第七十三話
六条朱雀大路(ろくじょうすざくおおじ)の神剣(しんけん)を見失ったあたりで、セイラは牛車(ぎっしゃ)を止めた。
「なにか感じるか、ナギ?」
ここへ来る途中、セイラはナギに神剣をなくした経緯(けいい)を大まかに話していた。
ナギなら、近くにいけば神剣の気を感じられるはず――
「いいえ、このあたりからはなにも……」
「そうか。なら、捜しても無駄(むだ)か」
唇(くちびる)から、深いため息がこぼれる。
予想はしていたことだったが、神剣は誰かに拾(ひろ)われたとみるべきだろう。
それを捜(さが)す手がかりは、ない。
その時――
「おまえ、さっきの黒い石どこで拾ってきたんだ?」
「うーん、この辺かな。あっちかな?暗かったから、よく覚(おぼ)えてない」
牛車の横を通る子どもの声がした。
「今の声――!?」
セイラはとっさに、車の中から鳶丸(とびまる)と乙矢(おとや)の名を呼んでいた。
「あれ、セイラさまの声がする。どこ?」
きょろきょろとあたりを見まわす乙矢の手を、鳶丸がつかんだ。
「牛車からだ!」
駆(か)け寄ってくる二人の気配(けはい)を感じると、セイラは後ろ簾(すだれ)を撥(は)ね上げて、
「乙矢が拾ったのか!その石を見せてくれ!」
「うーん、でも……」
「早くしろよ!あんなに見せたがってたくせに……」
鳶丸に急(せ)かされると、乙矢はぷーっと頬(ほほ)を膨(ふく)らませた。
「昨夜(ゆうべ)は光ってたのに、もう光らないから捨てた」
「捨てた!どこに――!?」
セイラの剣幕(けんまく)に気圧(けお)されて、乙矢は後ずさった。
鳶丸の背中に隠(かく)れて、恐る恐る五条の方角を指さす。
「あっち」
「案内してくれ!」
朱雀大路を戻って、四条大路に入る曲がり角付近(ふきん)の草むらを、乙矢はごそごそと捜しはじめた。
「おっかしいな、確かこの辺に……」
「ほんとにこの辺なんだろうな?石なんてどこにもないぞ」
ぶつぶつ言いながら、鳶丸も一緒に捜しはじめる。
「ウソじゃないよ。ほんとにほんっ!とにほんとだよ」
そのようすを、後ろから見ていたセイラの顔がこわばっていく。
「ナギ……?」
「いいえ、なにも……」
ナギは首を振って、ちらっと後ろを見た。
そして、セイラに熱い視線を向け集まりはじめた人々に、本人が早く気づいてくれることを願っていた。
グェンが姿を見せたのは、それから数日後の夜のことだった。
「止まれ!こんな時間に来客があるとは聞いていない。なに者か!?」
母屋(おもや)の階(きざはし)から、オルフェウスの誰何(すいか)を受けてグェンは立ち止まった。
「私です、オルフェウス・ラーダ。グェンです」
「グェン……なんの用だ?」
「昼は人目があるので……約束した僧侶(そうりょ)を、お返しにきました」
両の腕には、布でくるまれた人らしきものを抱(かか)えている。
「見つけたのか!」
その声と同時に、母屋からセイラが現れた。
「そこは暗い。グェン、中へ――」
夜具(やぐ)が用意され、灯台(とうだい)の明かりの下、横たわる理空(りくう)をセイラはまじまじと見つめた。
「かなり衰弱(すいじゃく)している。なぜこんなことに……」
「実は、僧は石を持っていませんでした。私が取り上げようとした時、石を取り上げられたら死ぬと言われたことがあります。なので……」
「石を奪(うば)われたことに責任を感じて、食を断(た)っていた……か」
そこまでの覚悟を決めて、なぜ神剣を手元におこうとしたのか――セイラは、今すぐにでも理空を揺(ゆ)さぶり起して聞いてみたい衝動(しょうどう)にかられた。
「僧を見つけ出した後も、航路(こうろ)内を探しまわりましたが、石は見つかりませんでした。おそらく……」
「安倍晴明(あべのせいめい)…ザフが持っている」
「はい……」
グェンは、石がどんなものかさえ知らない。
石を手放そうとしない理空を柄岩(つかいわ)島から連れ去ったのは、セイラをおびき出すためだった。
理空を連れ戻せても、セイラが本当に手にいれたかったのは石だったはず。
それを取り戻せなかった悔(くや)しさに、グェンはギュッとこぶしを握(にぎ)りしめた。
「私に……私にもう一度機会(きかい)をください!今度こそ必ず、あいつを倒して石を取り戻してみせます!」
セイラは直衣(のうし)姿の嵯峨宮(さがのみや)、グェンを見て笑った。
「それは私の役目だ。グェン、おまえはよくやってくれた。理空殿を見つけてくれたこと、感謝している」
「ですが、もともとは私が……!」
セイラは首を振って、言葉をさえぎった。
「グェンには、グェンのやらなければならないことがあった。どんな手を使ってでも、なにを犠牲(ぎせい)にしてでも……そうじゃないのか?」
「私は……私は――っ!」
唇をかみしめるグェンに、セイラは静かに語りかけた。
「責めているんじゃない。責めるつもりもないよ。人には他に方法を選べない時もある。それを、間違っていたと言うのは簡単だ。でも、グェンが求めていたものを私は与えてやれなかった。責任の一端(いったん)は私にもある。私は……おまえを追いつめてしまった。今回のことも……この状況は、誰も予測できなかった。おまえだけのせいじゃない。だから、ひとりで背負おうとしなくていい」
「皇子……クッ!」
グェンは肩を震(ふる)わせて、ガバとひれ伏(ふ)した。
「だまされていたとはいえ、私は皇子にとんでもないことを――!」
流れ落ちるのは、後悔と絶望の涙だった。
――サーナ、おまえの見る目は間違っていなかった。この皇子のためなら、お兄ちゃんはなんだって……。
それができなくなってしまった今の自分の境遇(きょうぐう)を、グェンは呪(のろ)った。
どうして、こんなことになってしまったのか。
なにがいけなかったのか。
どれだけ考えても、答えはひとつしかなかった。
あの時、あの人の言葉に耳を貸さなければ……。
もっと皇子を信頼できていたら――!
グェンは顔を上げて、正面からセイラを見つめた。
「私に……皇子の暗殺を依頼(いらい)したのは、グランダイク執政官(しっせいかん)です」
「グランダイク――!」
その名まえに、オルフェウスは愕然(がくぜん)とした。
「知っているのか、オルフェウス?」
「……陛下の側近(そっきん)、アストリアの三執政のひとりです。グェンが信用したのは無理もありません。彼の立場なら、転移(てんい)装置でグェンを送りこむことも、その後邪魔が入らないよう装置を破壊(はかい)することも可能でしょう」
そう言ったオルフェウスの、握りしめたこぶしから血の気が失(う)せている。
「そのグランダイクが、なぜ私を殺そうとする?」
「……彼には、大それた野心があるように思われます」
「大それた野心……?」
オルフェウスは答えなかった。
それを言えば、セイラが苦しむだろうということがわかっていたからだ。
「いずれにせよ、これは王家に対する反逆罪です。グランダイクは、それ相応(そうおう)の罰(ばつ)を受けることになるでしょう」
それ相応の罰――
聞いていたグェンの肩がビクッと震(ふる)えた。
「私は、これで……」
「グェン、待て!」
呼び止めるセイラの声も、グェンの耳に入らなかった。
アストリアに死刑はない、が……。
死んだ方がましと思えるような日々がこれから続いていくのだとしたら、これまで励(はげ)んできた日々はなんのためだったのか。
今さらながらに、自分のしてしまったことへの後悔の念が、グェンの胸をえぐり切り苛(さいな)んだ。
「気になりますか?」
グェンが去った後を目で追い続けるセイラに、オルフェウスがためらいがちに声をかける。
「グェンは惑星(くに)を、家族を……すべてを失った。その気持ちを利用されたにすぎない。私には、そんなグェンを責められないよ。神剣が……神奈備(かむなび)から持ち出されていなかったら、あるいはこんなことにならなかったのかもしれない。その時は、私も……」
セイラは、横たわる理空の顔を、懐(なつ)かしさと疑念の入り混じった複雑な思いで見つめた。
「すべては、この理空殿からはじまったんだ……」
翌朝――
遅い朝日が母屋に差し込むと、理空のまぶたが小刻(こきざ)みに震えた。
「う…うう……」
「気がつきましたか?理空殿」
その声に、ゆっくりと開いた目がセイラを捉(とら)える。
人目を引く美貌(びぼう)と流れる銀糸(ぎんし)の髪、穏(おだ)やかに笑っている紫色の瞳(ひとみ)――
「私は、まだ夢を……」
「夢ではありません。あなたを助け出した者が、昨夜ここへ運んできてくれました。ここは私の邸(やしき)、もう心配はいりません」
そう聞かされても、理空(りくう)の意識はまだ夢うつつを彷徨(さまよ)っていた。
「楊(よう)姫の、夢を……見ていました」
「楊姫の――」
「小さい楊姫が、なぜセイラさまに石を返してあげないのかと、泣いて私を責めていました。私は泣きやんでほしくて、石を返すと言ったのですがどこにも見つからなくて……楊姫に嘘つきと言われてしまいました。返すつもりなどなかったくせに……そう言って、恨(うら)めしそうに私を見ているのです」
理空は気恥ずかしそうな顔をセイラに向けて、うっすらと笑った。
「もうご存じなのでしょう?私が、神奈備(かむなび)から石を持ち去ったこと……」
「ええ。少し時間はかかりましたが、あなたが最後に言った言葉の意味がやっとわかりましたよ」
セイラはそう言って、顔を曇(くも)らせた。
「なぜ、石を持ち去ったのですか?」
理空は目を閉じ、長い沈黙の後再び目を開いた。
「私の祖母は、神奈備の生まれでした。語り部(かたりべ)と呼ばれる口伝(くでん)の伝承者(でんしょうしゃ)だったそうです。その祖母は母に、母は私に、書き記した口伝を幾度も読み聞かせてくれました。私はいつか、その石を見てみたいと思うように……苦労の末たどり着いた邑(むら)で石をはじめて見た時、私の心は震(ふる)えました。石は確かに、この世の物とは思えないほど美しいきらめきを放っていました」
うっとりとした目を虚空(こくう)に向けて、理空は微笑(ほほえ)んだ。
「はるか昔、神はこの邑におられた。口伝は真実を伝えていたのだと……私の心に、魔が差したのはその時です。いつ戻るかもしれない神、私の生きている間に会うことが敵(かな)わないのなら、ほんのひととき石を手元におくことになんの咎(とが=罪)があるだろう、と……。皮肉なものですね。それから一年もたたずに、あなたが現れた」
「あなたの計画を妨(さまた)げる邪魔者として……ですか?」
セイラはクスリと笑って、
「あの時、邑のことを話してくれたとしても、私を都から追い払うためのでまかせとしか思えなかったでしょうね。それでも都を離れる前に、あなたは石を渡すべきでした。こんな目にあわないためにも……」
――結果として、私はあなたに救われた……。
セイラは心の中でつぶやいていた。
なにも知らずに石を…神剣を受け取っていたら、自分はここにいなかっただろう。
「……あの夜、左大臣邸で死んでいたら、セイラさまは私の亡骸(なきがら)の下から石を手に入れることができたでしょう。でもあなたは、死ぬことを許さなかった。生き延(の)びてしまった以上、石を手放すことは私にはできませんでした」
「なぜ――!?なぜそこまで石にこだわる!?あなたが石と呼んでいるのは、かつて神の剣だったもの。あなたが持っていても、なんの価値もないはずだ!」
思わず声を荒(あら)げたセイラを、理空は寂しそうに見つめた。
「私にとって、石以上に価値のあるものが、他にあるでしょうか。石は、この世にあなたをとどめておくただひとつのもの……」
「私を……帰さない、ため……!?まさか、帝(みかど)のために……?」
「帝の――」
理空はクスクスと笑った。
「そうですね。私は、セイラさまとかかわったすべての人の思いを、代弁(だいべん)しているのかもしれません」
セイラは、濃(こ)い青みを帯びた宵闇(よいやみ)色の目で理空を見つめた。
「私は、あなたが待ち望んでいた神ではありませんよ」
「私にとって、あなたこそが神なのです」
渇望(かつぼう)し、求めようとするその熱い視線に、セイラは言葉を失くした。
「たとえ会うことはかなわなくとも、同じこの時、同じ空の下にあなたがいる。それだけで、私の心は満たされていました。時がくれば、もう一度あなたに会える。それだけを夢見て……」
ひたむきに思いを打ち明ける理空は、はっとして口をつぐんだ。
「……私の心は煩悩(ぼんのう)にあふれています。僧として失格ですね」
自分をあざけり、恥(は)じらうように顔をそむけた理空に、セイラは言わなければならないことがあると思った。
「私は、神の入れ物にすぎないのです」
そう言って、セイラは微笑(わら)った。
「石を手にした時、私という人間は消えてなくなり神が現れる。私の役目は、それで終わりです」
「セイラ、さま……」
理空はとまどい、愕然(がくぜん)とした。
石を手に入れたセイラは、神として完全に復活する――そう、単純に思い込んでいたのだ。
「その時を少しでも遅らせてくれたあなたに、私は感謝しなければなりません。でもいずれは、そう遠くないうちに……」
セイラは遠い目をして、なにかに怯(おび)えたように目を伏(ふ)せた。
「あなたと話せてよかった。身体(からだ)が弱っていたので治癒(ちゆ)の気を注(そそ)いでおきましたが、それでは空腹は満たされません。粥(かゆ)をお持ちしましょう。それから、少しお休みになられた方がよい」
立ち上がろうとするセイラに、理空は手を差しのべた。
「お待ちください!石を持ち去ったうえ、それを奪われてしまった私を、罰しようとなさらないのですか!?」
「罰する…なぜです?私は感謝しているのですよ」
セイラはふっと笑って、やせ細った手を握(にぎ)りしめた。
「たとえあなたがそう望んでいるとしても、叶(かな)えてやることはできません。あなたを生かし続けること……それが、なにもしてやれなかった楊姫への、私なりの供養(くよう)だからです」
「セイラさま……」
夢見ていたセイラとの対面――その時こそ、愚(おろ)かしいこの世に別れを告げ己(おの)が罪を贖(あがな)う時。
そう思い続けてきた理空の、心の糸がぷつんと切れた。
同時に、こらえていたものが堰(せき)を切ったように目から溢(あふ)れ出した。
「私は、どうしたら……」
「まずは、食事をとって元気になることです。元気になったら、それから考えればいい。時間はあるのです、焦(あせ)ることはない。あなたを必要としている人は、待っていてくれるはずです」
くぐもった嗚咽(おえつ)が、理空の唇(くちびる)からこぼれた。
こみあげてくる言葉にならない思いを、握(にぎ)りしめた手の震(ふる)えから、セイラは感じとっていた。
幽鬼(ゆうき)の大群(たいぐん)は、神剣の光とセイラが放った膨大(ぼうだい)な光の波動によって一掃(いっそう)された。
それはもはや、人知を超えた力と言うよりないものだったが、そんなこととは知らない人々の目に焼きついたのは、幽鬼から解放された人々を介抱(かいほう)し、導(みちび)こうとするセイラの姿だった。
その働きは多くの都人の知るところとなり、セイラの声望(せいぼう)はいやがうえにも高まっていった。
宮中では、その功績(こうせき)を称(たた)えてセイラの位階(いかい)を上げるべきだという意見も出されたが、当のセイラ自身が固くそれを辞退した。
今は焼失した大内裏(だいだいり)の再建(さいけん)を急ぐべき、浮かれている時ではない、と。
その言をよしとした帝は、他に再建するまでの各省人員の再編成、検非違使(けびいし)による都の見まわり、けが人の収容所などの進言を聞き入れ、直ちに勅命(ちょくめい)を下した。
阿黒王(あくろおう)によって滅ぼされようとしていた都は、こうして再生に向け動き出した。
ナギの心は、鬱々(うつうつ)として晴れなかった。
阿黒王のしたことがわかってくるにつれて、わが身を呪(のろ)わずにはいられなかった。
――おまえじゃない、阿黒王がしたことだ。
セイラはそう言ってくれたが、阿黒王の力を借(か)りようとしなければこうはならなかった。
そう思うと自分の胸を掻(か)きむしり、めちゃくちゃに切り刻(きざ)んでしまいたい衝動(しょうどう)に駆(か)られた。
――そんなに暗い顔してちゃダメよ、ナギ。みんな、あんたが無事だったこと喜んでるんだから、少しは笑顔を見せなさいよ。
綺羅姫にそう言われても、思いつめたナギの表情は変わらなかった。
今、ナギはセイラとともに防護膜(ぼうごまく)に包(つつ)まれ、真っ暗な都の上空を移動している。
なくした神剣の気を探(さぐ)るためだった。
「セイラさま……あの夜、都を真昼のように照らした光があったそうです。みんなは、神仏の御加護(ごかご)だって言ってます。その光がなければ、都は幽鬼に滅(ほろ)ぼされていただろうって……」
ナギは、セイラの横顔を見つめた。
暗闇の中でも、セイラの身体だけが浮き上がって見えている。
「セイラさま…ですよね?そんなことできるのは、セイラさましかいません。オレを、止めようとして……阿黒王のやつ、力を貸すって言っておきながら……オレをだましていただけじゃなく、晴明(せいめい)さままで裏切ってたんだ!」
それを聞くと、セイラはわずかに眉(まゆ)を曇(くも)らせた。
「ナギ、おまえが安倍晴明のところへ通っていたのは知っている。そこでなにをしていたのか、言いたくなければ言わなくていい。ただ……もう晴明のところへ行ってはいけない」
「なぜですか!?阿黒王と晴明さまは関係ありません!それは……阿黒王を甦(よみがえ)らせたのは晴明さまだって聞きましたが、晴明さまも阿黒王があんなやつだって知らなかったはずです。晴明さまは……オレの話を聞いてくれたんです。神奈備(かむなび)のこととか、セイラさまのお邸でのこととか……術者は、コドクなものだからって……」
セイラは、ひとつ大きく吐息(といき)をついた。
「なるほど、晴明はおまえから情報を引き出していたのか……」
「晴明さまは、そんな人じゃ……!」
「おまえが会っていた晴明は……いや、晴明とすり替わっている者は、私やオルフェウスと同じ世界からきた人間だ。名をザフと言う。ザフは阿黒王を甦らせ、都を混乱に陥(おとしい)れたすきに神剣を奪い、私を殺そうとしていた。私の記憶を消したのもザフ。おまえが考えているより、ずっと危険な男だ」
「だま…されてた、ってことですか。オレ……晴明さまにも……」
がっくりとひざ折(お)れてうなだれるナギに、セイラはかける言葉を失くした。
その姿に、銀色の髪の子どもの幻影(げんえい)が重(かさ)なる。
――あれは、誰だ……?知っている、あれは……。
眩暈(めまい)にも似た既視感(きしかん)に襲(おそ)われて、セイラはよろめいた。
頭の中で、大音量の警報(けいほう)が鳴り響く。
それは耐(た)えがたい痛みを伴(ともな)って、思考力を奪いセイラを屈伏(くっぷく)させようとしていた。
「うっ…ううっ……」
頭を抱(かか)えて倒れこむセイラの顔が、苦悶(くもん)に歪(ゆが)む。
「セイラさまっ――!?」
ナギは驚いてセイラを見た。
「セイラさま!しっかりしてください、セイラさま!」
セイラの身体になにが起きたのか――?
混乱するナギの脳裏(のうり)を、柄岩(つかいわ)島の記憶がよぎった。
あの時と同じなら、自分の力ではどうしてやることもできない。
焦(あせ)るばかりのナギの心に、その時なにかが触(ふ)れた。
「これは、神剣の気――!」
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