る!」

 やってきたオルフェウスに気づきもせず、ザフは草むらを這(は)いずりまわり、氷の欠片(かけら)をかき集めていた。

 欠片は、セイラに凍らされナギに砕(くだ)かれたザフの片足だった。

「私の足だ!これも、これも、これも……」

 かき集めた欠片を両腕に抱えて、どうにもならない現実と向き合いザフは絶叫した。

「うわああ―――っ!」

 そんなザフの隙(すき)を、オルフェウスは見逃さなかった。

 両手のひらから放たれた嵐のような閃光がザフに注がれる。

 だがそれは、直前の防御壁(シールド)によって防がれてしまった。

「おやオルフェウス殿、正気に戻っていたんですね。ですが、あまり私を見くびらないでいただきたい。この程度の攻撃でしとめれると思ったんですか?足を一本なくしたところで、私は自分の使命をやり遂げてみせる!」


   
   


 その頃、セイラの邸では――

 解凍(かいとう)を終えた水晶の開閉口が開いて、晴明(せいめい)が目を覚ました。

 起き上がって、自分が横たわっていた棺(ひつぎ)のような水晶に目をやり、あたりを見まわす。

 そこへ、家令(かれい)の楷(かい)が顔をのぞかせた。

「お目覚めですか、晴明さま。お話はセイラさまからうかがっております。長いことお休みでしたので、さぞおなかがすいておられるでしょう。ただいま、粥(かゆ)をお持ちします」

「あっ、ここは……」

 晴明が問い返す間もなく、楷は足早に遠ざかっていった。

「セイラ……」

 晴明は、神奈備(かむなび)に伝わる神と同じ名まえに苦笑して、水晶を出ると庭先に足を運んだ。

 ここはどこなのか。

 自分はなぜここにいるのか。

 わからないことだらけだった。

 ――さっきの者が戻ったら聞いてみよう。

 ふと、なにかの気配(けはい)に気づいて部屋の中を振り返る。

 そこにあったはずの水晶が、忽然こつぜん)と消えていた!

 消えた水晶が現れたのは、如意ヶ嶽(にょいがたけ)山頂の上空。

 ザフは、呼び出した遡行機(そこうき)を目指(めざ)して一気に上昇していった。

 異変を感じたのは、制御卓(せいぎょたく=コンソール)を見た瞬間――表示されていたのは、『解凍終了』の文字。

 開閉口を開け中のようすを確認するザフの顔に、悔(くや)しさと怒りが広がっていく。

「どうやって遡行機の場所を……ぬぬぬっ!先を越されるとは――っ!」

 晴明とセイラの神剣を交換する――それが、ザフの最後の目論見(もくろみ)だった。

 この時代に影響力を持つ晴明を殺してしまえば、時空が分岐(ぶんき)して並行世界へ転移してしまう可能性がある。

 それを避(さ)けるためなら、セイラも神剣を手放さざるを得ないだろう。

 晴明はそのための人質だった。

 その企(くわだ)てがついえた今、ザフの心の中に狂気にも似た執念だけが残った。

 ――こうなったら、なにがなんでも神剣を手に入れてやる!

 ザフは、首にかけて衣の下に忍ばせておいた赤い勾玉(まがたま)を取り出した。

 神剣に反応し明滅(めいめつ)しているその勾玉は、教主の血で作られていた。

 紐(ひも)を引きちぎり、勾玉を見つめるザフの顔に渇望(かつぼう)とためらいが交錯(こうさく)する。

 ――教主のお力をわがものに!せめて片鱗(へんりん)なりと!

 意を決して飲み込んだ次の瞬間――ザフの本性が姿を現した。

 灰色の皮膚に黄色の目、紺青(こんじょう)のばらけた髪の間からとがった耳が突き出ている。

 その身体から発する気は、今までとは明らかに違っていた。

「おお、力がみなぎってくる!これが、偉大なる教主のお力……」

 ――今なら皇子に勝てる!

 爛々(らんらん)とした目で、ザフは地上を見下ろした。

「皇子はどこだ?」

 その時、頭上から声が降ってきた。

「私はここだ!」


   
   


 その少し前――

 空に上っていったザフを追いかけようとしたオルフェウスは、後ろから呼び止められた。

「待て!私が行く」

 馴染(なじ)みのある声に、振り向いたオルフェウスの顔が輝く。

「セイラさま!」

「……だいぶ、無理をさせてしまったね」

 セイラは、オルフェウスの気がひどく消耗(しょうもう)していることに気づいた。

「それでは戦えないだろう。グェンの麻痺を解(と)いてやってくれ。篁(たかむら)と綺羅(きら)姫の回復は任(まか)せればいい」

「セイラさま……わかりました」

 オルフェウスの頬がゆるんだ。

 ザフを追うセイラを見届けて、オルフェウスはグェンの麻痺を解いてやった。

 篁の麻痺が解け綺羅姫が目を覚ますと、集まっていたナギや真純の顔に笑みがこぼれる。

「あ、たし……悪い…夢を……」

「夢ではない。おまえは、ザフに操(あやつ)られてセイラさまを刺した」

 オルフェウスの言葉ですべてを思い出した綺羅姫は、バッと両手で顔を覆(おお)った。

「……ろして……誰か、あたしを殺して……今すぐ、セイラのところへ行って……謝(あやま)らなきゃ……!」

 滂沱(ぼうだ)として流れ落ちる涙は、どれだけ悔やんでも取り返しのつかないことをしてしまった恐ろしさと絶望の涙だった。

「オルフェウス、あまり綺羅さんをいじめないでやってくれ。セイラが危なかったのは本当だし、気持ちはわかるけど……おまえだって、セイラに剣を向けただろ?」

 篁は苦笑して、綺羅姫に微笑(ほほえ)みかけた。

「綺羅さん、もう泣かなくていい。セイラは生きてるよ」

「えっ……」

 綺羅姫はおそるおそる起き上がって、篁とオルフェウスを見つめた。

「おまえが死んでも、セイラさまには会えない」

 オルフェウスは不愛想(ぶあいそう)に言って、わずかに頬をゆるめ空を指さした。

「セイラさまはあそこにいる」



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