Part 1


   


 その日、ハワイ島マウナケア山天文台は、異様な興奮につつまれた。

 活発な活動を始めた木星の大赤班(だいせきはん)を観測中の研究員が、大型の光学赤外線望遠鏡の端(はし)を、高速でよこぎっていく彗星群を発見した。

 木星付近を通過する彗星の報告は、どの天文台や宇宙ステーションからも受けておらず、それだけでもずいぶん奇妙なことだった。

 太陽系の外側から、内惑星(地球より内側の惑星)に迷いこんでくる彗星の数はそれほど多くはなかったが、地球にとって最も危険な訪問者であることに変わりはなく、二十一世紀半ば、天文学者レオニード=クーリッジによって発見されたクーリッジ彗星が地球に最接近した際、割れた彗星のかけらがサンフランシスコシティー上空で大爆発を引き起こし、壊滅(かいめつ)的な被害を与えたことを機に、全地球的な規模の小天体監視防衛対策が叫ばれるようになった。

 その頃、地球軌道上に世界各国が共同で建造(けんぞう)していた国際宇宙ステーションが完成し、それにともなって国際天文連合(IAU)は、宇宙ステーションでの本格的な観測調査に乗りだした。

 今後数世紀にわたって起こりうる大災禍(だいさいか)を未然(みぜん)に防ぐため、オールトの雲(太陽系の最も外側にある彗星の帯)、カイパーベルト(海王星の外側にある彗星の帯)、小惑星帯などのすべての小天体の発見と、その軌道計算をおもな目的とするこの調査が開始されて、はや数十年が経過(けいか)した現在では、彗星の接近はもはや予測できないものではなくなっていた。

 したがって、この彗星群が突如(とつじょ)として現れたものでないかぎり(もちろん、そんなことがあるはずもなかったが)、地球接近のわずかな兆候(ちょうこう)も見逃さずにおかない観測包囲網をかいくぐって、木星まで達するのはありえないことだった。

 とにもかくにも、彗星群がこれまで未発見のものとわかると、ただちに担当の研究員が呼び出され、宇宙ステーションへの報告と軌道(きどう)の確認がおこなわれた。

 軌道計算の結果は、幸(さいわ)いなことに彗星群はいずれ木星の引力圏に捕(と)らえられ、表面をおおっている濃密(のうみつ)なガスの渦(うず)に衝突(しょうとつ)するものと推定された。

 だがその数時間後、彗星群はまるで自(みずか)らが意志を持っているように、引力圏の手前で大きく軌道を変え、木星を迂回(うかい)するコースをとった。

 天文台中が驚きにひたる間もなく、あらたに算出された彗星群の軌道は、地球の公転軌道とぴたり交差していた!

 三日後――

 月の軌道上に、今やその正体が明らかとなった彗星群が、整然と列をなして停止した。

 彗星群と思われたものは、長径二十キロを超える十二隻の宇宙船団だった。

 やがて、一隻の宇宙船から、地球に向けて強力な電波が発信された。

 人類はついに、自分たちが宇宙の孤児ではなかったことを、未曾有(みぞうう)の衝撃(しょうげき)とともに思い知らされることになった。


   


   1.ロシュフォール王家

 グリュプス星域――

  地球からおよそ五万六千光年離れたこの星域は、恒星グリュプスと、それをまわる八つの惑星が一大国家圏を形成する太陽系国家である。

 高度な文明に裏打(うらう)ちされた文化水準の高さは、他の星系に並ぶものがなく、加盟星系四十七、惑星数百三十六を数える銀河連合の提唱(ていしょう)国であり、常任議長国でもあった。

 その第二惑星アストリアに、かの不世出(ふせいしゅつ)の大詩人ハル・ラナ=ヨシュウをして『文明が創りあげた理想郷』といわしめた銀河文明の中心地、王都ヴァルサングがある。

 南方に波穏(おだ)やかな内海をのぞみ、背後には自然が創りあげた防衛線のような峰々が連なる。

 幾重(いくえ)にも幾何学(きかがく)的に巡(めぐ)らされた水路、樹木の緑と建物とが渾然(こんぜん)一体となった都市景観の美しさもさることながら、放射状にのびた八本の街路が集まった先に、まるでそれ自体が一個の芸術品のような白亜の王宮が威容(いよう)を誇り、見る者を圧倒する。

 亜空間航行をはじめ、銀河文明を支える主要な文化や技術は、すべてここから発信されたといっても過言(かごん)ではなく、一万余年にわたって、グリュプス星域に繁栄と安寧(あんねい)をもたらしてきたこの王宮の主こそ、ロシュフォール王家である。

 単一の王朝が、これほど長く王権をたもってきた理由については、王家の特異性に触れなくてはならない。

 王家の人間は、アストリア人とは著(いちじる)しく違っていた。

 非常に長命で、その寿命は、長寿で知られるアストリア人の二、三倍ほどもあった。

 だがそれは、国王の短命化が進んだ近年のことで、初代の王は一千年の時を永(なが)らえたと、歴史書には記されている。

 それほどの長命でありながら、代々の王家には、たったひとりの皇子しか生まれていない。

 これは、王家の血脈の分散を防ぐためだったとも、同胞(どうほう)の権力争いをさけようとする自衛的本能だったともいわれているが、いずれの説も臆測(おくそく)の域(いき)を出るものではなかった。

 加えて、歴代の国王は皆、超人間的な資質(ししつ)を持っていた。

 現代、アストリアでも超能力――と、一般に呼ばれている特殊精神能力――の持ち主は少なくない。

 他の星系においても、人類の新たな進化の方向を示唆(しさ)する、超能力者の育成に力をいれている国は多い。

 だが、王家のそれと比べると、圧倒的な水準(レベル)の差があった。

 惑星規模の天候を操作し、マグマの噴火を押さえるその力は、王朝の初期において民衆に揺るぎない求心力をもたらした。

 その求心力が今なお衰(おとろ)えることがないのは、王家の強力な指導力のもとで、公正な統治がおこなわれてきたことの証(あかし)でもあった。

 グリュプスが銀河連合の常任議長国となった背景には、すぐれた科学力や経済力の他に、この王家の指導力に頼るところが大きかったと考えられる。

 これらのことは明らかに、王家の始祖(しそ)がグリュプスではない別の星系か、もしくはもっと遠い銀河系からやってきたことを意味していた。

 今よりはるか一万一千年の昔、王家の始祖がどこから、なんのためにこのアストリアにやってきたのか――歴史はそれについて、なにも語ってはいない。

 王宮の最奥部にある書庫には、そのことを記した文書があると噂(うわさ)されていたが、確かなことは誰にもわからなかった。

 国王以外の者の書庫への立ち入りは、固く禁じられていたからだ。

 アストリア史料館に現存する最も古い記録には、

 ――いにしえの世に、赫々(かくかく)たる光輝につつまれし暁の御子あらわれいで、

   蒙昧(もうまい)なる闇におおわれしわれらに、叡智の御業(みわざ)を示したもう

   その御光あまねく地上を照らし、大いなる恵みをもたらす

   依(よ)りて、人みな御子を仰ぎて、尊き導(しるべ)となせり
――

という一節が残っているだけだった。

 この詩篇(しへん)は、今から九千年以上前の、文明の黎明期(れいめいき)に記されたものだが、それまで明けの明星エターナルを指すと思われていた『暁(古代語で“光をもたらすもの”の意)の御子』とは、古代アストリアでロシュフォール王家を指(さ)していることが、近世になって明らかになった。 

 解明の手がかりとなったのは、最初の王宮が建てられ、王朝の名の由来(ゆらい)ともなった古代都市ロシュフォールから出土した遺跡の浮彫(レリーフ)に、『我らが偉大なる王、暁の御子(ルシファー・ルウ)を称えて――』と刻まれた文字が発見されたことだった。

 このことから、考古学者の間では、古代都市ロシュフォールはもともと『ルシファー・ルウ』と呼ばれていたのではないかという推定(すいてい)もなされている。

 さらには、この惑星(ほし)がアストリアと名づけられたのも、初代王の名に由来(ゆらい)していると言われているが、それについての詳(くわ)しいことは、また後の機会にゆずっておこう。

 かくして、民衆の絶対的な支持を受けた王家は、その後、代を重ねながら幾度かの遷都(せんと)を経(へ)て現在のヴァルサングに至り、その間、めざましい科学技術の発達をとげたアストリア人はグリュプス全域に進出し、他の星系にもその商業圏を拡大していくことになる。   

 アストリアの歴史は、まさに王家によってつくられたものといえたが、その王家について人々がわかっていることは少なく、多くの疑問は依然(いぜん)として謎につつまれていた。

 そのことがいつの時代もさまざまな臆測(おくそく)をよび、取り沙汰(ざた)されてきたが、悠久とも思える治世がはぐくんだ王家によせる絶対の信頼感は、いつしかその存在を冒(おか)すべからざる神聖なものにしていた。

 ロシュフォール王朝は不滅であり、王朝が続くかぎりグリュプスは栄え続ける――人々は、そう確信するようになっていた。

 その確信は、それほど間違ったものではなかった。

 運命の皇子、レギオン=ロシュフォールが誕生するまでは――


   


 第十九代クロノ王の治世五十三年目をむかえたその年、レギオンは十歳になっていた。

 執務室の大きな扉の前で取り次ぎを待つ皇子は、腕白(わんぱく)盛りというには線の細い、少女のような愛らしさを持った少年だった。 

 まだ幼さの残る額には、セリカラージュと呼ばれる、銀河でも稀少(きしょう)な貴金属でできた冠がはめられている。

 透(す)けるような銀色の髪を肩までのばし、二つの宝石とも見違える紫の瞳と、薔薇色の頬(ほほ)をしたこの皇子を一目見れば、誰でも愛さずにはいられないだろう。

 だが、まわりの愛情を一身に受けるために生まれてきたような皇子の心の中は、満ちたりた安らかさとはほど遠く、青みを帯(お)びた紫色の瞳には、少年には似つかわしくない濃い憂愁の翳(かげ)があった。

「お待たせいたしました。皇子、国王陛下がお待ちでございます。どうぞこちらへ」

 内側から扉が開いて書記官にうながされると、レギオンはある決意を胸に、父王のもとへ向かった。

 小広間ほどの広さのある執務室には、正面の壁いっぱいに、銀河系の三次元地図が掲(かか)げられていた。

 ちょうど銀河を真上から眺めた時の、巨大な光の渦巻きが、壁から少し離れた宙に浮いている。

 霞(かすみ)のような渦を形成する光点の一つ一つが恒星を表し、それが密集している中央付近は積乱雲のように盛り上がって、本物の銀河さながらに得(え)も言われぬ輝きを放っている。

 見ているだけで時を忘れてしまいそうな、その壮大な地図の手前には、鮮やかな二本の旗が交差して立てられていた。

 王家の守護聖龍グリュフォーンを描いたグリュプス国旗と、銀河を模(も)した楕円形に、加盟国の数だけ星をちりばめた銀河連合旗である。

 古典派の著名な画家の風景画が反対側の壁を埋めつくし、琥珀(こはく)色の大理石を敷きつめた部屋の中央には、装飾を施(ほどこ)した木製の机が据(す)えられてあって、そこに国王の椅子が置かれていた。

 部屋に通されてすぐ、先客がいることに気づいたレギオンは、その顔ぶれを見て、ひどく難しい問題が持ち上がっているのを感じとった。

 国王を補佐(ほさ)する執政官のシロエ、グランダイク、ク・ホリンの三人が顔をそろえるのは、常にないことだったからだ。

「それでは、わたくしどもはこれにて――」

 退出する三執政の表情に、議論が分かれたことを見てとりながら、レギオンは右手を胸にあてて敬礼した。 

「お呼びとうかがい、レギオンまいりました」

「レギオンか。こちらへ来なさい」

 クロノ王はすでに百三十歳を越えていたが、外見だけを見れば、三十代になったばかりかと思わせるような若々しさだった。

 短く刈り込まれた銀髪には、レギオンよりひとまわり大きめの冠を戴(いただ)いている。

 明るい輝きを放つその銀髪は王家の特徴の一つだったが、切れ長の銀灰色の瞳が、理性的でどこか冷たい印象を与えている。

 その瞳には今、激しいやりとりを終えた後の疲労感がにじみ出ていた。

「陛下にはご健勝(けんしょう)にあられ、喜ばしく存じます」

「うむ。そなたも変わりがなくてなにより」

 久しぶりの父子の対面も机越しに短い挨拶(あいさつ)を交わしただけで、書記官を退(さ)がらせると、国王はすぐに政務に話を戻した。

「恒星ジオの第三惑星とわが王家とのかかわりについては、そなたも存じておろうな」

「はい。始祖ルシファーが御子…初代王をこの地に導(みちび)いてお隠(かく)れになる以前、内宇宙にやって来て最初に降り立った惑星(ほし)、と記憶しています」

「その惑星(ほし)について、ほかに耳にしていることは?」

「アストリアによく似た、美しい水の惑星だと聞きました。確か“地球”と呼ばれているとか……それがどうか……?」

「うむ。その第三惑星に、銀河連合への加盟を働きかけることを、今度の総会で提案しようと思う。それが承認されれば……おそらくはそうなるだろうが、わが国と十一の理事国が船団を派遣(はけん)して、正式に加盟を要請(ようせい)することになるのだが……」

 国王はそこで、苛立(いらだ)った感情をぶつけるように、指で机をコツコツと叩(たた)いた。

「執政官が反対しているのですね?」

「うむ……」

 国王は立ち上がって、ゆっくりと窓際(まどぎわ)に歩み寄った。

 眼下には、白と瑠璃(るり)色を基調(きちょう)としたヴァルサングの街並みが広がり、はるか向こうには内海がきらめいている。

 アストリアの宝石――と称(たた)えられるその眺望(ちょうぼう)に目をやりながら、国王は重い口を開いた。

「シロエに言わせれば、星系の制宙権はおろか、近隣(きんりん)の惑星にたどり着くのがやっとの科学技術しか持たない未開の惑星というだけならまだしも、自分たちの創り出した文明すら、幾度も破壊しつくしてきたような好戦的な人種を、銀河連合に組み入れるのは危険が大きすぎるというのだ。他の老人二人も、同じような危惧(きぐ)を抱いている。せめてあと百年ようすを見て、彼らの文明の方向性を見きわめてからでも遅くはないとな……だが、それでは遅すぎるのだ!時間はもうわずかしか残されていない」

「オリハルコンを探すための……ですか」

 レギオンの頬に暗い笑みが浮かんだ。

 その気配(けはい)を背中越しに感じとって、国王は振り返った。

「そうだ!そのためにこそ、わが王家は一万年の時を待ち続けてきた。そなたも王家に生まれたからには、それがどれほど重大なことかよくわかっているはずだ。だからこそ、多少の反対を押し切ってでも、今すぐジオ星系との接触(せっしょく)を図(はか)らなくてはならない!」

「……はい、陛下」

 うなだれたレギオンから目をそむけるようにして、国王はまた窓に向き直った。

「アストリアにオリハルコンは見つからなかった。グリュプス宙域(ちゅういき)にも……。そなたがこれだけ捜しまわって未(いま)だになんの手がかりも得られないのは、なに者かが妨害しているのか、それともルシファーが意図(いと)したことなのか……」

 ひとり言のようにつぶやいて、国王は三次元地図に足を向けた。

 きれいな楕円形をした星々の群れが、一斉(いっせい)にまわりはじめる。

 やがて、目の前にやって来た光の帯の外縁(がいえん)部に国王が軽く手を触れると、大銀河はたちまち消え去り、かわりに恒星ジオ近辺の拡大図が現れた。

 いくつかの恒星に混じって、十個の惑星をしたがえた比較的大きな太陽系が、レギオンの目にも見てとれた。

「いずれにせよ、オリハルコンを見つけ出す可能性が残っているのは、かつてルシファーが降り立ったとされるジオの第三惑星をおいて他にあるまい。時間は限られている。もはや惑星(ほし)の住人に悟(さと)られぬよう、秘密裏(ひみつり)にことを運んでいるひまはない」

 自分に強く言い聞かせるように言うと、国王はつかつかと中央の机に戻り、どさりと椅子に腰を下ろした。

「星系外文明の存在を知らない、科学力の未熟な惑星(ほし)にとって、銀河連合への加盟の申し出は願ってもない機会だろう。第三惑星との接触(せっしょく)を図(はか)るにはなによりの口実だ。だが、あの惑星(ほし)は惑星国家ではない。多くの国々が集(つど)って我々の申し出に対する回答を導(みちび)き出すまでには、かなりの時間がかかるだろう。その間に、そなたには民間との親善を図(はか)ってもらわねばならん。アストリアでのそなたの人気ぶりが、あの惑星(ほし)でも通じればよいが……」

 国王はちらりとレギオンを見やって、

「たとえ通じなかったとしても、随員(ずいいん)の中に子供がいるとなれば、少しは我々への疑心もほぐれるだろう。人は見かけに惑(まど)わされやすいものだ。年端(としは)も行かぬ子供とみれば、さほど警戒もせずに気を許すだろうからな。そなたも、せいぜい可愛(かわい)げのある子供らしく振る舞(ま)うことだ」

「私に彼らのご機嫌をとり結べと……?」

 レギオンはムッとして、反抗的な横顔を向けた。

「警戒(けいかい)心をほぐせと言っている!」

 峻烈(しゅんれつ)な視線が、容赦(ようしゃ)なくその横顔をつらぬく。

「無知で好戦的な人種にはよくあることだが、こちらが友好の手を差しのべても信用せず、疑心暗鬼に駆(か)られた末に、無益な選択をしないとも限らん。この交渉は、万が一にも壊(こわ)れるようなことがあってはならないのだ!我々がおもむくからには、銀河連合の威信(いしん)がかかっていることも忘れてはならん」

「銀河連合の威信など……」

 ぽつりと漏(も)らしたつぶやきを、国王は聞き逃()さなかった。

「なにか言いたいことがありそうだな、レギオン」

「私は――っ」

 一瞬口ごもった後、レギオンは意を決したように、国王に向き直った。


  Part 2につづく  topへ