第三十五話
あたしは、いても立ってもいられずに駆(か)けだした。
「あっ、お待ちください!……………」
安積(あさか)がなにか叫んでいる。
けど、あたしの足は止まらない。
あたりの草むらから、むっとするような血なまぐさい臭(にお)いがする。
きっとセイラは、大勢の侍(さむらい)にかこまれて、そして――
ねえ、あたしたち……間に合わなかったの?
ダメよ、弱気になっちゃ――!
ここまで来たのはあきらめるためじゃない、セイラを助けるためよ!
「――その腕(うで)!あたしにも見せてちょうだい!」
声に気づいて、集まっていた検非違使(けびいし)が一斉(いっせい)に松明(たいまつ)をかかげて振り向く。
駆(か)け寄って腕を確かめようとするあたしを、その中のひとりがさえぎった。
「いけません!姫君が見るようなものでは……」
「かまわない。見せてやりなさい」
そう言ったのは、篁(たかむら)より少し年上の感じのするがっしりした体格の役人だった。
態度や身につけている物からして、ここにいる検非違使たちの指揮官といったところかしら。
でも、今はそんなことにかまってられない!
松明の明かりで、昼間のように照らされた片腕は、地に突き刺さった太刀(たち)をまだしっかりと握(にぎ)りしめていた。
あたしへの配慮(はいりょ)からか、生々しい腕の切り口には布(ぬの)がかけられている。
それでも、太刀を握りしめた手は主(あるじ)がないというだけで妙に現実味がなく、よそよそしく感じられた。
「どうです、見覚(みおぼ)えがありますか?」
「……セイラの腕じゃないわ。セイラの手はこんなに節(ふし)くれだってなくて、もっとほっそりしてるもの」
「それはよかった!」
役人は眉間(みけん)のしわをほどいて、吐息(といき)をついた。
この人、案外(あんがい)いい人みたい。
「綺羅(きら)姫ですね。私は衛門佐(えもんのすけ=衛門府の次官)、右近衛少将殿から話は聞いています。姫が九条(くじょう)においでになられるだろうということも……」
「篁が……?」
「ええ。実は私は、今晩ある用事で右大臣邸にまいったのですが、その時少将殿から月の君…セイラ殿が行方知れずになったと聞かされて……」
えっ?じゃあ、今夜蔵人頭(くろうどのとう)の名代(みょうだい)で来たっていうのは、この人……。
「少将殿としては、すぐにでも自分の足で飛んできたかったところでしょうが、そうもいかず……かわりに私が、月の君の捜索(そうさく)をまかされることになりました」
衛門佐は厳(きび)しい顔で、周囲の闇(やみ)を見渡した。
「このあたりのようすからして、かなり激しい斬(き)り合いがあったようです。月の君も、おそらく傷を負(お)っていることでしょう。お命に別条(べつじょう)がなければよいが……」
その時、すぐ近くで聞きなれた声がした。
「誰か、早く明かりを――!」
この声は――
「讃良(さら)姫!」
いつの間にか、後を追ってきていた讃良姫が、草むらにしゃがみこんでなにかを拾(ひろ)い上げていた。
傍(かたわ)らには安積(あさか)もいて、讃良姫の手元を照(て)らしている。
「綺羅姫さま!これをご覧(らん)になって!」
讃良姫が手にしていたのは、松明の明かりを受けて輝く数本の細い糸のようなものだった。
「おお、これはセイラさまの――!!」
「間違いないわ、セイラの髪の毛よ!」
衛門佐は深刻(しんこく)な顔つきで、
「後ろから斬りつけられたのでしょう。こうなるといよいよ……」
いっ…いよいよ、なんだっていうの?
あっ、あたしを脅(おど)かそうったって――
「草むらや泥水に倒れている者がいないか、もう一度徹底的に探(さぐ)れ――!!」
松明の明かりが、パッと四方に散っていく。
闇が濃(こ)さを増して、現実の厳しさが押し寄せてくると、あたしは急に怖くなった。
胸がしめつけられるように苦しくて、ひざがガクガク震(ふる)えている。
衛門佐はなんて言った?
セイラが斬られた――そう言ったの?
血がいっぱい出て、どこかの草むらで……冷たくなって……。
「いっ、いや――っ!!」
「綺羅姫、お気を確かに――!」
とっさに安積が支(ささ)えてくれなければ、あたしは倒(たお)れて気を失っていたと思う。
そのあたしの目の前で、讃良姫がゆらりと立ち上がった。
『セイラ…さま、あっち……』
そう言って遠くを指差した讃良姫は、さっきまでとなにかが違っていた。
「讃良姫!セイラがどこにいるか、わかるの?」
『血の跡(あと)が……』
讃良姫は、なにかに導(みちび)かれるように歩き出した。
暗い足元を気にもかけず、前だけを見つめている。
あたしと安積は、少し離れて後を追った。
「お気づきですか?綺羅姫」
「しっ!」
前を行く讃良姫は、まだしっかりとセイラの髪を握りしめていた。
その髪が、ぼぉーっと明るく光を放っている。
讃良姫は、髪の毛からまるで不思議な力をもらっているみたいに、なんの迷いもなく暗闇を歩いて行く。
だったら今は、その邪魔をしない方がいいわ。
それなのに安積ときたら、
「セイラさまの髪が光って見えるのは私の目の錯覚(さっかく)でしょうか?それに、讃良姫のようすがどこかおかしくは――」
もう!ほんのちょっとの我慢(がまん)もできないんだから!
「しーっ!少し黙っててよ、安積!あんたセイラの側にいるんなら、このくらいの不思議で驚いてるようじゃ、やってけないわよ!」
――と、その時突然、讃良姫が立ち止った。
しまった!声が大きすぎたかしら!
これで、讃良姫が不思議な力から醒(さ)めてしまったら……!
でも、違った。
讃良姫は、振り向いてあたしたちを見るでもなく、じっと前方に目を凝(こ)らしている。
それから左に方向を変えて、大きな弧(こ)を描くように歩き出した。
「綺羅姫、これをご覧ください!」
先を急ごうとするあたしを、またしても安積が呼び止めた。
「だから、話しかけないでって言ってるでしょ!」
「この大穴は、ただ事ではありません!」
大穴――?
安積は、讃良姫が立っていた場所を照らして、茫然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。
急いで引き返してみると、ほんとに池でも作れそうな五間(=約九メートル)四方ほどの穴が深々とうがたれていた。
そうか!この穴のせいで、讃良姫は方向を変えたんだわ!
安積は、松明をめいっぱい上に掲(かか)げて、
「一番深いところで、人の背丈(せたけ)ほどもあるでしょうか。しかも土がまだ柔らかい。掘って間がないということでしょう。一体誰が、なんのために……」
「それに、少し焦(こ)げ臭(くさ)いにおいがするわ」
案の定、穴のまわりの草は黒く焼け焦げていて、まだ煙が立ちのぼっているところもあった。
はっ、いけない!こんなことをしている場合じゃ……。
「とりあえず今は、讃良姫を追う方が先よ!」
足元を照らしながら、大穴に沿(そ)って左にまわり込んでいくと、讃良姫がいた!
その足が、真っすぐ鴨川(かもがわ)に向かっている。
「讃良姫!危ない――!」
安積が駆け寄るのと、崩(くず)れるように讃良姫が倒れるのと、ほとんど同時だった。
そこはもう川の縁(ふち)で、一歩先は黒々とした濁流(だくりゅう)が渦巻(うずま)いていた。
「讃良姫は……?」
「大丈夫。気を失っているだけです」
あたしはいっぺんに力が抜けてしまって、その場にへたりこんだ。
目の前を流れる濁流の音を聞いていると、どうしようもない絶望感が押し寄せてくる。
「讃良姫、川に向かっていたわね」
「ええ……」
「こんなの……こんなの嘘よ!あたしは信じないわ。そうでしょ、安積!あのセイラが、さよならも言わずにあたしたちの前から消えるなんて……」
「綺羅姫……」
「そ…そうよ、きっとどこかに隠れてるんだわ。隠れてあたしたちのこと見てるのよ」
――これはこれは……お見それしました、綺羅姫。
そう言って、いたずらっぽい目をキラキラさせたセイラが、すぐそこから出てくるに決まってる!
「セイラ――!セイラ――!むかえに来たのよ、出てらっしゃい――!すごく…すごく心配したけど、でも怒ってないから……あたし、怒鳴(どな)ったりしないから……だから……もう、隠れてなくていいのよ――!出てらっしゃい――!」
泣いちゃいけない、泣いたりしたらおかしいわ。
だってセイラは生きてるんだから。泣く理由なんかこれっぽっちもないんだから……。
セイラは、生きてるんだから―――!!
◇ ◇ ◇
宮中は騒然(そうぜん)とした。
放火(ほうか)による左大将の焼死(しょうし)。
なに者かに襲(おそ)われ、生死不明のまま行方(ゆくえ)のわからないセイラ。
とりわけ藤見(ふじみ)の宴でセイラを間近(まぢか)にした者にとって、この凶報(きょうほう)は寝耳に水で、驚きようは並大抵ではなかった。
誰も彼もが事情を知りたがり、安否(あんぴ)を気づかっては、宮中のあちこちで推測(すいそく)や憶測(おくそく)が飛びかった。
夜のうちに衛門佐(えもんのすけ)の報告を受けた帝は、即刻(そっこく)、九条より下流の鴨川(かもがわ)沿(ぞ)いをくまなく捜索(そうさく)するように命じた。
だが、深手(ふかで)を負(お)ったセイラが増水した濁流(だくりゅう)に呑(の)まれて、川岸にたどり着く見込みは無きに等しかった。
一方、左大将(さだいしょう)の焼死事件も、帝にとって見過ごしにはできない問題をはらんでいた。
宮中の実力者である左大将の死は、後宮における登花殿女御(とうかでんのにょうご)の立場を弱めることになる。
とりもなおさず、それは左大臣が入内(じゅだい)話を強力に推(お)し進める要因(よういん)になるだろう。
セイラがいない今、左大臣と左大将の二人をいがみ合わせようとしていた者が誰か、左大将の死はその結末なのか、確かめる術(すべ)はない。
帝(みかど)は八方ふさがりの状態で、苦しい選択を迫(せま)られていた。
そんな状況の中、眠れない夜を明かした篁(たかむら)は、清涼殿(せいりょうでん)に向かう途中、渡殿(わたどの)で話しこんでいる尹(いん)の宮に目がとまった。
話し相手が立ち去ると、篁はつかつかと尹の宮に近づいていった。
「みんなが大騒ぎしている時に、ずいぶんご機嫌(きげん)なごようすでしたね」
「これは、とんだ言いがかりですね」
尹の宮は、不快感を露(あらわ)にして、
「中には、私が一緒に焼け死んだりせずによかったと、喜んでくださる方もいらっしゃるのですよ。それとも、宮中全体がしかめ面をしていなければ、右近衛(うこんえの)少将殿にはお気に召(め)しませんか?」
「ぼくは、あなたがご機嫌なのはもっと別の理由かと思っていました。邪魔者のセイラがいなくなれば、あなたは思い通りに策(さく)を弄(ろう)することができる」
「言っておきますが、月の君を襲(おそ)ったのは私ではありませんよ」
「襲ったのはあなたじゃありません。でも、梨壺(なしつぼ)の物の怪(もののけ)騒ぎも東宮(とうぐう)さまから後見人を奪(うば)ったのも、讃良(さら)を入内に巻き込んだのも、みんなあなたがやったことだ!そのために、セイラは……くっ!」
尹の宮の顔色が、サッと変わった。
「誰の入れ知恵かは察(さっ)しがつきますが、そのような出鱈目(でたらめ)は口にしない方が身のためです」
「今のぼくに、そんな脅(おど)しは通用しません。ぼくはずっとあなたを尊敬していました。それがこんなことになるなんて……」
篁は、ぶるぶると握(にぎ)りこぶしを震(ふる)わせて、
「あなたの正体を暴(あば)こうとしていたセイラのためにも、ぼくは絶対あなたの尻尾(しっぽ)をつかんでみせる!」
尹の宮は、ハッとして篁を見つめた。
この少将は、いつからこんな目をするようになったのか――
昨年はじめて会った頃は、人がよさそうな真っすぐな目をしていたのに、今その目には陰鬱(いんうつ)な憎悪が燃えたぎっていた。
まるで、遠い昔の自分がそこにいるようで、尹の宮の胸は疼(うず)いた。
・ ・ ・
「……あの方は生きています」
「セイラを殺そうとしたあなたが、そんなことを言うとは意外ですね」
「そう。簡単(かんたん)に死んでくれるような方なら、こちらとしてもありがたいのですが……」
篁はムッとして、懐(ふところ)から取り出した文(ふみ)を乱暴に突き出した。
「セイラが残していた文です。誰に届けようとしていたのかわからなかったので、失礼を承知(しょうち)で中を読ませてもらいました。あなたのような人のことまで、セイラが気にかけていたと思うと……っ!!」
そう言うと、篁はもう歩きだしていた。
その後ろ姿を見送って、尹の宮は文を開いた。
――真実をおおやけにしようとする貴殿(あなた)の執念(しゅうねん)は、理解できなくもありません。
が、それをすればあなたはもうひとりの不幸な素鵞宮(すがのみや)をつくり、大切な人を失うことになるでしょう。
くれぐれも、修羅(しゅら)の道を歩まれることのなきよう。 尹の宮殿――
「すべてお見通しでしたか」
尹の宮は眉(まゆ)をひそめ、鬱々(うつうつ)としてつぶやいた。
「だが、もう遅い……」
帝は激怒(げきど)した。
篁の返答(へんとう)は、どれもこれも要領(ようりょう)を得(え)ないものばかりだった。
「では、セイラは昨夜、文を受け取って出かけたと申すのだな?」
「は…はい」
「その文は、誰がつかわしたものか?」
「そっ、それは……」
「では、なぜセイラが狙(ねら)われた?」
「おそらく、桐壺(きりつぼ)に現れた賊(ぞく)を捕らえたためと……」
「その賊はどこにいる?」
「それが……」
篁は唇(くちびる)をかみしめた。
言いたくても言えないことが、山ほどある。
――セイラは、にせの文で左大臣におびき出されたんです!
そう言えたら、どれほど胸のつかえが下りるだろう。
だが、帝の前で、証拠もなしに軽々しく左大臣の名を口にはできない。
せめて、セイラが賊をどこに隠(かく)したのか、それがわかれば……。
「つけ火をした者の手がかりがないばかりか、セイラが誰に呼び出されたかもわからぬとは……」
バシッ!と、御簾(みす)の奥で笏(しゃく)の鳴る音がした。
「右近衛少将――!そのような鈍(なまくら)な返答で、私が納得すると思っているのか!そなた、なにか隠しているのではあるまいな――!!」
「畏(おそ)れながら、今申し上げられることは多くはございません。ですが、もうしばらくのご猶予(ゆうよ)をいただければ、必ずや犯人の証拠をつかんでご覧(らん)にいれます。それまでなにとぞ――!!」
「犯人の証拠だと……?」
それは言外(げんがい)に、軽はずみに口にできない宮廷(きゅうてい)の実力者がかかわっていることをほのめかしていた。
帝は事態(じたい)の深刻(しんこく)さを感じとり、ぐっと奥歯を噛(か)みしめた。
「長くは待てぬと思えよ!」
凶事(きょうじ)は加速する。
次の日の夜――
気分がすぐれず、朝から臥(ふ)せっていた登花殿女御(とうかでんのにょうご)の姿が、忽然(こつぜん)として消えた。
女官や女房が後宮(こうきゅう)を隅々(すみずみ)まで捜しまわったが、女御を見つけることはできなかった。
口さがない連中は、左大将が亡くなって前途を憂(うれ)た女御が発作的に出家(しゅっけ)したのではないか、などとささやきあったが、女御が抱(かか)えていた苦悩を真に知る者はなかった。
少納言(しょうなごん)が右大臣邸にこっそりとやってきたのは、夜もだいぶ更(ふ)けた頃だった。
そんな刻限(こくげん)にもかかわらず、篁(たかむら)と会えたことは少納言にとって幸運だったと言うべきだろう。
なぜなら、篁は昨日から内裏(だいり)につめっきりで、この時まで邸に戻っていなかったからだ。
「右近衛少将さま、お願いでございます!女御さまを……どうか女御さまをお助けくださいませ!」
手をついて深々と頭を下げる少納言を、篁は驚きの目で見つめた。
「助けるって……おまえ、女御さまがいなくなった理由をなにか知っているのか?」
「はい。女御さまはきっと、ご自害(じがい)なさるおつもりです!」
「自害――!?」
「女御さまは……すべてを知ってしまわれたんです。昨日、女御さまはあたくしを見舞ってくださり、文(ふみ)を届けに行った時のようすをいつになく真剣なごようすでお尋ねになりました。あたくしはだんだん嘘をついているのが心苦しくなり、つい、本当のことを…申し上げてしまったんです」
少納言は頭を下げたまま、ぽたぽたと涙をこぼした。
「あたくしが落とした文のせいで、セイラさまがおびき出されたと知った時の女御さまのお顔……思い出しただけで、この胸が張り裂けそうになりますわ。それなのに、女御さまは一言もあたくしを責めようとなさらず、そのまま臥(ふ)せってしまわれて……」
「そうか、知ってしまわれたのか……」
「あたくしは、どうしても女御さまにおわびしなければと思いました。たとえお許しいただけなくとも、一言おわび申し上げなければ、気がすまなかったんです。それで、熱が引けた今朝になってお部屋にまいりましたら、女御さまは起き上るのがやっとのごようすなのに、気丈(きじょう)に微笑(ほほえ)まれて……うっうっ」
その時のことを思い出したのか、少納言は涙に声を詰(つ)まらせた。
「あろうことか、大切になさっていた筆(ふで)をあたくしに……ですから、お姿が見えなくなった時あたくしにはわかったんです。女御さまはご自害なさるおつもりだと……」
「しかし、それだけではなんとも……」
「いいえ少将さま、女御さまは左大将さまを亡くされた以上に、セイラさまのことでお心を痛めておられました。すべてあたくしのせいなのに、ご自分の責任のようにお感じになられて……あたくしが、少将さまにこのようなことをお頼みするのは、筋違(すじちが)いだとわかっています。セイラさまにも、おわびの申し上げようもございません……ですが、お願いいたします!女御さまを哀(あわ)れと思ってくださるなら、なにとぞお力をお貸しくださいませ!」
「わかったよ、少納言」
篁は少納言の熱意におされて、物憂(ものう)げなため息をついた。
「女御さまがセイラにどんな用があったのか、うかがってみたい気もするし……でも、本当に自害しようとしておられるのかな?左大将殿が亡くなられたことだし、それほど責任を感じておられたのだとしたら、あるいは世をはかなんで出家しようとしておられるのかもしれない。どこか、女御さまに縁(ゆかり)のある寺は……?」
「ございますわ!女御さまは以前、よく慈恵寺(じけいじ)という尼寺に参詣(さんけい)なさっておいででした!」
少納言は、かすかな希望にすがるように顔をあげた。
「じゃあ、少納言はその寺に行ってみてくれ。ぼくは念のため、鴨川(かもがわ)のあたりを捜してみよう」
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