第六十六話


 思いつめた顔で切り出そうとした綺羅(きら)姫の先(さき)を制(せい)して、篁(たかむら)は笑った。

「その装束(しょうぞく)にあの家財(かざい)道具、なにかあるとは思っていたけど、とうとう決心したんだね、綺羅さん。しかも押しかけてくるってあたりが、綺羅さんらしいよ。権大納言(ごんのだいなごん)殿がよく許してくれたね」

「そのことなんだけど……」

 綺羅姫は、ひとつ吐息(といき)をついて、

「父さまったら、あたしがセイラの妻になりたいから邸(やしき)を出るって言ったら、青い顔してひっくり返っちゃったの。でもすぐに起き上がったのよ。それからバタバタと母屋(おもや)の方に走っていって、はあはあ息を切らしながら戻ってきたと思ったら、今度は真っ赤な顔してうんうんうなってばかりいるもんだから、待ちくたびれて出てきちゃった」

「じゃあ、お許しももらわずに勝手に飛び出してきたの!?」


「でも反対はされなかったわよ。問題ないでしょ?」

 唖然(あぜん)とする篁に、綺羅姫はにこにこと答えた。

 権大納言にすれば、苦渋(くじゅう)の選択(せんたく)を迫(せま)られたのだろう。

 この時代、男が女のもとに通う通(かよ)い婚(こん)が普通だった。

 貴族の姫が、自分から殿方(とのがた)の邸に押しかけるなどありえないことだったが、このまま行かず後家(ごけ)になってしまうのも恥をかくことに変わりはないと思えば、どちらとも決めかねたのかもしれない。

 セイラは、二人の会話に軽いめまいを感じて、

「まあ、当分の間綺羅姫を預(あず)かるだけだから……権大納言殿には、後で私から了承(りょうしょう)を得ておくことにしよう」

「当分の間……?」

 聞きとがめる篁に、セイラは穏(おだ)やかな笑みを向けた。

「そうだよ」

 綺羅姫がここで暮らすことは、隠(かく)しておけることではない。

 だがらこそ、セイラは篁に自分が考えていることを話しておこうと思った。

「これ以上まわりの人間を巻きこみたくない。だから、佐保(さほ)姫との結婚の話がなくなって、帝(みかど)があきらめてくれるまでいてもらうだけだよ」

「あたしはずっとここにいるわよ、セイラ!」

 冗談じゃないとばかりに、綺羅姫が声を上げた。

「最初からそのつもりだったわ。セイラが死んだって思った時、あたしすごく後悔したの。どうして、もっと素直に気持ちを伝えておかなかったんだろうって……だから、もう後悔はしたくない。ちゃんとした妻になれるなんて思ってないわ。でも、セイラが元の世界に帰るまで側(そば)に……セイラと一緒にいたいの!あたし、そのためにここにきたのよ!」

「綺羅姫……」

「うん。ぼくも、綺羅さんならそう言うと思った」

「篁……」

「ぼくに遠慮(えんりょ)することないよ、セイラ。こうなって、ぼくはどこかでほっとしてるんだ。二人が一緒になれないのは、ぼくのせいだってわかっていながら、どうすることもできなくて……二人とも好きだから、笑っていてほしいから……だから、これでよかったんだ」

 セイラは、すっと顔をそむけて、

「私がどんなことをしてきたか、二人とも知っているだろう?それでもかまわないと……?」

「セイラのことは、ぼくたちが一番よく知ってる」

「嵯峨宮(さがのみや)の言ったことなんか、あたしは信じないわ」

 力強くうなずく篁と綺羅姫。

 こみあげてくる思いに、セイラはギュッと目をつぶった。

 その時――

「それはだめですよ」

 部屋の入り口にナギが姿を現した。

「ナギ……?」

「セイラさまは、これから黄泉国(よもつくに=死者の国)へ行くんですから」

 うっすらと笑ったナギのようすが、それまでとは一変(いっぺん)していた。

 異様(いよう)に光る榛色(はしばみいろ=黄褐色)の目には、殺気さえ感じられる。

「な…なに言ってるの、ナギ。あんた、セイラを守るんだって言って――」

「無駄(むだ)だよ、綺羅姫。これはナギじゃない!」

 言いながら、セイラは綺羅姫と篁を腕(うで)で押しのけ、後ろにかばった。

「ナギじゃないって……どういうことだ、セイラ?」

「おそらく、何者かに取り憑(つ)かれているんだろう」

「何者かって…なっ、なによ……?」

 震(ふる)える綺羅姫の声に、セイラは苦悶(くもん)の汗を浮かべた。

「ナギには、依(よ)り代(しろ)としての優(すぐ)れた才がある。その分強い霊力を持っているから、並の邪鬼(じゃき)は寄せつけないはずなんだが……」

 ナギの身体(からだ)を覆(おお)っている、黒々とした妖気(ようき)があたりに漂(ただよ)う。

 それは突如(とつじょ)、無数の紐状(ひもじょう)と化(か)して、セイラに襲(おそ)いかかった!

 抵抗する間もなく、ぐるぐるに縛(しば)り上げられ、宙吊(ちゅうづ)りにされるセイラ。

 首に巻きついた紐(ひも)が喉(のど)を締(し)めつけ、息苦しさに顔がゆがむ。

「フッフッフッ。この吾(われ)を、邪鬼(じゃき)呼ばわりするとは笑止(しょうし)!」

 ナギの身体(からだ)が、見る見るうちに精悍(せいかん)な若武者の身体に変貌(へんぼう)していく。

「おまえ、何者だ!」

 小太刀(こだち)に手をかける篁を、若武者は横目でじろりと睨(にら)んだ。

「吾(わ)が名は阿黒王(あくろおう)」

「阿黒王…だって――!?」

 慄然(りつぜん)とする篁の頭上で、その時、目もくらむばかりの光が放たれた。

 紐(ひも)は蒸発(じょうはつ)するようにかき消え、荒(あら)い息を吐きながら下りてきたセイラの目は、怒れる緋色(ひいろ)に染(そ)まっていた。

「今すぐ、ナギの身体から出ていってもらおうか!」

 至近(しきん)距離からの、ナギを気絶(きぜつ)させる程度に威力(いりょく)を抑えた気弾(きだん)が、阿黒王を襲(おそ)う。

 それは、もう少しのところで、黒い妖気(ようき)の壁(かべ)に阻(はば)まれてしまった。

 なおも、立て続けに気弾を放つセイラ。

 もうもうと舞い上がる煙(けむり)と夕闇(ゆうやみ)のせいで、室内はなにも見えなくなった。

「ゴホッ、ゴホッ。セイラ!こんなところで戦うのは無理だよ!」

「ああ、わかっている。だから……」

 視界の悪さを利用して、気づかれないように阿黒王の後ろにまわったセイラは、無防備な背中に気弾を打ちこんだ。

「すぐに終わらせる!」

 避(さ)けようのない距離からの一撃だった。

 だがそれも、阿黒王の身体を覆っている分厚(ぶあつ)い妖気に阻(はば)まれてしまった。

「クッ!」

 セイラの唇(くちびる)から悔(くや)しさがこぼれる。

「阿黒王と言ったな。なぜ、ナギに取り憑(つ)いた!?」

 阿黒王は向き直(なお)って、苛立(いらだ)つセイラを嘲笑(あざわら)うかのように口元をゆがめた。

「呼ばれたのよ。強くなりたいという童(わっぱ)の念に……吾は依り代(よりしろ)を、童は力を、お互い欲しいものを手に入れたまでのこと」

「欲しいもの?……ナギに力を貸すつもりなどないくせに!おまえは、ナギの霊力(れいりょく)を利用しようとしただけだろう!では聞くが、なぜ依り代を欲しがる?私を殺すためか!?」

「汝(なれ)を黄泉(よみ)へ送るのは、吾が本意(ほんい)ではない。吾の望みは都を滅(ほろ)ぼすこと。だがあの男は、汝(なれ)がいる限りそれは叶(かな)わぬと言う。その言葉が嘘でないことは、先の市でよくわかった」

「先の市……?では、あの異形(いぎょう)の化け物はおまえの仕業(しわざ)か!」

「その常人(じょうじん)離れした力、都の者とも思えぬ。ならば黙って見ておればよいものを、あくまで都を守ろうとするなら汝を先に始末(しまつ)してしまおう、そう考えたまでのこと。誰にも、吾が無念(むねん)を晴らす邪魔はさせぬ!」

「なるほど。邪魔者は消してしまえということか。だがそれでは、半分しか答えになっていないな。私は、おまえが依り代を欲しがるのはなぜかと聞いている」

「…………」

「どうやら、よほど答えづらいことらしい」

 挑発(ちょうはつ)的なセイラの冷笑に、阿黒王は不快(ふかい)を露(あらわ)にした。

 魂魄(こんぱく)をとどめる依り代(よりしろ)がなくては、力を具現(ぐげん)化することはできない――それは阿黒王にとって、最大の弱点だった。

「では、質問を変えよう。あの男とは誰のことだ!?」

「それを聞いてどうする?汝はもう、黄泉路(よみじ)の入り口に立っているというに……」

 突然――

 足元に穴が開いて、セイラは急降下した。

 反射(はんしゃ)的にのばした手が、床(ゆか)の縁(ふち)を捕(と)らえる。

 目を走らせると、端(はし)から端まで三尺(さんじゃく=約九メートル)ほどある黒々とした穴が、床にぽっかりと口を開けてセイラを飲み込んでいた。

「セイラ――!」

「いや――っ!」

 篁や綺羅姫の叫び声が聞こえた。

「くっ!このくらいのことで……」

 穴から飛び出そうとしたセイラは、直後に愕然(がくぜん)とした。

「抜け、出せない……?」

 必死にあがいてみるが、穴から飛び出そうとすればするほど、見えない力によってぐいぐい奥へ引きずり込まれていく。

「セイラ!今助けてやる!」

 セイラのもとへ急ごうとした篁と綺羅姫も、阿黒王の黒い紐に縛(しば)られ、たちどころに身動きできなくなってしまった。

「おとなしく、この手を放して楽になるがよい。黄泉もまんざらでもないぞ」

 床にしがみついているセイラの手を踏(ふ)みつけ、阿黒王は勝ち誇った顔でその足に力をこめた。

「痛(つ)っ!!」

 セイラの顔が、苦痛にゆがむ。

 指の感覚が徐々(じょじょ)に失われていき、セイラはついに片手を放した!



  
        


「セイラ――!死んでも手を放しちゃダメよ!放したら、あたしが許さないから!」

 悲鳴(ひめい)にも似(に)た、綺羅(きら)姫の叫び声。

 その声に笑って答えるよゆうは、セイラにはなかった。

 ――そうしたいのはやまやまだけど……腕(うで)に力が……。

「もう!どうして誰もきてくれないのかしら。こんな騒(さわ)ぎになってるのに……」

 目の前のセイラを助けてやれないもどかしさに、綺羅姫は苛立(いらだ)ちをつのらせた。

「言われてみれば、確かにおかしい」

 その時、篁(たかむら)は入り口のふすま障子(しょうじ)の陰(かげ)から、わずかにのぞいている人の足に気づいた。

「綺羅さん、阿黒(あくろ)王の注意をぼくたちに引きつけるんだ。なんでもいいから、大声で叫んで!」

「……わかったわ!」

 ――篁には、なにか考えがある。

 綺羅姫の判断はすばやかった。

「誰かセイラを助けて――!楷(かい)!真純(ますみ)!誰でもいいから、早――」

 突然、綺羅姫の声が途切(とぎ)れた。

 阿黒王の黒い紐(ひも)がのびてきて、綺羅姫の首に巻きついたからだ。

 苦しそうに顔をしかめる綺羅姫。

「やめろ!綺羅さんになにをする!」

「命が惜(お)しくば、おとなしくしていることだ。それとも……」

 阿黒王が二人の方へ近づいていった、その時――

 入り口から護純(もりすみ)が現れ、セイラに手を差しのべた。

「セイラ殿!俺(おれ)に捕(つか)まれ!」

 人並(ひとなみ)外(はず)れたその体格でセイラを引き上げようとした瞬間、おびただしい数の紐がのびてきて護純を縛(しば)り上げ、穴から遠ざけてしまった。

「くそっ!もう少しのところで……セイラ殿!悪いが、あと少し我慢(がまん)してくれ!」

「ほう……」

 身体(からだ)を縛られながら、なおもにじり寄ろうとする護純(もりすみ)に、阿黒王は興味を示した。

 気を失った綺羅姫の首から紐をはずし、護純の行く手に立ちはだかる。

「おのれから飛び込んでくるとは、肝(きも)のすわった奴。この吾(われ)が、恐ろしくはないのか?」

「さあな、俺は一度死んだ身だ。その俺が怖いものと言ったら、不義理(ふぎり)の汚名(おめい)くらいのもんだ。あんたより、そこにいるセイラ殿の力になれない方が、俺にはずっと恐ろしいね」

 護純のふてぶてしさに、阿黒王は形相(ぎょうそう)を一変(いっぺん)させた。

「目障(めざわ)りな蠅(はえ)どもめ!うぬらも、まとめて黄泉(よみ)へ送ってやる!」

 篁と綺羅姫、護純の身体(からだ)が宙(ちゅう)に浮き、穴へ投げ込まれようとした時、突然阿黒王の動きが止まった。

『……めろ!セイラさま…みんなに手を……のは、オレが…許さない!』

 阿黒王の身体とナギの身体が交互(こうご)に入れ替(か)わり、その手がしだいに自分の首を絞(し)めはじめる。

「童(わっぱ)!この期(ご)におよんで、まだ悪あがきを……うぬぬ!」

 阿黒王の手が、絞めつけていた首から徐々に引き剥(は)がされていく。

 ――と、

 前庭に通じるふすま障子(しょうじ)が、さっと開いた。

 そこから黒い風が舞いこんでくる。

 風が手にしていたのは剣(つるぎ)。

 青い光を集めたような刀身(とうしん)が宙を舞うたびに、黒い紐(ひも)が断(た)ち切られ、三人は床に転(ころ)げ落ちた。

 断ち切られた紐(ひも)が、煙(けむり)となって霧散(むさん)していく。

「痛(い)った――!あれ、あたし……なにがどうなったの?」

「気がついたんだね、綺羅さん!ぼくたち、穴に投げ込まれそうになっていたところを、助けられたんだよ!」

「助けられた……?」

 綺羅姫は、強く打った頭を押さえながら、目の前の人影をあおぎ見た。

 見覚(みおぼ)えのある長身の長い髪、黒づくめの衣(ころも)は――

「オル…フェウス!?」

 そのオルフェウスは、阿黒王の鼻先に剣を突(つ)きつけ、対峙(たいじ)していた。

「皇子(おうじ)はどちらに……?」

 綺羅姫を一瞥(いちべつ)して、オルフェウスが口早に尋(たず)ねる。

「そこの穴の中よ!その男に落とされたの!黄泉(よみ)に通じる、穴だって……」

 黄泉――不吉(ふきつ)なその言葉に、綺羅姫はぞっとした。

 阿黒(あくろ)王が纏(まと)っている毛皮に邪魔(じゃま)されて、穴の周辺がよく見えない。

 片手は、まだ見えているだろうか――

 確かめようとする綺羅姫を、護純(もりすみ)の大きな背中がさえぎった。

「あんたは後ろに下がってな、姫さん。そこの助っ人(すけっと)の邪魔になるだけだ。それにしても、ずいぶん風変わりな助っ人だな」

 護純は、見たこともない衣服や瞳(ひとみ)の色に目を凝(こ)らしながら、

「なあ、あんたが強いのは見ればわかるが、できればそいつを手っ取り早く片付(かたづ)けてくれねえか。セイラ殿はさっきまで床にしがみついていたが、限界だ。落ちたら戻ってこられないだろう。早く助けてやらないと……」

 それを聞くと、オルフェウスの表情が険(けわ)しさを増した。

「ここは、おまえのような忌(い)まわしい者が近づいてよいところではない。早々(そうそう)に立ち去れ!さもなくば――」

 睨(にら)みつける目には、今にも斬(き)りかからんとする殺気(さっき)がみなぎっている。

 こうなっては、阿黒王に勝ち目はなかった。

 自分の腕を押さえつけているだけでもひと苦労なのに、少しでも不穏(ふおん)な動きをすれば、オルフェウスの剣がすかさず阿黒王の首を刎(は)ねるだろう。

「うぬぬ……このままではおかぬ!吾(わ)が怒りに触(ふ)れたこと、後悔させてやる!」

 阿黒王の身体から、濃密(のうみつ)な妖気(ようき)が立ち上(のぼ)ったその時――突然、穴から光の奔流(ほんりゅう)がほとばしった!

 それはさらに勢(いきお)いを増し、夕闇(ゆうやみ)迫(せま)る室内を真昼のように照らしていく。

「この光は――っ!」

 妖気が浄化(じょうか)され削(けず)り取られていく感覚に、阿黒王はうろたえ恐怖した。

 強烈な光に誰もが目を開けていられず、顔を抱(かか)えてうずくまる。

 次の瞬間――

「うああああ――っ!!」

 断末魔(だんまつま)の悲鳴が聞こえ、しばらくして光は収(おさ)まった。

 目を開けると阿黒王の姿はなく、かわりに誰かの荒(あら)い息づかいが聞こえた。

 床(ゆか)に突き刺さった神剣にもたれかかり、肩で息をしているのは――

「セイラ!無事だったのね!」

 真っ先に綺羅姫が駆(か)け寄る。

「はあはあ。ナギは、どうなった……?」

「ナギは……」

 綺羅姫は、薄暗くなった室内に目を凝(こ)らして、

「ナギはいないわ。あの男もよ」

「そうか……」

 助けられなかった――その思いが、セイラの疲労感を強めていく。

 すると、それまでセイラを支(ささ)えていた刀身(とうしん)の光が、ふっつりと消えた。

 前のめりになって倒れこむセイラを、すばやく受けとめたのはオルフェウスだった。

「おまえ……なぜここに……」

「皇子にご報告があってまいりました。このようなことになっているとは知らず……勝手にお側(そば)を離れたこと、お許しください」

「許す……?私にそんな資格(しかく)はないよ。おまえに裏切られても当然の……」

 その言葉の先を、オルフェウスが聞くことはなかった。

 集まってきた護純や篁に、セイラを取り囲(かこ)まれてしまったからだ。

「セイラ殿!よくご無事で――!」

「どうやって、穴から抜け出せたんだ!」

「ああ。簡単に出られると思ったんだけどね、あの中では力が使えなくて……」

 その時のことを思い出して、セイラはぞくりとした。

 阿黒王とは、いったい何者だったのか――?

 灯台(とうだい)の火が運ばれてきて、セイラと篁、綺羅姫は元の座に、護純とオルフェウスはその後方に座を占(し)めた。

「なにか見えない力がまとわりついて、穴の奥へ私を引きずりこもうとしていた。もう駄目(だめ)かと思った時、神剣を持っていることに気づいて……」

「そうか!あの光は、神剣の光だったのか!」

「どうりで、見覚(みおぼ)えがあると思った。あの光の柱をまともに食らったら、黄泉に通じる穴も浄化されるわけだ」

「光の柱ってなによ?あんた、見ない顔だけど新しい使用人?」

 綺羅姫に言われて、護純は一瞬たじろいだ。

「お、俺は……島で、セイラ殿に――」

「ああ、綺羅さん。その話は後でぼくがしてあげるよ。長い話になるから」

 なだめるように篁に言われると、綺羅姫はむっとして黙り込んだ。

 ――そう言えば、海賊(かいぞく)討伐(とうばつ)の時のこと、綺羅さんにまだ話してあげてなかったな。そんなよゆうもなかったし……。

 篁は心の中で綺羅姫に詫(わ)びて、話題を戻した。

「あの時悲鳴が聞こえたけど、阿黒王も浄化されたのかな?」

「だとしたら、ナギの身体は残っているはずだ。阿黒王はまだ滅(めっ)していない。しぶとく逃げのびたんだろう」

 セイラはこぶしを握(にぎ)りしめ、怒りの波動(はどう)をたぎらせた。

「ナギは取り返す!必ず――!」

 その気迫(きはく)に圧倒(あっとう)され、誰もが息をのんだ時、オルフェウスが静かに口を開いた。

「私からも、お話があります」



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