■酔眼朦朧(すいがんもうろう)





・・・またかよ。

目を覚ました俺は、絶句する。
とたんに殴られたように痛む、頭。
うわ、頭・・・痛ぇ。
後頭部が重く、石で殴られた後のようにズキズキする。
脳みその中で重そうな玉がグルグルと回っている。
このままぶっ倒れてしまいたいぐらいにグラグラなのに、
さらに俺にとどめを刺すような現実が、目の前には転がっていて。


ちょっと待てよ。 ――俺は今、どこにいる?
頭全体にジンジンする鼓動を感じながら、どうにか周囲を見回した。
顔を上げたとたんに、ぐるっと世界が一回転する。
・・・ぐちゃぐちゃに散らかっている、俺たちの部屋。
そうだ、今夜は飲もうって中津たちが押しかけて来て・・・。

のどが渇いて変な味の水を飲んだところまでは覚えている。
それから記憶が無い・・・ということは、
また俺は間違えて酒を飲んでしまったということか。
どうやら俺も芦屋も、片付ける間もなくぶっ倒れたらしい。
誰もいないということは、中津たちは既に退散してしまったんだろう。

ああ、気分が悪い・・・。
・・・張り倒されたような気分の中、もう一度視線を手前に戻してみる。
目の前に寝ているのは紛れもなく、芦屋。
そして間違いない、ここは俺のベットの中だ。
こいつ、また寝ぼけて俺のとこへ入ってきちまったのか・・・?
気が遠くなりそうだった。


・・・くそっ。
まったく、どうしたらいいんだよ。
最悪の気分の中、にらみつける。
どうしていつも、こんなに無防備でいられるんだ、こいつは。
途方に暮れた俺は、ふてくされて片手で頬杖をついた。

低くなった俺の目線の先に、芦屋の寝顔があった。
・・・思ったよりもまつげが長いな。
細い首筋が見える。そのまま視線を下げると鎖骨から下へと続く胸元が見えた。
思わず目が離せなくなる。頭がグラッときて、肘をついた腕ごと後ろに倒れそうになった。
何を考えているんだ俺は。

駄目だ、頭が鉛みたいに重くて何も考えられねぇ・・・。
とりあえず酔いのせいにしてみる。
お前のせいだよ。お前が寝ぼけてこんなことするから・・・。深いため息が出た。

今の俺たちは、2段ベットの下に二人きり。
すぐ近くで感じる吐息が俺の中の何かを加速させていった。
胸の奥が苦しくなる。呼吸が苦しい。何がなんだかわからなくなりそうだ。

眠っている芦屋の耳元には、後れ毛がかかっていた。
少し指で髪を整えてやると、ほほに指先が触れた。
その肌はとてもやわらかくて弾力があった。
もっと触れてみたいという欲求が俺の中で頭をもたげる。
芦屋はよく眠っているようだ。
安心しきった寝顔には、俺への警戒心など微塵も感じられない。
・・・俺は吸い寄せられるようにして、あいつの耳元へと顔を寄せた。



時間が止まったような気がしていた。それは感覚的なものだったかもしれない。
俺は芦屋のこめかみに、軽くそっと唇を触れた。
髪からはかすかにシャンプーのいい香りがした。
ふいに独り占めしたい衝動に駆られる。
俺は芦屋の背中にそっと手を回して抱きしめた。

やべぇ、とまんねぇ・・・かも。

心臓がバクバクして全身が脈打ってるみたいに響いてた。
酔いが俺の限界へとカウントダウンしている。
指が、手が、触れた部分に全部の神経が集まってるみたいだった。
とりあえず目を閉じ、こいつの事だけを考える。・・・俺はそのまま芦屋の髪へと、顔をうずめた。

「ん・・・」
あいつが寝ぼけてこちらを向いた。
華奢な肩、細い首筋、微かに感じる甘い吐息。
こいつが本当は女だっていうことには、とっくに気づいてた。
いつからだろう、こんな気持ちに気づいたのは。
本当はこんなところにお前を置いておきたくない。
いつバレるかって思うだけでも、気が気じゃないくらいなのに。
それでも俺は本当のことを話すことさえ出来ない。・・・このまま、そばに置いていたいから。


―――離したくない。
俺は芦屋の顔を上向かせて、口元に自分の唇を重ねた。


芦屋の唇はとても柔らかで、小さくて、いつまでも触れていたい感じがした。
「ん・・・ぁ・・・」
唇を離すと、芦屋が息を吸い込み、小さく息を漏らした。
それが妙に色っぽく感じて。

すべてわかって ――― 俺を、誘っているようで。

とたんに抗いがたい衝動に駆られた。
こいつを、誰にも渡したくない・・・。抱き寄せる手に力が込もった。





「・・・ん、なに・・・?佐野ぉ・・・」
突然、芦屋が寝言を言った。
その瞬間、俺も我に返ってガバッと身を引き離す。


「ん―――っ、大丈夫だってば、大丈夫・・・」
芦屋は意味不明な言動を吐きつつ、ふにゃふにゃとした顔をして笑っている。
どうやらこの状況に気がついてはいないらしい。


まったくもう・・・こいつって奴は。
軽く呆れながらも、内心俺はホッとしていた。


一体何の夢を見ているのか、芦屋は本当に幸せそうな顔をして眠っている。
寝顔を見ていたら、なんだかたまらなく愛しくなった。
こいつを、誰にも渡したくない・・・さっきとはまた違う意味でそう思った。

やっぱり俺が見ていてやんないと、危なっかしくて何するかわかんねーよな・・・。

握りしめた手に冷や汗をかいている自分に気がついた。
俺もしょうがない奴だと苦笑いする。
不意にやっていることがばかばかしくなって、俺は長い長いため息をついた。



部屋の空気はすでに冷たく、隣で芦屋の肩がぶるっと震えた。
そろそろ夜ともなると冷え込んでくる時期だ。
酒が入っているとはいえ、このままじゃ湯冷めしちまうよな・・・。

俺は芦屋に肩まで布団をかけてやった。
かけた後に、なんとなくポンポンと軽く肩をたたいてやる。

身体を動かしたせいか酔いが回って、また頭がグラッとした。
今度はものすごい睡魔も一緒になって襲ってくる。
身体全体が、まぶたが、ひどく重たくて。俺は耐え切れず、仰向けになってベットへと沈み込んだ。

もう・・・限界だな。

俺はどうにか枕の下に腕を差し入れ、あいつを腕枕するような形で眠りについた。
目を閉じると、頭の奥から吸い取られ、奈落の底に落ちていくような感じがした。
辺りはだんだんと漆黒の闇に覆われ、入り口は遠く離れていき、最後には閉ざされてしまった。
どこまでも続く深く暗い淵へと沈んでいきながら、俺はぼんやりと考えていた。

芦屋・・・起きたらきっとびっくりするんだろうな。

寝ぼけて一緒に寝てるんだ。起きて目の前に俺がいたら、ショックはかなり大きいだろう。
朦朧とはしていたが、その様子を想像すると可笑しくて、思わず口元に笑みがこぼれた。
俺をこんなに幸せな気持ちにさせてくれるなんて、芦屋、おまえってやっぱすごい奴だよ・・・。





お前が誰かなんて、今の俺には関係ない。
この先――何があっても、お前は俺が守るから。
だから、芦屋。 お前は俺のそばにいろよ・・・。



夢の中に、俺の気持ちがこぼれた。





















「花ざかりの君たちへ」の中津事件と映画のエピソードで妄想しました。佐野が壊れてます・・・。
本当はもっと妄想が膨らんでいたんですけれども・・・(笑)
最後の言葉はあれですね、22巻の佐野の言葉です。きっとね、彼は事あるごとにこういうことを思っていたと思うのですよ。
だからこそあんな言葉がすらっと出てきたんじゃないのかな。高校生のクセに、すごい殺し文句をいう子ですよね。

酔眼朦朧(すいがんもうろう)とは、「酒に酔って目も意識もぼんやりし、はっきりしないさま」のことです。
 酔ったらさすがに佐野の理性も壊れるんじゃないか・・・な感じで書いてみました。
 お気を悪くされてしまったらごめんなさいね。

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