「野ばら」女性学的 精神分析的解釈 考察 「野ばら」考察

〜いつか王子様が〜



「野ばら」について考察する前に。
いばら姫(グリム)、眠れる森の美女(ペロー)、などの「眠り姫」と呼ばれる類の 童話について。

(以下「お姫様とジェンダー」からの引用)大まかな内容は

永いこと子供のできなかった国に美しいお姫様が生まれました。 お姫様が誕生したお祝いのパーティを開いていると 招待されなかった悪い魔女が腹をたてお姫様に「16才になると死ぬ」呪いをかけます。 しかし招待された良い魔女の一人がその呪いを「百年の眠り」に変えます。 お姫様は呪いのとおり16才の時、糸車の紡錘(つむ、と読みます。針のようなものです) で指を刺され眠りにつきます。お姫様が眠りにつくとお城全体も 眠りつき、お城のまわりにはイバラが城を覆うように生い茂ります。 百年後、王子様が訪れ、ドラゴンや呪いをかけた魔女と闘い、勝利。 イバラの棘を切り裂いてお城の奥へ進むとそこには美しいお姫様が。王子様がキスするとお姫様は 目覚め、二人は結婚。ハッピーエンド。

と、本によって異同はあるもののだいたいこんな感じです。


この童話にはグリムやペローの童話よりも 古い原典があり、14世紀頃書かれたフランスの中世文学 『ペルスフォレ』物語の「ゼランディーヌ」や、その後 カタルーニアの語の韻文、17世紀後半のイタリア人のバジーレの 「ペンタローネ」のなかの「太陽、月、ターリア」などがあります。 いづれも姫が寝ている合間に王子の一方的な接触により眠ったまま身ごもり 出産するというもの。童話やお伽話だと「キス」という軽い表現になっているのは子供向けにソフトに言い換えられているためでしょう。

元来お姫様が紡錘に指を刺されて血を流して眠ることは、処女性の喪失をあらわし、 紡錘は男性性器だとう解釈もなされています。(精神分析的解釈) 原典では子供まで生まれているのですから 性行為があったことはもう明白でキスなんて生易しいもんじゃありません。
似たような童話で「白雪姫」もありますね。この場合も同様。 絵画のアトリビュートでも閉ざされた庭や白バラ、ガラスは「処女」あらわします。 と、同時に聖母マリアの象徴でもあります。もしかしたら意味付けはこのあたりからきているのかも? 森の茂みは女性器を隠す陰毛をあらわすという考えもあります。 要するに眠り姫は塔で紡錘で暴行を受け、なお目覚める時に再度暴行されているのです。 他に 城の周りの外から殆ど見えないほどに覆い隠された垣が意味することは 中に眠る姫を守ると同時に彼女の外界への拒絶、あるいは親の庇護などを表すといわれています。

ガラスの柩のなかに横たわって王子を待つ「白雪姫」や、 茨に囲まれて百年間眠り続ける「眠り姫」は、 女の子はひたすらじっとしていなければいけないというメッセージを送り続けているののです。 (以上「お姫様とジェンダー」からの引用)



さてここで「野ばら」がやっと出てきます。 「野ばら」を眠り姫に置き変えて読んでみましょう。

まず舞台の月彦の庭と学校は眠り姫でいうところの茨に覆われた城。 白い野ばらは城を覆っていた茨。 ミシンの音は当然糸車の紡錘を表します。 「野ばら」には夢の外の世界というものが存在しません。 銀色や黒蜜糖は脱出しようと必死ですが結論として 月彦含め全員目覚めることなく終わります。

これが何を表すのか。 この物語において目覚めとか、外の世界は存在しないのです。 これは眠り姫でいう一度目の暴力を受けその傷を癒すために回復している状態、あるいは 王子様が訪れない(訪れていない)状態をさします。 なぜ訪れないのでしょう。
王子様による覚醒は上でも述べているように男性の一方的な接触によるもの。 「野ばら」は眠り姫の寝ている時の心理状態を表している物語なのです。 またこうも考えられます。すでに夢の世界にいる以上、一度何らかの トラウマを負った状態である、ということなのです。(現に銀色は影をなくしているし) 誰だって傷が生乾きのままじゃ嫌ですよね。 考えてみてください。もし。もしもですよ?! 自分が寝ている最中に見知らぬ男が(良い男?にしろそうでないにしろ) やってきてキスされて目が醒めて…なんてどう思うでしょう。 ロマンチックだと思いますか。素敵だと憧れますか。よ〜く考えてください。 普通なら自分が一番無防備な寝ているところに 見知らぬ男がやってくれば驚天動地!!現代なら警察沙汰です。変質者です。 王子様、姫を救った英雄から一躍犯罪者に。(アレレレ) まぁこれはあくまで例えですが・・・当たらずも外れずというとこでしょうか


眠り続けることは女性として成熟すること=目覚めを拒否しているとも取れますが、 それは違います。
彼ら月彦達は王子様(男性)による強制的かつ一方的な目覚め、レイプを拒否しているのであり、 目覚め自体を拒絶している訳ではないのです。


眠り姫が紡錘に挿され 一度仮死(眠り)に至るまでの暴行を受けながら皮肉にも再度王子によって 目覚めさせられる、というのはなんて皮肉でしょうか。

眠り姫の童話を少女が子供として一度死に、大人の女性として再生する、という 通過儀礼を描いた物語なら、それは昔から女性自身によるものではなく、 男性が意図的に行ってきた、ということなんでしょう。


目覚めを拒否していないという証明として後の作品では変化がみられます。 この「野ばら」では自力での覚醒、 もとい内から外への脱出には至りませんでしたが、その後形を変え、 TV.Cityから新世界、千年王子へと発展していきます。


「テレヴィジョン・シティ」
巨大ビルディングから碧い星へと脱出しようとするアナナスとイーイー。この物語の場合、内はビルディング、外は碧い星。 友達を失したり記憶を喪ってでも内から外へと脱出しようとするも物語はまたも円環を辿り、 「野ばら」と同じ局面へ。何度も何度も夏休みを繰り返します。


「新世界」
壮大なスケールで語られる長野版SF眠り姫。 眠り姫は永い眠り人スリーピングビュティ イオ(ミンク)。姫じゃないけどね。 王子様はシュイ。イオの場合、実際に眠っている訳じゃなく、 ラシートの女(後継者)として覚醒していない、ということ。 最期は勿論王子様のキスで目覚め結びへと向かいます。重要なのは このラストシーンで転換が起こり待って寝ているはずのお姫様が(イオが) 王子様(シュイ)を夏海から自ら探しだし、キスして終わるのです。(Aの後は一体化・・・?) 野ばら、TV.Cityで繰り返してきたループが ここでようやく断ち切られることになります。

どちらの物語にも言えるのは、男に都合のいい「女性とはかくあるべき」 という女性像、もとい既成概念を壊しているということ。 長野小説では女性は殆ど出番はなく、少年が大勢登場する為、惑わされがちですが、 それは女性像をあくまで少年というモチーフに仮託しているのであって全く描いていない ことではありません。デビュー作の「少年アリス」がそうであったように 少年でありながらアリスという少女の名前を持つ少年がいるように 表層的なうわずみだけで描いている訳ではないのです。


「千年王子」
「新世界」後、覚醒後の目覚めたお姫さまの物語。成熟した大人の女として目覚めた後の 妊娠から出産までが描かれる。長野さんはインタビューでこれ以後シリーズの SFものはやらないと発言してましたが、どうなるでしょうね? もし書かれるとしたらこの後は子育て、更年期ですね。色んな意味で楽しみですね・・・


参考作品
「少女革命ウテナ」アニメ

王子様を待つお姫様から王子様を探すお姫様へ

子供のころ王子様に助けられて 王子様に憧れるあまり王子様になった天上ウテナ。 王子様がくれた薔薇の紋章の指輪に導かれ 華麗で豪華な鳳学園へと転校してくる。 なんて書くと可愛げありますが実際はかなりケレンたっぷり。 裏では薔薇の花嫁こと姫宮アンシーをめぐる世界の果てからの招待状による決闘が 行われています。勝者はアンシーを思うがままに出来ます。要するに賞品です。 華やかな舞台とは裏腹にレズ、ホモ、近親相姦などかなり人物関係が入り乱れている。(もちろんヘテロも健在) 最終回ではものの見事に待つだけの少女だったアンシーが自ら殻を壊し、王子様(ウテナ)を探しに行くという 結末。

「本当は恐ろしいグリム童話」 桐生操 ベストセラーズ

一連の残酷な童話ブームを巻き起こした一冊。 似たような本もたくさん出たのでご存知の方もいるはず。 正確には童話を精神分析した解釈をつけくわえて小説に仕立て上げたモノ。 白雪姫の王子様がネクロフィリアだったとか何とか。エロくてグロイことがたくさん書いてあります。 普通に童話を読んできた人には衝撃な内容。 原典の訳をひいたりしている訳ではないのであくまで入門書と考えましょう。バット読みやすさはピカイチ。

お姫様とジェンダー 若桑 みどり ちくま新書
内容(「BOOK」データベースより) コレット・ダウリングの『シンデレラ・コンプレックス』が刊行され、 話題をよんだのは一九八二年。すでに二十年以上になるが、その間、 「白雪姫」「シンデレラ」「眠り姫」などのプリンセス・ストーリーは、 ますます大量に生産され、消費されている。大量に消費されるからその影響力も絶大である。 本書では、ディズニーのアニメを題材に、昔話にはどんな意味が隠されているかを読み解く。 いつの間にか思い込まされている「男らしさ」「女らしさ」の呪縛から、男も女も自由になり、 真の男女共同参画社会を目ざす。

この考察を書くキッカケとなった本です。だいぶこの本からの影響・引用が多いです。




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