第二話


「なにも、わからない!!γτξεμοθч……!!」

「じ、じゃあ、ご両親のことは?それとも、ご兄弟のこととか……?」

 セイラは悲しそうに首を横に振った。

 なんてこと!それじゃ…、それじゃあセイラは――!!

 あたしが茫然(ぼうぜん)としていると、出しぬけにすぐそばで桔梗(ききょう)の声がした。

「姫さま、お粥(かゆ)をお持ちしました」

 その声のおかげで、あたしはショックから立ち直ることができた。

「あの……あまり気にすることないわよ、セイラ。セイラはずっと眠りっぱなしだったのよ。そのせいで、記憶がまだもとに戻っていないだけよ。とにかく、今はこれを食べて体力を回復させなきゃ。ねっ、身体が元気になったら、きっとなにもかも思い出せるようになるわ」

 セイラはあたしを見て、弱々しくうなずいた。

 たとえそれが気やすめに過ぎなくても、今はそう信じるしかない――その目はそう言っているように見えた。

 床の上に起き上がろうとするセイラに手を貸していた桔梗は、感謝の言葉を言われて、最初、びっくりしたように目を白黒させていた。

 でもその後で、頬(ほほ)をポーっと赤く染めたのを、あたしは見のがさなかった。

 セイラは慎重(しんちょう)に、お粥(かゆ)を一口一口、口元に運んでいった。

 そんな単純なしぐさにも、まるで自然に身についているといったような優雅さが滲(にじ)みでていた。

 セイラが神さまなんかじゃなく、どこか遠い所から、あの不思議な光の輪に運ばれてやって来た異国人だったとしても、ただの平民の生まれなんかじゃないことは、そのことからも明らかだった。

 あたしのうちの権大納言(ごんのだいなごん)家にしても、篁(たかむら)の右大臣家にしても、宮廷の貴族の中では名門中の名門と言われる家柄(いえがら)を誇(ほこ)っている。

 その貴族の子女、子息であるあたしや篁にしたって、優雅さなんてものにはあまり縁がないのに(まっ、あたしのような方が例外で、中には雅やかな方もおられないわけじゃないけど)、セイラには、生まれながらに優雅なしぐさや物腰(ものごし)を身につけさせられている、貴人のような品格があった。

 お粥を二口三口、口に運ぶと、セイラは疲れたようにぐったりとして、再び横になった。

 あたしと桔梗は、眠りの邪魔をしないように、そっと部屋を引きさがった。

「桔梗、セイラは……セイラって、天女さまのお名前なんだけどね。あっ、それからセイラは男なんですって。だから天女さまじゃなかったの。そのセイラがね、どうやら記憶をなくしてるみたいなの……。自分の名前だけはなんとか思い出せたようなんだけど、どこから来たのかとか、ご両親のこととかも、なにも憶(おぼ)えていないみたい……」

 自分の部屋に戻ったあたしは、半分ぼーっとしながら、わかってきたことを頭の中で整理してみようと、桔梗に話しかけるともなく話していた。

「まあ、あの方は殿方(とのがた)でしたの!?」

 桔梗も、そのことを聞かされると、さすがに目を真ん丸くして驚いていた。

「でも、なにも憶えていらっしゃらないなんて、よほど大変な目に遭(あ)われたに違いありませんわ。おかわいそうに……」

 そう言って、心からの同情を覚えたように、ほ―っとため息を漏(も)らした。

「そうなのよ。でも変ね……セイラは、この国の言葉をどうして知っていたのかしら?セイラみたいな、銀色の髪をした人がこの国にやって来たなんて、聞いたことがないわ」 

 異国人がこの国に来た話は、前に一度だけ、父さまから聞かされたことがあった。

 海を渡ってきたえらいお坊さまの話とか、赤い髪をした毛むくじゃらの鬼のような大男の話とか……。

 けど、その中に銀色の髪をした人がいたなんて話は聞いたことがなかった。

「もしかしたら……」

 桔梗の目が、急に生き生きと輝きだした。

 なにか納得のいく答えでも思いついたらしい。

「この国にやって来たことはなくとも、おとなりの国にならあるかもしれませんわ、姫さま。唐の国になら、この国からも大勢海を渡っておりますもの。その中の誰かから習ったのだとしたら、不思議でもなんでもありませんわ」

「そうかしら……?」

 仮にそうだったとしても矛盾があり過ぎる、とあたしは思った。

 一番身近な自分のことを思い出せないセイラが、習い覚えた異国の言葉を先に思い出すなんてことがあるのかしら? 

 あたしたちの話を聞いているうちにって、セイラは言ってたけど、やっぱりそうなのかしら……。

 ああーっ!わからないことをいつまでも考えてると、頭が禿(は)げてきそうだわ。

 セイラが記憶を取り戻しさえすれば、なにもかもわかることじゃない!

 そうよ。あたしとしたことが、つまらないことを詮索(せんさく)し過ぎてるわ……それにしても桔梗ってば、さっきから妙にセイラに肩入れしてない?

「ところでお前、さっきセイラを助け起こした時、赤い顔してたわね?はじめて山荘に連れてきた時はあんなに嫌がってたのに、セイラのこと、ずいぶん気に入ったようね」

 あたしはニヤッと意地悪な笑い方をして、桔梗をからかった。

「まっ、姫さまなんてことを!私が嫌がっていたなどと……そのようなこと、あるはずがございませんわ!」

 桔梗は顔中を真っ赤に染めて、むきになって言い張った。

「ただ……いえ、あの時セイラさまのお体から、なにやら伽羅香(きゃらこう)のような、芳(かぐわ)しい香りがただよったものですから……。でもセイラさまのお気がつかれて、本当によろしゅうございましたわ」

 桔梗は、そう言って恥ずかしそうにうつむいた。

「ふーん、そう」

 あたしは、いつになくしおらしい桔梗のようすが、なんとなくおもしろくなかった。





 その夜、あたしは興奮しすぎてあまりよく眠れなかった。

 セイラが目覚めてからわかったいろんなことに、強いショックを受けたせいもあるけど、なによりセイラの正体そのものが、あまりにも謎に満ちたものだったから、あたしは横になりながらも、あれこれ想像をかき立てられてしまった。

 セイラは、あの後一度も目を覚ますことなく眠り続けた。

 このまま、また何日も目を覚まさなかったらどうしよう――そんなかすかな不安も、胸をかすめていた……。

 次の日、あたしは寝不足のまま目が醒(さ)めた。

 セイラは、今朝はちゃんと目覚めているかしら?

 ほんとはもっと前から目が醒めていたんだけど、あまり早く起き出していって、セイラが眠っているのを邪魔しちゃ悪いし、かといって、またずっと目覚めないんじゃないかと思うとそれも怖くて、あたしはなかなか床から起き上がれずにいた。

 そういえば、いつもは洗面の半挿盥(はんそうだらい)を持ってあたしを起こしにくる桔梗も、今朝はまだ顔を見せない。

 しかたなくのろのろと起き上がり、一人で洗面を終えて、用意されてあった朝餉(あさげ)をとっていると、桔梗がうれしそうな顔をして部屋に駆け込んできた。

「姫さま、セイラさまは今朝は早くからお目覚めでしたわ。朝餉も召し上がられて、お体の具合もだいぶよろしそうで……。あのまま、またお目覚めにならないのではないかと心配いたしましたけど、これでもう一安心ですわね。本当によろしゅうございました」

 どうやら桔梗も、あたしと同じことを考えていたみたい。

「ふーん、セイラはもう起きてるの」

 あたしはほっとして、なんだか急に気持ちがそわそわしてきた。

「あたし……も、ちょっとだけようすを見て来ようかな?」

「ええ、ぜひともそうなさいませ」

 桔梗は、あたしの気持ちを見すかしたようにクスクス笑った。

 セイラは床の上に上体を起こして、脇息(きょうそく)に背をもたせかけ、外の景色を眺(なが)めていた。

 御簾(みす)を巻き上げた部屋の中には朝日が差し込んで、セイラの髪を、まるで光の束(たば)のようにキラキラときらめかせている。

「セイラ、起きたりして大丈夫なの?」

 あたしが顔をのぞかせると、セイラはおもむろに振り返った。

「ええ。綺羅(きら)姫、でしたね。今朝はずっと気分がいいのです」

「よかった。それを聞いて安心したわ。昨日はだいぶ疲れたようすだったから少し心配してたの……。でも、あまり無理しないでね」

 あたしはセイラの顔がよく見えるように、足元の近くに座った。

 顔色も昨日と比べるとずっと明るくなったようで、セイラの澄んだ紫色の瞳が、やさしく笑っている。

 その瞳を見ていると、吸い込まれるように目が離せなくなってしまいそうで、あたしはふいと顔をそむけた。

「桔梗さんからうかがったのですが……」

「まあ、セイラさま。私のような者にお気遣(きづか)いなく、どうぞ桔梗とお呼びくださいませ」

 あたしの後ろに控えていた桔梗が、滅相(めっそう)もないといわんばかりに口をはさんだ。

 そう、セイラ自身は気がついてないようだけど、確かにセイラには、権大納言家の女房として、これでも結構(けっこう)気位(きぐらい)の高かったりする桔梗にさえ、そう言わせてしまうようなおかしがたい品格(ひんかく)があった。

 セイラは軽く笑って、桔梗の言葉にうなずいた。

「では、桔梗が話してくれたのですが、綺羅姫はこの五日間、倒れていた見ず知らずの私を見つけて、ずっと看病してくださったとか……。ご厚意(こうい)には、言葉にならないほど深く感謝しています。心より礼を申します。ですがこの山荘は、綺羅姫とお供の方々だけで住んでおられるのだそうですね。そのようなところに、私のような者がいては、いろいろとご迷惑になるのではありませんか?」

 セイラは、自分の意識が戻ったばかりだというのに、そう言ってあたしのことを気遣(きづか)った。

「ううん、ちっともそんなことないわよ。セイラをここへ運んできたのは篁(たかむら)だし……篁って、あたしの幼なじみなの。セイラのことは二人で見つけたのよ。だからなにも気がねはいらないし、他には人は、ここへはめったに来ないもの。セイラはそんなこと気にしないで、のんびりと養生(ようじょう)してればいいのよ。それよりセイラ……あれから、なにか思い出したことある?」

 セイラは力なく首を振った。

「そう……そうよね。まだたった一晩しか経(た)ってないんだもの、そんなにすぐ思い出せるはずないわよね」

 あたしはさり気なくセイラをなぐさめようとしたけど、それはうまくいかなかった。

 セイラの表情から、急速(きゅうそく)に明るさが失われていった。

 たぶんセイラは、目覚めてからずっと、そのことだけを考え続けていたんだろう。

 瞳の奥には、今はっきりと、救いのない絶望の色が浮かんでいた。

「大丈夫よ、セイラ。こういうことはなにかのきっかけさえあれば、あっという間に思い出せるようになるものだって、聞いたことがあるわ。それにセイラは、ようやく意識が戻ったばかりじゃない……体だって衰弱(すいじゃく)してるわ。セイラが今しなければならないことは、ご飯をいっぱい食べて、まずは体を元通り元気にすることよ。そうしているうちに、きっかけなんて向こうの方からやって来てくれるわ。焦(あせ)ったりしちゃだめよ!こういうことは気長にかまえなくちゃ。セイラを見つけてきたのはこのあたしなんだから、あたしが、セイラの記憶が戻るまで、責任を持って預かるわ。だからセイラは安心してここにいてちょうだい。大丈夫、そのうちきっと、なにか思い出せるようになるから……ねっ」

 夢中でしゃべり続けて、ふと気がつくと、セイラは水晶玉のような目を大きく見開いて、びっくりしたようにあたしを見つめていた。

 やだ!あたしったら、なにか変なこと言ったかしら?

 それとも、あんまりおしゃべりだから呆(あき)れちゃったのかな。

「あの、セイラ……」

 どうかした?――と、上目づかいにそろそろと言おうとしたあたしの目に、少しはにかんだようなセイラの笑顔が映(うつ)った。

「ええ、確かに……綺羅姫の言うとおりですね」

 セイラが微笑(ほほえ)むと、まわりの景色までもが、パ―ッと明るくなるような気がした。

 その笑顔につられて、あたしはつい調子に乗ってしまった。

「だけどセイラが男だなんていうから、昨日はほんとに驚いたわ。あたしはてっきり天女さまだと思ってたのよ。だってセイラみたいにきれいな人、女にだっていないもの」

 あたしが、セイラのことを天女だって思い込んでしまったのも、われながら無理はないと思う。

 こうして見ていても、セイラの端整(たんせい)な顔立ちは、どこか人間離れしたような美しさがあった。

 セイラはそれを聞くと、鈴を転がすような涼(すず)しげな声でカラカラと笑った。

「おほめいただいて光栄ですが、私には、綺羅姫の心延(こころば)えのほうがずっと美しく見えますよ。見ず知らずの者を手厚く看病してくださり、これほど親身(しんみ)になって心配してくださるのは、誰にでもできることではありません」

 暖かい感謝の気持ちのこもった笑顔を向けられて、あたしは、顔から火が出そうなほど赤くなるのがわかった。

「そっ、そんなこと、ないわよ……」

 セイラってば、顔がいいばかりじゃなく、口もうまいのね。絶対、女を泣かせるタイプだわ……。

「聞けば、綺羅姫も大けがをされて、こちらの山荘に静養に来られたとか……。けがの具合(ぐあい)は、もうよろしいのですか?」

「ええ、あたしはもう大丈夫よ。こういうのって、気持ちの問題よね。セイラが倒れているのを見つけた時、あたしまで寝込んでいられないって気持ちになったの。そしたら急に元気が出てきて、今ではこの通りよ」

 あたしはドンと胸をたたいて見せた。

 それがよほどおかしかったのか、セイラはいかにも楽しそうな笑い声をたてた。

「それはよかった」

「だからセイラも、早くよくなろうって思わなきゃだめよ」

「ええ……」

 晴れやかなセイラの笑顔に、あたしも桔梗も、いつの間にか、われを忘れて見とれていた――





 セイラの体力は、日増(ひま)しに回復していった。

 まだ一日中起きているというわけにはいかなかったけど、少しずつなら、あたしたちと会話をすることもできた。

 あたしはセイラに、この国の人は皆、黒髪で黒い目をしてるから、セイラがどこからきたのかはわからなくとも、少なくともこの国の人間じゃないことを告げた。

 セイラは、しばらく考え込んで言った。

「では、私はこの国のことを学ばなくてはいけませんね」

 そこであたしは、自分が知っている限りのことを、毎日少しずつセイラに教えていった。

 この国を治(おさ)めているのは帝だということ。

 その帝に仕(つか)えているのが、あたしたち貴族だということ。

 あたしの父さまは権大納言で、由緒(ゆいしょ)ある摂関家(せっかんけ)の流れをくむ名門の家柄だということや、それから一応、あたしの婚約者ということになってる(でも、変わり者の姫と評判のあたしとの結婚には、家中から反対されてるらしい)幼なじみの篁(たかむら)は、宮廷の実力者右大臣の末息子で、右近衛少将というお役目に就(つ)いていること。

 さまざまなお役所が建ち並ぶ大内裏(だいだいり)のこと。

 その外に広がっている都の町並みのこと等々……。

 セイラは、あたしが教えることを、布が水を吸い込むように、次々と吸収していった。

 そして、セイラが目覚めてから五日目頃には、山荘の中を立って歩けるようになり、七日目には外に出られるまでに回復していた。

 その頃になっても、セイラの記憶は一向に戻らなかった。

 セイラはそのことについて、あたしたちにはなにも言わなかったけど、一人でいる時など、ずいぶん思いつめた表情をしていることがあった。

 そんなセイラの苦しんでるようすを見ても、あたしにはなにもしてやれない。

 焦(あせ)ることないよ、って言ってあげるしかできない自分が、無性(むしょう)にもどかしかった。 

 セイラは、そんなあたしの気持ちを敏感(びんかん)に察したのか、それからは、あまり考え込んだようすを見せなくなった。

 どうやら、気長(きなが)にかまえることにしてくれたみたい――あたしは、そう思っていた……。

 それ以来、やや翳(かげ)りのあったセイラの表情にも、徐々(じょじょ)に明るさが戻り、もともと美しかったセイラが、輝くばかりにきれいに見えた(ほんと、物語の光源氏もまっ青って感じよ)。

 そんなセイラを見ていると、あたしはなぜか、時々ちょっと息苦しくなった。





 セイラが外に出られるようになったある日、あたしはセイラをお花見に連れ出した。

 麗(うら)らかな春の日差しを受けて、吉野桜が、ようやく見ごろをむかえようとしていた。

 杉や檜(ひのき)の緑に混じって、薄紅色の華やかな色彩に彩(いろど)られた樹々が山をうめつくし、それがはるか裾野(すその)の方にまで続いている。

 柔らかく吹きつける風に、五分咲きほどの花弁(かべん)をつけた枝が一斉(いっせい)にゆれて、あたしたちを幻想の世界にいざなおうとするように、妖(あや)しく手まねきしていた。

 セイラは、一本の大樹(たいじゅ)に歩み寄った。

 その樹だけが特別に早咲きだったのか、すでに、花びらがはらはらと散り始めている。

 そよ風が吹きすぎるたびに、粉雪のように舞い散る花びらを、セイラはあきることなく眺(なが)めていた。

 その風は、セイラの銀色の髪もさらさらとなびかせ、白い頬をした病(や)み上がりのセイラを、この世のものとも思えないほどはかなげで、夢幻(むげん)なものに見せたので、あたしはあわててセイラのところへ駆けより、その腕に思いきり強くしがみついてしまった。

 セイラは驚いた顔をしてあたしを見つめた。

「どうしたのです?綺羅姫」

「ん、ちょっとね。セイラが花びらと一緒にどこかへ消えてしまいそうな気がして、怖くなったの……。へへへ……変ね、あたしったら」

 あたしは照(て)れ隠しに頭をさすった。

 セイラは、そんなあたしをいたわるように見つめている。

「私はどこにも行きませんよ、綺羅姫。ずっとここにいていいと言ってくれたのは、綺羅姫でしょう?」

 透(す)きとおるようなセイラの笑顔を見ていると、あたしはふいに、涙があふれてきそうになった。

 なぜだか、胸の奥が締(し)めつけられるように痛かった。

 セイラの笑顔が、その時、とても悲しい笑顔に見えたせいかもしれない。

「ねえセイラ……あたし、セイラの友だちになってあげる。セイラは、どこか遠い異国からやって来たんだと思うの。だから、セイラみたいな人は、この国にはひとりもいない。セイラはこの国でひとりぼっちだわ……。ひとりぼっちは寂(さみ)しいでしょ?だから、あたしがセイラの友だちになって、なんでも話を聞いてあげる。ねっ、そしたらセイラは、もうひとりで悩んだりすることもなくなるでしょ?」

「友……だち?」

「ええ、そうよ。友だちよ」

 セイラは、フッと戸惑(とまど)ったような苦笑いを浮かべた。

「婚約者がおられるのに……?右近衛少将(うこんえのしょうしょう)殿に断りもなく、そんなことをひとりで決めていいのですか?綺羅姫」

「もちろん、篁(たかむら)もセイラの友だちになるのよ。篁なら、きっと友だちになりたいって言うわ。だってほら、あたしたち二人でセイラを見つけたんだから……。それなら、セイラも寂しくないでしょ?」

 セイラは、その時極上(ごくじょう)の微笑(ほほえみ)をこぼした。

 澄(す)んだ、淡い紫色の瞳が、あふれるほどのやさしさをたたえて、そして――

 気がついた時、あたしはセイラの腕の中にいた。

 柔らかくふんわりと抱きしめられて、あたしは、体が痺(しび)れてしまったように、動くことができなかった。



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