「どうですか、里見先生。計画ではここが大通りの一部になる予定です・・」
数人の部下を引き連れ、鈴原不動産の常務が地図を見ながら説明をする。
「・・・ふむ。なかなか大きなショッピング街になりそうですな」
「そうでしょう? ショツピング街が完成しましたあかつきには、この位置にもう一軒大きなマンションを建設する計画になります」
「・・・ほう。だとすると、かなりの住民が立ち退くことになりそうですな」
「開発にそういった話は付き物ですよ。こちらもただで立ち退かせるわけでもないですから・・」
「・・・・・・」
数人の男に取り囲まれて歩く里見を道行く人が何事かと振り返っていく。
「さて、今度は下町のほうに行ってみましょう」
そう促され、里見は再び車に乗り込む。
桜葉町の今のこの風景には不釣合いな二台の黒塗りの車が、走り抜けていく。
次に停車したのは、昔懐かしい下町の風景を残した住宅街であった。
子供たちが遊んでいる少し広めの空き地に車を止める。
「・・・・ここも鈴原の土地なのか?」
里見が秘書に聞くと、そのようだと秘書は答えた。
子供たちの遊ぶこの土地、いや住んでいる家そのものが取り壊されることになる・・・。
遊んでいる子供たちの笑顔を見ながら、里見はふと、胸に痛みが走ったような気がした。
「ここで遊ぶんじゃない! ほら、さっさと家に帰れ!」
そう怒鳴る鈴原不動産の部下の声が聞こえる。
子供たちは一斉に散らばって行った。
二台の車から男たちが降りる。
「まったく・・・いくら封鎖してもやぶって遊び場にしてやがる・・・」
怒鳴った男が吐き捨てるように言った。
その男の言葉を無視して、里見はあたりを見渡してみる。
細い路地が多く、平屋の家もまだ多い。
遠くから主婦らしき女たちが数人集って、こちらを見ている。
俗に言う井戸端会議か・・・・。
少し離れたアパートらしき建物の二階の階段から、こちらを見ている男がいる。
平和な雰囲気のこの下町にこれから何が起ころうとしているのか、敏感に感じ取っているのかもしれない。
「・・・このあたりの住人が一番手ごわいようですな」
鈴原不動産の松沢がそう言う。
「土地に対する愛着か・・・」
桜塚のマンションをそのままにしている里見にも理解できる感情ではあった。
しかし、今は、自分が更に登るため、弱者を踏みつけることに躊躇してはいられない。
これまでもそうしてきた。
闇の覇王を目指すために・・・・。
「・・さて、あともう一箇所先生にご覧になって頂きたいのですが、これは食事後のお楽しみにして頂きまして・・。取り合えず、一旦都心に戻りましょう・・・」
「・・・・・・」
ふとあたりを見渡すと、夕昏にそろそろ差し掛かるという風景であるようだ・・。
そして、その里見たち一団を、ここ花びら荘の二階階段からジッと見つめる男がいた。
「・・・やはり、里見か・・・」
このアパートの住人、そして里見修二の元上司にもあたる高橋であった。
ここに来るまでに、丁度、里見たちが空き地に降り立った時、高橋は妻の病院からの帰りで、里見たちの前を通りがかっていたのだった。
高橋はすぐに里見だとわかった。
里見には今の高橋の様子は想像もつかないのだろう・・まったく気づく様子はなかった。
そのまま里見たちの前を素通りし、花びら荘の二階階段からずっとその様子を見ていたのだった。
「・・・・今は国会議員の里見が、何故こんな下町に・・・?」
いやな予感が高橋の脳裏を走る。
だが、今はただ、加奈子がこの場に出くわさなかったことにホッとする高橋だった・・。
「おねーさーーん!!」
大学の構内から、加奈子が明るい笑顔で駆けてくる。
未来もまた、手を振ってそれに答える。
「あはっ。ごめんなさーい、急に呼び出しちゃってさ」
「ううん、いいよ。丁度、家に篭りきりで頭痛くなってたとこだったし・・・」
「仕事のほう、順調ー?」
「うーん・・・まあまあかなぁ」
「ふーーーん」
「加奈ちゃんこそ、講義のほうはどーなの?」
「うん。最近ちゃんと頑張ってるから、なんとか可はとれそーだよ」
「そう、それは良かった。このまま頑張っていこーねぇ」
「はーい、おねーさんのお陰です」
二人は仲良く歩きながら、会話を続けていく。
「ところで、私にお願い事ってなーに?」
「あ、あのねぇ。明日はパパとママの結婚記念日なんだ」
「へぇーー。それは素敵だね」
「うん。前は家族みんなで外食して、おねーちゃんたちとプレゼント買ってお祝いしてたんだけどねー」
ふと、寂しそうに加奈子は言った。
「・・・加奈ちゃん・・」
ふと、未来にも家族みんなで祝っていた数々の出来事が脳裏をよぎる・・。
「あはっ。もう今更言ってもしょうがないもんね。それでさーー」
再び明るい笑顔で未来に話しかける加奈子だ。
「プレゼントをおねーさんに選んでほしくて・・・」
「・・・私が?」
「うん。いつもおねーちゃんたちに任せちゃってて、加奈子、どんなのあげればいいのかわかんないんだ。今年はみんなそれぞれで選んであげようっておねーちゃんたち言ってたから・・」
「うん、わかった。任せといて!」
「ありがと!」
二人は意気揚々と歩いて行った。
「わーい、素敵な物見つけられて良かった。さすがはおねーさん、センスあるねぇ」
「そんなことないよ。ただ、お母様は入院されてるから、ペアなものがいいんじゃないかなと思っただけだしね・・」
「ママもきっと喜ぶよー。良かった♪」
「喜んでもらえて私も嬉しいよ♪」
「加奈ちゃん今日はバイトだよね? 何時から?」
「うーん、今日は忙しそうだから、早く入る予定では、いるー」
「そっか、じゃ、美味しいもの食べて体力つけていこっか? 私が奢るよ」
「えっ、ほんとー?」
「うん、ほんとほんと。ご両親を大事にしてる加奈ちゃんへの私からのご褒美だよ。・・そうだ、今夜は私も
一緒にお店に行こうかな・・・最近、バロンのみなさんのお顔見てないし、風花も飲みたいしね」
「クラブに通ってお酒強くなんないなんて、おねーさんって可愛いねー」
「加奈ちゃんが強すぎるの!」
「あははっ。そーかもねぇ」
「それじゃ、何食べたい?」
「えっと。加奈子はねぇ・・・・・・・」
二人並んで仲良く歩く。
天涯孤独な未来にとって加奈子は今や、妹のような存在になっていた。
「バロン?・・クラブですか」
「はい。ここも立ち退きの対象になります」
高級料亭で食事の後、里見一行はクラブ”バロン”の前に駐車をした。
「調査の結果、ここのママの祖父はここ一体の土地を所有していた元華族で、没落後ほとんどの土地を手放したようですが、この土地だけは売らずに孫であるママがこの店を開いたようですな。なかなか店の評判は上々のようです。まあ、ちょっとした敵情視察ですよ。おもしろいでしょう?」
(・・・・悪趣味だな・・・)
里見はそう心の中で呟く。
「しかし、店舗はそのままショッピング街に移転という話を進めているとも聞いたが?」
「はい。ただ、ショッピング街はあくまで若者向けの志向ですし、こういったクラブは移転対象外になるでしょうな・・」
「・・・・・・・」
「さあ、先生。今夜は飲みましょう・・」
松沢に促されて車を降りる。
運転手を残し、その他の部下や秘書を引き連れ、里見は今、店内へと足を踏み入れる。
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