第七十二話


 だが顔前に、大蛇(おろち)の顎(あぎと=あご)が迫(せま)っていた!

 ドオ――ゥン!という炸裂(さくれつ)音がした。

 大蛇の頭部がグルッと反転する。

 胴体に穿(うが)たれた穴から邪悪な気が漏(も)れ出している。そこから――

 もうひとつの頭部が出現した!

「頭が二つに――!気弾(きだん)がきいてないのか!?」

 中庭に下りたセイラの顔に驚きが広がる。

 そのセイラをめがけて、新たな頭部が襲(おそ)いかかった。

「セイラさま、これを――!それは破邪(はじゃ)の剣(つるぎ)、セイラさまの剣です!」

「私の……?」

 オルフェウスが放った短剣を受け取って、鞘(さや)を抜く。

 すると、刀身(とうしん)がスルスルとのびていって、襲いかかる大蛇の鎌首(かまくび)を貫(つらぬ)いた。

 パァーンと、音がしたかと思うほどの激しさで、二股(ふたまた)にわかれた大蛇は消滅(しょうめつ)した。

 剣が元の長さに戻っていく。

 頭部をひとつ失って、猛(たけ)り狂った大蛇は地中から長い胴体を引きずり出し、とぐろを巻いた。

 さらには――

 大蛇の脅威(きょうい)を逃(のが)れた篁(たかむら)を、オルフェウスは離れた場所へ運んで麻痺(まひ)を解(と)いていた。

「き…今上(きんじょう)が……帝(みかど)が危ない!阿黒王(あくろおう)が中へ――!」

 麻痺が解けると同時に、篁は叫んで走り出した。

 その行く手に、とぐろを巻いた大蛇(おろち)が立ちふさがる。

「篁殿、私にお任(まか)せを――!」

 一歩前に進み出たオルフェウスが見たのは、ズラリと並んだ七つの頭。

「―――っ!」

 そのひとつが、眼前で消滅(しょうめつ)した。

「セイラさまっ!」

 オルフェウスは、ひるがえる銀色の髪(かみ)を見上げた。

 猛毒を吐(は)いて襲いかかる六つの頭をかわして、セイラは二人の側(そば)に下りてきた。

「阿黒王が清涼殿(せいりょうでん)に入ったというのは本当か、篁!?」

「ああ!早く追わないと、今上のお命が――!」

「わかった。この場を任(まか)せられるか、オルフェウス」

「ご心配にはおよびません」

 落ちついたその口調が、自信のほどをうかがわせた。

「では頼む!行こう、篁!」

 オルフェウスの剣が、一閃(いっせん)して行く手をさえぎる頭部を斬(き)り落とす。

 その隙(すき)を縫(ぬ)って、セイラと篁は清涼殿に乗り込んだ。

「今上――!ご無事ならお声を――!今上――!」

 開けられたふすま障子(しょうじ)の跡(あと)をたどって、部屋の奥へ奥へと入っていく篁の顔に焦(あせ)りが浮かぶ。

 返事がないもどかしさに、篁は最悪の事態を思い浮かべた。

「クッ、今上――!どうかお声を――!」

 閉じられたふすま障子の隙間(すきま)から、かすかな明かりが漏(も)れている。

「セイラ――」

「ああ……」

 部屋の中から、誰かの話し声がした。

『――無駄(むだ)だ。時を稼(かせ)いでも、助けは来ぬぞ』

 その声と同時に、セイラはふすま障子を押し開けた。

「それはどうかな」

 白刃(はくじん)を突(つ)きつけられ、阿黒王の前に座(ざ)している帝の顔に、ほっとした表情が浮かぶ。

「遅いではないか、セイラ!」

「弱音(よわね)を吐(は)かれますな。英邁(えいまい)にして果断(かだん)――と謳(うた)われる御名(おんな)が泣きますよ」

 セイラは目を細めて、阿黒王の前に立ちはだかった。

「篁、帝を安全な場所へお連れしてくれ。私はここで決着をつける!」

「わかった!今上、こちらへ――」

 篁にうながされても、帝はすぐに奥へ下がらなかった。

「任(まか)せてよいのだな?セイラ」

「ご期待に、応(こた)えてご覧(らん)にいれます」

 そう言ったセイラの後姿を、帝は見たことがあると思った。

 異質な世界の匂(にお)いがする、威圧(いあつ)感さえ感じさせるほどの霊気(れいき)――

 ――ああ、そうだった……。

 セイラは外の世界からきた者。

 この世の物差しでは、計(はか)れるはずもない能力(ちから)があったとしても……。

「今上!こちらへ、お早く――!」

 篁に急(せ)かされて奥へ下がる帝の胸は、ちりちりとした焦燥(しょうそう)感に苛(さいな)まれていた。

 阿黒王(あくろおう)は動けなかった。

 せっかく追いつめた帝を、みすみす逃がすことになるとわかっていても、一歩も踏(ふ)み出すことができなかった。

 動けばやられる!

 そう思わせるほどの気迫(きはく)が、セイラの全身にみなぎっていた。

「おまえひとりの妄執(もうしゅう)のために、多くの者が命を落とした。復讐(ふくしゅう)は楽しいか、阿黒王?」

 そう言ったセイラの目は、怒れる緋色(ひいろ)に染(そ)まっていた。

「それを果たしたところで、思いをわかち合う者はいない。おまえを見上げる目は、みな憎しみに満ちている。おまえがよく知っている目だ!」

 阿黒王はにたりと笑って、セイラに太刀(たち)を突きつけた。

「本望(ほんもう)だ。それでこそ、吾(われ)は笑って黄泉(よみ)へ帰れる」

「それで終わると思うかい?憎しみは連鎖(れんさ)する。おまえに対する憎しみは、おまえの故郷(ふるさと)へ向けられるだろう。それを、おまえはどんな思いで土の下から眺(なが)めるつもりだ?」

「うっ、ぬぬぬ……!」

 怒りで、太刀を持つ手が震(ふる)える。

 阿黒王にとって、今を生きる同胞(どうほう)に類(るい)がおよぶことは、なによりも耐(た)え難(がた)いことだった。

「――ならば、都人を根絶(ねだ)やしにするまで!」

 振(ふ)り下ろした太刀の下に、セイラの姿はなかった。

 直後に、強烈な手刀(しゅとう)を手首に食らって、阿黒王は太刀を取り落とした。

 太刀はまるで意思(いし)を持っているかのように、部屋の隅(すみ)へと転がっていく。

「終わりにしよう、阿黒王。こんなことをしても、誰も幸せにならない」

「フッフッフッ……ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」

 阿黒王の身体(からだ)から立ち上る妖気(ようき)が、笑声とともに濃(こ)さを増していく。

「あの男…晴明(せいめい)の言うとおりだったな。汝(なれ)を倒さねば都を滅(ほろ)ぼすことはできぬ。それがよくわかった」

「晴明!……やはり、そうか」

「あの男の力を借りて吾は甦(よみがえ)った。吾が望みを果たすには汝を倒さねばならぬ。それは、あの男にとっても都合のよいことらしい」

「神剣を取り戻すだけではあきたらなくなった……ということか」

 奥歯をかみしめるセイラの目に、炎が揺(ゆ)らめく。

「吾をここまで苦しめたことはほめてやろう。だが、汝の命運(めいうん)もこれまで。吾が今ここで黄泉へ送ってやる!」

 濃密(のうみつ)な阿黒王の妖気が、セイラを取り囲(かこ)む。

 そこから死の匂(にお)いを嗅(か)ぎとったセイラに、ためらっている時間はなかった。

 短剣に手をかけ、神経を研(と)ぎ澄(す)ます。

「ナギ……許せ!」

 身をかわすことは不可能だった。

 気づいた時には、瞬時(しゅんじ)にのびた刀身が阿黒王の胸元を突き刺(さ)していた。

 ほとばしる血のかわりに、カシャーン!となにかが割れる音がして、同時に阿黒王の姿が消えた。

 床(ゆか)には、元に戻ったナギが倒(たお)れている。

 セイラは歩み寄り、あたりに散乱(さんらん)している破片(はへん)を拾(ひろ)い上げた。

 破片は、黒い勾玉(まがたま)のものだった。

「やはり、これが阿黒王の正体……」

 セイラはそれを一瞬で灰と化(か)し、意識のないナギの背に手を当てた。

 セイラの気が、ナギの身体に流れ込んでいく。

「ううう、うう……セイラ…さま、オレ……」

「胸は苦しくないか、ナギ?勾玉を砕(くだ)いた時の衝撃(しょうげき)で、骨にひびが入っているかもしれない。危険な目にあわせてすまなかったね。一歩間違えば、おまえに大けがを負(お)わせるところだった」

 その言葉に、ナギは半身を起こして、

「胸は、苦しくありません。ここはどこですか?オレ、今までなにを……?」

「ここは清涼殿(せいりょうでん)だよ。おまえは、勾玉におさまっていた阿黒王という怨霊(おんりょう)に、身体(からだ)を乗っ取られていたんだ」

「あいつに――!そうか……」

 疲れが見えるセイラの顔に、ナギはなにがあったかを薄々(うすうす)感じ取った。

「オレが……なにか、とんでもないことをしてしまったんですね」

 自責(じせき)の念に駆(か)られ、唇(くちびる)を震(ふる)わせているナギに、セイラは強い口調(くちょう)で言い聞かせた。

「おまえじゃない、阿黒王がしたことだ。ナギ、なにがあってもそれだけは忘れるなよ!」



   
   


 オルフェウスにとって、大蛇(おろち)は敵ではなかった。
 
 猛毒を吐(は)くと言っても、直接吸いこまなければ多少の痺(しび)れがあるだけで、動きに支障(ししょう)はない。

 毒を吐く前に、頭部を斬(き)り落としてしまえばいいだけのことだった。

 最後の頭部を斬り落とされた大蛇の胴体が、砂のように崩(くず)れていく。

 オルフェウスは息も乱さず、剣を一閃(いっせん)させ鞘(さや)に納(おさ)めた。

「う、うう、うう……」

 すぐ近くで、うめき声が聞こえた。

 声のした方を見ると、官人(つかさびと)たちの死体にまじって、肩から血を流して倒れている男がもがき苦しんでいる。

 懸命(けんめい)に起き上がろうとしているその男は、音羽(おとわの)中将だった。

 オルフェウスは一瞬ためらった後、近づいていった。

「無理をするな、傷は深い。今、手当てをしてやる」

 肩口に手を当て、傷を癒(いや)していく。

「痛みが、消えていく……ありがたい。あなたは?」

 音羽中将が見上げると、そこには誰もいなかった。

 大内裏(だいだいり)の被害は甚大(じんだい)で、多くは火事による焼失(しょうしつ)だった。

 その火事は阿黒王(あくろおう)が起こしたものではなく、幽鬼(ゆうき)を遠ざけようとした人の手によるものだったことは、皮肉な成り行きと言うしかない。

 朱雀門(すざくもん)から宴(えん)の松原にいたる一帯は焼け野原となり、以前のようすを知る者にとっては目を覆(おお)うばかりの惨状(さんじょう)だった。

 帝の住まう中央の内裏(だいり)に火の手がまわらなかったことが、唯一(ゆいいつ)の救いと言えるだろう。

 都人(みやこびと)の大半は、路上で震(ふる)えながら朝を待った。

 負傷者の数は多かったが、不思議と死者は少なかった。

 死者が多かったのは、むしろ大内裏を守っていた官人(つかさびと)の方だった。

 幽鬼に乗り移られた時の、得物(えもの=武器)による殺傷(さっしょう)力の違いが出たのだろう。

 この夜の恐怖とともに、阿黒王の名は人々の脳裏(のうり)に深く刻(きざ)み込まれた。

 都を覆(おお)っていた結界(けっかい)が、夜の帳(とばり)とともに消えていく。

 長かった夜が、ようやく明けようとしていた。


   


    15.決戦!その前夜 


 時空間航路内に長くとどまるのは、極(きわ)めて危険な行為と言うべきだろう。

 不安定な時空の揺(ゆ)らぎに捕(つか)まってしまえば、まったく別の時代と場所に飛ばされてしまうこともあるからだ。

 そればかりではない。

 航路を外(はず)れてしまえば計器は正常に作動しなくなり、帰路(きろ)を見失って永劫(えいごう)に時空の狭間(はざま)をさまようことにもなりかねない。

 雲の中のような茫漠(ぼうばく)とした航路内で、頼るべきものは計器しかない。

 グェンは額(ひたい)に脂汗(あぶらあせ)を浮かべ、腕の制御器を慎重に操作しながら防護膜(ぼうごまく=ポッド)を移動させていった。

「θυγ(くそっ)!窪(くぼ)みにはまった!」

 防護膜(=ポッド)を前進させようとするが、うまくいかない。

 漏斗状(ろうとじょう)にねじれた空間の隙間(すきま)にはまりこんだかたちだ。

 このままではねじれに引きずり込まれて、航路から出てしまう。

「こんなところで……終わってたまるかっ!」

 球形の防護膜を前後に揺らして脱出を試(こころ)みようとするが、かえって深みにはまっていく。

 航路内で能力を使うのは危険とわかっていたが、この際(さい)手段を選んでいられない。

 グェンが力を発動しようとしたその時――

 ガクンと大きく揺れて、ねじれに引きずり込まれた防護膜は、航路を突き抜け急降下した!

 降下していたのはどれくらいか、ほんのわずかな時間でも、この異空間では数年におよぶ可能性がある。

「ここは……?」

 降下時の衝撃(しょうげき)で倒れたグェンは、起き上がってまわりを見まわした。

 相変(あいか)わらずの茫漠とした空間が広がっているだけだが、航路を外れてしまったことだけははっきりしていた。

 ハッとして時空遡行(そこう)機に目をやると、計器はある座標を示していた。

「計器が作動している!……ということは、ここはまだ航路内なのか?いや、そんなはずはない。今確かに航路を突き抜けて……」

 あらためて計器の数値を見なおすと、ひとつをのぞいて、他の数値はさっきまでいた場所とまったく同じだった。

「やはり、ここはさっきいた航路の真下……どういうことだ?航路が二本あるなんて……」

 その時、グェンはあることを思い出した。

「そういえば、あの男が言っていた……航路には、危険を感じた時、退避(たいひ)できる避難路(ひなんろ)のようなものがあるらしいと……そうか、ここが――!」

 ――だとすると、この先は航路につながっているはず。

 グェンは気をとりなおして、元の場所へ戻るよう計器の数値を入力し、防護膜を移動させていった。

 そこに――忽然(こつぜん)と草庵(そうあん)が現れた。

「あった!……ははっ、とうとう見つけたぞ!」

 航路内をどれだけ捜しても、見つからないはずだった。

 まさか航路に避難路があったとは、その避難路を利用して草庵を隠していたとは、想像さえしていなかった。

 偶然(ぐうぜん)とはいえ、避難路に落ちたことに感謝しながら、グェンは防護膜を出て草庵へ向かった。

 予想はしていたことだったが、草庵には人の出入りを阻(はば)む結界が張られていた。

 だがそれは、常人には開けられないという程度の弱いもので、グェンはなんなく結界を打ち破った。

 引き戸を開け、中のようすをのぞいてみる。

 そこに、墨染(すみぞめ)の衣(ころも)を着た僧がひとり倒れていた。

 近づいてみると、僧の顔は痩(や)せこけて、何日も食事をとっていないように見えた。

 このようすでは、体力もあまり残っていないだろう。

 治癒(ちゆ)の光をあてようとしたグェンは、思いなおして手を止めた。

 僧が、グェン――嵯峨宮(さがのみや)をどう思っているかは容易に想像がつく。

 ここで騒がれても、時空間航路を見られても都合が悪い。

 このまま担(かつ)ぎ上げていこうとして、もうひとつ捜(さが)し物があったことを思い出した。

「そうだ、石はどこだ?」

 僧の衣(ころも)を探(さぐ)っても、草庵の中をくまなく調べても石は見つからなかった。

『この石を取り上げられたら、私は死にます』

 そう言った僧の鬼気(きき)迫(せま)る目を、グェンは今も覚えていた。

 憔悴(しょうすい)した僧のようすから見て、なにがあったかは火を見るより明らかだった。

「あいつ――っ!」

 グェンは絶望的な気持ちで、晴明(せいめい)――ザフの顔を思い浮かべていた。


   


「鳶丸(とびまる)!鳶丸!昨日おもしろいもの拾(ひろ)ったんだ。見たいか?見たいか?」

「まとわりついてないで早く歩けよ!おいら、和泉(いずみ)のじいさんにおまえを捜(さが)してこいって、朝早くから起こされて眠いんだ。腹も減(へ)った!」

 鳶丸は幽鬼(ゆうき)に憑(と)りつかれることなく、朝まで眠り続けていた。

 九条邸で無事だったのは鳶丸と家令(かれい)の和泉だけで、十数人いたはずの曹司(ぞうし)や下働きの者は、煙のように消えていた。

 なにか大変なことが起きた――そう感じた和泉は、四条の本邸にこのことを伝えてくるよう、ついでに乙矢(おとや)を捜してくるよう鳶丸に言いつけたのだった。

 四条邸に着いてみると、乙矢は牛小屋ですやすや眠っていた。

 その寝顔が憎らしくなった鳶丸は、乱暴に小突(こづ)いて乙矢をたたき起こした。

 鳶丸の機嫌(きげん)は、すこぶるよろしくない。

「見たらびっくりするだろうなー。こんなの見たことない!って言うだろうなー。おいら、ドキドキして昨日は全然眠れなかったもんなー」

 ウソつけ!おいらが起こすまで、ぐうぐう寝てたくせに――と鳶丸は思ったが、なにも言わず無視することにした。

 乙矢は懲(こ)りずに目をきらめかせて、

「ほんとに、ほんっ!とうにいいのか?後で泣いたって知らないよー」

「わかったわかった。そんなに言うなら見せてみろよ」

「へっへー」

 うんざりしている鳶丸に、乙矢はしたり顔で懐(ふところ)から石を取り出した。

「なんだ、これ?ただの黒い石じゃないか」

「ただの石じゃないよ。暗いところで見るときらきら光るんだよ」

 乙矢はきょろきょろとあたりを見まわして、邸(やしき)の物置小屋の奥に鳶丸を手招(てまね)きした。

「こっちこっち!ここならきっと見えるよ」

 だが、薄暗がりの中でも、石の表面に変わったようすは見えなかった。

「なにも変わらないじゃないか」

「おっかしいなあ。昨日は光ったのに……もっと暗いとこじゃないとダメかなあ」

 首をひねる乙矢に、鳶丸はそれ見たことかと鼻で笑って小屋を出た。

 それから、真顔になり乙矢を呼んで、

「昨日の夜、幽鬼が出て人をいっぱいさらっていったらしいってお邸の人が言ってたけど、おまえもさらわれたのか?」

「うーん。よくわからないけど、セイラさまがやめさせるって言ってた」

「セイラさまに会ったのか?そうか。なら、ほんとかもしれないな。この人たちも……」

 大路(おおじ)や小路(こうじ)の道端(みちばた)で寝てる者や傷ついて動けずにいる者を見て、鳶丸は昨夜大変なことが起きていたんだと実感した。

「セイラさまが幽鬼をやっつけてくれたんなら、そのうちみんなも帰ってくるな」

「うん。鳶丸、帰りに市を見ていこう!」

 これ、もういらない――石に興味をなくした乙矢は、道端にポイと投げ捨てた。

 しばらくして、通りかかった男がその石に目を止めた。

 男は石を拾い上げるとにんまりとし、懐(ふところ)に入れて立ち去った。



  
次回へ続く・・・・・・  第七十三話へ   TOPへ