Part 2


        


「私は――っ」

 一瞬口ごもった後、レギオンは意を決したように、国王に向き直った。


「イムナドラの内乱を鎮圧(ちんあつ)して以来、内政不干渉(ないせいふかんしょう)の原則を無視した王家のやりかたは、横暴(おうぼう)に過ぎるという声があがっているのは、陛下もよくご存知でしょう。その責任も追及(ついきゅう)できずにいる銀河連合は、結局は王家の傀儡(かいらい)にすぎないとささやかれていることも……。それなのに陛下は、あの内乱の真相を公表しようとなさらない」

 なぜ?――と聞くまでもなく、理由はレギオンにもわかっていた。

 代々の国王に伝えられながら、決して外部に語られることのなかった王家の草創(そうそう)――内乱の真相を公表することは、それを白日(はくじつ)のもとにさらすことになりかねなかった。

 もしそんなことになれば、この宇宙は大恐慌(だいきょうこう)を引き起こし、それまで築き上げてきた秩序や治安は、根底から崩(くず)れ去ってしまうだろう。

 だが、レギオンは、その禁断(きんだん)をあえておかそうとしていた。

「銀河連合の威信と仰(おお)せになるなら、イムナドラの紛争(ふんそう)を引き起こした者こそ、私たちが全力で立ち向かわねばならない敵だと言明なさるべきではありませんか。第三惑星との交渉も、速(すみ)やかな締結(ていけつ)をお望みなら、いっそのこと、陛下も私もその無知で好戦的な人種の末裔(まつえい)だと打ち明ければいい。その方が彼らも――」

「よさぬか、レギオン――!!」

 国王はたまらずに、両手を机に叩きつけて立ち上がった。


「そのようなたわ言を聞くつもりはない。いらぬ差し出口をせずに、そなたは自分の役目を果たしていればよいのだ。わかったらもう退(さ)がりなさい!」

「いいえ、退がりません!」

 レギオンはこの時、生まれてはじめて父王に逆らった。

「始祖ルシファーより受け継(つ)いだわが王家の使命は、これまでずっと秘(ひ)されてきました。陛下を補佐する立場の執政官でさえ、そのことは知りません。王家がオリハルコンを探していることも、それが、なぜ必要なのかも……」

 レギオンの声が、次第に細くなっていく。

 まるで、体のどこかに痛みを感じてでもいるように、レギオンはわずかに顔をしかめた。

「なにも知らされていない彼らが、今回の提案に納得しないだろうということは、陛下にもわかっておられたはず。このまま、なんの説明もなしに強引に事を運ぼうとすれば、王家への不信はつのるばかりです。ユーリとデューはそのことを――」

「ユリアス=シギュンとデューン=バルル!」

 国王は忌々(いまいま)しそうにその名を吐き捨てた。

「そなたが言いたかったのはそれか」

「陛下は、ユーリを誤解なさっておいでです!」

 レギオンは、こらえていたものを一気に吐き出した。

「議場でのユーリの直言(ちょくげん)を、陛下は不敬と断じられましたが、決してそのようなことはありません。ユーリが言おうとしたのは――」

「あの者のことはもうよい!」

 国王は冷ややかな態度でレギオンを制し、

「その件はもう一季(約三ヶ月)も前に処分が済んでいる。今さらそなたの言い分を聞くまでもない」

 話を打ち切って、机上に並ぶパネルのひとつに手をのばし、書記官を呼び入れようとした。

 レギオンは執務机に詰めより、身を乗り出してなおも言いつのった。

「私はその時ファフニール(グリュプスの第八惑星)にいたのです!王宮に戻ってそのことを知り、これまで何度も謁見(えっけん)を申し入れたのに、陛下はお会いしてくださろうとしなかったではありませんか!」

「あの者は王家を批判したのだぞ――!」

 国王はついに声を荒(あら)げて、怒りを爆発させた。

「その王家の太子たるそなたが、私情に走ってかばい立てしたらどうなるか、わからぬではあるまい!立場をわきまえぬか――!!」

 その瞬間、国王の体から発した怒気(どき)で、レギオンは後ろに大きくよろめいた。

「……陛下……」

 『を使ったのではない。

 高ぶった感情が、まわりの気を揺(ゆ)らしただけとわかっていても、レギオンの心は痛んだ。

 ――陛下はやはり、まだ私を憎んでおられる……。

 国王と皇子の対立は、政治の二極化をまねき、内紛を引き起こす元になる。皇子たる者は、決して国王と争ってはならない――言われるまでもなく、そんなことはレギオンにもわかっていた。

 けれど今、問題なのはそんなことではない。

 国王はとんでもない誤解をしている。

 そればかりか、重大な過ちを犯そうとしている。

 もしこの時を逃(のが)せば、レギオンは、幼少の頃から親代わりとして育ててくれたユリアスとデューンを取り戻す機会を、永久に失ってしまうだろう。

 だが、どうすれば、一度下されてしまった処分をくつがえすことができるのか――

 焦るほどに思考はからまわりし、レギオンが求める答えは、一向に見つからなかった。

「私はあの者の才能を高く評価していた。だからこそ、将来の執政(しっせい)となるべくそなたの後見(こうけん)にも任命したのだ。それを、あの者は――!」

 未(いま)だおさまらぬ怒りを握りしめ、国王は机に叩きつけた。

「増長(ぞうちょう)しおって、王家に刃向(はむ)かうようなまねを……。本来なら、かばい立てしたデューンもろとも、官職をすべて剥奪(はくだつ)して当然のところを、ニムルードの紛争調停役として差し向けただけでも、感謝されてしかるべき措置(そち)だ!」

 ――ニムルードの紛争調停役、それがどういうものか……。

 レギオンは、今にも泣き出したい気持ちだった。

 ――二度と、アストリアに戻れないと言われたも同然じゃないか!!

「陛下には、ユーリが……増長して自分を見失うような、それほど愚(おろ)かな人間に思われますか?」

 やっとの思いでそれだけを言い、すがるように国王を見上げた。

「ユーリとデューが、王家を批判するはずがありません!二人は、王家の力になりたいと考えていたのです。以前ユーリは、私に『一万余年もの間、ひた隠しにされてきた王家の秘密を知ろうとすることは、この身にあまる災(わざわ)いを求めるようなものかもしれない。だからといって、これまでのように重荷はすべて王家に負(お)わせて、自分たちは素知(そし)らぬ振りをしていればよいとは思わない』と、言ってくれたことがあります」

「ほう……」

 国王の眼が、チカリと光った。

「素知らぬ振りはできぬか」

「陛下!オリハルコンが本当に見つかるかどうか、確かなことは誰にもわからないのです。銀河連合は、そういう時のために設立されたと、王朝編年史(へんねんし)にもあります。ユーリが、そこまで事情を知っていたはずはありませんが、イムナドラへの介入をただ事ではないと感じていました。内乱が鎮圧されても、それですべてが終わったわけではないということも……。だからこそ、これまでのように沈黙を押し通すのではなく真実を明らかにするよう、陛下の決断をうながそうとしてあのようなことを――」

「それが、不遜(ふそん)だと言うのだ!」

 えっ、と小さく声をあげて、レギオンは国王を凝視(み)た。

 次の瞬間、レギオンはすべてを悟った。

「では、陛下はなにもかもご承知の上で……」

 大きく見開かれた目に、いかめしい国王の顔が映(うつ)る。

 その像(ぞう)の口もとから、苛立(いらだ)たしげなため息がこぼれた。

「真実を知ったところで、ユリアスや銀河連合になにができる?」

「そ、それは……。ですが、なにもできないとは思いません。たとえオリハルコンの力を借りなくても、みんなが協力し合えば、必ずなにか――」

「必ず、な!空言(そらごと)はよい」

 必死に食い下がろうとするレギオンを、わずらわしそうに制して、国王は椅子に身を投げ出した。

「そなたが考えているほど、世界は単純なものではない。疑り深い連合理事国の首長どもは、まともに信じようとすらしないだろう。それどころか、わが国が勢力を拡大しようとするための方便(ほうべん)とも受けとられかねん。よけいな混乱や疑心暗鬼(ぎしんあんき)を招いていては、敵の策略を助長(じょちょう)するだけだ。ましてや、その混乱を収(おさ)めるだけの力もない、一介の官吏(かんり)に指図(さしず)されることではない!」

「ですが!この宇宙でなにが起ころうとしているのか、それを知る権利は誰にでもあるはず。王家には、それを伝える義務があるはずです!」

 バン――!と、国王の手の下で、机が鳴った。

「勘違いをするな、レギオン。これは王家(ナーガ)の問題であって、この宇宙(オーブ)の問題ではない!」

 うむを言わさぬ口調で、国王は断言した。

 キリキリと、見えない弦(げん)が引き絞(しぼ)られるように、二人の間の緊迫感が急速に高まっていく。

「歴代の国王が口を閉ざし続けてきたのも、そう考えたればこそだ。それに、先先王が銀河連合を設立したのは、敵の動向を探る情報網を張り巡(めぐ)らすためであって、そなたが言うように、要(い)らざる情報を与えるためではない!そんなことをすれば、この宇宙(オーブ)の生長(せいちょう)にも少なからぬ影響を及ぼすだろう」

 国王の声は、いよいよ厳しさを増していった。

「わが王家に与えられた使命の第一義は、この宇宙(オーブ)の生長を妨(さまた)げぬこと。それを忘れたわけではあるまい!それでもまだユリアスをかばい立てし、真実を公表すべきだと言うなら、そなたはただの愚か者だ!」

 レギオンの顔が、みるみる蒼(あお)ざめていく。

 もはや、レギオンには反論する言葉もなかった。

 だが、ユーリとデューを失うことは――それだけは、どうしても耐えられなかった。

 二人がいたからこそ、レギオンは、どんな過酷(かこく)な運命も受けとめることができた。

 決して独(ひと)りではない。

 いつも見守っていてくれる、あたたかな眸(め)があると思うだけで、心が励(はげ)まされた。

 国王は今、その心のよりどころさえも、レギオンから奪い去ろうとしていた。

「……ニムルードの紛争は、もう二百年以上も続いています。ユーリとデューがどれほど力を尽(つ)くしたとしても、到底解決できるとは思えません。ユーリの発言が、陛下の不興(ふきょう)をこうむるようなものだったとしても、王家のためを思えばこそ、言わずにいられなかったのです。ですから陛下!なにとぞ、もっと寛大(かんだい)な処分を――」

 レギオンは両ひざをつき、深々と頭(こうべ)を垂(た)れて懇願(こんがん)した。

 それは、罪人が許しを請(こ)う時にとるような、絶対服従の姿勢だった。

 そんなことをしても、国王の心は動かないとわかっていても、レギオンはそうせずにいられなかった。

「見苦しいぞ、レギオン。一度決定した処分が、くつがえると思っているのか」

「ですが父上――!」

 思わずそう口にして、見上げた先に、見知らぬ他人を見るような、突き放した為政者(いせいしゃ)の顔があった。

 ハッとした時はすでに遅く、無情な声が耳をつらぬく。

「レギオン!!いかに太子とはいえ、そなたも私の臣下(しんか)に変わりはない。公務の場で、そう呼ぶことはならぬと言っておいたはずだ。甘えが過ぎるぞ!そなたへの用は済んだ。公私の別もわきまえぬ者の話すことに、これ以上耳を貸すつもりはない。退(さ)がれ!」

 茫然(ぼうぜん)と国王を見つめるレギオンの目に、涙がにじんだ。

 それを、こぶしでぐいと拭(ぬぐ)って立ち上がると、レギオンは右手を胸にあてた。

「ご命令どおり、ジオには同行…いたします。…れど……」

 なにかを言おうとするのだが、昂(たか)ぶる感情を抑(おさ)えきれずに、唇がぶるぶる震えている。

 またしても溢(あふ)れ出す涙を、拭(ぬぐ)いもせず、レギオンは万感をこめて叫んだ。

「オリハルコンなど、永遠に見つからなければいい――!!」

 叫ぶと同時に、レギオンは部屋を飛び出した。

 控(ひか)えの間を抜け、扉の外にいたク・ホリンにぶつかりそうになったことも気づかず、走り続けた。

 走っていなければ、悲しみに胸が押しつぶされそうだった。

 ――なにもできなかった!すべて私のせいなのに……私のために、二人は……!

 別れのあいさつもできずに、皇太子宮を去ったユリアスとデューンの顔を思い浮かべながら、レギオンは、自分の非力(ひりき)さを心の中でわびるしかなかった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていたク・ホリンは、慌(あわ)てて取次ぎに現れた書記官を退がらせると、まだ殺伐(さつばつ)とした空気の残る執務室へ、歩を運んだ。

 三執政の中でも最長老のこの老人は、百五十歳を優(ゆう)に超えていた。

 長寿で知られるアストリア人の中でも、稀(まれ)にみる長命といえるだろう。

 若くして才能を見出され、当時まだ皇太子だったクロノ王の後見(こうけん)に任命されてより、常に国王のかたわらにいた。国王を最もよく知る人物の一人だった。

 足まで隠れる黒い式服を身にまとい、古風な木の杖を愛用する、この老人の頭頂部にあったはずの髪は、襟足(えりあし)のあたりに名残(なごり)を残すだけとなり、かわりに、白い眉毛(まゆげ)が目を覆(おお)わんばかりに垂(た)れ下がっている。

 その眉毛の間から覗(のぞ)いている瞳には、濃い苦悩の色がにじみ出ていた。

「皇子は、泣いておられましたな。こうなるような気がして、外でお待ちしておりましたが……声をかける間もなく、往(い)んでしまわれた」

 椅子にもたれかかり、ぐったりとうなだれていた国王は、その声で額(ひたい)から手をはずした。

「老、なにが言いたい?」

「されば、陛下のお決めになったことに、異を唱(とな)える気はござらぬが、この老いぼれの目からみても、さきごろの後見(こうけん)の処分は、ちと厳しすぎたように思われましてな。皇子も、やはりそのことを嘆願(たんがん)されたのでは……?」

 沈黙で応じる国王に、ク・ホリンは長々とため息をついた。

「皇子にはお母上がおられぬ。この上、二人の後見まで取りあげられては、ただでさえお寂しい身の上の皇子に、酷(こく)というもの……」

「もうよい、ク・ホリン。それ以上なにも言うな」

 背を向けて、退出をうながす国王を見ても、ク・ホリンはすぐには立ち去ろうとせず、窓際(まどぎわ)に歩み寄って、なにかを思い出すような遠い目をした。

「あれから、もう七年……陛下には、まだ皇子のことをお許しになれませぬか?」

 とっさに、国王は立ち上がった。

「老――!!」

 鋭い眼光で、老執政の背中を睨(にら)みつける。

 その眼光から、唐突(とうとつ)に鋭さが失われていった。

 振り向いたク・ホリンの目に想像していた非難の色はなく、深い悲しみと憐憫(れんびん)だけがあった。

 国王は、どっと全身の力が抜けてしまったように、椅子に身を沈めた。

 静寂が、二人を押しつつむ。

 やがて――

「私を……ひどい父親と思うか?」

 口もとに自嘲(じちょう)の笑みを浮かべて、国王がつぶやいた。

 ク・ホリンは、静かに首を振った。

「年寄りが申しあげられるのは、このままでは、お二方とも不幸だということだけです」

 そう言って、うやうやしく敬礼を捧げ、部屋を出て行こうとした時――

 ク・ホリンの背後から、沈んだ物憂げな声が追ってきた。

「……あれを、恨んでいるのではない。ただ……」

 ク・ホリンは振り向かなかった。

 振り向いて、かける言葉を知らなかった。



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