第五十話


「それより、高倉(たかくら)の出身地は安芸(あき=広島県)の因島(いんのしま)だったよ」

「安芸か……遠いな」

「うん。高倉が九条邸に現れたことを考えると、因島に尹(いん)の宮を連れていった可能性が高いけど、問題は……」

「帝のお許しを、どうやってとるか……」

「それもあるけど、そのあたりは今物騒(ぶっそう)なことになっているらしい」

「物騒……?」


「嘘(うそ)か本当か……とにかく昔大乱(たいらん)を起こした藤原純友(ふじわらのすみとも)の子孫(しそん)と名のる者が伊予(いよ=愛媛県)の日振(ひぶり)島に現れて、周辺の海賊をたばね安芸に迫(せま)っているらしいんだ。追討(ついとう)の兵が差し向けられたらしいけど、追捕使(ついぶし)に任命(にんめい)された長官の小野殿と次官の大蔵(おおくら)殿が討死(うちじに)して、追捕使軍は壊滅(かいめつ)したそうだ。新たに軍を差し向けようにも、後任(こうにん)の追捕使が決まらないらしくて……」

「だったら、私が引き受けるよ」

 さらりと言ってのけるセイラを、篁(たかむら)は驚きの目で見つめた。

「バッ、バカ言うな!相手は海賊なんだぞ!どんな手を使ってくるかわからないんだ。そんな連中は国司(こくし=地方官)か郡司(ぐんじ=国司の下の地方官)に任(まか)せておけばいい!なにもおまえが出ていかなくたって……それこそ、今上(きんじょう)がお許しになるはずがない!」

「海賊を確実に追い払えると言ったら、帝もそう強く反対なさらないだろう。なにより……これで安芸に行ける!」

「確実に追い払える……って、そんな方法があるのか!?」

 思わず身を乗り出す篁に、セイラは苦笑して、

「私は今話を聞いたばかりだよ。それはこれから考えるのさ」

「なんだ……」

 篁は拍子抜(ひょうしぬ)けしたが、セイラならそのくらい考えつくかもしれないと思った。

 だからと言って、実際に海賊討伐(かいぞくとうばつ)に行くとなると、話は別だ!

「たとえ安芸(あき)に行ったとしても、尹の宮に会えるとは限らないよ。状況からしても、とっくにどこかへ逃げ出しているかもしれない」

「だったら、その後を追う!」

 あきらめるつもりなど微塵(みじん)もない。

 セイラの目に宿(やど)る確固(かっこ)とした光に、篁は思いとどまらせようとする努力を断念(だんねん)した。

「どうしても行くって言うんなら、副官(ふくかん)はぼくがつとめる」

「篁!なにもおまえまで行かなくても……」

「いいや、セイラが行くんならぼくも行く!」

「オレも――!オレもセイラさまについて行きます!」

「ナギ!?おまえはダメだ。連れていけない」

「なになに?なんかおもしろいことでもはじまるの?みんなが行くんならぼくも行く!」

 興味津々で駆け寄ってきた真尋(まひろ)を見て、篁はニヤリとした。

「よく言った真尋、だったら先陣(せんじん)はおまえに任(まか)せるよ」


        

    

        


「姉さんだって、ひどいと思うだろ?みんなしてぼくをだましてさ!」

 だましたと言うより、単におちょくられただけじゃない――と綺羅(きら)姫は思ったが、それは口にしなかった。

 真尋の機嫌(きげん)を損(そこ)ねるより、今は情報を集める方が大事だった。

「海賊討伐の話が出たのは、その時がはじめて?」

「うん。ぼくだって、最初は冗談だと思ったさ。ぼくたちみたいな貴族が出ていくことでもないし……でもセイラは大真面目だし、篁は船の数がどうとか言ってるし、だんだん怖くなってきて……」

「それであんたは、臆病風(おくびょうかぜ)に吹かれて帝にそのことを話しちゃったのね」

「臆病風だなんて……」

 真尋は口をとがらせたが、反論(はんろん)しなかった。

 自分でも出過(です)ぎたことをしてしまったと後悔(こうかい)していた。

「セイラと篁には、悪かったと思ってるよ。内密(ないみつ)の話だなんて知らなかったんだ。ちゃんとした計画を練(ね)ってから話すつもりだったって、後から聞いたんだ。それをぼくが先に話しちゃったから……今上(きんじょう)は二人を呼び出して、かんかんになって怒鳴(どな)りつけたらしいよ。海賊討伐はそなたらの任(にん)にあらず――!って……」

「そう、そこまではいいのよ。母屋(おもや)で偶然立ち聞きした時、父さまが各務(かがみ=権大納言付きの女房)に似たようなことを言ってたから……」

 綺羅姫は脇息(きょうそく)を引き寄せて頬杖(ほおづえ)をつき、ため息を漏(も)らした。

「物かげから聞いただけだし、話の全部が聞こえたわけじゃないからなんとも言えないけど……問題は、その後兵部卿(ひょうぶのきょう)と一緒に父さままで帝に呼ばれて、近隣(きんりん)の豪族(ごうぞく)たちの船をかき集めるよう言われたってことよ。まさか帝は、本気で二人に海賊討伐(かいぞくとうばつ)をさせる気になったんじゃ……」

「それはどうかな。いくらセイラだって船戦(ふないくさ)とかしたことないだろうし……こういうことはさ、やっぱり日ごろから船に乗って、戦い慣(な)れてる者にまかせるんじゃないの?」

 真尋の言うことはもっともだったが、綺羅姫はすんなりうなずけなかった。

「だいたい、二人ともなんで急に海賊討伐なんて言い出したのかしら。都に戻ってきた時のようすじゃ、神剣(しんけん)を探しに行くものとばかり……っ!」

 綺羅姫はそこであることに気づいて 突然立ち上がった。

 神剣は、まだ尹の宮が持っている――セイラはそう言っていた。

 その尹の宮は誰と一緒にいる?

 もし、二人が向かった先が……!?

 疑惑(ぎわく)は確信(かくしん)に変わり、海賊討伐はさけられない現実となった。

「真尋、セイラはやっぱり海賊討伐に行くつもりだわ!そうと決めたからには、帝を納得(なっとく)させるだけの策(さく)をある程度(ていど)考えていたはずよ。父さまと兵部卿が呼ばれたくらいだから、帝はその策がよほど気に入ったのね……これで、追捕使(ついぶし)の役目(やくめ)は二人に決まったわ」

「決まった…って、なんだよ。セイラも篁も、なんでそんなに戦場(いくさば)に行きたがるのさ。姉さん、なにか知ってるの?」

「……セイラは、とても古い神剣を探しているのよ。この国にきたのも、その神剣を持ち帰るためだったの」

「じゃあ、この間の熊野詣(くまのもうで)も、もしかしてそれを探すため……?」

 綺羅姫はうなずいて、急に力が抜けたように座りこんだ。

「でも、やっと探しあてた神剣はにせ物で……本物は尹の宮が持っているってわかったの。そして今ごろは、たぶん高倉と一緒に瀬戸内のどこかにいるはずよ。だからセイラは……」

「探し物を見つけるために、海賊討伐まで引き受けたっていうの?どうかしてるよ、セイラは!流れ矢に当たって死んだりしたら、元も子もないじゃないか」

「セイラはあんたみたいなまぬけじゃないわ!海賊なんか、あっという間にやっつけてしまうわよ!」

 口ではそう言ってみたものの、心の中に霞(かすみ)のように広がっていく不安を、綺羅姫はどうすることもできなかった。

 その時、あわただしい足音がして、女房(にょうぼう)の桔梗(ききょう)が部屋の入り口に現れた。

「姫さま、一大事ですわ!ほんとにもう、どうしてこんなことに……いいえ、私はきっといつか、こういう日がくるような気がしておりましたわ!なんと申しましても、姫さまには篁さまがおられますし……ああ、でも姫さまはまだなにもご存じありませんわね。ご存じでしたら、そんなふうに落ち着いてなどおられませんわ。でも私は、もうどうしたらいいか……」

 髪を振り乱(みだ)して、息つく間もなくまくしたてる桔梗に、綺羅姫と真尋は目を丸くした。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、桔梗。そんなに次から次へ言われたって、なんのことかさっぱりわからないわ。ねっ、とりあえず気を落ち着けて……こっちにきて、最初から話してちょうだい」

「私としたことが……取り乱(みだ)してしまって……」

 桔梗は我に返って、気恥(きは)ずかしそうに居(い)ずまいを正した。

 それから、そわそわと落ち着かない素振(そぶ)りで綺羅姫のもとへ向かった。

「はじめから、順を追って申し上げますわ。私が今朝ほど、小物を買い求めに東の市へまいりましたことは、姫さまもご存知ですわね」

「ええ、知ってるわよ」

「一緒に行った小菊(こぎく)が縫(ぬ)い糸を選ぶのを待っている間に、そこで顔なじみの女房とばったり会いましたの。中務卿(なかつかさきょう)の宮のお邸(やしき)につとめている、丹波(たんば)という者ですわ」

「それで……?」

「はい。あれこれと世間話をしているうちに、セイラさまの話になりまして……あの、姫さまは中務卿(なかつかさきょう)の宮の姫君をご存知でいらっしゃいますか?」

「知ってるよ!佐保(さほ)姫のことだろ?会ったことはないけどさ、すっごい美人でしとやかで、おまけに歌もうまいって宮中でもうわさになっててさあ……確か、姉さんより二、三歳年下じゃなかったかな。だけど、中務卿の宮が姫をとても大事にしててさ、文(ふみ)を届けるのもひと苦労だって誰かがこぼしてたよ」

 身を乗り出して生き生きした顔で話す真尋を、綺羅姫は白い目で見ながら、

「あんたほどじゃないけど、あたしだって佐保姫のうわさぐらい聞いてるわ。帝とはいとこ同士で、幼い時は一緒に遊んだりしたこともあるそうよ。今でも宮中の催(もよお)しがあると、蓮宮(はちすのみや)さま方と一緒に呼ばれたりしてるらしいから、帝のお気に入りの姫ってとこね。その佐保姫がどうかしたの?」 

「ええ、それが……」

 桔梗は言いにくそうに口ごもった後、綺羅姫をひたと見つめて言った。

「セイラさまが佐保(さほ)姫さまのもとに通(かよ)っておられるようだと、丹波が申しましたの!」


    

「―――っ!!」

「へえーっ。やるなあ、セイラも!」

「なっ、なにかの見間違(みまちが)いじゃないの?女房(にょうぼう)が出入りしているところとか……邸(やしき)の者が一緒にいるのを勘違(かんちが)いしたとか……」

「いいえ、セイラさまに間違いないと申しておりましたわ。あの長い銀色の髪は、誰が見ても一目でセイラさまとわかりますもの」

 桔梗(ききょう)は、自分が捨てられた女のように、袖口(そでぐち)を目に押しあてた。


「ひと月ほど前のことだそうですわ。まだ夜も明けきらない時分、厠(かわや=便所)に立った時に、佐保(さほ)姫さまのお部屋から出てくるセイラさまを見たそうです。別れの時の仲睦(なかむつ)まじさから見ても、逢瀬(おうせ)を重ねている恋人同士のようだったと……」

「あっ、あたしは信じないわよ、そんな話!」


 綺羅(きら)姫の作り笑顔は、寺門を守る仁王像の形相(ぎょうそう)に近かった。

「ひと月前って言ったら、ちょうどセイラが見つかった頃(ころ)かなあ。左大臣邸が火事になって……ほら、姉さんが熊野詣(くまのもうで)に行くって言い出した頃だよ。そう言えば、あれからセイラをあまり見かけなくなったような……あーっ!」

「なによ!急に大声出して……びっくりするじゃない!」

 苛立(いらだ)つ綺羅姫に、真尋(まひろ)はにやにやしながら、

「もしかして、セイラが海賊退治(かいぞくたいじ)に行こうとしてるのは、手柄(てがら)を立てて佐保姫との結婚を許してもらうためだったりし――ぎゃっ!」

 よける間もなく、至近(しきん)距離から飛んできた脇息(きょうそく)を顔面に受けた真尋は、あえなく気を失って倒れてしまった。

 綺羅姫が想像した通り、帝(みかど)に一喝(いっかつ)されたくらいで、セイラは簡単には引きさがらなかった。

 恐れをなして平伏(へいふく)する篁(たかむら)の横で、セイラは昂然(こうぜん)と頭を上げ、なに事もなかったかのように話しはじめた。

「討伐(とうばつ)には、できるだけ時をかけるべきではありません。海賊を勢(いきお)いづかせるだけでなく、反乱(はんらん)に手こずっているいう印象を世間に与えてしまいます。わたくしにお命じくだされば、兵の損害(そんがい)を最小限にとどめ、速(すみ)やかに海賊を掃討(そうとう)してご覧(らん)にいれましょう」

「たいそうな自信だな、セイラ。だが私の考えは変わらぬ!」

「なぜです……?」

「セイラ、もうよせ!」

 篁の制止(せいし)も聞こえていないかのように、セイラは御簾(みす)の奥に忍耐(にんたい)強い目を向けた。

「船戦(ふないくさ)において、勝敗を左右するもののひとつは風向き――瀬戸内の風は、昼の間西から東へ吹いています。海賊の待ちかまえる西へ船を進める追捕使軍(ついぶしぐん)にとっては明らかな不利。ですが、もし東風を吹かせることができたら……形勢(けいせい)は、一気に逆転します」

「そうか、ナギなら――!」

 篁は、パッと顔を輝かせてセイラを見た。

「ナギにならできるかもしれない!」

 そう確信すると、目にひたむきな光を宿(やど)して御簾(みす)の向こうを見つめる。

「セイラが申しあげたことは、決して不可能なことではありません。なにとぞ、われらに追捕使(ついぶし)のお役目をお命じください!」

「ナギ……とは?」

 帝の声に、もう怒気(どき)はなかった。

「わたくしが大峰山(おおみねさん)から拾ってきた者です。自然界の気の流れを読み、操(あやつ)ることができます」

「東風を、吹かせることができるというのか?」

「船影(せんえい)ひとつない海上に突然現れたわれらを見て、あわてふためく海賊の顔が目に見えるようです。体制を立て直す間もなく、勝敗は一気に決するでしょう。瀬戸内の海に、わたくしがとびきりの奇跡をおこしてご覧(らん)にいれます」

 嫣然(えんぜん)と微笑(ほほえ)むセイラに、帝はあきれ顔で吐息をついた。

「才ある臣(しん)を、万が一にも戦場で失いたくないと思ったのは、私の杞憂(きゆう)にすぎなかったか……そなたがそこまで言うのなら、その奇跡とやらを私も見てみたくなった」

「それでは――!?」

「やってみるがよい!」

 かくして、海戦の火ぶたは切られた――!


        

    

        


 難波(なにわ=大阪)の港に集められた船の数は三百艘(そう)あまり――

 六百艘を超えるという海賊船に比べれば、その数は半分にすぎなかったが、短期間で軍を調(ととの)えたにしては上々の成果だった。

 それというのも、代々摂関家(せっかんけ)として名をなしてきた権大納言(ごんのだいなごん)の家柄が、交渉にあたった近隣(きんりん)の豪族(ごうぞく)たちに、朝廷からの無言の圧力として働いたためだった。

 港に近い四天王寺の講堂(こうどう)に集まったそれぞれの水軍の代表者を前に、セイラはこの戦が五日もかからずに決すると断言(だんげん)した。

 たちまちざわめきが起こり、中のひとりが困惑顔(こんわくがお)で立ち上がった。

「摂津(せっつ)水軍を束(たば)ねる渡辺薫(わたなべのかおる)と申す。セイラ殿は、戦場をどのあたりと心得(こころえ)ておられるのかな?聞いたところによれば、海賊はまだ安芸の弓削(ゆげ)島にいるということであったが……ここから弓削島までは十日、急いでも八日はかかる道程(みちのり)。たかだか五日では、戦場にたどり着くこともできませんぞ」

 セイラはニヤリとして、

「ああ、それは船に乗ってみればわかること。ここでなにを話しても、すぐには信じてもらえないでしょう。さいわい、三日後あたりから天候も荒れてきそうだ。数の不利はあっても、奇襲(きしゅう)をかけるならこちらが有利。短期決戦に備(そな)えて、矢の補充(ほじゅう)だけは怠(おこた)りなくしておいてください」

 難波の空には、確かに嵐の前触(まえぶ)れとなる特徴(とくちょう)的な雲がかかっていた。

 長年船に乗って、瀬戸内の海を往来(おうらい)してきた渡辺薫にはそれがわかったが、セイラがそれに気づいていたことに、世に名高い渡辺党を率(ひき)いる年若い武人は驚いていた。

 ――あながち、出鱈目(でたらめ)を言っているわけではないのか。帝の寵臣(ちょうしん)が、なにを好きこのんで戦場にと思っていたが……案外おもしろいことになりそうだ。

 驕(おご)るでもなく気負(きお)うでもなく、飄々(ひょうひょう)として船の配置を指示するセイラに、渡辺薫は少しづつ信頼をおきはじめていた。

「あっ、やっと出てきた!おーい、こっちこっち!」

 四天王寺の南大門を出てきたセイラと篁を、横手から大声で呼び止める声がした。

 人目を引く赤茶色の髪を後ろで束(たば)ね、黄褐色の目を細めているナギの横で、真尋(まひろ)が両手を振って手招きしている。

「真尋!見送りに来てくれたのか?それとも……」

 篁(たかむら)は、意地悪く目を光らせて、

「ナギと一緒に来る気になったのか?」

「ぼくは行かないよ。姉さんと一緒に見送りにきたんだ。一応その……二人のこと心配でさ」

「ありがとう真尋。それで、綺羅姫は……?」

 セイラに言われて、真尋が大通りの向こう側に目をやると、そこに止まっていたはずの牛車(ぎっしゃ)が消えていた。

「あれ?さっきまであそこにいたのに……おっかしいなあ、姉さんどこ行ったんだろ?」

「綺羅さんのことだから、大人(おとな)しく待っているはずないと思ったけど……」

 篁があきらめ顔でため息をついた、その時――

「もし……ぶしつけながら、そちらのお方はセイラさまでいらっしゃいますね」

 貴族の邸につかえている年増の女房といった風情(ふぜい)の女が、声をかけてきた。

「ええ、そうですが……」

 セイラが答えると、女房はにこにこしながら、

「わが主(あるじ)が、ぜひお見送りしたいと近くにまいっております。ご足労(そくろう)をおかけしますが、そこまでご一緒にお越しいただけませんか?」

「誰だろう……」

 とまどいつつも、うながされてセイラが女房の後を追うと、真尋はにやにやと薄笑いを浮かべた。

「きっと、佐保(さほ)姫だよ」

「佐保姫?中務卿の宮の……?その佐保姫がなんで……」

「あれっ、篁知らないの?セイラ、佐保姫のとこに通ってるってうわさだよ」

「まさか――!」

「ぼくも驚いたけどさあ、でもこれで、セイラと佐保姫が結婚するとなると……」

 そんな真尋の話を、篁はもう聞いていなかった。

 遠ざかるセイラの背中を見ていると、居ても立ってもいられない気持ちになってくる。

「真尋、ちょっとようすを見てくる」

 そう言うと、篁は駆け出していた。

「二人の邪魔しちゃ悪いよ、篁――!」

 真尋に言われるまでもなく、見送りの邪魔をするつもりはなかった。

 ただ、どうしても確かめておきたかった。

 うわさは、単なるうわさにすぎないと――

 でなければ、でなければ……。

 角を曲がった先に、一輌(いちりょう)の牛車とセイラの姿を見つけると、篁はさっと踵(きびす)をめぐらして壁に身を隠した。

 ――なにやってるんだ、ぼくは……。

 ひどく惨(みじ)めな気分になって戻ろうとした時、向こう側の小路(こうじ)の陰に見覚えのある牛車を見つけた。

 ――あれは、綺羅さんの……。

 その牛車がふいに動き出し、どんどん遠ざかっていく。

 篁はとっさに後を追った。


  次回へ続く・・・・・・  第五十一話へ   TOPへ