■竜達からの贈り物(2)



「・・・・・!」
リゾレットたちから遠く離れた空の下、花の都の王子エスター・ギーディング・ギディングスは
朝の見回りの最中、誰かが自分を呼んだような気配を感じて注意深く辺りを見回した。

「・・・・・リズ?」
昨晩姿を消した、リズの気配を感じたような気がした。
だが、後を追ったノアルの報告では、彼女は異世界への扉の方向に向かったと聞いている。
またいつものように英国に帰ったのかと思っていたのだが・・・そういえばマスターからはまだ何の連絡もない。

「王子さま、例の黒い穴は今朝方また口を開けていたようです」
静かに考え込んでいたエスターに、合流した見回りの騎士が近づいて来て報告した。
「―― 昨晩から今朝方までという事か?」
「夜の見回りのものは何も言っておりませんでしたので・・・それ以降の時間なら可能性はあります」
エスターの脳裏には、ある推測が思い浮かんでいた。――― まさか。

「王子さま、あれは何でしょう」
騎士たちの一人が、向こうから飛んでくる竜便に気がついた。
「マスターの竜便だ」
しかしその竜は、リゾレットが向かったはずの扉とは全く違う方向から飛んできていた。
あそこの方角には、先日黒い穴で行方不明となった隊商の荷物が発見された森がある・・・。

「・・・ハーリィ、君はこれから交代の者を連れて、城の警備へ戻ってくれないか。
 残りの者はこのまま、先日消えた隊商の追跡調査に向かう。―― ついてきてくれ」
王子の一行は二手に分かれ、エスターは残り半分の指揮を取って、竜便の来た森の方角へと進路を変えた。

「ノアル、君は近くの村に行って行方不明の人物たちの消息を追ってくれないか。
 あれだけの荷物がどこかに流れているなら、きっと何か動きがあるはずだ。
 ―― 何かあったら連絡を頼む」
ノアルは亡き叔父である石の都のオーデル公が信頼を寄せていた忠実な騎士の一人だ。
叔父が暗殺された後、森の都のアヴィヴァン王子とギルデモン協会の事件を解決して以来、義理堅くこうして仕えてくれている。
この中で彼よりこういった行動に秀でた人物はいないだろう。

「わかりました」
ノアルは快くこの件を引き受けると、竜を大きく旋回させて、近くの村へと静かに降下していった。



その頃リゾレットたちはまだ、泉のほとりで突然現れた屈強そうな男達と対峙していた。
男達はみな武器を片手にじりじりと距離を詰めてきており、今にも襲ってきそうな勢いだった。

「ビッババット!起きて、こいつらに飛び掛れ!」
その容貌にふさわしいよく通る声で、フローリオは勢いよく翼猫のビッババットに呼びかけた。
主人の突然の命令に、ビクッとビッババットは起き上がる。
――しかし、夜行性の彼は眠そうにこの状況を一瞥すると、大きく伸びをしてまた元の眠りについてしまった。
「ビッババット〜〜」
フローリオはあまりの不甲斐無さに泣きそうになり、当てが外れたマスターとリズはあからさまにがっくりと肩を落とした。

「やっちまえ!」
一人の男が大きく掛け声を上げると、男達は同時に声を合わせて思い思いの武器を振り上げた。
「きゃあああああ〜!」
森の中にリゾレットの悲鳴がこだまする。

その時、激しい音と共に突然頭上から何かが降下してくる音がした。
「・・・シェル!!」
目の前に大きな翼を広げて、黒い穴の中ではぐれてしまったリゾレットの竜、シェルが舞い降りた。
シェルは黒い穴から放り出されたときにでもケガをしたのか、羽のあちこちに大小さまざまな傷をつけていた。
それでも主人を守るためにとその傷ついた羽を広げ、するどい足のつめや声で威嚇しながら果敢に男達へと挑みかかる。
リズはその変わり果てた羽の様子を見て、放り出された瞬間に彼女のそばにいてやれなかった自分を深く悔いた。
「やめて!無理をしないで、シェル!」
「わ〜、リゾレットさん、あぶないっ!」
リゾレットは自らの置かれた状況も忘れ、ただもうシェルの羽を気遣う一心で思わず前へと進み出た。

「と、とにかくこいつを捕まえろ!」
リゾレットがシェルの主人だと理解した頭らしき男が叫ぶと、男たちは一斉に彼女を捕まえようとして向かってきた。

「・・・まったく、あいつは肝心なときに役に立たなくって涙が出るよ」
ため息混じりにごちりながら、すばやくフローリオがすらりと剣を抜いて前に出る。
「リゾレットちゃん、ここは僕に任せて、早くシェルと一緒にはなれて!」
フローリオは、シェルをかばおうとするリゾレットと男たちとの間に割って入った。

「リゾレットさん、早くこっちに!」
後方からはマスターが、今しがたまで修理をしていた飛行船のハッチを開けて呼び込んだ。
「シェル、お願い、飛んで!」
リゾレットはシェルに飛び上がるよう指示をして、その姿を確認しながらマスターを追いつつ一直線に飛行船へと駆け込んだ。

飛行船の修理は一応終わったものの、まだ飛べるかどうかのテストをしていたわけではない。
「マスター、この飛行船、ちゃんと飛べるの?」
運転席まで駆け込みながら、先ほど修理をしたばかりの箇所を見てリゾレットがマスターに聞いた。
「直せる所は全部直しましたからね。理論上はこれでもう飛べるはず・・・」

マスターが飛行船のエンジンを始動させると、辺りにはいつものように軽快な始動音が鳴り響くはずだった。
・・・ぷすん。
リゾレットとマスターの間に一瞬の沈黙が流れる。

突然、ガンガンと飛行船を殴る音が内部に大きく響いて、二人を現実に引き戻した。
「マスター、男たちがハッチをこじ開けようとしているわ!早く、早く飛び上がって!」
「うぬぬぬぬっ、え〜い、飛べっ、飛ぶんだ〜〜!!」
「飛ぶのよっ、飛べっ、お願いっ、飛んで〜〜!」
あせった二人はありとあらゆるスイッチやレバーを触りまくるが、一向に飛行船は動き出さない。

「んも〜!飛べって言ったら飛ぶのよっ!」
どんっ!
ヤケになったリゾレットが力いっぱい操縦席をたたくと、飛行船はぐらりと大きく傾き、その拍子にエンジンが始動し始めた。
「え、あ・・・?やった!?」
「わ〜リゾレットさん、偉いっ」
マスターは半ば叫びながら喜んで、ぐっと操縦レバーに力を込めた。

「ええいっ!飛行船よ、今度こそ飛び上がれっー!!」
マスターが渾身の力を込めて操縦桿を引くと、飛行船は大きな軋み音を立ててゆっくりと宙に舞い上がった。
「や、やったぁ〜〜!」
二人は手をたたきあって、ひとしきりこの脱出の喜びをわかちあった。

一方、フローリオの方はまだ男たちと剣を交わしていた。
しかし所詮は多勢に無勢。シェルが飛び立ち、飛行船が離陸したことを確認すると、
男たちが気をとられている隙に、自分も長居はすまいと身をかわして退散することにした。

「待て!」
男たちはフローリオの背に口々に罵声をあびせ、何人かは手にした武器をフローリオに向かって投げつけた。
「どっこい、待つほど暇じゃないんでね!」
走りながら上着を脱ぎ捨て追っ手に向かって投げつける。幾人かの追っ手には効果があったようだが、
既に気のたった男たちの歯止めにはならないようだった。
後ろを振り返ったフローリオの目の前には、男たちの投げつけた武器がまだいくつも飛んできていた。
「う、うわぁっ!」
避け切れない。そう直感して、次にくる衝撃を予感してフローリオは思わず身を硬くする。

「・・・!?」
次の瞬間、彼の身体は何か大きなものにはじかれるようにして突然空中へと舞い上がった。
気がつけば何か温かいものにくるまれながら、すごいスピードで空へ駆け上っていっているのが分かる。
「ビッババット!」
フローリオが眼を開くと、そこは男たちの目の前をすり抜けるようにして飛ぶビッババットの腕の中だった。
さすがに主人の危機だと察した彼が、飛んできた武器が当たる直前にフローリオを助け出したのだ。

「・・・お前。もしかして、主人がこうなるまで待ってたんじゃないだろうね」
眼下に遠ざかる男たちを見下ろしながら、ホッと胸をなでおろしつつ、フローリオが厭味半分でそう言うと、
ビッババットは肯定とも否定とも取れる鳴き声をあげ、主人のご機嫌を伺うようにとゴロゴロとのどを鳴らした。



「フローリオ!大丈夫だった?」
空中で合流したフローリオに向かって、リゾレットが声をかけた。
「大丈夫さ。君のためなら、こんな試練の一つや二つ」
自分のために心配そうなリゾレットを見て機嫌を直したのか、フローリオは投げキッスをしながら微笑み返す。
「よかった。その調子なら大丈夫そうですね」
マスターは満足げにうなづくと、上着のないフローリオのために自分の荷物からマントを差し出した。
「まぁね。僕は女性を守ることにかけては深いポリシーを持ってるからね」
フローリオはマントをありがたくいただくとさっと粋にかぶって、リゾレットに向かいウインクを一つした。

「・・・さて、マスター。あまり高く飛ぶと追っ手に見つかりやすい。
 この先に僕が移動に使っている秘密の抜け穴がある。そこに向かってできるだけ低く飛ぼう」
「そうですね。シェルの手当ても必要だし、ひとまずはそこに身を隠しましょう」
「あそこに見えてきた岩穴の奥が、実は山を越えて隣国へとつながっている。
 ただ、道は複雑で隠されているから、知っている者はそう多くはないだろうけどね」

三人は念のため、近くに飛行船を隠してから岩穴へと入ることにした。
「ここは僕の師匠に教えてもらった洞窟だ。中は複雑だけども、僕にとっては庭のようなものだからね。
 安心してもらっていいよ」
フローリオは高地の都の世継ぎの王子である割には謎めいたところが多く、個人行動も多い。
奔放な彼の性格と恐るべき順応力、そして意外に強い剣の腕がそれを可能にしているのだろう。

リゾレットは、その姿も性格も全く違ってはいたが、同じように篭にとどめて置けない人物を知っていた。
”エスターに、逢いたい・・・。”
頭の片隅にその姿を浮かべただけでも、気持ちはあふれてとまらない。
自分自身の気持ちを整理しようと起こした行動こそが今回の事件の発端なのに、想いはいつも彼の人のもとにあった。

羽を休めたシェルに、マスターが持っていたツムラムルムの傷薬を塗りこめていると、
シェルは主人に向かって治療をしてくれた感謝と、その伝わってきた哀しみへの慰めの声をあげた。
花冠竜の優秀種であるシェルには心話能力があり、主人の心情を大筋で汲み取ることができるのだ。
「ありがとう。シェルにはいつも困ったときに助けてもらってばかりね」
思わず涙ぐんだリゾレットを、マスターは黙って見つめていた。

「おかしいな・・・ここにあった目印の石が取り去られている」
洞窟の中を点検しながら、フローリオはいぶかしげな声をあげた。
壁のあちこちを触っては、何かが気になる様子でつぶやいている。
彼はシェルの手当てをするリゾレットとマスターを残して、さらに洞穴の奥へと入っていった。

「・・・これは!」
洞穴の突き当たり、広間のように窪みが広がっているところに、おびただしい数の荷物が積み上げられていた。
「まさかこんなところに隠してあったとはね」
フローリオは荷物の一つ一つを点検しながら、確認して回る。
「間違いない、これは高地の都を出て、花の都に向かった荷物の一部だ」
一体誰がこんなところに・・・。

「フローリオ王子!森の都の竜が何頭かこちらの方に向かってきます!」
考え事をしていたフローリオのところに、マスターがすごい剣幕で駆け込んできた。
「なんだって?・・・じゃあこれには彼が関係しているのか?」
彼らの脳裏には海底国でアヴィヴァン王子に受けた悪夢がよみがえっていた。
「どうしよう!このままじゃ見つかってしまうわ」
リゾレットは傷ついたシェルを隠せる場所がないかと慌てて辺りを見回した。

「リゾレットちゃん、こっちだ」
フローリオがそばにあった石を動かすと、広間の正面にあった大きな壁が動いて、中から秘密の通路が現れた。
「早くこの中へ」
通路の中は意外と広くて、正面には枝分かれした道がずっと続いていた。
シェルやビッババットでは高さ的にきつめだが、人が入るにはまだ十分な余裕があった。

皆が中に入り、フローリオが石の扉を閉めて上部の隙間から入り口の様子を伺っていると、
まもなく降り立った竜には、思ったとおり森の国のアヴィヴァン王子が乗っていた。
「・・・王子、これが例の荷物です」
つかつかと先頭に立って歩んできた男が、中にあった一つの荷物を指し示す。

”・・・あれは!?”
石の扉の陰から見つめていたフローリオが、その荷物を見て思わず息をのんだ。












































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エスターの登場はお約束の「・・・リズ?」から始めてみました。(萌え・笑)
でも、シビアでクールな王子さま。私にはなかなか難しいです・・・。
今回も過分にフローリオ萌え。でも頑張っているのにいつでもリズは天然で空回り。
いいところはことごとくエスターに持っていかれてしまうのが、とってもかわいそうなところです(酷)


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