第六十一話
「あなたの、たったひとりの側近(そっきん)です」
しーんと、静まり返る音が聞こえるようだった。
「あっ……!」
その静寂(しじま)を破った綺羅(きら)姫に、全員の注目が集まる。
「思い出した!さっき夢の中で見た美形(びけい)、もしかしてあの人が……」
「そうだ。確かセイラがオルフェって……あの男がセイラを裏切るなんて、信じられないな」
篁(たかむら)は、呆然(ぼうぜん)と立ち尽(つ)くすセイラに心を痛(いた)めて、
「おまえ!いい加減(かげん)なことを言ってるんじゃ――」
嵯峨宮(さがのみや)を振り返ると、そこには誰もいなかった。
「いつの間に……」
ガックリとひざ折(お)れるセイラ――
凍結(とうけつ)していた世界が、元に戻っていく。
直後に、ナギと綺羅姫の悲鳴(ひめい)が上がった!
血を流しすぎたセイラが、気を失(うしな)って倒(たお)れていた。
「セイラ、しっかりしろ!セイラ――!」
篁はセイラの名を呼び続けた。
その時――
「セイラ…?そこにいるのは月の君か?」
ぎょっとして、声のした方を篁が振り向くと、
「音羽(おとわの)中将殿(ちゅうじょうどの)――!」
山門(さんもん)に立っていたのは、篁が親しくしている右近衛府(うこんえふ)の次将(じしょう)だった。
「少将(しょうしょう)殿もいたんですか。どうしたんです、こんなところで……?」
「血が……セイラの血が止まらないんです!早く手当(てあ)てをしないと――!」
それを聞くと、音羽中将は足早(あしばや)に走り寄ってきた。
見ると、流れ出た血で衣(ころも)は赤黒く染(そ)まり、倒れ伏(ふ)したセイラの顔は白布(はくふ)のように青ざめている。
「大変だ!すぐに血止めをしないと……この近くに高明寺(こうみょうじ)という寺があります。ひとまず、月の君をそこへ運びましょう。その前に、このことを今上(きんじょう=帝)にご報告申し上げなくては……」
「今上が、おいでになっているのですか!?」
ハッとする篁に、音羽中将は重々(おもおも)しくうなずいて、
「今日は亡(な)きお母上の月命日で、今上は毎月、この先にあるお母上ゆかりの正覚寺(しょうかくじ)に行幸(ぎょうこう)なさっておられる。私はそれに随行(ずいこう)してきて、これから御所(ごしょ)に戻るところだったのですが……このあたりで煙(けむり)が上っているのを見かけて、気になって来てみたのです。やはり寺が燃えていたんですね」
音羽中将は、黒焦(くろこ)げになって崩(くず)れかけた本堂(ほんどう)に目をやった。
「これは、その………」
篁が言いづらそうにしていると、音羽中将はそれ以上詮索(せんさく)しようとしなかった。
「くわしい話は後にしましょう。今は、一刻(いっこく)も早く月の君を運んで手当てしなくては……」
「ぼくたちが乗ってきた牛車(ぎっしゃ)があります。音羽中将殿が先導(せんどう)してくださるなら、それでセイラを運べます。その前に、この血だらけの衣をなんとかしないと……」
篁はセイラの狩衣(かりぎぬ)をはぎとり、着ていた直衣(のうし)を脱(ぬ)いでセイラを包(くる)みはじめた。
――チッ、ヨケイナジャマガハイッタ……。
林の中で、そうつぶやく声があった。
――セイラガウゴケナイイマガ、ゼッコウノキカイダッタノニ……。
声の主は、しばらく考え込んでよゆうの笑みを浮かべた。
――マアイイ。モウスコシ、ヨウスヲミルトスルカ。
意識の戻らないセイラと綺羅姫を乗せた牛車が、山門(さんもん)を出ていく。
いつの間にか、姿が見えなくなっていた御者(ぎょしゃ)の代(か)わりに、御者台にはナギと真純(ますみ)が乗っていた。
牛車の中に用意してあった替(か)えの直衣(のうし)を着て、篁は音羽中将と並んで前を行く。
この時ばかりは、宿直(とのい)明けだったことを篁は感謝せずにいられなかった。
どう考えても、小袖(こそで)姿で帝(みかど)の前に出るわけにはいかないだろう。
林を抜けて大きな道に出ると、そこにさほど仰々(ぎょうぎょう)しくない行列が道端(みちばた)で待機(たいき)していた。
――と、牛車に歩み寄り報告していた音羽中将の顔色が、突然(とつぜん)変わった。
「いや、ですがそれでは……」
その後の会話は、そう長くは続かなかった。
困惑(こんわく)したようすで篁のところへ戻ってきた音羽中将は、口を開くなり音(ね)を上げた。
「まいりました。今上(きんじょう)が、どうしても月の君のようすをご覧(らん)になりたいと言ってきかないのです」
「えっ。それでは……」
「高明寺までついていくと仰(おお)せられて……困ったことになりました。お帰りも遅くなるし、寺の方でもお迎(むか)えする用意ができていないと申し上げたのですが……」
「今上が、そこまでセイラのことを心配してくださるなんて……」
申し訳(わけ)ない気持ちとありがたい気持ちが溢(あふ)れてきて、篁は胸が詰(つ)まった。
「今上なりのお考えもあってのことでしょう。ともかく、急いで月の君を運ばなくては……」
――マサカ、ミカドガデテクルトハ……!
綺羅姫とセイラを乗せた牛車に続いて、帝を乗せた牛車が同じ方向へ去っていくと、林の中の男は地団駄(じだんだ)を踏(ふ)んだ。
――ウンノイイヤツメ!コレデハ、ヘタニテガダセナイ!
なにかいい方策(ほうさく)はないかと思案(しあん)する男の脳裏(のうり)に、セイラの言葉が浮かんだ。
『――負けを認めて僧(そう)と石を返してもらおう』
――ソウトイシ……?コレハ、ツカエルカモシレナイ……。
13.偽りと真実の間(はざま)で
それは、超新星(ちょうしんせい)爆発の連続だった。
暗黒の宇宙を彩(いろど)る色の洪水(こうずい)――
炸裂(さくれつ)する赤、黄、青、緑、紫……。
セイラが腕を伸(の)ばして軽く指を鳴らすたび、次々と爆発していく恒星(こうせい)や惑星。
そこに生きる有機体(ゆうきたい)の怒りや悲しみなど無縁(むえん)の顔で、すべてを支配する絶対者のごとく、セイラはそれらの運命の上に君臨(くんりん)していた。
宇宙に満ち満ちる呪詛(じゅそ)の念(ねん)。
耳をふさいでいても聞こえてくる怨嗟(えんさ)の声……。
やがて、それはセイラを取り巻いて――
「うわあ―――っ!!」
セイラは悲鳴(ひめい)をあげて飛び起きた。
心臓が、ドクドクと早鐘(はやがね)のように鳴(な)っている。
「夢か……」
「やっとお目覚(めざ)めですか。大声を出して……悪夢にでもうなされましたか、皇子?」
その声に振り向くと、枕元に烏帽子(えぼし)をかぶり真新しい直衣(のうし)を着た嵯峨宮(さがのみや)が座っていた。
「嵯峨宮!なぜ、ここに――!?」
「僧侶(そうりょ)と石をお返ししに来ました。それと、あなたの幻想(げんそう)を覚(さ)まして差し上げに……」
「私の幻想……?」
「あなたに友がいるという、ありえない幻想のことです」
「な…なにを言ってる。幻想なんかじゃない。篁も綺羅姫も真尋(まひろ)も、ナギや真純だって私の大切な――」
「そんなに大勢の人間とかかわりあうことが、時空遡行(じくうそこう)者に許されると思っているんですか?時代や人間に深く干渉(かんしょう)してはならない――時空遡行者にとっての鉄則(てっそく)です。なのに、記憶を失(な)くしていたとはいえ、あなたはこの時代にかかわりすぎた。時間軸(じかんじく)が分岐(ぶんき)して並行世界ができてしまえば、元の場所に戻れなくなるかもしれないというのに……クックック。時空遡行者に友はいらない!」
嵯峨宮は冷たく言い放(はな)った。
「友がいなくても、寂(さび)しくはないでしょう。あなたのまわりには、敵がいっぱいいるのですから……あなたの記憶を封印(ふういん)した者は、なにが狙(ねら)いだと思います?あなたがこの時代に及(およ)ぼす影響を見越(みこ)して、並行世界に迷(まよ)い込ませるつもりだったのかもしれませんね。あなたは、この宇宙では危険すぎる存在だ。抹殺(まっさつ)されるべきなのです。たったひとりの側近(そっきん)にまで裏切られたのですから……」
嵯峨宮の顔がグニャリと歪(ゆが)んで、左まわりに引き伸(の)ばされていく。
非現実的な絵画のような混沌(こんとん)から、再び現れた顔を見てセイラは絶句(ぜっく)した。
「オ、ル……」
「陛下(へいか)の意思(いし)は絶対です。皇子、あなたは生まれてくるべきではなかった。王宮からいまだに迎(むか)えが来ないのも、皇子が帰ってくることを誰も望んでいないからです」
「そんな……だったら、私はなんのために……」
「ですが、神として生まれ変わった皇子ならば、陛下も喜んで迎(むか)えてくれるでしょう。さあ、この剣(つるぎ)をお取りください」
差し出された神剣(しんけん)に、セイラは心から怯(おび)えた。
「……いやだ、いやだ……」
――いやだ―――っ!!
「………ラ」
「……イラ」
「目を覚(さ)ましてくれ、セイラ!」
どこからか声がすると、セイラははっとして目を開けた。
心配そうな篁の顔が、目の前にあった。
「たか…むら……」
「気がついたんだね、セイラ。よかった!」
「本当に篁…なの?嵯峨宮じゃなくて……?」
篁は一瞬意表(いひょう)を突(つ)かれた顔をして、眉(まゆ)をしかめた。
「嵯峨宮の夢を見てたのか?どうりで、ずいぶんうなされてると思った」
「そうか。今のも夢、だったのか……」
セイラは、不安そうにあたりを見まわした。
飾(かざ)り気はないが、掃除(そうじ)の行き届いた部屋の隅(すみ)には文机(ふづくえ)があって、巻物(まきもの)が何本か置かれている。
「ここは高明寺(こうみょうじ)だよ」
篁(たかむら)は、セイラが倒れてからここに運び込まれるまでのことを話してやった。
「まさか、今上(きんじょう)が同行してくださるとは思わなかった。よほどセイラのことが心配だったんだね」
「帝(みかど)は、今どちらに……痛(つう)っ!」
セイラは起き上がろうとして、全身に刺(さ)すような痛みを感じた。
「あっ、まだ動いたら駄目(だめ)だよ!せっかく血が止まったのに……傷口が塞(ふさ)がるまでは安静にしているようにとの、権侍医(ごんのじい=天皇を診察する医師)のお言いつけだよ」
見ると、小袖(こそで)の下には、晒(さら)しを細く裂(さ)いた布が身体中に巻かれている。
「権侍医がいらしたのか?」
篁は、もう一度セイラを寝かせながら、
「ああ。今上(きんじょう)は昨日のうちにお帰りになられたよ。人に会う約束があると仰(おお)せられて……おまえのことをずいぶん心配しておられた。なにしろ、出血がひどかったからね……その後で、典薬頭(てんやくのかみ=典薬寮の長官 医薬をつかさどる役所)と権侍医(ごんのじい)がいらして手当てしてくださったんだ。今上が手配してくださったんだろう。もう午の刻(うまのこく=正午)を過ぎてるから、セイラは丸一日以上眠っていたんだよ。そう言えば、典薬頭が不思議がっておられた。どこでなにをしたらこんな傷を受けるのかって……」
「篁は、なんて?」
「なにも……」
力なく首を振って、篁は視線を落とした。
「今上がお尋(たず)ねになった時も、なにも言えなかった。理空(りくう)殿のこともあるし、嵯峨宮(さがのみや)のことをどう説明すればいいのか、わからなくて……」
「よかったんだよ、それで」
「セイラ……」
「帝に、よけいな心配をおかけしたくない。わからないことを、無理に説明する必要はないよ」
「うん、そうだね……」
たぶん、一番混乱(こんらん)しているのはセイラなんだろう――と、篁は思った。
目が覚(さ)める前のセイラは、ひどいうなされようだった。
嵯峨宮に大罪人のように責(せ)められ、自分の側近(そっきん)に暗殺を依頼(いらい)されたと聞かされたら、誰だって平静でいられるはずがない。
自分だったら、気が狂いそうになるだろう。
そして、この大けが――
「一時はどうなることかと思ったけど……でも、目が覚(さ)めてよかった」
篁は、努(つと)めて明るく振舞(ふるま)おうとした。
――セイラが取り乱していないのに、自分が塞(ふさ)いでどうする!
「綺羅(きら)姫やナギたちは、どうしてる?」
「みんな、となりの部屋で寝てるよ。帰れって言っても聞かないからね。綺羅さんは明け方まで起きてて、今はぼくと交代で寝てる」
「私だけでなんとかするつもりだったのに……結局、みんなに心配をかけてしまったね。ずいぶん危ない目にもあわせてしまった」
「自分を責(せ)めるなよ、セイラ。ぼくたちが勝手に追ってきたんだ。それに……セイラがいなければ、ぼくたちはここにこうしていることもできなかった。あまり力にはなれないかもしれないけど、自分だけでなにもかも背負(せお)い込もうとするなよ。嵯峨宮が言ったことも、今は考えない方がいい。傷に障(さわ)るから……」
セイラは片腕(かたうで)で顔を覆(おお)った。
「わかっている。悩(なや)んでいるひまはない。理空と神剣を取り戻さなくては……でもその前に、少し私をひとりにしてくれないか、篁」
「セイラ……」
篁は、かける言葉をなくした。
次の瞬間――篁がとった行動に、セイラは腕をはねのけた。
篁の唇が、セイラの唇をふさいでいた。
それは口づけと言うには乱暴で、風情(ふぜい)もへったくれもあったものではなかった。
単に唇と唇をガツンとぶつけただけ――と言った方が正しいかもしれない。
「どう?少しは元気が出た?」
「篁……」
セイラの声にかぶさるように、少しだけ開いた格子戸(こうしど)からおどろおどろしい声がした。
「た〜か〜む〜ら〜〜」
そこにいたのは、髪もバサバサで寝起き姿のまま目を吊(つ)り上げている綺羅姫だった。
「セイラが寝てるのをいいことに、なにしてくれちゃってるわけぇ〜?」
「き、綺羅さん!違うんだ!これはその…変な意味じゃなくて……」
篁の人生で、これほど焦(あせ)りまくったことがあっただろうか。
いやな汗がどっと噴(ふ)き出すのもかまわず、篁は懸命(けんめい)に言い訳(わけ)をした。
「こうすると気を…つまり元気をわけてあげられるって、前にセイラがしてくれたことを思い出して、だから……」
バン!と音がして、格子戸が全開(ぜんかい)になった。
怒りに燃えた綺羅姫の後ろには、ナギや真純(ますみ)の顔も見える。
「へえ〜。あんたたち、あたしに隠(かく)れて前からそんなことしてたの?」
「だから違うんだよ、綺羅さん!ぼくはただ、セイラに元気になってほしくて……」
「だったら、わたしも!わたしもやる!」
真純は駆(か)け出して、寝ているセイラに飛びついた。
「セイラさま、元気になーあれ!」
「真純!セイラさまはけがをしてるんだぞ!おまえが抱きついたりしたら、治(なお)るものも治らなくなる!離(はな)れろよ!」
セイラにしがみつく真純を、ナギが引き離そうとするかたわらで、綺羅姫は篁を睨(にら)みつけている。
「くっ、ふふふ……」
目を丸くして見ていたセイラは、たまらずに吹き出した。
「あっははは……あんまり笑わせないでくれ、傷に響(ひび)くから」
それを聞くと、綺羅姫は篁を押しのけてセイラの枕元(まくらもと)に座(すわ)った。
「傷が痛むの?セイラ」
「まだ少しね……でも、すぐによくなるよ」
「倒れた時、真っ青だったのよ。このまま目が覚めないんじゃないかと思ったわ」
「ナギがね、夜泣いてたんだよ、セイラさま」
夜具(やぐ=布団)の端(はし)まで引きずられていった真純が言うと、ナギは耳たぶまで真っ赤になった。
「オ、オレは……眠くて目をこすっていただけだ!セイラさまは、誰にもやられたりするものか!」
「心配、かけたね……」
表情が翳(かげ)るセイラに、綺羅姫はこともなげに言った。
「そんなの当然でしょ。セイラが心配するなって言っても、あたしはするわ。みんなだってそうよ」
「綺羅姫……」
「まさかセイラ、あたしたちに迷惑(めいわく)かけてる――なんて思ってるんじゃないでしょうね。バカにしてもらっちゃ困るわ。なんのために今まで一緒にやってきたと思ってるの?セイラが好きだからに決まってるじゃない。大切だって思うから、なにかあってほしくないから心配するんじゃない。セイラだってそうでしょ?あたしたちがいなくなったら、心配するに決まってる」
綺羅姫のあっけらかんとした突き抜(ぬ)けた明るさに、セイラは救(すく)われた思いがした。
殺伐(さつばつ)とした心に、晴れやかな風が吹き抜けていく。
「ああ、そうだね」
「でしょ?」
眩(まぶ)しいほどの、満面の笑みがそこにあった。
「それに……嵯峨宮がなにを言ったとしても、あたしはセイラを信じるわ。あたしが…あたしたちが大好きなセイラは、なんの理由もなしに人を殺せるような人じゃない。なにかわけがあったにしても……ううん。やっぱり、あの人の言うことをそのまま信じる気にはなれないわ。あたしはセイラを信じてるから」
不覚(ふかく)にも零(こぼ)れ落ちる涙を見られまいとして、セイラは腕で顔を覆(おお)い隠(かく)した。
信じてる――その一言が、どうしてこんなに心に沁(し)みるのだろう。
ふいに、綺羅姫は後ろからドンと背中を押された。
勢(いきお)いあまって、寝ているセイラの胸に倒(たお)れこむ。
驚いたセイラの顔が、目と鼻の先にあった。
潤(うる)んだ紫色の目が、綺羅姫を見つめている。
顔を赤らめて動けずにいる綺羅姫の耳に、篁の声が飛び込んできた。
「ああ、もう!見ているこっちが歯がゆくなってくる。お互い好きだって思ってるのに、ぼくに遠慮(えんりょ)して、いつまで相手の気持ちに気づかない振(ふ)りしてるんだ?さっさと一緒になってしまえよ」
「たっ、篁!あ、あ…あんた、なにバカなこと言って……」
顔から火が出そうなほど赤面(せきめん)して、起き上がろうとする綺羅姫の手を、セイラがつかんだ。
「起こしてくれないか、綺羅姫」
「い…いいわよ」
恥(は)じらいながらも、抱きかかえるようにして、綺羅姫はセイラを起こしてやった。
抱きしめられているような感覚に、顔がほてり頭に血が上(のぼ)ってくる。
ナギは口をへの字に結(むす)んで、真純はにこにこしながら、そんな二人を見ていた。
「痛(つ)っ――!」
「大丈夫?セイラ!」
「ああ……」
苦痛に顔をゆがめるセイラの唇が、すぐ目の前にあって、綺羅姫は思わず身体をそむけた。
「き…今日はなんか暑いわねえ。も、もう秋だっていうのに……そ、そう言えば、あれから音沙汰(おとさた)ないけど、嵯峨宮(さがのみや)ほんとに神剣を返してくれるかしら?」
「向こうも、相当手傷(てきず)を負(お)っているはずだ。こちらから乗り込む手もあるけど……もう少し待とう」
しだいに表情が和(やわ)らいでくるセイラに、篁は安堵(あんど)し、多少の寂(さび)しさを感じた。
――これでいい。これでよかったんだ……。
そう思う心のどこかに、一抹(いちまつ)の不安が残る。
「セイラ……綺羅さんを譲(ゆず)る前に、ひとつだけ聞いておきたいことがある。時空遡行(じくうそこう)ってなんだ?」
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