「なーにぃ? リュミちゃん。せっかくの日の曜日にお話があるだなんて・・・」
ドアからひょっこりと美しい顔を覗かせたのは、夢の守護聖オリヴィエだった。
「おやー? オリヴィエ。あなたもお茶に呼ばれたんですかー?」
すでに香りに良いお茶を啜り、いつもの人懐っこい笑みを浮かべて地の守護聖ルヴァがオリヴィエを迎えていた。
「ようこそ、オリヴィエ。わざわざお越しくださってありがとうございます。さう、どうぞ」
部屋の主であるリュミエールが、いつものように自慢のハーブティーをオリヴィエに勧めた。
「ところでなーに? いつものお茶会とは違うってのはなんとなくわかってるんだろけど・・。ルヴァまで一緒ということは、なにか相談ごとかしら?」
勘のいいオリヴィエは一口お茶を啜ると、さっそく本題を切り出した。
「ええ。わたくし一人ではどうすれば良いものやら、なかなか考えが浮かばなくて・・・。お二人に力をお貸し頂ければと・・・」
「あー、リュミエール。どうぞ遠慮せずに何でも言ってください。私に出来ることでしたら喜んで協力しますよー」
守護聖の中で一番年長であり、その知識の豊富さと温厚で誠実な人柄から皆から好感を持たれているルヴァのその言葉に、リュミエールは心強さを感じた。
「ありがとうございます、ルヴァさま。実は・・・」
リュミエールは昨夜の出来事と、クラヴィスとアンジェリークのことを自分の感じたことを交えて語り始めた。
・・・どれくらいの時間が過ぎただろうか・・・。テーブルのお茶は冷めてしまっていた。
三人とも暫く沈黙の中にいたが、まず最初にオリヴィエが口を開いた。
「・・・・なるほど、どうりでね・・・。最近、何だかあの二人様子がおかしいなって思ってたんだ。最初の頃は幸せそうな二人の姿をよく見かけていたのに、ここ何日かそんな姿も見かけないし・・・」
「あーー、そういえばそうですねぇー。それにアンジェリークも段々と元気が無くなっているみたいでしたしねぇ」
こうして聞いてみると、他の守護聖たちも二人の様子の変化に気づいていたようである。リュミエールはなんとなく嬉しかった。
「そして、その原因がクラヴィスの男としての本能にある・・か」
「オ・・・オリヴィエ。そ、それはちょっと露骨な表現ですねぇ」
オリヴィエの実感のこもった言葉にルヴァは少々顔を赤らめた。
「あら、そうかしら? だってそんなの当然でしょ! 相手は守護聖とはいえ普通の生身の男。そして女王補佐官とはいえ、普通の生身の女。まー、ちょっち若いかもしんないけど・・。その男と女が恋をして、愛が実った。とすれば、男として心だけじゃなく身体も欲しいと思う。けれど、そのことによって相手に嫌われやしないか臆病になる。かといって理性を保てる自信がないから二人っきりになるのを避けてしまう。そしてお互い気まずくなってしまった・・・と、そういう訳だね」
「ええ。ハッキリとクラヴィスさまからお聞きしたわけではないですが・・・。あのお言葉から推察するとそのように感じました」
「あーー、アンジェリークの方はどんな様子なんですか?」
冷めたお茶を煎れなおしながらルヴァが聞いた。
「はい・・。やはり昨夜のクラヴィスさまの態度にショックを受けたらしくて、今日は一日部屋に閉じこもったままだそうです」
「うーん。やっぱりアンジェリークにクラヴィスの気持ちは理解出来ないだろうねぇ。私ならわかるけどさ。ルヴァ、あんたわかる?」
「えっ? ええ。あーーー、まあ・・なんとなくですが・・・」
突然の自分への質問に、ティーカップをカチャカチャとさせながら答えたルヴァだった。
「リュミエールは?」
「はっ? はあ・・・」
ルヴァから差し出されたティーカップを受け取りながら困ったように返事をしたリュミエールだった。
「あら、良かった。じゃ、間違いなく私たちは男よね」
「・・・・・オリヴィエ」
まるで悪いことをした子供を叱るような声でそう言うと、熱いお茶の入ったティーカップを差し出したルヴァである。
オリヴィエは、ちょっとバツが悪そうに肩を竦めた。
もともと陽気で堅いことが嫌いなオリヴィエは、真面目に話をすることには少々テレもあった。
それゆえのちょっとしたジョークのつもりだったのだが、この二人の前では空振りに終わってしまったようだ。
「ハイハイ。真面目に話しますよ。・・・でもさぁ、そんなに難しいことじゃないと私は思うのよね。要は二人とも相手を深く想い過ぎて互いの心が見えなくなってるだけだから、そこをちょっと手伝ってやれば円く治まっちゃうんじゃないかな?」
「それで、どうすればいいんですかね?」
さすがのルヴァも、こと恋愛に関しての知識はオリヴィエには叶わないらしく、オリヴィエの答えに期待を込めて尋ねた。
「うーん。取りあえずアンジェリークとクラヴィスにそれぞれの気持ちを少しでも理解してもらうことからはじめようか。本当は当人たちの問題なんだから他人が口だしすることじゃないんだけどさ。でも、あの二人じゃほっとくとどんどん悪い方へ行っちゃいそうだからねぇ。・・・・で、クラヴィスの気持ちは同じ男として理解できたからいいけど、問題はアンジェリークの気持ちだよね」
「あーー、オリヴィエでもわかりませんか?」
冗談なのか本気なのかわからないルヴァの問いに、オリヴィエは少しムキになって答えた。
「あんたねぇ・・。私はこれでも中身は立派な男なのよ! アンジェにマジで惚れてたことだってあるんだから!」
「へーー、そうだったんですかぁー?」
「わたくしも初めて聞きました」
自分で墓穴を掘ってしまったオリヴィエは、思わず咳き込んだ。
「ゴ、コホン、ゴホン! まー、それはいいとして・・・。アンジェの先生だったルヴァはどう? アンジェの話を聞いてみてくれる?」
「あっ、あーー、いくら私でもそういった話はちょっと私のほうが恥ずかしくて、聞けそうもありませんねぇ」
ルヴァは真っ赤になりながら、かき混ぜる必要のないハーブティーをグルグルとかき混ぜた。
オリヴィエは横目でリュミエールを見たが、リュミエールは何故か目線を合わせようとしない。
そんな二人を交互に見つめなおすと、オリヴィエは大きなため息をついた。
「フーーッ。となると、やっぱり私しかいないってことか・・・。あーあ、ルヴァもそうだけどさ、私ってどうしてこう、人と人との間に入って仲裁役ばっかりしなくちゃなんないんだろうね?」
「あー、本当にそうですねぇ」
ルヴァは納得したようにウンウンと頷いた。
「でも、それがオリヴィエの優しくて素敵なところなんですよ。皆さんに慕われている大きな理由の一つですよ」
まさしくリュミエールの言ったとおりであった。普段オリヴィエは口では《人は人。自分には関係ない》などと言っているが、実際は困っている人を見ると放っておけないお人好しの世話好き。守護聖の中でも大人の男性として頼られている兄貴的存在なのであった。人は見かけによらないという典型なのである。
「ちょっと、何もでないわよ! ・・・まあ、何とかやってみるわ。クラヴィスの方はあんたたちで話をしてやって頂戴」
「はい、よろしく御願いします」
リュミエールはホッと胸を撫で下ろした。
「あーー、早くまた、幸せそうな二人の姿を見たいですよねーー」
「・・・ルヴァ。あんたって本当に立派な男だよねぇ」
「は?」
ルヴァはポカンと口を開けている。
「あんただってマジでアンジェに惚れてたんでしょ? 聞くところによるとクラヴィスとアンジェをくっつけたのはあんただって言うじゃない? 人間が出来てるというか、大したもんだよ」
「ハ、アハハハ。私はただ、皆が幸せになれればいいなぁと思っているだけですよ。そんな姿を見ていると、私まで幸せになれるんですから・・・」
ターバンに手をやり照れ笑いをするルヴァを、そのあたりの事情を知っているリュミエールは胸がキューンと締め付けられるのを感じながら見つめていた。
「さーてと、それじゃあ私も人様のために頑張りましょうかね・・・」
オリヴィエはそんな二人を見つめながら微笑むと、お茶を一気に飲み干した。
同じ頃、貴族的な重厚さに包まれた部屋で、今までならば絶対に見ることの出来ない風景があった。もし、この場に少年守護聖三人組がいたら、きっと恐ろしくなって逃げたしたであろうと思われるほど、奇妙な風景であった。
光の守護聖ジュリアス。そして闇の守護聖クラヴィス。この守護聖の中でも最悪な関係であった二人が、テーブルに向かい合いお茶を飲んでいる姿があったからだ。
どうやら昨夜、クラヴィスがアンジェリークに言ったことは本当だったようだ。
「・・・どうした? 今日はやけに沈んでいるようだな」
「・・・・別に」
「・・・何か・・・あったのか? 最近やっと守護聖としての責務も果たすようになってきて喜んでいたところだったのだが・・・」
「・・・フッ、私は別に以前と変わっておらぬと思うが・・・」
「いいや。最近のそなたからは、生きる喜びというか覇気というか、以前のそなたとは思えないものを感じていた。そしてそんなそなたを見ていたら、この新しい世界で私まで変われるのかもしれない・・そんな気がして肩の力が抜けたように気持ちが楽になっていた・・・」
思いがけないジュリアスの素直な言葉にクラヴィスもまた、自分でも可笑しくなるくらいに素直にその言葉を受け入れていた。
「・・・今のお前は私から見ても、すでに変わっているように見えるが・・・? 大体、お前からそんな言葉を聞こうとは思ってもみなかったからな・・・」
クラヴィスのその言葉にジュリアスは少し照れたような笑みを浮かべた。
「フッ。そうか? そなたがそう言うならきっとそうなのだろう。・・・ところで、本当にどうしたのだ? 今日のそなたの瞳は以前と同じような悲しさに満たされてしまっている。・・・・・アンジェリークと何事かあったのか?」
心配そうに尋ねるジュリアスの言葉にクラヴィスは少なからず感激していた。しかし、自分の気持ちを打ち明ける勇気はまだなかった。
無言のクラヴィスに、ジュリアスは逆に勇気を出して言葉を続けた。
「・・・確かに、私とそなたは長い間反目しあってきていた。しかし、それは守護聖としての立場ゆえだ。私は今、守護聖の長としてではなく、一人の男としてそなたの話を聞くこととしよう。それならば少しは理解してやれるかもしれぬ。・・・いいから話してみろ・・・」
再びのジュリアスの思いがけない優しい言葉に、クラヴィスの虚勢はどこかへ消えてしまった。
クラヴィスは、今のジュリアスになら自分の胸のうちを受け止めてもらえるかもしれない。そう思えた。
以前だったら絶対にありえない二人の心の通い合いだった。
クラヴィスは、やがてポツリポツリと自分の気持ちを語り始めた。
どれくらいの時がたったのか・・・。光の守護聖の緊張感に溢れた部屋に薄い紅の陽光が差し込み、柔らかな雰囲気を醸し出していた。
「・・・なるほど。全てとは言わないが、理解できる気がする・・。私にはそんな経験は無いが、やはりそなたと同じように考えるかも知れぬな・・・」
「・・・・・・・・」
入れ替えられた熱いお茶を飲みながら、ジュリアスとクラヴィスは不思議な想いに包まれていた。お互い長い年月をこの聖地で共にしながら、ここにきてようやく互いの心を通わすことの出来た静かな時間。こんなにも落ち着く時間を何故もっと早くに作ることが出来なかったのだろうかと・・・・。
「・・・しかし、少しそなたの考えすぎのような気がするな・・・」
「なに?!」
「アンジェリークは欠点も多かったが、何事にも全力を尽くす責任感の強い少女だ。私自身、あのままいけば彼女が女王になっていただろうと思っている。無論、現陛下が悪いという訳ではない。現女王陛下も立派な女王として責務を果たしていらっしゃる。・・・・その女王の地位を捨ててまでも、お前と生きることを選んだのだ。生半可な気持ちではあるまい。もう少し、アンジェリークのそなたへの愛情を信じてやれ」
「・・・・・・ジュリアス」
「私は彼女を信じている。現にそなたをここまで導いてくれたのだ。愛の力とはここまで強いものかと少々羨ましいくらいだ。・・・・フッ。私がこんなことを言うのはおかしいか?」
「・・・いいや」
「それに、そなたはルヴァと約束したのだろう? アンジェリークを守ると・・・。あやつがどんな想いでそなたたちを見ているかもう少し考えてやれ。そして自分の中でだけで考えず、アンジェリークに素直に自分の気持ちを語ってみろ。考え悩むのはそれからでも遅くはあるまい」
全くそのとおりであった。今まではどちらかというとクラヴィスがジュリアスに助言を与え、諭してやることが多かった。ジュリアス自身、気づかぬうちにクラヴィスの闇の安らぎに支えられている部分があったからだ。
今やまったく逆である。クラヴィスはジュリアスの言葉に何一つ反論することが出来なかった。
光と闇相反するといいながらそれでもなお、互いが無くてはならない一対の存在なのだとつくづく感じた二人であった。
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