いつか

短編集「上海少年」では珍しく時代背景が具体的。
そこで本文から季節や日時、時代を検証してみました。


雪鹿子

1936年(昭和11年) 2月26日
本文から
○年明けてまもない一月末である。昭和十一年は軍縮会議からの脱退ではじまり、
○未明から降りだした雪が深く降りつもったその日、軍部の青年将校の反乱により帝都に戒厳令が出された。


この二文から2.26事件だと思われます。事件当日未明、雪も降っていたそうですからこの日付で間違いないでしょう

2・26事件とは…
「昭和維新」を掲げる青年将校たちが1500名余の兵士を率いて首相官邸や内大臣邸・警視庁・政府中枢機関を占拠、 襲撃し、各要人(斎藤実内大臣・渡辺錠太郎教育総監・高橋是清蔵相)を殺害。陸相官邸等を占拠し、帝都東京を震撼させた未曾有のクーデター。

☆年齢
この設定からすると倉田が亡くなったのが昭和10年の春頃で、享史が16才ですから生まれたのが大正9年になります。 逸子がいくつかはわかりませんが享史より年上なのは確か。だいたい22〜25くらい?



上海少年

1949年(昭和24年) 4月末
本文から
○卵月も末ともなれば、
○敗戦から四度目の春を迎えてもなお、


日本が敗戦したのが昭和20年それから四年後、ということで昭和24年です

ここでの戦争とは…
あえて説明するまでも無いのでしょうが一応。いわゆる太平洋戦争のこと。 第二次世界大戦のうち、アジア・太平洋地域での戦争。1941年(昭和16)12月、日本がアメリカ・イギリスに宣戦布告してから、それまでの満州事変(1931年)および日中戦争(1937年)とともに戦争が拡大、 1945年(昭和20)8月ポツダム宣言の受諾により終結。当時日本では大東亜戦争と呼んだ。

☆年齢
この設定からすると睦は14才(昭和9年生まれ)です。今生きてれば70才と高齢です。 兄の年は少なくとも志願当時は大学生だから〜、学徒出陣ということで25〜29くらい?



満天星

1959年(昭和34年) 4月10日
本文から
○「パレードだよ、皇太子の御成婚。」


まさかこの時代設定で(馬車で都内まわるとか)現・皇太子・雅子様との結婚式ってこともないですから、現在の天皇の結婚式でしょう。昭和34年です。

皇太子御成婚について…
皇太子(現・天皇)、美智子様(現・皇后)の結婚式。午前10時12分、美智子さまは 「皇太子明仁親王妃美智子殿下」になられ、午後2時半、騎馬隊に守られた両殿下の馬車行列は、約8.8キロの沿道を春風に乗ってパレードを繰り広げ、午後3時20分、渋谷の東宮仮御所に入った。

☆年齢
この設定からすると恩は小説中では中二で14才だから昭和24年生まれ。でも房が昭和20年の末生まれだと言ってるので本当は18才(のハズ)。 かなりサバ読んでるねぇ。少し無理があるんでないかい。ちなみに房は30代後半〜40代前半くらいだと思われる。



幕間

1968年(昭和43年)10月21日
本文から
○彼らは劇場を抜け出し、怒号と喧騒の渦巻く新宿駅へ向かった。 〜中略〜学生服の集団と合流した。


新宿駅で起きた学生運動の事件といえば、「新宿騒乱事件」。これしかありません。

新宿騒乱事件とは…
要するに学生運動。 国際反戦デーの10/21、ベトナム戦争に加担するべきではないと、 全国で米軍基地撤去・米軍タンク移送反対・沖縄奪還のスローガンのもとにさまざまデモが 繰り広げられ、防衛庁、米大使館、麹町署などへ押しかけた反日共系全学連各派は夕方新宿駅に 向かい、午後7時頃には群集を含め数千人が駅周辺に集結、8:45頃から塀や柵を破って 線路、ホーム、駅舎に乱入、排除しようとする警官隊や停車中の線路に投石し 列車ダイヤをマヒさせるなどして占拠、群集と機動隊が衝突、一大闘争を展開した。

まさに時代を象徴するような事件です。
もっと詳しく知りたい方はコチラ。

☆年齢
この設定からするとこの設定だと暁が18才(昭和25年生まれ)橙子が19〜22くらい(昭和24〜21)



白昼堂々

1976年(昭和51年)12月20日〜25日頃
本文から
○ヴィスコンティやエルンストの悲報も相次いだ年も暮れて、一九七六年も残すところあと十日あまりとなった。
○その日は土曜日とクリスマス聖誕祭が重なり、


ヴィスコンティとエルンストが亡くなったのが1976年。どうやらその年のクリスマスの物語のようです。本文で省子が凛一に勧めていた画家クレインについても少し。

ヴィスコンティとは…
ルキーノ・ヴィスコンティLuchino Visconti(1906―1976)。イタリア映画界を代表する巨匠の一人。 映画監督であり演劇・オペラの演出家。彼の作品はネオ・リアリズム、雄渾、華麗、そして頽廃美、 絢爛たる様式美に溢れている。代表作は 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 、『夏の嵐』、『家族の肖像』など。特に 『ヴェニスに死す』 は美少年ビョルン・アンドルセンが登場するので好きな人は要チェック。 (この少年、監督がヨーロッパ中を探し出してやっとこさ見つけたそうな)

エルンストとは…
シュールレアリスムの代表的作家マックス・エルンストMax Ernst(1891−1976)。フロッタージュやコラージュ、グラッタージュなどの技法を発見、駆使し、「博物誌」や「百頭女」など、独自の世界を描いた

ウォルター・クレインとは…(Walter Crane・1845−1915)絵本の父、と呼ばれる偉大なイラストレーター・画家・デザイナー絵本画家・挿絵画家。 ジョン・ラスキンに見いだされ、1862年イラストレーターに。 その後、様々な作品で絵本のテクニックを開発。後世の作家たちに大きな影響を与える。 モリスら(イギリス・ラファエル前派運動)とともにアーツ・アンド・クラフト運動を進め、 社会主義運動にも参加した。主な作品は『ジャックの建てた家』(1865年) 『The Baby's Opera 幼子のオペラ』(1877年) 『ABC絵本』など



☆年齢
この設定からすると凛一がこの話のなかで中3、15才、昭和31年生まれ、省子は高校生。(どうやら芸術系の学校らしい)氷川も同じくらい。

余談ですが、どうしても凛一の絵の好みが長野さんの趣味とそのまんま被っているようにみえます…




おもしろいのは時間が1930年代から40年代、50年代、60年代、70年代(昭和10、20、30、40、50)と 頁を追うごとに新しくなるように構成されているところ。 (季節も冬から春、何故か夏がないけど秋、そしてまた冬へと帰るように並べてあります。


思えば昭和って日本の近代化を象徴する激動の時代だったんですね〜 2・26事件に始まり、敗戦、皇太子様(現・天皇)の御成婚に学生運動、新しい芸術運動…。
長野さん自身はハードカバーでも文庫本でも特に昭和について触れてませんでしたが、 この時代にこだわりがあるのは他の作品をみても一目瞭然。描きたかったのは"昭和"という時代 そのもの。旧きよき東京、昭和時代、ノスタルジックな郷愁溢れる風景…だったのではないでしょうか。



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