■竜達からの贈り物




ここは巨大な雛菊・ライトルーアの花咲く都、ギルディリエック。
その夜明けにはまだほど遠い夜更けのこと。
異世界から来た王子妃リゾレットは、いましがたまでそこにいた王宮に向けて、
いまでは見ることも少なくなった希少な竜、金色花冠竜のシェルにまたがりながら密かに小さくつぶやいた。

「エスター、ごめんなさい。
 今の私にはこうすることしかできないの・・・」

いつも明るい性格の彼女の顔には、めずらしく何かを思いつめたような翳りがただよっていた。

「とりあえずは偉いドラゴンズにたのんで英国に戻ろう。
 それから、落ち着いてよく考えるわ。皆にとって何が一番いいのかを・・・」
彼女は何かの決意を持って一人で城を抜け出し、英国に帰ろうとしているようだった。


城を出てしばらくたった頃、そろそろ偉いドラゴンズのいる世界と世界の合わせ目に差し掛かるというあたりで、
リゾレットは大空の真ん中に、満月の月明かりにさえ向こうの見えない
漆黒の大きな穴のようなものが開いていることに気がついた。

「・・・何かしら。あそこだけ向こうの景色が見えないなんて・・・。
 偉いドラゴンズのいる合わせ目の入り口ってあんなふうだったかしら?」
はじめて見た大きな穴を不審に思いながら、しげしげと眺めつつ飛んでいると、
突然、シェルは穴に向かって猛スピードで飛びだした。

「シェ、シェル!?どうしたのよっ!」
ものすごいスピードと風圧に押されながら、リゾレットはシェルの頭を腕越しにしてのぞき見た。
どうやら彼女は穴に向かっているのではなく、穴からものすごい力で吸い込まれているらしい。
彼女は精一杯踏ん張り、もがきながらも何とかして穴から脱出しようとしているように見えた。

「シェル、頑張って!このままじゃ私たち、あの穴の中に吸い込まれてしまうわっ」

シェルはその青紫色をした大きな羽で、今や死に物狂いとなって風に抵抗しようと試みている。
しかし大きな穴は強いうねりをもってその抵抗を無視し、
まるでブラックホールのように二人を含め回りのすべてのものを次々と飲み込んでいってしまった。

「きゃああああ〜〜〜〜〜っ!!」
吸い込まれる真っ暗な空間の足元には、今しがた吸い込まれた入り口と、
どんどんと遠ざかるライトルーアの景色が見える。
ああ、ギルディリエック!去ろうとは思っていたけど、こんな風に去ることになるなんて!
リゾレットの胸に最愛の人物の面影が浮かんだ。
「エスタ ――――!!」
しかし差し伸ばした手はむなしく空をかき、もはやギルディリエックの風景は見えなくなってしまっていた。


あたりは目を凝らしても何も見えない真っ暗な空間が続いていた。
落ちているのか流されているのか、今自分が吸い込まれている方向は上か下かもわからない。
「シェル!どこなのっ?大丈夫!?シェル!!」
リゾレットの呼び声は、暗くよどんだ空間に何度も繰り返し響いていた。
「シェル・・・」
はぐれてしまったのだろうか、シェルからの呼び声は全く聞こえない。
リゾレットはシェルとはぐれたことに加えて、この暗闇から来る漠然とした不安にもじっとこらえて戦っていた。

どれくらい時間がったのだろうか、徐々に流されるスピードは緩やかになってきた。
吸い寄せられる方向に目をやると、彼方の方に小さい光がともる。
そのまま光はだんだんと大きくなり、こちらに向かって急速に近づいてきた。
どうやら出口が近づいているらしい。
「い、いったいどこに放りだされるのかしらっ」
思わず身構え、空中に放り出されたリゾレットの目の前には、
その視野いっぱいに広がる水面のようなものが見えた。


「つっ、冷たいっ!」
頭から水溜りに突っ込んで、あまりの冷たさにたまらずリゾレットは叫んだ。
常春の国ギルディリエックにしても水浴びをするにはまだ少し寒い。しかも服は着たままだ。
「もぉ!どうしてこんなことになったのかしらっ。偉いドラゴンズってば、いったい何をしているの!」
ざぶざぶと怒りに任せてすごい勢いで泉から上がると、すぐそばから聞いたことのあるような声が聞こえてきた。

「あら、リゾレットちゃん、どうしたの、こんなところで」
大抵のことにはどうじないような明るい声。高地の都のフローリオ王子だった。
「水もしたたるいい女・・・と言いたいところだけどね、ここは泳ぐにはまだちょっと早いと思うよ」
にっこりと、得意の満面の笑みで迎えてくれる。

「どーしたもこーしたもないわよっ、偉いドラゴンズのところに行こうとしたら、
 黒いおっきな穴にいきなり吸い込まれちゃって、シェルとははぐれちゃうし、こんなとこまで飛ばされちゃうしで・・・」
フローリオに毛布をかけられ暖かい焚き火の近くまでつれてこられると、リゾレットはホッとして思わず涙が出そうになった。
「よしよし、それは大変な思いをしたね。そうか、やはりあの穴はここにつながっているのか・・・」
「フローリオ、あの穴を知ってるの?」
「ここ最近、あそこを通るもの達がいずれもどこかに消えているからね。
 今もここに行方不明の隊商の荷物が落ちていたと聞いて、急ぎ駆けつけて調べていたところさ」

「あの穴って、いったい何なのかしら?」
リゾレットはフローリオから暖かいハーブティーを受け取った。
「さぁね。おそらくはエスター王子も、何か調べてはいるんじゃないのかな」
「エスターも・・・」
フローリオが思わずもらしたエスターの名に、リゾレットは敏感に反応し黙りこくってしまった。
自分のしでかしてしまった失態に気がつき、フローリオはうろたえる。

「ま、まぁリゾレットちゃん。暖かいものでも飲んで、そろそろ着替えたら。
 幸いトランクは水に落ちてはいなかったし、・・・なんなら僕が着替えさせてあげようか?」
高地の都の王子の頬に、大きな音を立ててリゾレットの平手打ちが飛んだ。
「けっこうよっ、自分でちゃんと着替えます!」
「あいててて・・・ひどいなぁ、リゾレットちゃん。
 でも、元気が出たね。―― それでこそ、リゾレットちゃんだ」

少し赤くなった頬をなでながらウインクしてくるフローリオに、
リゾレットは元気付けられていたということを知り、少し恥ずかしくなる。
それでも引っ込みがつかなくて、気恥ずかしさからトランクを引っつかみテントへと歩き出すと、
フローリオが後ろから、そんな彼女をからかうようにして声をかけた。

「お休み、リゾレットちゃん。僕はここで休むから。朝には目覚めの口付け待ってるからね」
頬杖をついて、にこやかに片手を振っている。
「もぉ、フローリオったら!知らないっ」

リゾレットは彼の優しさに感謝しつつ、フローリオのそばで安堵している自分に気がついた。
「もし、ここにいたのがフローリオじゃなかったら・・・」
いまさらながらに無謀なことをしている自分に気がつき肝を冷やす。

「エスターに知られたら、また怒られちゃうわね・・・」
いざというときのことを考え、念のためにと動きやすいチュニックに着替えながら、
リゾレットはまた、最愛の人ならそうするであろう反応を思い浮かべていた。
そして同時に、こうして城を抜け出すことになってしまった原因のことも。
思い出すとじんわりと涙があふれ、また泣きそうになってしまう。・・・いけない、こんなことでは。

「こうしちゃいられないわっ。まずは、いなくなったシェルを探さなきゃねっ」
自分を鼓舞して立ち上がる。
そうよ、ここまで行動を共にしてくれた、私のかわいい金色花冠竜のシェル。
彼女はどこに行ってしまったのかしら。
その時、テントの外から大声と共にリゾレットの落ちてきたあたりで何かの落ちる音がした。

「ど、わぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
「あの声は・・・、マスター!?」
リゾレットはテントから飛び出し、ずぶぬれになって水溜りから上がってくるマスターのもとに駆け寄った。
「わ〜〜♪リゾレットさ〜ん!!探しましたよ〜!」
マスターの方もリゾレットに気づいて駆け寄ってくる。
二人はいつものお決まりの挨拶を交わし、この辺境の地での再会を喜び合った。

「マスターもあの黒い穴に吸い込まれちゃったの?」
さっき自分がそうされたようにマスターに毛布を手渡しながら、焚き火の近くに座ってリゾレットは聞いていた。
「そうなんですよ。僕もあの穴からいきなり吸い込まれちゃって・・・こんなとこにつながっていたんですねぇ」
マスターが周りの景色を仰ぎ見ると、その肩に一緒に飲み込まれてきたのであろう小さな小型の竜がとまる。
「僕たちがここにいるということを知らせてきておくれ」
マスターがそういうと、小さな竜はうなづき、そのまま大空へと飛び上がっていった。

「マスター、エスターにここを知らせるの?」
リゾレットは先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
”エスター・ギーディング・ギディングス”
愛しいはずのその名を呼ぶと、今は胸の奥がきゅうっと絞られるように痛んで切なさが増した。
「いいえ、バイトのアーサー君宛てだから大丈夫ですよ。
 それよりリゾレットさん。今回はどんな面白そうな旅をしようと思っていたんですか?」

いつものようににこやかに微笑むマスターに、リゾレットは思わず良心が痛んだ。
「ごめんね、マスター。今回はこんな危ない旅をしようと思ってはいなかったんだけどね・・・」
理由を口に出せないでいるリゾレットに、マスターはそれ以上追及しようとはせずに、彼女の肩にそっと手を乗せた。
「いいんですよ、気にしないでください。
 僕はリゾレットさんの気がすむまで、どこまでもお供をしますよ」
「ありがとう、マスター・・・」
マスターはこの世界の事をよく知る、たのもしい相談相手だ。
その彼に本当の事を言えないのは心苦しかったけれども、彼はきっとわかってくれる筈。
だからこそ、心許せる友なのだ。


「マスター、あそこに浮かんでいるのは君の飛行船じゃないか?」
フローリオが指差したあたりには、マスターがいつも乗っている飛行船が浮いていた。
「よかった。着地点が水だったし、それほどいたんではいないみたいですね。あれならすぐ直りそうだ」
三人はロープを持ち出して、泉から力をあわせて飛行船を引っ張りあげた。

「あの穴がここにつながっていることが決定だとすると、隊商たちはどこへ行ってしまったんだろう」
飛行船の補修を手伝いながら、フローリオはマスターに聞いていた。
「どうなんでしょうねぇ。移動のルートに使うにしては、あれはずいぶん物騒な道でしたからね。
 隊商たちの荷物がここに落ちていたということは、落ちたあと誰かに襲われたってことも考えられますねぇ」

”――誰かに襲われた?”
一瞬、三人の頭の中に不安がよぎる。

「そこを動くなっ!」
背後から鋭く叫ぶ声がした。
「わーっ、なんだかお約束っ」
思わず叫んだ三人が恐る恐る振り向くと、樹々の陰から盗賊らしい屈強そうな男たちが現れた。
男たちは武器を片手にじりじりと近づいて、徐々にこちらとの距離を縮めていく。
リゾレットたちは多勢に無勢な状況に加えて、後ろには泉で逃れる場所もなかった。

”――― エスター、助けて!”
追い詰められた状況の中、リゾレットは心の中で最愛の人物の名前を呼んだ。




































(2)へ続く。


フローリオが私の妄想フィルターの毒牙にかかっています。
エスターとフローリオの服を交換させたいだけだったのに、ぜんぜんそこまでたどり着けませんでした(笑)
そのうち収拾がつかなくなる気もしますが、とりあえずは続きということで。


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