「いや、なんでもない。機会があれば話そう・・」
いつも悲しげな瞳をしていたあの方はもういない。
今、目の前にいるその方は頬を上気させ、とても優しくそして情熱を秘めた瞳で私を見つめてくれている。
そう変えたのは私だ。いや、私だと思いたい。
初めて逢った時の彼は、暗く何事にも無関心で何処か悲しみと孤独を背負った人だった。
守護聖の長である光の守護聖ジュリアス様は、そんな彼を職務怠慢だといつも非難していた。
私が大陸の育成を御願いしにいった時も”闇の力を軽がるかしく扱うな”と、とても怖い顔をして言った。
しかし、公園や森の湖で偶然であったとき時には、とても優しい瞳をしてくれるのだった。
私の中に(この方の胸の奧には一体どんな想いが潜んでいるのだろう?)という感情が芽生えてきて、彼の部屋へ
ちょくちょく育成を御願いしたり、私の話をしたり、他の守護聖さまの話をしたりと足を運んだ。
最初のうちは無愛想だった彼も、段々と言葉数も増えて笑顔も見せてくれるようになった。
ある日の帰り、私を部屋へ送ってくれた彼がこう言った。
「遠い日に無くした想いを取り戻したような気さえしたぞ・・」
(・・・・遠い日に無くした?)
私の心にふと不安がよぎった。
そして時々彼の瞳に不思議な想いを感じたことを思い出した。
私を見つめる瞳が、私の姿を通り越して誰か別な人を見ているような、そんな感じを・・・。
「・・・おや? アンジェリーク。こんな時間にどうしたんですか?」
「・・・ルヴァさま。私、ご相談したいことがあるんです。ルヴァさまにしかお話出来そうになくて・・・」
地の守護聖ルヴァさまは、いつもの包み込むような笑顔で私をイスに座らせるとお茶を勧めてくれた。
「さあ、どうしたんですか? そんな悲しそうな顔をして・・」
「・・ルヴァさま。私・・・クラヴィスさまのことが知りたいんです・・」
「・・・・・クラヴィスの?」
「・・・私、クラヴィスさまが好きです。女王候補の私がこんなことを言ってはいけないことはわかっています。でも、
自分の気持ちをどうすることもできないんです」
「・・・・・それで、クラヴィスのほうは?」
「・・・好いていて下さっていると思います。いえ、そう思いたい・・」
「・・・・アンジェリーク。私も最近のクラヴイスの様子はリュミエールから聞いています。彼もクラヴィスが変わったと。
そしてそれは、あなたのお陰だと喜んでいましたよ」
「でも、とても不安なんです。クラヴイスさまは相変らずお話してくださることは少ないですけど、私を見つめる瞳はとても暖かくて、私を大事にしてくださっているのがよくわかります。でも、その瞳の中に誰か別の人を見ているような・・・そんな気がするんです。ルヴァさまなら何かご存知じゃないかと思って・・・」
「・・・・あ・・」
ルヴァさまはそう声を詰らせ、暫く考え込んだ後に
「あーーー、アンジェリーク。私はあなたに女王になって欲しいと思っていたのですよ。あなたなら立派な女王になれると信じていましたから・・・。しかし、人の心というものはどうすることも出来ないですからねー」
「・・・・ごめんなさい、ルヴァさま」
「いいえ。私はあなたが幸せでいて下さることが一番ですからね」
そう言うと、ニッコリ笑ってルヴァさまはお茶をすすった。
「あーーーそれで、さっきの話ですけどね。あなたはちょっと驚く話かもしれませんが、実はクラヴィスは以前・・・・」
そうしてルヴァさまは、クラヴィスさまと現女王さまの恋の話を語ってくれた。
「・・・・多分クラヴィスは自分でも気づかぬうちに、あなたの金色の髪の中に現陛下の姿を重ねていたのでしょう」
「・・・・そうだったんですか・・・」
やっぱりという気持ちが私の中にあった。私自身を見つめてくれていたのではなかったと・・・。
「しかし、アンジェリーク」
ルヴァさまはいつになく真剣な言葉で私をハッとさせた。
「クラヴィスはあなたを女王の身代わりにしようなどと考えるような、そんな愚かな人ではありません。ただ、女王への想いをあまりにも長い間、大事にしすぎたのでしょう。私たち守護聖は長い長い時を生きてきましたから・・・。
アンジェリーク、もう少し待ってあげてください。きっと気づくはずです。現にあなたの手に導かれて、あの人はここまで来たのですから・・。きっと、あなただけを見つめてくれますよ・・・」
「・・・ルヴァさま・・・」
私の頬を涙が伝わっていく・・・。
「さあ、笑ってください、アンジェリーク。あなたに涙は似合いませんよ。あなたの明るい笑顔が私も、他の守護聖も、そしてクラヴィスも大好きなのですから・・・」
「・・・ありがとうございます、ルヴァさま」
私は涙を拭うと笑顔を向けた。
「そうですよ。私はあなたの幸せを心から願っていますよ」
「・・・本当にありがとうございました。それでは、失礼します」
私は寂しそうな笑顔で見送ってくれたルヴァさまに気づくことがないまま部屋を出て行った。
「・・・アンジェリークが?」
クラヴィスは、その夜遅く訪ねてきた珍しい客人の前で驚きの声をあげていた。
「そうです。このまま黙って様子を見ようとも思いましたが、あの子があんなにも思い詰めている以上、あなたにも歩み寄って頂かなくてはと思い、失礼を承知で参りました。どうかあの子の気持ちをわかってあげてください。あの子の笑顔を守れるのはあなたしかいないのですよ。残念なことですが・・・」
ルヴァの想いにクラヴィスはハッとした。
「・・・・・・・・・・・わかった」
「あーーー良かった。私はあなたの幸せも心から祈っていますよ、クラヴィス。それでは失礼しましたねー」
「・・・ルヴァ」
「はい、なんでしょう?」
「・・・いや、なんでもない。ありがとう・・」
「いーーえ。どういたしまして」
笑顔を返してルヴァは出て行った。
「リュミエール。そこにいるのか?」
カーテンの影から水の守護聖リュミエールが出てきた。
「・・申し訳ありません、クラヴィスさま。何やら出て行ってはいけないような気がしまして・・・」
「話を聞いていたなら教えて欲しい。私はどうすればいい?」
「・・・それは、クラヴィスさまがご自分のお気持ちに正直におなりになりさえすれば宜しいかと・・。わたくしは、あの子が女王になることを楽しみにしておりましたが、お二人の気持ちが決まっている以上、迷われることはないと思います。そして、今度こそ金の髪をご自分のものになさいませ。そうすれば闇の世界にも輝ける光が差し仕込むことでしょう。それにより、本当の意味でクラヴィスさまが闇を支配できるのだと思います」
黙って聞いていたクラヴィスの瞳に熱い想いが甦る。
「リュミエール。お前にはいろいろと心を尽くしてもらった。感謝している」
「いいえ。わたくしもルヴァさまと同じく、クラヴィスさまのお幸せを心から願っております。ただ・・・」
「・・・ただ?」
「・・・ルヴァさまも確か、アンジェリークのことを・・・」
「ああ、そのようだな・・。私はあれに私と同じ想いを味わわせてしまうのかもしれぬな」
「いいえ。あの方は大丈夫です。あの方の幸せはお二人の幸せなのです。ですから、あの方の想いも大切にしてあげてください」
「・・・・わかった」
クラヴィスの深く暖かい笑みに、リュミエールは心から安心し、そして喜んだ。
誰もいない森の湖で、私は膝を抱えてうずくまっていた。
何気なく目を湖へ向けて見ると、湖面を爽やかな風が吹き抜けてキラキラと波を作っている。
綺麗だなぁと思ったけど、感動が起こってこない。ふと、クラヴィスさまの姿が思い出されてきた。
クラヴィスさまの素敵な横顔、笑顔、優しい瞳・・・。
「ああ・・・やっぱりあきらめられない!」
涙が溢れてきて止まらなかった。
「たとえ女王さまの身代わりでもあの方の愛を受けられたら・・・。ああ・・だめ! やっぱり私だけを愛して欲しい。
こんな我侭な子、クラヴィスさまに相応しくないわ。かといってこんな気持ちのまま女王になったって、宇宙を統べるなんて無理、絶対無理! ああ・・私はどうしたらいいの・・・」
「・・・アンジェリーク」
ハッと見上げると、クラヴィスさまが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ヒクッ・・・クラヴィスさま。どうしてここへ?」
「お前を捜していたのだ。どうした? 何を泣いている?」
「べ、別になんでもありません」
私は急いで涙を拭った。
「・・・・私のせいか?」
「そっ・・・そんなことは」
「ルヴァから話は聞いた。・・・すまなかったな」
「・・・ルヴァさまが?」
「あやつが自分の気持ちを殺してまでもお前のために、私のために話してくれたのだ。責めないでやってほしい。そして、お前の笑顔を守れるのは私だけだと・・・。あやつには心から感謝している」
「・・・ルヴァさまが私を・・・?」
意外な言葉に、私はあの時のルヴァさまの姿を思い出し、また涙が溢れてきた。
「私がお前の金の髪に惹かれたのは事実だ。しかし、それだけではない。お前の明るい笑顔と素直な言葉、仕草が、真っ暗な闇の中、ただ金色の幻影だけを追いかけていた私を、光の世界へと引っ張り上げてくれたのだ。あの時には得ることが出来なかった安らぎと愛情を私に与えてくれたのはお前だ。しかし、私はそれに気づかなかった。いや、気づきたくなかったのだ。それを認めるにはあまりにも長い時を私は彷徨いすぎたからだ。だが、それももう終わりだ。私の目の前に幻影ではない本当の光が現れたのだから・・。信じて欲しい。私の瞳に映っているのは、もはやお前だけだ。アンジェリーク。私自身、もう一度この言葉を使うとは思いもよらなかった。だが、敢えて言おう。
私にはお前が必要だ。お前のいないこれからの時間などもはや考えられない。これからもずっと私の側にいてくれないか?」
クラヴィスさまは私の手を取り、跪いて私の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくれる。
その瞳はキラキラしてとても綺麗だ。
私の不安は消え、不思議な感情が沸きあがって来る。
「信じます。クラヴィスさま、私はあなたと一緒に生きていきます」
「ああ・・私は待っていた。この永遠の闇を供に生きてくれる者を・・。だが、お前は闇に染まらずそこに差し込む一筋の希望となっていて欲しい。お前ならば私を導いてくれるだろう。アンジェリーク、私の天使よ・・・」
そう言って私の手にキスしてくれたクラヴィスさまの手を取ると、私は彼に抱きつき、そして思った。
(・・・私にはなんの力もない・・。でも守ってあげたい。傷つきやすい純粋な心を持ったこの方を・・・。心の奥に今もあるだろう、昔の思い出ごと私が包んで差しあげたい。これからずっと・・・)
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