天使の願い

宇宙を統べる新たな女王を決めるべく行われた女王試験終了から数ヶ月。
宇宙の均衡は保たれ、ここ聖地でも平和な時が過ぎていた。

女王候補だった二人も、今では女王ロザリアと女王補佐官アンジェリークとして、日々責務に追われていた。

「はあー」

女王の執務室で、書類を手に持ったまま大きなため息をついている女王補佐官に向かって、女王が言葉をかけた。

「ちょっと、アンジェリーク。さっきからなにため息ばかりついてんの?」

「あっ・・・ご、ごめん、ロザリア。ぼーーっとしちゃってて・・」

ハッとしたように再び書類に目を通そうとするアンジェリークを見ながら、今度はロザリアがため息をついた。

「ふーーー。あんたねぇ。仮にもわたくしは女王なのよ。それをあんだってば"あっ、ごめんロザリア"だなんて、女王候補だった頃とちっとも変わってないんだから・・・」

「あ・・・ご・・・す、すみません、陛下」

申し訳なさそうに肩をすくめるアンジェリークだ。
その様子にロザリアは「クスッ」と笑みを浮かべると、

「・・まあ、いいわ。あんたからまで陛下だなんて改まって言われると、さすがのわたくしも肩がこりそうだし・・。今までどおりで良いわ。ただし、公私のけじめはきちんとつけてよね」

「うん! ありがとう、ロザリア!」

ロザリアの言葉に、アンジェリークは嬉しそうにいつもの明るい笑顔を浮かべた。

「ところでなに? ため息の原因は・・。何か心配事でもあるのかしら?」

「・・・・・ううん。そんなことはないんだけど・・・」

アンジェリークは小さく首を横に振った。

「・・・・・クラヴィスのこと?」

ロザリアのその言葉にアンジェリークは僅かに肩を震わせた。
「・・・だってあんた、クラヴィスからの告白を受け入れて、今幸せ真っ最中なはずじゃないの?」

「・・うん・・・まあね・・」

アンジェリークは力なく答えた。

「・・あのクラヴィスがあんたに告白したなんて聞いた時には、わたくしもひっくり返るくらいに驚いたわ。
まあ、他の守護聖たちはみんなわたくしに想いを寄せていたから、あんたが試験を放棄したことによってわたくしが女王に決まってしまって、がっかりした気持ちも強かったでしょうけれど・・。オーホッホッホ!」

「ロザリアもちっとも変わってないわね・・」

アンジェリークはクスッと笑った。

「コッ、コホン! ・・・で、なにがあったの?」

ロザリアは頬を赤くして咳払いをすると、真面目な顔に戻ってアンジェリークを見つめた。

アンジェリークは少し俯き加減で窓辺へ歩いていくと、窓から外を眺めてまたため息をついた。

「なにも・・・・ないよ」

そう、呟くように言った。

「アンジェリーク!」

バンッと両手で机を叩くと、ロザリアはアンジェリークへと詰め寄った。

「わたくしとあんたは女王と女王補佐官。これから二人で宇宙を支えていくって誓った仲でしょ? わたくしに隠し事なんてしないでちょうだい!」

強い口調のロザリアのその言葉に、アンジェリークは嬉しそうにエメラルド色の瞳を細めた。

「ありがとう、ロザリア。でもね、これはきっと私の我がままなんだって思ってるの。だって、クラヴィスさまはあれから私にとっても優しく接して下さっているわ。勿論、公私のけじめはつけなきゃいけないから、お仕事の時は、お仕事としてお付合いしているけど、そんな時でもあの方の瞳は優しく私を見つめて下さってる・・・」

「・・・・それで?」

「うん・・・・・。ただ・・・それだけなの。たまに日の曜日に公園や森の湖へお散歩に行ったりしても、ただ黙って見つめて下さるだけ・・。もともと口数の多い方じゃないし、今まではあの方の優しい瞳を見ているだけで心が休まる気がしてたからそれで良かった。でも・・・」

「・・・最近は物足りなくなってきたってわけ?」

「そう・・・かもしれない・・・」

「まったく・・・女王であるわたくしに向かって言ってくださること・・」

「ごめんね・・・ロザリア」

申し訳なさそうに言うアンジェリークを見て、ロザリアは優しい笑みを浮かべた。

「いいのよ。わたくしは女王として生きていくことに生きがいを感じているんだから・・。ねえ、それならあんたからプッシュしてみればいいんじゃないの?」

「私から?」

アンジェリークは意外な言葉をきいたに緑の瞳を見開いた。

「そうよ! お互いに好意を持ってることはわかっているんだから遠慮することもないじゃない!? 男性からプッシュしてくるのを待ってるだけって必要はないでしょ? ガンガンこちらから迫ってあげちゃいなさいよ! それにクラヴィスじゃ一生待っても手すら握ってくれないかもしれなくてよ!」

アンジェリークは口をポカンとして聞いていた。

「・・・ロザリアって結構大胆なんだ・・」

感心したように言われて、ロザリアは少々慌てた。
「なっ、なによ! わたくしなんてこちらからプッシュなんてしなくても、今までたくさんの男性からプッシュされまくりだったから一度してみたいと思っただけよ!」

「ふーーん」

何か思わせぶりな納得をしたように頷くアンジェリークだった。

「いいからわかった!? あんたからプッシュするのよ! そうしないとずーーっとこのままかもしれなくてよ!」

「うん、わかった。やってみる!」

思わず明るく返事をしてしまったアンジェリークだった。



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