第六十五話
もはや術(すべ)なし――と思われたその時、蒼天(そうてん)に一閃(いっせん)の光が走った!
『あれは……?』
男は目を上げて、光の正体を探(さぐ)ろうとした。
流れる銀の髪、薄紫の狩衣(かりぎぬ)姿は人としか見えなかったが、それは宙を飛んでいた。
手にした剣(つるぎ)が一閃するたびに、異形(いぎょう)のものの目と口が胴体(どうたい)から切り離されていく。
『ほう、都にあのような者がいたとは……』
男の強烈な敵意が向けられた先に、神剣(しんけん)を振(ふ)るうセイラがいた。
切り離された目と口は光に浄化(じょうか)され、あるいは霧散(むさん)していった。
胴体は水に戻り、急速にその勢(いきお)いを弱めていく。
飲みこまれた者たちは、息も絶え絶えのようすで地上に投げ出された。
「セイラ――!そっちは大丈夫か――!?」
閑散(かんさん)とした市のどこかで、篁(たかむら)の声がした。
中空(なかぞら)から、セイラがそれに答える。
「心配ない!それよりナギと真純(ますみ)を頼む!」
「わかった――!」
『童(わっぱ)どもを探(さが)しにきたか。ならば、吾(われ)もそろそろ退散(たいさん)するとしよう』
男の顔がすーっとかき消えて、ナギの顔に戻っていく。
とたんに、ナギはバッタリと泥土(でいど)に倒(たお)れこんだ。
手には、黒い勾玉(まがたま)が握(にぎ)りしめられている。
篁が、真純と倒れているナギを見つけたのは、それからしばらくしてからだった。
「ナギ!しっかりしろ!目を覚(さ)ますんだ、ナギ!」
「……たか、むら…さま……」
「気がついたか!眠っているけど真純も無事だ。けがはないか?」
「けがは……ありません」
ナギは、ふらふらと泥土から立ち上がって、あたりを見まわした。
「水は、おさまったんですね」
「水?ああ。確かに本体は水だったが、あれは水と言うより……」
「本体……?篁さま、なんのことを言ってるんです?」
「おまえ、あれを見てないのか?」
「あれ……?」
篁の目に浮かんだ恐怖の色を見て、ナギはドキッとした。
自分が呼び出したものは、なにかとんでもないことをしてしまったのか?
「で…でも、水はおさまったんですよね」
勾玉を握りしめ、震(ふる)える声でナギは言った。
「ああ。セイラが退治(たいじ)してくれた。でなければ、今ごろ……」
篁は怖気(おぞけ)をふるって、今にも降り出しそうな空に、異形(いぎょう)のものを思い浮かべた。
「あれは水と言うより、憎しみに駆(か)られた化け物だ。真純が水をあやつれるのは知っていたけど、まさかあんな化け物を作り出すとは……」
「化け物……」
「景季(かげすえ)が死んだと思ったせいだろう。真純の気持ちを考えれば責められないけど……それにしても、こんな日におまえたちが市に来るなんて……」
「死んだと思った、って……篁さま、なに言ってるんです?景季の首なら、あそこに……」
ナギが指さした高台の上には、この騒ぎの中でなお、天をにらんでいる首があった。
「あれは景季じゃないよ。セイラの嘆願(たんがん)によって、景季は釈放(しゃくほう)されたんだ」
篁はそう言って、こわばった頬(ほほ)に笑みを刻(きざ)んだ。
「景季は生きてるよ、ナギ。邸(やしき)でおまえたちの帰りを待ってる」
「生き…てる……」
ナギは呆然(ぼうぜん)として、言葉をなくした。
景季が生きていたことが、うれしくないわけじゃない。
真純もきっと喜ぶだろう。
だがナギは、素直にそれを喜べなかった。
「なら、真純はなんのために……」
景季が死んだと思い、悲しみのあまり力を暴走(ぼうそう)させてしまった真純――
それを止めようとして、ナギが呼び出した者は、とんでもないことをしでかしてしまったらしい。
ナギには、依り代(よりしろ)となっている間の記憶がまるでなかった。
――景季が、生きている……。
なら、真純の悲しみは……自分のしたことは、すべて意味のないことだったというのか?
「おまえたちにとっては、運が悪かったと言うしかない」
うつむきがちに言う篁に、ナギはやり場のない怒りを爆発させた。
「景季景季って……!セイラさまは神奈備(かむなび)の神なんだから、景季なんか放っておけばよかったんだ!」
駆け出したナギの前方に、セイラが降りてくる。
ナギはその横をすり抜けて、声もかけずに行ってしまった。
「ナギ……?」
セイラは振り返って、ナギの背中を目で追った。
「セイラ――!」
反対側から駆け寄ってきた篁に目を戻すと、手にしていた神剣の柄(つか)を懐(ふところ)に入れて、
「こっちはかたづいたよ。これだけの騒ぎで、死人が出なかったのは幸いだった」
そう言って、ナギが去っていった方をもう一度振り返った。
「ナギは、どうしたんだ?」
「うん。真純が悲しむのを近くで見ていたぶん、景季は生きているって言っても、すぐには受け入れられなかったんだろう」
「そうか……真純は?」
篁は後ろを指さして、
「力を使いきって、ぐっすり寝てる。しばらくは起きそうにないよ」
「真純にとっては、その方がいいかもしれない。今は静かに眠らせておこう」
「ナギや真純がうらやましいって思ってたけど、力を持ってるっていうのは厄介(やっかい)なものなんだな……」
篁は、濡(ぬ)れた町並みと人気のない通りを見渡してつぶやいた。
「たとえ本人にその気がなくても、感情が高ぶって力が発動してしまうと、歯止めがきかなくなってしまう」
「歯止めがきかない……」
「あっ、いや…おまえのことを言ったんじゃないよ。真純はまだ小さいから、気持ちを抑(おさ)えることができなかったんだろうって……」
「もし、私に歯止めがきかなくなったら……」
セイラは遠い目をして、夢で見た光景を思い出していた。
「その時は、惑星も壊(こわ)してしまうかもしれない」
「セイラ!嵯峨宮(さがのみや)の言ったことを信じてるんじゃないだろうな!」
「信じる?どうかな……嘘(うそ)を言ってるようには見えなかったけど……」
いまだ真実の見えない迷路(めいろ)を、手探(てさぐ)りで彷徨(さまよ)っている――そんな目でセイラは言った。
「私は、捕(と)らわれていた人たちの手当をしてくる。すまないが、篁は真純を邸まで連れ帰ってくれないか」
そう言って飛び去ったセイラの、苦悩(くのう)の深さを、篁は痛いほどに感じていた。
眠っている真純を牛車(ぎっしゃ)に乗せて、篁は右京三条にあるセイラの邸に戻った。
その邸の門を、次々と荷車(にぐるま)が通っていく。
「誰かの贈り物かな?それにしては、家財(かざい)道具らしきものばかりだけど……」
篁を乗せた牛車が門をくぐると、とたんに、悲鳴(ひめい)にもにた楷(かい)のわめき声が聞こえてきた。
「ですから、私はなにも聞いてませんよ!困るんです!勝手にこういうことをされては……事前に、しかるべく、了承(りょうしょう)を得てからにしていただかないと……!」
「そんなこと言われてもなあ……わしらはここのお邸に荷を運ぶよう言われただけで、受け取ってもらわないことには、こっちも困るんだよ」
庭先での楷と人夫(にんぷ)の言い争いを横目に、篁は牛車を邸の中に入れ、眠っている真純を家人(かじん)に託(たく)した。
「ああ、もう!らちがあきませんね。どこの誰なんです!こんなものを送りつけてきたのは!?」
「四条の、権大納言(ごんのだいなごん)さまの姫だよ」
「権大納言の……綺羅(きら)さんだ!」
聞いていた篁は、急いで庭に下りて二人に近づいていった。
「おい!本当に綺羅さんに……権大納言の姫に頼まれたのか?」
人夫は、ようやく話がわかりそうな相手に出会えた顔で、
「そうとも。お邸の東の対屋(たいのや)まで荷を届けてくれるよう、使いの女房からことづかったんだ」
「また、あの姫ですか――!」
楷(かい)は、がっくりと肩を落とした。
先日の一件以来、楷は綺羅姫を大の苦手にしていた。
「わかった。荷を降ろしてくれ。それで綺羅さんは……その姫は、一緒に来なかったのか?」
「ああ。じきにやってくるんじゃないか。みんな!そうと決まれば、日が暮れる前にさっさと片づけちまおうぜ!」
その頃――
異形の生き物に飲みこまれたほとんどの者が、路上に這(は)いつくばって水を吐き出していた。
水をすべて吐き出した後も、苦しそうに何度も咳(せ)き込んでいる。
セイラはそのひとりひとりの背に手を当てて、苦痛を和らげ取り除いていった。
だが、ナギの姿が見当たらない。
気になったセイラは、上空からより広い範囲を捜(さが)そうとした。
すると、見覚(みおぼ)えのある牛車が目にとまった。
セイラは牛車を目がけ、一直線に降下していった。
突然、空から人が降ってきたのを見て、御者(ぎょしゃ)は驚いて車を止めた。
本当に空を飛んできたのか?と言いたげな顔で、呆然(ぼうぜん)とセイラを見つめている。
「びっくりさせてごめん。綺羅姫の知り合いなんだ。その…ちょっと話してもいいかな」
そう言って牛車に歩み寄ると、のぞき窓から綺羅姫が顔を出してきた。
「セイラ!もうすっかり元気になったのね!」
「ああ。夜中にオルフェウスがやってきて、傷を癒(い)やしてくれたらしい」
「あの人が……そう」
綺羅姫の心境は複雑だった。
オルフェウスは、セイラを裏切っていないのかもしれない。
でも、元の世界に連れ帰ろうとしている――
「あの人のこと、信じる気になった?」
「どうかな、よくわからない……それより、ナギを見かけなかった?」
「いいえ、見てないわ。ナギがどうかしたの?」
「さっきはぐれてしまって……少し気になることがあったから……ああ、引きとめて悪かったね」
離れていこうとするセイラを、今度は綺羅姫が呼び止めた。
「待って!あたし、セイラの邸に行くところだったの!」
「私のところに……?」
セイラは怪訝(けげん)な顔をして、
「珍(めずら)しいね。なにか用事でも……?」
「ええ。ほんとは、もっと前からこうするべきだったって、今ごろ気づいたの。でも、今からでも遅すぎるということはないから……あたしねっ、セイラの妻になるの!」
道端(みちばた)に倒れている人々を見つけた時、オルフェウスは、残り香(が)のようにあたりに漂(ただよ)うグェン=ドゥラ・クワの気を感じ取った。
それは、しだいに力強く鮮明(せんめい)になり、上空へ駆(か)け上っていく。
その跡(あと)を追って、オルフェウスは東へ飛んだ。
たどり着いたのは都の北側、こんもりとしたなだらかな岡――船岡(ふなおか)山だ。
オルフェウスはそこで、ドゥラ・クワの跡を見失った。
おそらくは、地上に降りて気を抑(おさ)えたのだろう。
だが、なぜ――?
岡を歩いていくと、その答えはほどなくして見つかった。
小道からはずれた林の中に、結界(けっかい)が張られていた。
一見(いっけん)しただけでは、なんの変哲(へんてつ)もない雑木(ぞうき)林だが、結界に向かっている細々としたけもの道が、途中で不自然にとぎれている。
案の定(じょう)、けもの道を行くと、目には見えないがコツンと硬(かた)い物に足が触(ふ)れた。
手さぐりで、結界の形状(けいじょう)を確かめてみる。
全体はなだらかな弧(こ)を描(えが)いた半球状で、周囲を測(はか)ってみると、さほど大きくない建物なら優(ゆう)に入るほどの広さがあった。
誰が、なんのために、こんなものを作ったのか――?
ドゥラ・クワがここへ着いてから、これだけ大きな結界を張れる時間があったとは思えない。
では、これはドゥラ・クワが追っていた敵の結界か――?
その時、オルフェウスは遠くから自分を見つめる刺(さ)すような視線を感じた。
――しまった!私としたことが!
ドゥラ・クワが結界を見張(みは)っているかもしれないことに、どうして気づかなかったのか。
気配(けはい)を消されていては、居場所を特定(とくてい)することもできない。
――無用心に結界に近づくべきではなかった……。
追跡(ついせき)者がいると知られてしまった以上、ここは一旦(いったん)引くしかない。
オルフェウスは、自分の不覚(ふかく)を悔(く)やみながら上空へ離脱(りだつ)した。
数日後、早朝――
船岡山に近い川のほとりで、顔を洗う嵯峨宮(さがのみや)の後ろに近づく黒衣(こくい)の影があった。
「なぜ、私の名を出した?」
声をかけられて、一瞬嵯峨宮の手が止まった。
それから、なにごともなかったかのように懐(ふところ)から小布(こぎれ)を取り出し、顔を拭(ふ)きながらゆっくりと立ち上がった。
「ああ、名まえを出したのはまずかったですね。できるだけ隠しておこうとしたのですが……皇子がどうしても知りたがっていたので……」
「ドゥラ・クワ!!」
黒雲のように立ち上るオルフェウスの殺気(さっき)を感じて、振り返った嵯峨宮はにっと笑った。
「そろそろ、あなたがやってくる頃(ころ)だろうと思っていましたよ、オルフェウス=ラーダ。皇子は、あなたを疑っているでしょうね。少なくとも、以前のような絶対的な信頼はなくなっているはずだ」
「皇子が記憶を失くしているのを、利用しようとしたのか。なんのために――!?」
怒りに燃える翡翠(ひすい)色の目を見て、嵯峨宮はカラカラと笑った。
「決まっているでしょう。一度にあなた方二人を相手にするのは無理だからですよ。それに、皇子にも人に裏切られる苦痛というものを、味わわせてやりたかった……」
嵯峨宮は、どこから手に入れたのか、二藍(ふたあい)の真新しい直衣(のうし)のほこりを払(はら)って、
「もっとも、記憶を失くしているたったひとりの皇子にもかないませんでしたが……ご安心ください、今は皇子を害(がい)するつもりはありません。ただ、返すといったものを人に奪われたままでいるのは、私の誇りが許さないだけです。それが、どんな憎むべき相手であっても……」
色白の頬(ほほ)に刻(きざ)まれた屈辱(くつじょく)感と無念(むねん)さを、オルフェウスは憐(あわ)れむように見つめた。
「おまえは間違っている、ドゥラ・クワ。おまえに暗殺を依頼(いらい)した者がなにを言ったかは知らないが、それは真実ではない」
「でたらめを言うな――!!あの方は人を騙(だま)すような人じゃない!」
その声と同時に、川の水が大石を投げこまれたように跳(は)ね上がり、水しぶきをまき散らした。
「そこまで言うのなら、あなたは真実を知っているというのか!?」
「知っている……あの夜なにがあったか、それをこれからおまえに話してやろう」
苦渋(くじゅう)に満ちた沈痛(ちんつう)な面持(おもも)ちで、オルフェウスは静かに話しはじめた。
オルフェウスの話は、嵯峨宮が聞いていたことともこうあってほしいと願っていたこととも、まるで違っていた。
「嘘(うそ)だ……」
嵯峨宮はよろよろと後ろによろけて、川原に尻もちをついた。
「あれからもう二季(にき=六か月)が過ぎている。私の話が真実かどうかは、おまえが元の世界に帰ればわかることだ」
「では、私はなんのために……」
呆然(ぼうぜん)として、立ち上がる気力もなくしている嵯峨宮を、オルフェウスは見るに忍(しの)びず顔をそむけた。
「皇子の暗殺を依頼し、おまえをここへ送り込んだのは王宮の人間。しかも相当地位のある者だな?」
オルフェウスの問いかけに、嵯峨宮は答えなかった。
ひょっとしたら、聞こえてさえいなかったのかもしれない。
「言いたくなければそれでもいい。いずれ、調べればわかることだ」
オルフェウスは嵯峨宮に向きなおった。
皇子を補佐(ほさ)する側近(そっきん)としての、厳格(げんかく)な顔がそこにあった。
「皇子を傷つけたことは許せないが、おまえにも同情すべき余地(よち)はある。このまま、元の世界に帰るのもいいだろう。好きにするがいい」
背を向けて遠ざかるオルフェウスの耳に、嵯峨宮のくぐもった嗚咽(おえつ)の声が聞こえていた。
――あたしねっ、セイラの妻になるの!
綺羅(きら)姫にそう宣言(せんげん)されても、セイラは意味がよく飲み込めずにいた。
「えっ……」
一声(ひとこえ)発したまま、棒(ぼう)立ちになっているセイラにしびれを切らした綺羅姫は、後ろ簾(すだれ)をはね上げて、
「いいからこっちにきて!これを見てちょうだい!」
言われた通り後ろにまわって、セイラが牛車の中をのぞき込むと――
唐衣(からぎぬ)に裳(も)を着(つ)け、正装(せいそう=十二単)した綺羅姫が、にこにこ笑って座っていた。
髪には、赤紫色をした萩(はぎ)の花が一房(ひとふさ)飾られている。
「どう?あたしの婚礼(こんれい)衣装、にあってる?」
「あ、ああ……とってもよくにあってるよ……」
「そ、そう。えへへ……」
綺羅姫は、照れくさそうに笑って、
「これ、着る時は大変だったのよ。でも、あたしの方から押しかけるんだから、ちゃんとしなくちゃって思って……普通は、男の人が女の人のところに通(かよ)って結婚が成立するものだけど、セイラはきてくれそうもないから、あたしの方からきちゃった。これでも、真剣に考えて決めたんだから、追い返したりしたら許さないわよ。それでね、調度品ももうセイラの邸に届いてるはずだから……」
長々と続く綺羅姫の話を、セイラはもう聞いていなかった。
「そうか、その手があった!それならうまくいくかもしれない!」
「……なんのこと?」
「あ、いや。ちょっと困っていることがあって……でも、なんとかなるかもしれない。綺羅姫のおかげだよ!」
「よくわからないけど、つまり……あたし、妻になっていいのね!」
「ああ。くわしいことは邸(やしき)に行ってから話すよ。篁(たかむら)も待っているはずだ」
夕刻(ゆうこく)――
邸に着いて、セイラと佐保(さほ)姫との間に、結婚話が持ち上がっていることを聞いた綺羅姫は激怒(げきど)した。
少しはしおらしく見えていた萩の髪飾(かみかざ)りをむしり取り、髪の毛を逆立(さかだ)てて、
「なんですって!?冗談じゃないわ!いくら帝(みかど)だからって、人の結婚相手まで勝手に決められてたまるもんですか!セイラ!そんな話、耳を貸(か)すことないわよ!」
「そういうわけにはいかないんだよ、綺羅さん」
篁は、正装して現れた綺羅姫の真意(しんい)に薄々(うすうす)気づきながら、深いため息をついて、
「セイラは今上に景季(かげすえ)の…今は護純(もりすみ)って言うんだけど……その景季の釈放(しゃくほう)を嘆願(たんがん)したんだ。真純(ますみ)のためを思って……朝廷に歯向(はむ)かった海賊の首領を釈放するなんて、到底(とうてい)聞き入れられることじゃない。でも今上は、その無理な願いを聞き入れてくださった。その代償(だいしょう)としてセイラは……」
「佐保姫と結婚することになったって言うの?そんなの横暴(おうぼう)だわ!恩を売っておいてかわりに言うことを聞けなんて、それが帝のすること!?やり方が卑怯(ひきょう)だわ!」
「綺羅さん!」
顔色を変える篁の横で、セイラは静かに目を伏(ふ)せた。
「そうだね。戦勝のほうびをと言われて、後のことも考えず言ってしまった私が一番悪い。簡単なことじゃないとわかっていたのに……こうなることは予想しておくべきだったんだ」
それを聞くと、綺羅姫は戦意(せんい)をそがれた顔で座りなおした。
「それで、佐保(さほ)姫は……?佐保姫はうんて言ったの?」
「ああ。どちらかというと、向こうの方が乗り気だったみたいだ」
「はーん。だんだんわかってきたわ」
思わせぶりな綺羅姫の薄笑いに、篁は焦(じ)れて、
「綺羅さん、なにがわかったんだよ」
「篁には関係ないことよ。それで、セイラはどうするの?」
「どうするもなにも、綺羅姫が妻になってくれるなら、問題は解決だよ。妻がいるのに、結婚はできないからね」
「セイラ……」
それは違うよ――と言いかけた篁は、綺羅姫ににらまれて沈黙した。
実のところ、この時代妻は何人いようがかまわなかった。
「篁、あの…あたしね……」
「やっぱりね……」
思いつめた顔で切り出そうとした綺羅姫の先を制(せい)して、篁は笑った。
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