第六十七話
「私からも、お話があります」
みんなの視線(しせん)が、オルフェウスに集まる。
「それは、私が嵯峨野(さがの)で聞いたことへの返答(へんとう)、と思っていいのかな?」
張りつめた糸のような緊迫(きんぱく)感が、セイラの全身を包(つつ)んでいく。
「はい、皇子(おうじ)」
「皇子……?」
護純(もりすみ)は目を白黒させて、オルフェウスとセイラを見つめた。
セイラは苦笑して、
「その皇子はやめてくれないか。事情を知っている篁(たかむら)や綺羅(きら)姫はともかく、護純が驚いている。ここではセイラと呼んでくれ」
「では、セイラさま――」
篁と綺羅姫が、ぐっと身を乗り出す。
「それを話す前に、人払(ひとばら)いを願います」
「なっ…!あたしたちには聞かせられないって言うの!」
「これは、銀河連合の機密事項(きみつじこう)となっています」
息まく綺羅姫に、オルフェウスは能面(のうめん)のような無表情で答えた。
「ここは、銀河連合の蚊帳(かや)の外だよ」
セイラの唇(くちびる)から、深いため息がこぼれる。
「それに、私に配慮(はいりょ)してのことならその必要はない。ここにいる者には、よくも悪くも私がどんな人間か知っておいてほしい。嵯峨宮(さがのみや)のことでは、篁も綺羅姫もなかったことにはできないところまでかかわってしまっている」
「セイラさまが、そう言われるのでしたら……」
オルフェウスは目を閉じて、呼吸を整(ととの)え、話を切り出した。
「そのドゥラ・クワ…嵯峨宮のことですが、先日捜し出して話をしてきました。私の名を出したことについては、皇子…セイラさまを苦しめるためと……」
「そんな――っ!」
綺羅姫は絶句(ぜっく)した。
怒りを覚(おぼ)えるよりも、身勝手な理由が信じられないといった顔だ。
「じゃあ、なにもかも作り話だったのか!」
「いえ、すべてが作り話というわけでは……」
いきり立つ篁に、オルフェウスはうつむいて眉(まゆ)をひそめた。
「私がドゥラ・クワの名を知っていたのは、セイラさまの側近(そっきん)候補(こうほ)として、その名まえがあがっていたからです」
「側近候補……あの人、セイラの側近になるつもりだったの!?」
嵯峨宮の憎悪を間近(まぢか)で見てきた綺羅姫にとって、それは受け入れがたい事実だった。
「大爆発が起きるまでは……彼は、大爆発を起こしたヨルギアの小国ワーレンの出身でした」
「ええ、確かそんな国の話をしてたわ。妹がいるって……」
「彼の父親はワーレンの有力者で、砂漠の緑化計画に力を入れていました。その国も惑星も失くした彼が、ヨルギアの大爆発についてくわしい情報を知りたいと思うのは当然のこと。彼に暗殺を依頼(いらい)した者は、そこにつけこんだのでしょう。能力者としての実力は、側近候補にあがったことからも推測(すいそく)できます」
「じゃあ、国が爆発したっていうのは本当だったのか。なんだか夢のような話だな」
篁がつぶやくと、オルフェウスはそっと目を伏(ふ)せた。
「ドゥラ・クワにとっては、悪夢のはじまりだったでしょう。皇子の側近になることは、彼の長年の夢だったようです。あるいは、皇子を…セイラさまを慕(した)っていたのかもしれません。そのセイラさまが、ヨルギアを爆発させたと聞かされては……」
「それでセイラを助けたり、記憶を取り戻させようとしたりしてたのね」
綺羅姫には、嵯峨宮の心の葛藤(かっとう)が今にしてわかる気がした。
「ドゥラ・クワがそんなことを……彼は、セイラさまの口から直接真実を聞きたかったのかもしれません。心の中では、聞かされたことを信じきれずにいたのでしょう」
「私が、ヨルギアを爆発させたというのは……本当なのか?」
セイラは、灯台(とうだい)の明かりをさけるように、顔をそむけて言った。
平静(へいせい)を装(よそお)っていても、握(にぎ)りしめた手が小刻(こきざ)みに震(ふる)えている。
「そっ……!」
オルフェウスはなにかを言いかけて、思いとどまった。
納得(なっとく)のいく説明を聞かなければ、なにを言ってもセイラは信じようとしないだろう。
「あの夜、皇子…セイラさまがワームの修復(しゅうふく)から戻られて、陛下との謁見(えっけん)をすませ、仮眠(かみん)をとっておられた時のことでした」
「なんだか、あたしたちが見た夢にそっくりね」
綺羅姫が小声でささやく。
篁はごくりと唾(つば)を飲みこんで、
「夢じゃないよ、綺羅さん。あれはセイラの記憶だから、現実にあったことだ。オルフェウスが話しているのは、おそらくその時のことだ」
「部屋の内線が鳴って、応対(おうたい)に出たセイラさまの顔から、血の気が引いていくのがわかりました」
オルフェウスは、遠い国で起こった想像もおよばない出来事を、淡々(たんたん)と話しはじめた。
『内線(ないせん)は陛下(へいか)からですね。どのようなお話を……?』
『ああ。緊急(きんきゅう)回線(かいせん)を使って、さっきニネベから急報(きゅうほう)があったらしい』
『ニネベ?グリュプスに最も近い恒星(こうせい)ダウにある惑星(わくせい)ですね。一体なにがあったのです?』
『隣接(りんせつ)している惑星、ヨルギアで重力異常が起きていると……中間地点にある小惑星帯は、すでにヨルギアに引き寄せられているらしい』
『重力異常――!?ヨルギアに、重力を操作(そうさ)できるほどの科学技術があるとは、聞いたことがありません』
『惑星の重力が、急激(きゅうげき)に増加したとも思えない。考えられるとすれば……』
『――陛下のお声がかりで研究開発が進められていた、ワームの修復(しゅうふく)装置』
『ああ。陛下もその可能性をお考えになったようだ。研究所に確認したら、修復装置の中の重力発生機が無くなっていたそうだ。なに者かが施設(しせつ)から持ち出したらしい』
『それでは――っ!!』
『小惑星帯どころか、早く止めないと恒星にまで影響が及(およ)んでしまう!』
「私とセイラさまは、足の速い小型艇(こがたてい)でニネベに急行しました。私たちのいる恒星グリュプスからダウまでは三・七光年。亜空間(あくうかん)航行(こうこう)を使えば、銀河系標準時間では一時間ほどで到着(とうちゃく)します」
聞いていた篁や綺羅姫、護純には、オルフェウスの話はわけのわからないことばかりだった。
聞きたいことは山ほどあったが、誰も口をはさもうとしなかった。
今は、自分の好奇心のために話の邪魔(じゃま)をするべきじゃない――そう感じていたからだ。
「ニネベに着いてその先の小惑星帯に向かうと、ヨルギアに近い小惑星群が、軌道(きどう)をはずれて引き寄せられていっているのが確認できました。それを見たセイラさまの判断はすばやく――」
『あの小惑星群がヨルギアに到達(とうたつ)するまで、まだ時間はある!全速力で飛ばすぞ、オルフェ!少しでも時間をかせぐんだ!』
「私とセイラさまは、ヨルギアに向かう間、重力発生機がどこで使われたかを検討(けんとう)しました。惑星上で使われた場合、住民への影響が少なからず出るでしょう。最悪の場合、自分たちの国を滅(ほろ)ぼしてしまうことにもなりかねません。結論として、重力発生機は人工衛星上にあると判断しました。目的は、小惑星帯で発見されたというセリカラージュの独占」
「ああ、嵯峨宮もそう言っていた。いきさつは、だいぶ違っているようだけど……」
自分が経験したことだというのに、セイラの表情は硬(かた)く、感情を揺(ゆ)さぶられたようすも見えなかった。
「重力発生源は、すぐにつきとめられました。捜(さが)す必要もなく、私たちの乗った小型艇は、急速にある衛星に引き寄せられていました」
『ここでいい、オルフェ。船を止めてくれ。これ以上近づくのは危険だ。あの重力から抜け出せなくなる』
『しかし、重力発生機を回収(かいしゅう)しなくては……』
『私が衛星に跳(と)んで、発生機を回収(かいしゅう)してくる。その間、おまえは障壁(しょうへき=バリア)を張ってここにいてくれ。もうすぐ小惑星が追いついてくる。ここまで惑星に近づいたら止めるのは無理だ。ヨルギアに吸いこまれる前に、大きなものだけでも砕(くだ)いておかないと……』
――大惨事(だいさんじ)になる!
「セイラさまが言いたいことは、すぐにわかりました。私は、セイラさまが衛星に跳(と)んだ後――」
「跳ぶ?……あっ!」
考えていたことが、思わず口をついて出てしまった――そんな顔で、綺羅姫はあわてて口をおさえた。
「……遠くの場所へ、瞬時(しゅんじ)に移動することです。広大な宇宙空間の中で、それができる者は限られています」
無味乾燥(むみかんそう)なオルフェウスの説明に、綺羅姫の頭は一層(いっそう)混乱(こんらん)した。
が、これ以上オルフェウスの機嫌(きげん)を損(そこ)ねてはいけない――額(ひたい)に冷や汗を浮かべて、綺羅姫はそう思った。
「あっ。ああ、そう……」
「私は小型艇の周囲に障壁(=バリア)を張って、小惑星を待ちました。小さな岩石や宇宙ごみは、すでに飛来(ひらい)していましたが問題ありません。ヨルギアに惨事(さんじ)をもたらすのは、小型艇(約五十メートルほどか)より大きなもの。艇に装備している破砕光(はさいこう)は、たいがいのものを砕(くだ)くことができます。探知機に目を凝(こ)らしていたその時、後方で……セイラさまが向かった衛星付近(ふきん)で爆発が起こりました」
オルフェウスは、その時感じた胸の痛みを思い出し、少しの間目を閉じた。
「――直後に 艇内(ていない)に戻ったセイラさまは、笑っていました」
『クックック……驚いたよ、オルフェ。発生機の電源を切ろうとしたら、それらしきものがどこにもないんだ。調べてみたら、重力を発生させる角度の調整も電源もすべて、地上から遠隔操作(えんかくそうさ)されていたんだ。そんなことにも気づかずにいたなんて、私もうかつだったよ。地上に降りているひまはないから、回収はあきらめて衛星ごと爆破(ばくは)してきた』
『そうでしたか。陛下は気を落とされるでしょうが、これでヨルギアは救われましたね』
「私はそう言いましたが、本当の惨事(さんじ)はここからはじまりました―」
『それを言うのは、これを全部片づけてからだよ』
「探知機(たんちき)を見つめるセイラさまの声には、緊張感がみなぎっていました。見ると、大小合わせて百以上もの小惑星が、ヨルギアを目がけて押し寄せてきていました」
『やっとお出ましだ。思ったより遅かったね』
『これが、重力発生機に引き寄せられてきた……』
『ああ。これを全部砕(くだ)いてしまわないと、どのみちヨルギアは壊滅(かいめつ)する』
「私たちは、向かってくる小惑星群に突入(とつにゅう)していきました。ヨルギアの被害を最小限に抑(おさ)えるには、できるだけ距離をおいて小惑星を砕く必要があったからです。これだけ大規模な破砕(はさい)作業を行うには 本来であれば一艦隊(かんたい)はほしいところですが、ニネベに援軍(えんぐん)を要請(ようせい)している猶予(ゆうよ)はありません。私は小型艇で、セイラさまは船外に出て、小惑星の破砕に努(つと)めました」
「その、ショウワクセイ…ってのは、なんなんだ?」
沈黙を守っていた護純(もりすみ)が、むずかしい顔をして尋(たず)ねる。
「……この邸(やしき)の敷地(しきち)よりも大きな岩のことです。そんな巨岩が、数えきれないほど空から降ってくるところを想像すれば、わかってもらえるかと……」
「そんなことになったら、都がなくなってしまう!」
「人も大勢死ぬわ!」
血相(けっそう)を変える篁(たかむら)や綺羅(きら)姫に、オルフェウスはより深刻(しんこく)な事態(じたい)を告(つ)げた。
「都だけではありません。高速で飛来(ひらい)してくる巨岩がひとつでもこの地に落ちれば、世界中を巻きこんだ大津波が発生し、いたるところで大火災が起きるでしょう。生きている者は水にのまれるか、焼け死ぬしかありません。この惑星から、生命はほとんど消え去るでしょう。ですが岩を小さく砕いてしまえば、流れ星になって消えるだけです」
言われてはじめて、三人は、ヨルギアに迫っている小惑星がどれほど危険なものかがわかった。
「重力発生機がなくなったとはいえ、速度のついた状態で向かってくる小惑星は思った以上に危険で、ヒヤリとする場面は何度もありました。セイラさまは岩から岩へ跳(と)び移っては、小惑星を次々に破砕(はさい)していきましたが、あまりに数が多く、ヨルギアが近づくにつれ破砕作業は時間との戦いになりました。どれくらいそうしていたのか、気がつくと、最後に残った小惑星をセイラさまが破砕しているところでした」
「じゃあ、二人で全部片づけたのね!」
「ええ……」
綺羅姫にうなずくオルフェウスの表情は冴(さ)えなかった。
「艇内(ていない)に戻ったセイラさまは疲れ切っていました。直後にヨルギアからの通信が入り、興奮したようすの国家連合代表が、直接会って礼を言いたいと申し入れてきました」
『少し休ませてくれ、オルフェ。もう、なにもする気に……』
「ワームの修復(しゅうふく)から戻り、わずかの仮眠をとっただけで、今回のことに巻きこまれてしまったセイラさまの疲労は、限界にきていました。私は緊急回線だけを残して通信をすべて遮断(しゃだん)し、混(こ)みあうヨルギアの衛星軌道から離れた座標(ざひょう)に小型艇を停泊(ていはく)させ、セイラさまの休息を最優先しました。その後、私もいつの間にか眠ってしまったようです。艇内に危険を知らせる警報が鳴って飛び起きた時には、かなりの時間がたっていました」
『ん、んん……今の警報はなんだ、オルフェ?』
『大変です、皇子!小惑星の崩落(ほうらく)は、まだ終わっていなかったようです!』
『なんだって――!』
「重力発生機の影響もあったのでしょう。ヨルギアとニネベの間で均衡(きんこう)を保(たも)っていた小惑星帯の一部が、ヨルギアに引き寄せられたことで流れが生じ、小惑星全体の均衡が崩れ大崩落を起こしたのです。こうなっては、誰にも止めることはできません。ヨルギアに残された時間も、そう多くはありませんでした」
「ヨルギアは、どうなるの?」
話に引きこまれて、綺羅姫が尋(たず)ねる。
「先ほども言ったように、小惑星がひとつでも落ちれば、ヨルギアの生命はほとんどが死に絶えるでしょう。さらに小惑星が降りそそぎ、地表が厚くなれば対流層が圧縮(あっしゅく)され、反動で地核(ちかく)が大爆発を起こします。その高圧力が、地表で解放されなかった場合――」
「ヨルギアの爆発は、それが原因だったのか!?」
むずかしい言葉は理解できなくても、篁には直感でそれがわかった。
オルフェウスはうなずいて、セイラを見つめた。
「セイラさまは、できるだけ多くの人命を助けようと努力なさいました。衛星放送を通じて、すべてのヨルギア人に呼びかけたのです。ヨルギアに停泊(ていはく)している宇宙船は、乗せられる限りの人を乗せて、ただちにヨルギアを離れること。宇宙船に乗れなかった者は、近くにいる者と手をつないで、できるだけ大きな輪をつくること。そう呼びかけている間にも、時間はどんどん過ぎていきました」
「手をつないで……って、そんなことしてなんの意味があるんだ?」
篁が疑問を投げかけると、オルフェウスはわずかに頬(ほほ)をゆるめた。
「ヨルギア人もそう思ったでしょう。自分たちに呼びかけている者が『王家』の皇子と知らなければ……セイラさまは、ご自分だけでなく他の者も跳(と)ばすことができます。ひとりずつ跳ばすより、輪をつくって一度に多くの者を跳ばそうと考えたのです。セイラさまだからこそ、できることですが……」
「跳ばす…?ああ、遠くの場所へ瞬時に移動すること、だっけ……つまり、みんなを安全な場所へ移そうとしたのか」
「跳ばされたヨルギア人がどれほどいたか、はっきりしたことはセイラさまにもわからなかったでしょう。小惑星がヨルギアに落ちていく最後の瞬間まで、セイラさまは奮闘(ふんとう)しておられました。その後、私とセイラさまは降りかかる小惑星をかいくぐってニネベに戻りました。火の玉と化したヨルギアに、助けを求める者はもう残っていなかったからです」
オルフェウスは眉(まゆ)を寄せて、悲痛な表情を浮かべた。
呆然(ぼうぜん)として、声もなく涙するセイラの横顔が、今も目に焼きついていた。
「次にやるべきことは、ヨルギアの爆発に備(そな)えてニネベ宙域(ちゅういき)に防御壁(ぼうぎょへき=シールド)を張ることでした。計算された座標に広範囲の防御壁(=シールド)を張り、ニネベが衝撃波(しょうげきは)の死角に入るようにした直後、ヨルギアが爆発しました。その時、遅まきながらこの異常事態の調査に乗り出したニネベの艦隊が、死角からそれてこちらにやってくるのが見えました」
『やめろ――っ!引き返せ――!!』
「たとえセイラさまの声が届いたとしても、彼らには引き返す時間もありませんでした。衝撃波はすぐ目の前まで迫っていたからです。防御壁(=シールド)の外側を通過して、後方の艦隊に衝撃波が襲いかかろうとした時――セイラさまが、艦隊の前方に立ちはだかっているのが見えました。血も凍(こお)る思いとはあのことです」
オルフェウスは苦笑して、セイラに柔和(にゅうわ)な眼差(まなざ)しを向けた。
「間一髪のところで、艦隊はセイラさまに救われました。ニネベの者で、セイラさまに感謝しない者はおりません。跳ばされたヨルギア人も、方々の惑星から今では一万人以上見つかっています。かなり辺境(へんきょう)の地に跳ばされた者もいるらしく、見つかればその数はもっと増えるでしょう」
「一万人……」
セイラはつぶやいて、顔をしかめた。
「はい。その一万人を多いと見るか少ないと見るか……惑星全体の人口からすれば、一万人は微々(びび)たる数でしょう。ですが、あの状況にいた私に言えることは、誰にも救えるはずがなかった命を、セイラさまは一万人も救うことができたのです。助けられた者は、セイラさまに感謝こそすれ愚痴(ぐち)を言う者はひとりもいなかったことを、心におとどめおきください」
あれほど悩まされ続けていた悪夢が、霧が晴れるように、セイラの心から離れていった。
同時に、他にもっとできたのではないかという思いに苛(さいな)まれて、セイラはきつく目を閉じた。
「事故調査委員会が、このことを公表しなかったわけは?」
「重力発生機の存在を、知られてしまうことの危険性を考えたのでしょう。今回のように、発生機を利用して、自国や母惑星に利益を生むものを引き寄せてしまおうと考える者が、出ないとも限りません」
オルフェウスは眉間(みけん)にしわを寄せて、
「発生機を持ち出したのは、研究所の作業員でアストリア在住のジョゼ=モスという男でした。翌日から姿を消しているため、彼がなんの目的で、もしくは誰に頼まれて発生機を持ち出したのかはわかっていません。ですが、セリカラージュの利権を独占しようと考えたヨルギアの有力者から依頼(いらい)があったことは、容易(ようい)に推測(すいそく)できます。小惑星帯を、少しでもヨルギア側に引き寄せようとしたのでしょうが、発生機の扱(あつか)いに精通(せいつう)していない者が起動(きどう)させた結果は、今回のことからも明らかです」
「では、陛下が『あんなものを生まなければよかった』と言ったのは……」
「陛下がそのようなことを言われたのだとしたら、それは重力発生機のことかと……」
「そうか」
深いため息を漏(も)らすセイラに、綺羅姫は笑いかけた。
「よかったわね、セイラ。あたしは信じてたわよ。嵯峨宮(さがのみや)の言うことはなにかの間違(まちが)いだって……」
「それどころか、本来ならヨルギア人とニネベを救(すく)った英雄として称(たた)えられるべきだよ!」
不平を漏(も)らす篁に、オルフェウスは深くうなずいた。
「その…今の話は、空のずっと上の方であったことなんだろう?驚いたな。本当に天上界ってもんがあるとは……ただの天女さまじゃないと思っていたが、セイラ殿は到底(とうてい)俺たち海賊が敵(かな)う相手じゃなかったんだな」
護純(もりすみ)の言葉に、綺羅姫はぎょっとした。
「かっ、海賊!あんた、海賊って言ったわよね!?」
篁は頭を抱(かか)えて、
「綺羅さん、その男が景季(かげすえ)だよ。今は護純って名のってるけど……さっき話したろ?真純(ますみ)と一緒に、セイラが預(あず)かることになったんだ」
「じゃあ、釈放(しゃくほう)された海賊の首領(しゅりょう)って……」
呆気(あっけ)にとられる綺羅姫に、護純は大きな身体を縮(ちぢ)めて神妙(しんみょう)に頭を下げた。
「この恩(おん)には、どんなことをしても報(むく)いるつもりだ」
「そんなことはしなくていい」
セイラは、ぶっきらぼうに言って笑った。
「おまえは真純を幸せにしてくれれば、それでいい」
「セイラ殿……」
「夕餉(ゆうげ)がまだだったね。邸(やしき)に新しい住人が三人も増えたことだし、今夜はささやかな宴(うたげ)を催(もよお)そう。もちろん、無礼講(ぶれいこう)でかまわない。護純は、眠っている真純のようすを見てきてくれないか?」
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