第七十七話


 数刻後(すうこくご)―― 

 寝静まった邸(やしき)の門扉(もんぴ)が、そっと開いた。

 中から出てきた人影の背後に、音もなく頭上からもうひとつの影が下りてくる。

 ふいに後ろから肩を小突(こづ)かれて、人影はぎょっとしたように飛び退(の)いた。

「まだ夜明け前だぞ、ナギ。こんな時間にどこへ行くつもりだ?」

 声をかけたのは、青い目を爛々(らんらん)とさせたグェンだった。


「どっ、どこへ行こうとオレの勝手だ。あんた、一晩中見張ってたのか?」

「セイラさまに、おまえと篁(たかむら)殿を監視(かんし)するよう言いつけられている。昼間、篁殿となにか話していたようだが、如意ヶ嶽(にょいがたけ)へ行くつもりならやめた方がいい」

「あんたに、オレの気持ちがわかるはずない!オレは晴明(せいめい)にだまされて……なのに、じっとしてろって言うのか!」

 こぶしを握(にぎ)りしめてうなだれるナギに、グェンは自分を見た気がした。

 神剣を取り返す――そう言っていたのは、自分ではなかったか……。

「おまえでは、晴明に歯が立たない。昨日それがよくわかっただろう。捕まって、セイラさまの足を引っ張りたいのか?」

「やり方を変えればいい!人数をそろえて、もっと離れたところから狙(ねら)えば……」

「人数をそろえて……?篁殿は、役人を連れてくるつもりか!?」

「弓の使い手をそろえると言ってた。晴明が動けないよう、オレは精霊(せいれい)の力で足を止めておいてくれればいいって……」

「バカな!あれはザフだが、役人には晴明にしか見えない。篁殿が矢を射かけさせたら、晴明は罪人ということにされてしまうぞ!よく聞くんだ、ナギ。セイラさまは本物の晴明を見つけた。ザフのしたことは、晴明とは関係ない。罪人の汚名(おめい)を着せるわけにはいかないんだ!」

「あっ。じゃあ、どうしたら……」

「篁殿にわかってもらうしかない。ただ、今どこにいるのか……おまえは如意ヶ嶽に行って、篁殿がいたら引きとめてくれ。私は念のため邸と内裏(だいり)を捜してみる!」


     


『ぼくに考えがある。力を貸してくれ!』

 篁にそう言われた時、ナギは自分のことを認めてもらえたようでうれしかった。

 ――なにもできずにいるくらいなら、なんだってしてやる!

『晴明は結界(けっかい)を張っていたんだろ?なら、セイラと会うためには結界を解(と)かなければならない。おそらく晴明は、早朝(そうちょう)如意ヶ嶽に行って結界を解き、セイラを待ち受けるつもりだろう。狙いはその時しかない!ぼくは弓の使い手を集める。人数をそろえて、晴明がくる前に如意ヶ嶽のふもとで待ち伏せして、いっせいに矢を射かける!おまえは、精霊の力で晴明を足止めしてくれればいい』


 自分から先に仕かけるなんて、篁にしては思い切った策(さく)だと思った。

 それなら晴明に致命傷を負(お)わせられなくても、痛手を負わせるぐらいはできるかもしれない。

 だが、晴明に矢を射かけるということが、なにを意味するかは考えもしなかった。

「急がないと……役人に晴明の顔を見られる前に……」 

 ナギは集めた枯葉に乗って、屋根の上を急行した。

 夜の暗闇の中では、人目に触(ふ)れることはまずない。

 その枯葉にかかる風圧を一段と強めた。

 そのころ、邸の中では――

「セイラさま、ナギが出ていきました。引きとめるはずのグェンの姿も見当たりません」

「そうか。予想はしていたけど……」

 オルフェウスの声に目覚めたセイラは、床(とこ)から起き上がって吐息をついた。

「あれだけ言ったのに……みんな、ザフを甘く見過ぎてる」

「この分では、篁さまも……」

「ああ、すぐに後を追おう」

 事態は急速に動きはじめていた。

 夜が明けるころ、理空(りくう)は文を残してひっそりと邸を後にし、綺羅(きら)姫は護純(もりすみ)や真純(ますみ)と共に如意ヶ嶽を目指した。

 それぞれの思いを胸に向かう先に、燃えるような赤い山があった。


     


「遅い……」

 しだいに白みはじめる東の空を見て、篁は焦(あせ)りを感じていた。

 弓矢を携(たずさ)え、夜明け前に如意ヶ嶽まで来てほしいと文を送った者は十数名。

 いずれも信頼のおける近衛府(このえふ)の者たちだった。

 それがひとりも姿を見せないことに、篁は少なからず裏切られた思いだった。

 ここは、如意ヶ嶽の登り口に近い雑木林。

 乗ってきた牛車を帰らせ、弓と矢筒(やづつ)を足元に置きひとり暗闇の中にいると、どうしようもない心細さが押し寄せてくる。

 その時突風が吹いて、空から一塊(ひとかたまり)の木の葉が下りてきた。

「篁さま――!」

 現れたのは、いつになく思いつめた顔をしたナギだった。

「……驚いたな。ナギ、おまえ空を飛んできたのか?」

「風の精霊の力を借りて……それより、篁さまが集めた者たちは……?」

 篁は首を振って、都の方角に目をやった。

「少し、遅れてるだけだ。そのうちきっと来るさ」

「ダメです、篁さま!役人を呼んだら晴明が罪人になってしまう!」

「罪人……?嵯峨宮(さがのみや)から神剣と理空殿を奪い、阿黒(あくろ)王を呼び出して内裏(だいり)を焼き払った!その上セイラを殺そうとしているやつだぞ!どこが罪人じゃないって言うんだ!」

「あれは晴明じゃない!篁さまだって聞いてるんでしょう?セイラさまと同じ世界からきたザフっていうやつだって……グェンが言ったんです。セイラさまが本物の晴明を見つけたって……篁さまがザフに矢を射かけるのを他の者が見てしまったら、本物の晴明まで罪人になってしまいます!」

「見つかった!?晴明が……そうか」

 篁は急に力が抜けてしまったように、ドスンとその場に座り込んだ。

「じゃあ、どうすればいいんだ!集まってくれた者に、ぼくはなんて言えば……」

「ここには誰も来ませんよ」

 その声と同時に、頭上の枝が揺(ゆ)れて黒い影が舞い降りてきた。

 ――瞬間、篁は立ち上がって、

「誰だ!?おまえ……嵯峨宮か?」

「グェンです、篁さま。こいつ、そう呼ばないと機嫌が悪いんです」

 それを聞くと、篁は目をぱちくりさせて二人を見やった。

「おまえたち、いつの間にそんなに仲が良くなったんだ?」

「仲良くありません!たまたま昨日一緒になっただけで、オレは別に……」

 ブツブツつぶやいているナギを尻目(しりめ)に、グェンは篁に向きなおった。

「近衛府(このえふ)に集まっていた者なら、私が眠らせておきました。納屋(なや)に閉じ込めておいたので、午の刻(うまのこく=昼十二時ころ)までは目覚めないでしょう」

「礼を……言うべきなんだろうな」

 篁は、握(にぎ)りしめたこぶしをほどいてうなだれた。

「数に頼ろうとしたぼくが浅はかだったって……」

「私はあなた方を見張れというセイラさまの命に従ったまで……礼ならセイラさまにどうぞ。私の役目は、あなた方を無事に連れ戻すことです」

「すべて見すかされてた、ってことか」

「……残念ですが、ナギとあなたではザフに歯が立ちません」

 明けていく東の空をにらんで、篁は自分の無力さを噛(か)みしめた。

「クッ!ここまで来て、なにもできないなんて!」

 その時、後方から牛車(ぎっしゃ)の音が近づいてきた。

 木陰(こかげ)に隠れる三人の前を、牛車が通り過ぎていく。

「晴明の牛車だ!」

 問いかけるようなナギの眼差(まなざ)しに、グェンは首を振った。

「昨日のことを忘れたのか」

「昨日……?なにかあったのか?」

 篁に聞きとがめられると、グェンは浮かない顔で声を落とした。

「戦うべきではなかったのに、やむなく……ナギが助けてくれなければ、私は死んでいたでしょう」

「も…もともとはオレのせいなんだから、おまえは悪くない!」

 口をへの字に結んだナギを見て、篁は二人が仲良くなった理由がわかった気がした。

 ――この二人、似てるな。

「篁さま、牛車から誰か降りてきます!」

 降りてきたのはザフ。

 結界を解いて、牛車に向かい手を合わせなにかをつぶやく。

 すると、中から重箱(じゅうばこ)や提子(ひさげ)をささげ持った女人が次々と現れた。

 およそ一輌(いちりょう)の牛車には収(おさ)まりきれない数の一行が、結界の解かれた如意ヶ嶽を静々と上っていく。

「あれは……どういうことだ?」

 目を疑いたくなるような光景に、篁は思わずつぶやいた。

「おそらく式神でしょう。紙人形なら懐(ふところ)に入れておけます。昨日ザフは私に、ある方を紅葉狩りの宴に招待したと言っていました。あの言葉は、嘘(うそ)ではなかったのか……」

 グェンもまた、狐(きつね)につままれたような顔で行列を見つめた。

「ある方っていうのは、セイラのことだろう。紅葉狩りをしながら、なごやかに剣(つるぎ)を交換(こうかん)しようとしているのか……?」

「そんなはずない!」

 ナギは篁をにらんで叫んだ。

「あいつはオレとグェンを殺そうとした!あいつは、ずるくて嘘つきで――っ!?」

 突然、ナギは後ろから口をふさがれた。

「それがわかっていて、なぜここへきた?」

 ぎょっとして振り返ると、そこにザフより怖いセイラが立っていた。



   
  
   


「セイラさま!?」

 後ろには、オルフェウスの顔も見える。

 セイラは無言で三人をにらみつけ、しばらくしてその目をふっとゆるめた。

「まっ、きてしまったものはしょうがない。ザフに手を出さなかっただけでもよかった」

 ほっと胸をなでおろす三人に、セイラは厳(きび)しい言葉を浴(あ)びせた。

「だが、ここから先は手出し無用!山に入ってきた者は、私との縁(えん)もそれまでと思ってもらおう」

 篁は一瞬たじろいで、

「縁を切る……もう友とは思わない、ってことか?」

「そうだ」

 澄(す)んだ紫色の目が、一点の翳(かげ)りもなく篁に向けられる。

 その真剣な目にあらがえるはずもなかった。
 
「わかったよ。おまえに縁を切られるのはごめんだ。もうぼくたちにできることはないし、後はおまえの無事を祈るだけだ」

 ナギとグェンもうなずくと、セイラは艶(あで)やかに微笑(ほほえ)んだ。

「じゃあ、行ってくる」

 そう言って背を向けたセイラを、篁は後々まで忘れることができなかった。


   


 如意ヶ嶽(にょいがたけ)は、紅葉の只中(ただなか)にあった。

 山頂から裾野(すその)に至(いた)るまで、赤や黄、松の緑といった鮮やかな色彩に染め上げられている。

 樹上を飛翔しながらその景色に目を奪(うば)われていたセイラは、ザフの気を感じオルフェウスとともに下りていった。

 ――瞬間、木の葉が音を立てて一斉(いっせい)に舞い上がり、二人の視界を奪う。

 二つの神剣が近づいたことで、反発しあう気が不穏(ふおん)な渦を巻きはじめていた。

 しばらくして目を開けると、山頂の開けた場所、紅葉が見渡せる一角に緋毛氈(ひもうせん)が敷(し)かれているのが見えた。

 その上には膳(ぜん)が並び、さまざまな料理や酒肴(しゅこう)が盛られている。

「これは――!?」

 セイラは絶句(ぜっく)して、くすくすと笑い出した。

「たいそうな歓迎(かんげい)ぶりだ。ここで宴(うたげ)をもよおすつもりだったのか、ザフ?」

 呼びかけられて、林の奥から現れたザフは、瓶子(へいじ=酒を入れる器)をたずさえていた。

「おや、ずいぶんお早いお着きですね。下にいた連中の身を案じられましたか?」

「そんなところかな」

「ご安心を……私も、弱い者いじめは好きではありません」

 クックックと喉(のど)の奥で笑って、ザフは瓶子を小鍋形(こなべがた)の提子(ひさげ)に入れた。

 緋毛氈の外におかれた小さなかまどの上で、提子からは湯気が立ち上っている。

「セイラさまのために、心ばかりの粗餐(そさん=粗末な食事)を用意しました。とはいえ、朝は冷えますからね。酒が温(あたた)まるまで、しばらくこの紅葉を楽しみませんか?ここからの眺(なが)めは、実に見ごたえがあります」

「せっかくだが、私はここに景色を見に来たわけでも酒を飲みに来たわけでもない。用事がすんだらすぐに帰らせてもらう」

「その用事の中に、この席も含まれていると言ったら……?」

 並べられた料理を手で指し示して、ザフは緋毛氈の上に腰を下ろした。

「――いいだろう」

 座につくセイラの後ろに、一分の隙(すき)もなくオルフェウスが無言で控(ひか)える。

 その強烈な殺気に、ザフは鼻白(はなじろ)んだ。

「やれやれ、少しがっかりしました。セイラさまおひとりで来ていただけるものと思っておりましたが……」

「私は神剣には触(さわ)れない。代(か)わりにオルフェウスに受け取ってもらう。だから連れてきた」

「触れない?フフッ、おかしなことを……神剣を探しにきたのではありませんか?」

 黙り込んだセイラを興味深そうに眺(なが)めて、ザフは提子(ひさげ)から瓶子(へいじ)を取り出した。

「酒が温まったようです。一献(いっこん)いかがです?」

「いや、私は酒は……」

「毒は入っていません。お疑いなら、私が先に……」

 自分の杯(さかずき)をかたむけて、再びザフは瓶子を差し出した。

 しぶしぶ杯を持ち上げたセイラが、注(つ)がれた酒を飲み干すのを見とどけて、ザフはにやりと笑った。

「セイラさまと……いえ、レギオン皇子と一度こうして話がしてみたいと思っていました。今日は、その念願(ねんがん)が叶(かな)ったというわけです」

「話す、なにを……?」

 セイラは冷笑を浮かべて、

「記憶のない私から、なにを探(さぐ)り出そうと……?」

「探り出すなど人聞きの悪い。では、私からお話ししましょう。わが教主(きょうしゅ)と皇子がよく似ているというのは、教団では有名な話です。まるで双子ではないかと思えるくらいに、そっくりだと……」

 双子――という言葉に、セイラのなにかが反応した。

 動揺(どうよう)を押し殺そうと、注(そそ)がれた酒を一気に飲み干(ほ)す。

「それで……?」

「もっとも、これは王家も知るところです。だからこそ七年前、教主を亡き者にしようとした王家によって、イムナドラの大虐殺(だいぎゃくさつ)が起こった……」

「作り話はそこまでだ!」

 怒気(どき)を含(ふく)んだオルフェウスの目が、冷たく光った。

「王家がイムナドラに侵攻(しんこう)したのは、内乱を鎮圧(ちんあつ)してほしいという要請(ようせい)があったからだ。その内乱の首謀者(しゅぼうしゃ)こそ、おまえたちの教主ではないか!」

「これは聞き捨てなりませんね。我々は教主の教えによって、堕落(だらく)したイムナドラの人々を救おうとしていたのですよ」

 敵意をむきだしにした両者の眼光が、空中で見えない火花を散らす。

「私に話があるんじゃなかったのか?」

 冷静なセイラの声に、気をとりなおしたザフはグイッと酒をあおって、

「大虐殺で生き残った者はほんのわずか……私は教主のお側(そば)で仕(つか)えることができるようになりました。教主にまみえるたび、私はよく思ったものです。なぜお二人は似ているのか、なぜ王家はこれほど教主を目の敵にするのか……」

 聞いていたオルフェウスの胸がざわめいた。

 ザフは、王宮で誰も言及(げんきゅう)できずにいる王家の機密(きみつ)に触(ふ)れようとしているのか――

「皇子が実は双子だった――というのはいかにもありそうな話ですが、残念ながらそれを証明するものは見つかりませんでした。代々の王家に皇子はたったひとりしか生まれない。したがって、傍系(ぼうけい)の存在はありえない。では、お二人が似ているのは偶然の一致に過ぎないのか……それを検証するために、お会いして話がしてみたいと思ったのです」

 反応をうかがうようにセイラを見つめて、ザフはふふんと鼻を鳴らした。

「でも安心しました。似ているなどと誰が言ったのか……こうしてみると、教主とあなたはまったく違う」

「ほう。どんな風に……?」

「どんな風に?あっははは……皇子を前にして申し上げるのもなんですが、あの方はすべてにおいて完璧です。その身に宿る近寄りがたいほどの威厳、崇高なお志(こころざし)、慈母(じぼ)のごとき包容力(ほうようりょく)……」

 うっとりとした表情で話すと、ザフは挑戦的な目を光らせた。

「顔は似ていても、あなたにはそれがない」

「きさま――っ!」

 剣に手をかけるオルフェウスを制して、セイラは冷笑した。

「信者を心酔(しんすい)させる教主の手管(てくだ)は大したものだ。私にはどうでもいいことだが……退屈な話ばかりで、そろそろ飽(あ)きてしまった。おまえの言いたいことはそれだけか?」

 カッと頬(ほほ)に血を上らせたザフは、怒りを内に秘めてにっと笑った。

「やれやれ、教主のすばらしさをわかっていただけないとは残念です。その求心力(きゅうしんりょく)を恐れた王家が、命を狙(ねら)うには十分な理由だと思いますが……ここにきて少し考えが変わりました。問題は神剣が二本あったこと……あなたの剣と教主の剣です。やはり、お二人の間には浅からぬ因縁(いんねん)があるのでしょうね」

 因縁――

 オルフェウスは、綺羅姫から聞かされたことを思い出していた。

 ――柄岩島(つかいわじま)の剣(つるぎ)は、大昔に神さまと戦った相手の剣じゃないかって……。

 それが、王家がひた隠しにしてきた教団との因縁なら、両者の間になにがあったのだろう。

 はるかな時を超えて神剣が世に現れた今、戦いが再びはじまろうとしているのか――

「この神剣には、途方もない力が秘められている。皇子が岩から引き抜いた時、光の柱が立ったというではありませんか。なのに私が握ったところで、なんの変化もない」

 ザフは衣の上から懐(ふところ)を押さえて、大げさにため息をついた。

「やはりお二人にしか、剣の力は引き出せないのでしょう。ここに来る前、教主は私に言いました。その剣を持つ者のみが宇宙の覇者(はしゃ)となれる――と。王家はとっくに知っていたのでしょう?神剣が二本あることを……だから教主を殺そうとした。宇宙に覇者(はしゃ)は二人もいらない」

「フッフッフ、はっはっはっは……」

 突然、セイラは高らかに笑い出した。

「覇者ってなんだ?富と権力をほしいままにする者か?教主は覇者になりたいのか。クックック……滑稽(こっけい)だな、救世主でなく覇者とは……信仰心も底が知れる。フフッ、なりたければなればいい」

 そう言ってザフをにらんだセイラの目には、強い意思(いし)の光があった。

「だが宇宙の規律(きりつ)を乱す者は、王家が許さない!」

「セイラさまっ!?」

 オルフェウスはハッとしてセイラを見た。

 記憶が戻ったのかと思ったその時――

「ふざけるな――!」

 ザフは怒りにまかせて、目の前の膳(ぜん)を乱暴に払(はら)いのけた。

 贅(ぜい)を尽(つ)くした料理や器(うつわ)が、緋毛氈(ひもうせん)の上に飛び散る。

「教主を侮辱(ぶじょく)することは許さない!誰であろうと、許されないことだ!」

 立ち上がって、ザフは懐(ふところ)から神剣を取り出した。

 なめらかな白磁(はくじ)色の輝きが、セイラの目に焼きつく。

 気がつけば、狩衣(かりぎぬ)の下でもうひとつの神剣が戦慄(わなな)いていた。

「やはりこれは、あなたにお返しするべきではありませんね」

 暗い笑みを浮かべて神剣を懐(ふところ)に戻し、ザフは手のひらから円盤(えんばん)を浮き上がらせた。

「結果は見えていたのです。どのみち教主にとってあなたは邪魔者でしかない。その上、教主を侮辱(ぶじょく)した罪は万死(ばんし)に値(あたい)する!宇宙の守護神を気取る王家の、その驕(おごり)り高ぶった鼻をへし折(お)ってやりましょう!」



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