第七十六話


「安倍晴明(あべのせいめい)だ!ザフは、晴明も時空間航路に隠(かく)していたんだ!」

「航路(こうろ)に、三年間も……!」

 オルフェウスは絶句(ぜっく)して、怒りにこぶしを震(ふる)わせた。

「それがどういうことになるか、考えもせず――!」

「航路内で人は長く生きていられるのか、オルフェウス?」

 最悪の事態(じたい)が、セイラの脳裏(のうり)をよぎる。

「防護膜(ぼうごまく=ポッド)に包(つつ)まれていれば、あるいは……時空遡行(じくうそこう)機の警告(けいこく)音が鳴ったことからしても、航路内になにかがあることは確かでしょう。だとしても、三年という時がたっています。中の人間はおそらく……」

 世に名高い安倍晴明の、歴史を覆(くつがえ)す早世(そうせい=早く死ぬこと)――それがどういう結果をもたらすかは、考えるまでもなかった。

 同じ死でも左大将や楊姫(ようひめ)、左大臣の死は、直接セイラが手を下(くだ)したわけではない。


 言いかえれば、彼らの死には必然性(ひつぜんせい)があったというべきだろう。

 だが晴明の死は、ザフが航路に閉じ込めたことが直接的な原因だった。

 この時代にいるはずのない者によって覆(くつがえ)された歴史の整合性(せいごうせい)――

 その生涯が後世に強い影響力を持つ者であればあるほど、歴史は改変され時間軸が分岐(ぶんき)して、この世界は元の時間軸とは異なった並行世界へ転移(てんい)してしまう。

「それが事実だとしたら、私たちは元の世界とは違う世界にいることになるのか……?」

 この時セイラの心に、郷愁(きょうしゅう)とでも呼べるような不思議な感情が沸(わ)き起った。

「フフッ、ハハハ……皮肉なものだな、今ごろこんな気持ちになるなんて。ハハハ……」

 笑い声は、とめどなく溢(あふ)れ出て止みそうになかった。

「セイラさま……」

「ハハ…ザフはなにを考えているんだ?晴明が死ねば、自分も元の場所に帰れなくなるのに……待てよ……」

 ザフは、神剣を持ち帰らなければならないと言っていた。

 そのザフが、むざむざ帰路(きろ)を断(た)つようなまねをするだろうか……?

「晴明が死んで時間軸が分かれたのだとしたら、時を遡(さかのぼ)っても並行世界へ行くことはできないはずだ。でも私たちがここに来たということは、この時代は私たちのいた時代とつながっていることになる……オルフェウス、晴明はまだ生きている!」

「言われてみれば、確かに……」

 冷静さを保っていた顔が、わずかにほころぶ。

「どういう方法でかは知らないが、晴明は生きている!だとしても、航路が変容(へんよう)しかけているのは事実だ。晴明を救い出さない限り……オルフェウス、おまえの遡行機(そこうき)で私もそこへ連れていってくれ!」


   
 


「重力を検知(けんち)したのは、このあたりです」

 左腕にはめられた計器(けいき)を確認しながら、オルフェウスは周囲を見まわした。

 茫漠(ぼうばく)とした航路内で、目につくような異常はどこにも見当たらない。

 二人の乗った防護膜(ぼうごまく=ポッド)は、無辺際(むへんさい)の航路を慎重(しんちょう)に静々と進んでいった。

「気のせいかな。さっきから、防護膜(=ポッド)が左へずれていっている気がする」

 むずかしい顔をして、前を見ていたセイラがつぶやいた。

「そんなはずは……計器は直進していると出ています。もし航路から外(はず)れていっているなら……」

「航路から外れてはいないんだろう。そうか、これが変容しているということか……ほら、また左にずれた……」

 今度はオルフェウスにも感じとることができた。

 ほんのわずかではあるが、身体が左へ傾(かたむ)く感覚が残っている。

「それに少し……気分が悪い。まるで乗り物酔いでもしているみたいだ」

 蒼白(そうはく)な顔で、セイラは口元を押さえた。

「実は私もです。目ではとらえることができない空間の歪(ひず)みを、平衡(へいこう)感覚をつかさどる内耳(ないじ)が感じとっているのかもしれません」

「つまり……私たちは空間の歪(ゆが)みに沿(そ)って進んでいるわけか」

「はい。しかしこれほど変容しているとは……航行できているのが不思議なくらいです」

 その時、セイラの目が一瞬光るものをとらえた。

「オルフェウス、あそこになにかある!」

 近づいてみると、硬質(こうしつ)な玻璃(はり=ガラス)のようなものが航路の中に埋(う)もれていて、その一部が露出(ろしゅつ)していた。

「ほとんど埋もれかかっている。あそこに晴明がいるなら早く助け出さないと……私が行ってようすを見てこよう。おまえは、万が一ザフがこないか見張っていてくれ」

 防護膜(ポッド)を出たセイラは、露出して見えている場所に向かった。

 航路の左側下方にあるその物体をのぞきこんでも中のようすは見えず、一見しただけでは全体の大きさもはっきりしない。

 祈(いの)るような気持ちで、セイラは物体に力を注(そそ)ぎ航路から引き上げた。

「これは……!?」

 現れたのは、まるで棺(ひつぎ)のような多面体の水晶。

 人ひとりが収(おさ)まるほどの大きさの水晶の中には、本物の晴明が眠るように横たわっていた。

 外側に設置(せっち)された制御卓(せいぎょたく=コンソール)には『人工睡眠中』の文字。

「そういうことか……あっはは、オルフェウス!晴明は生きてる!」

 振り返ったセイラの笑顔に、オルフェウスの吐息がこぼれる。

「まさか、冷凍睡眠させていたとは……」

「このまま眠らせて行こう。ここで解凍してもいいけど……晴明に説明するのが面倒(めんどう)だ」

「ザフのいる教団が作ったものでしょうか?形状(けいじょう)は、王家のものとはかなり違いますが……」

 防護膜の中に引き入れた水晶に触(ふ)れながら、オルフェウスは驚きを隠(かく)さなかった。

「単純な鉱物ではありませんね。特殊な加工が施(ほどこ)されているようです。王家以外に、時空遡行機を作れる者がいたとは……」

「教主(きょうしゅ)は、人ならざる者――」

 その言葉に、オルフェウスはハッとして顔を上げた。

「セイラさま、今の言葉は……」

「えっ。ああ……すまない、ぼうっとしていた。私はなにか言ったか?」

「………いえ」

 セイラのようすに、これと言って変わったところは見られない。

 ――本当に、お疲れになっておられただけなのか……。

 落胆(らくたん)と言葉にならない不安が、オルフェウスの胸に残った。

「なにかつぶやかれていたようなので、記憶が戻ったのかと……」 

「記憶は戻ってないよ。早くしろって急(せ)かされてるけど」

 セイラは苦笑いを浮かべ、

「制御卓(せいぎょたく=コンソール)の説明を読んだら、急速解凍には危険が伴(ともな)うようだ。やはり邸に連れ帰って、時間をかけて解凍することにしよう」

 そう言って航路に目をやり、眉(まゆ)をひそめた。

「これで、変容が収(おさ)まってくれればいいが……」


   
 


 解凍を終えるまでの間、白い布で覆(おお)い隠された水晶は母屋の片隅に置かれた。

「丸一日はかかりそうだ。便利な機能だけど……遡行機で冷凍睡眠とはね。最初から、誰かとすり替わることを想定(そうてい)していたんだろうな」

 興味深そうに制御卓を眺(なが)めているセイラに、オルフェウスは淡々(たんたん)とした口調で、

「では、明日の出発までは間に合いませんね。楷(かい)に、晴明が目覚めた時の世話を頼んでおきますか?」

「うん。でもこれでよかったのかもしれない。探し物が手に入ればザフは消えるだろう。自分のにせものなんて、見たくないだろうからね」

「剣(つるぎ)を手に入れれば、セイラさまも元の世界に帰れます」

「ああ……そうだね」

 一瞬にして翳(かげ)る瞳(ひとみ)に、オルフェウスが気づくことはなかった。

「おまえには明日、私の代わりに神剣を受け取ってもらおうと思う」

 オルフェウスが神剣の秘密を知ってしまったことは、綺羅姫から聞かされていた。

「明日だって――!」

 その声に振り返ると、部屋の入り口に血相を変えた篁(たかむら)が立っていた。

「篁!いつからそこに――!」

「たった今だよ!おかしいと思ってたんだ。神剣を交換(こうかん)することにしたって言いながら、いつとは言わないから気になって来てみれば――」

「篁……」

 セイラは苦笑して、

「訪(たず)ねてきたあいさつもなしで、いきなり大声を出されたらびっくりするじゃないか。楷は迎(むか)えに出なかったの?」

「楷なら、向こうで護純(もりすみ)となにかもめてたよ。ぼくが来たことにも気づいてないんじゃないか?それでなくても、この邸は使用人が少ないから……」

 篁はかまわず部屋に入ってきて、セイラの前に腰を下ろした。

「そんなことより、ぼくになにも言わないで行くつもりだったのか!?」

「神剣を交換するだけだからね。オルフェウスと二人で行ってくる」

 その時、簀子縁(すのこえん)をドタドタと乱暴な足音が近づいてきた。

「ナギ、走ってはいけないと何度言ったらわかるんです!床(ゆか)がすり減ってしまいますよ!」

 楷のどなり声が、後を追いかけてくる。

「いた!セイラさま!」

 部屋の入り口に現れたのは、息を切らして張り裂けそうな目をしたナギだった。

「今度はおまえか……」

 セイラはため息をついて、

「今は来客中だ。ナギ、用があるなら後にしてくれ」

 冷たくあしらわれても、ナギは気にせずその場に座り込んだ。

「たっ、篁さまだって聞きたがるはずです!晴明が、今日どこでなにをしていたか!」

「晴明が……?なにをしてたんだ?」

 篁は話に乗ってきたが、セイラは眉を曇(くも)らせた。

「晴明のところへ行ったのか?私はもう行くなと言ったはずだが……?」

 睨(にら)まれると、ナギはしまったという顔で口元を押さえた。

 だが、ここで怯(ひる)んではいられない。

「オレは行ってよかったと思ってます。なにも知らないでいるよりは……あいつは、如意ヶ嶽(にょいがたけ)に結界(けっかい)まで張ってなにかを仕掛(しか)けていました。それはきっと……」

「セイラを陥(おとしい)れる罠(わな)か!?」

 篁が言うと、ナギは強くうなずいた。

「セイラさま、晴明と如意ヶ嶽で会う約束がありますね?」



   

   


「聞いてどうする?おまえが知る必要のないことだ」

 あっさり撥(は)ねつけられても、ナギは引き下がらなかった。

「オレにだってできることがあります!オレだって、セイラさまのお役に――!」

「ないよ――!」

 セイラはいつになく声を荒(あ)らげた。

「おまえにできることはない」

「セイラ、さま……」

 呆然(ぼうぜん)として言葉もなく、すがるようにナギはセイラを見た。

 そこに求めるものがないとわかると、グイと目頭(めがしら)をこすって走り去った。

「あれでよかったのか、セイラ?ナギはナギなりに、おまえのことを思って……」

 遠慮(えんりょ)がちに声をかける篁(たかむら)に、セイラの返答は冷たかった。

「おまえもだ、篁。明日は、おまえも来なくていい」

「そりゃ……ぼくだって、ナギより力になれるとは言わないけど……でも、邸でじっとしてなんかいられないよ!晴明が罠(わな)を仕掛(しか)けてるってことは、素直(すなお)に神剣を取りかえる気はないってことだろ?おまえの身に、もしなにかあったら……」

「オルフェウスがいる。私の代(か)わりに、神剣を受け取る者が必要だ」

 それを聞くと、篁はカァーッと頬(ほほ)を赤らめて立ち上がった。

「ああ、わかったよ!ぼくたちじゃオルフェウスにはおよばない。足手まといってことだね!」

 足音も荒く立ち去る篁の背中を見送って、セイラは外の階(きざはし)にいる者に声をかけた。

「入ってこい、グェン。そんなところにいたら、楷(かい)に怪(あや)しまれる」

 部屋に入ってきたグェンを見るなり、セイラは噴(ふ)き出した。

「烏帽子(えぼし)がずれてるよ。髪の毛もほつれてる。ナギの頭や衣(ころも)にも木の葉がついていたし……相当急いでいたんだね」

 言われて恥ずかしそうに烏帽子に手をやるグェンに、セイラは穏(おだ)やかな眼差(まなざ)しを向けた。

「ナギを守ってくれて感謝するよ。ザフとやりあったんだろ?その判断が正しかったかどうかはともかく、二人とも無事でよかった」

「いいえ、助けられたのは私の方です。ナギがいなければ、私は麻痺(まひ)したまま墜落(ついらく)していました」

「そうか。なら、後でナギに謝(あやま)っておかないと……なにもできないなんて、言ってしまったから」

 微笑(ほほえ)むセイラに、グェンは思い切って聞いてみた。

「なぜ、二人にあんな言い方を……?」

「聞いていたのか」

 笑みの消えたセイラを、つかの間の沈黙が支配する。

「この取引について考えていたんだ。ただ神剣を交換するだけなら、誰が行こうと問題はない。でもザフは如意ヶ嶽(にょいがたけ)を指定してきた。それがどういう意味をもつか……如意ヶ嶽なら、罠(わな)を仕掛けるにしても戦うにしても格好(かっこう)の場所だ」

「では、その時から罠があると――!?」

「確信があったわけじゃない。でも罠が仕掛けられているのだとしたら、ザフの狙(ねら)いは神剣の交換ではないことになる。二本とも奪おうとしているか、もしくは私を殺そうとしているかだ。一度牙(きば)をむいてしまったらザフにしても後がない。おそらく命がけの凄惨(せいさん)な戦いになるだろう。そんなところに大切な者を連れてはいけないよ」

「それで、あんなことを……」

 重い空気に包(つつ)まれたグェンを見て、それまで沈黙を守っていたオルフェウスが口を開いた。

「ですが、篁殿は明日取引があることを知ってしまいました。セイラさまに拒(こば)まれても篁殿なら…あるいはナギも、自分の意思で如意ヶ嶽に行こうとするかもしれません」

「わかってるよ、オルフェウス。だからグェンに頼んでおくんだ」

 セイラはにっこりと笑った。


   
 


 篁は怒っていた。

 セイラに、足手まといと思われたからではない。

 実際なんの力にもなってやれない自分が、腹立たしく歯がゆかった。

 だからと言って、すべて二人に任(まか)せて自分は知らぬ顔などできるはずもない。

 なにか自分にできることはないのか――

 その時、同じような目をして庭を見ているナギに気づき、歩み寄った。

「明日だ、ナギ。ぼくに考えがある!」

 その頃、東の対屋(たいのや)では――

「姫さん、話があるんだがいいかな?」

「その声は護純(もりすみ)ね。いいわ、入って」

 護純が部屋に入っていくと、綺羅姫と桔梗(ききょう)、真純(ますみ)が勢ぞろいしていた。

「なんだ。みんないたのか」

 三人の前に腰を下ろして、護純はにまっと笑った。

「首尾(しゅび)は上々。三人は明日、牛車(ぎっしゃ)で東の市に買い物に出かける。俺はその護衛(ごえい)についていくことになった」

「わっ、わたくしは行きませんわよ!邸(やしき)に残って、留守を守る者が必要ですから」

「そっ!ならいいわ。あんたは残って、楷(かい)にこき使われてればいいのよ」

「姫さま――」 

 恨(うら)めしそうな顔の桔梗を無視して、綺羅姫は話を進めた。

「この衣(ころも)じゃ動きづらいわね」

 腕をぐるぐるまわして、袿(うちぎ)の長い裾(すそ)を眺(なが)め、

「狩衣(かりぎぬ)か水干(すいかん)が欲しいわ。護純、用意できる?」

「水干ならなんとかなるが……俺からもひとついいかな。ここまでおぜん立てしておいてなんだが、姫さんはおとなしく邸で待っていた方がいいんじゃないか?その……姫さんが言ってた嫌な予感ってのが当たってたとしたら、セイラ殿の邪魔にならんとも限らん」

「そう…かもしれないわね」

 綺羅姫は声を落して、ためらいがちに言った。

「でも、セイラが神剣を手に入れるかどうかは、あたしにとっても大切なことなの。あたしはそれを見とどけたいの……ううん、見とどけなくちゃいけないのよ!」

「なにか、事情があるって顔だな」

 護純は綺羅姫のただならぬ決意を感じとったが、それがなぜかはわからなかった。

「まっ、深い詮索(せんさく)はしないでおこう。セイラ殿には大恩がある。その姫さんの頼みって言うんなら、俺はなんだってやるさ。明日は計画通り出かけるぞ!」

「真純も!真純も姫さまを守る!」

 綺羅姫はほっと吐息を漏(も)らして、目じりをぬぐった。

「二人とも……ありがと」

 ――その夜、

 聞こえてくるかすかな笛の音に、綺羅姫は浅い眠りから目覚めた。

「この音色……セイラ!」

 冴え冴えとしたその音色は、綺羅姫が吉野の山荘でよく聞いていたものだった。

 あの頃は毎日が楽しくて幸せだった。

 セイラがどこの誰であろうとかまわなかった。

 日々は流れ、綺羅姫は今もセイラの側にいるのに、不安ばかりがこみあげてくる。

 明日、セイラは神剣を取り戻しに行く。

 その時なにが起こるかは誰にもわからない。

 もしセイラが、神剣に触(ふ)れてしまったら――

 そう思うと綺羅姫は矢も楯(たて)もたまらず、衣架(いか)にかけてある袿(うちぎ)を羽織(はお)り、草履(ぞうり)をつっかけて走り出していた。

 釣り灯籠(つりどうろう)の淡い光の中に、セイラの姿はなかった。

 笛の音を頼りに前庭を歩いて行くと、大きな柳の木の下におぼろに光って見える後ろ姿が見えた。

 そっと近づいていくと、ふいに笛の音が止んだ。

「星がきれいだよ、綺羅姫」

「セイラ……」

 歩み寄って夜空を見上げると、満天の星々が煌(きら)めいていた。

「ほんと、きれい……」

「寝ているところを起こしてしまったかな。眠れなくて、久しぶりに笛を吹いてみたくなったんだ」

「あたしも、考え事をしててよく眠れなかったの。だからちょうどよかったわ。こんなきれいな星が見れて……」

 星明りの下、綺羅姫の笑みにつりこまれるように、セイラは笑って星を見上げた。

「本物の安倍晴明が見つかったよ。長い間眠らされていたようだ。目覚めるまで時間がかかりそうだから、私の寝所に運んで布をかぶせてある」

「本物…って、じゃあ嵯峨宮(さがのみや)から理空(りくう)さまと神剣を奪ったのは……」

「私と同じ世界からきた、ザフと言う能力者だ。神剣を探すため、晴明になりすましていた」

「そう……」

 綺羅姫は驚いたが、それ以上心がかき乱されることはなかった。

 どこかで、予感していたのかもしれない。

「にせの晴明も、神剣に触(さわ)ると神さまになるの?」

「いや、ザフはならない。神剣の持ち主は別にいる」

「その人も…セイラと同じ世界の人?」

「ああ」

 綺羅姫はうつむいて、ぶるっと身体(からだ)を震(ふる)わせた。

「夜は冷えるわね。寒くて、凍(こご)えてしまいそう……」

「綺羅姫が怖がることはない」

 セイラはそっと抱きしめて、髪をなでた。

「ここにきてよかった、そう思うよ。綺羅姫と出会えて幸せだった。大切だと思える者にかこまれて、私はどれほど癒(いや)されたか……それでもいつかは、自分の役割を果たさなければならない時がくる」

「イヤよ!いつかなんて言わないで!神さまになんか…ならないで……」

 綺羅姫は、セイラの胸にすがって泣きじゃくった。

「約束して!明日も明後日も、ここで笛を吹いてくれるって……」

「綺羅姫が望むなら……」

 言葉にならない愛(いと)しさがこみあげてきて、セイラは綺羅姫と唇を重ねた。

 風が吹き過ぎて、柳の枝を揺(ゆ)らし、木の葉を巻き上げていく。

 この瞬間に、時が止まってしまえばいいと綺羅姫は思った。



  
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