未来との二度目の別れから半年。
里見はまるで未来との出来事が無かったかのように、毎日精力的に政治活動に没頭していた。
時折、ふっと疲れた瞳で東京のあまり美しいとは言えない空を、黙って見つめる姿があったが・・・。
「・・修二、いいかしら?」
ここは里見修二事務所。
数いる秘書の中でも筆頭秘書にあたるユカリが、里見を呼ぶ。
いつものようにタバコを燻らせ、オフイスの大きめな窓から外の風景を眺めていた里見がゆっくりと振り返る。
「・・・釘宮建設の社長さんと、鈴原不動産の常務さんがおみえよ」
「・・また圧力か・・」
「どうやら、そのようね。なんでも再開発プロジェクトが進んでいるそうで、あなたの力が欲しいそうよ」
「私のではなくて政治家のだろう」
「その政治家はあなたでしょ」
「・・・・・そうだった・・かな」
「んもう・・修二ったらどうしたの? やけに突っかかるわね?」
「・・・・・・・・・少し疲れているようだ」
里見はフッと、また空を見上げる。
「・・・そのようね。でも、このブロジェクトを聞いたら少しはその疲れも減るかもしれないわ。
なかなか大きなプロジェクトよ。そして、それが大きければ大きいほどその見返りも大きくなるわ・・」
「・・・見返りか」
「勿論よ。あたしたちはそれだけのことをしてあげてきたんだから・・。今日もね・・・」
そう言ってユカリは、今さっきユカリが持ってきた紙袋に手を伸ばそうとした。
「・・いや。その先は言わなくていい。私は政治家としての仕事をするだけだ。その他のことはお前に任せている」
「・・・そうね。 修二はあたしに任せてくれていれば、それでいいのよ」
「・・・ああ。それじゃ行って来る」
そのまま里見はオフィスを出て、応接室へと向かった。
一人残ったユカリは妖しげな笑みを浮かべると、そのままその紙袋を取った。
中には菓子折りらしい大きな包みが二つ入っている。
「そうよ、修二。この見返りがさらなる利益を生むのよ。そしてあなたはすべてを納める覇王になるのよ・・。うふふふふ。
あなたはこのあたしが選んだ男なんだから、休むことは許されないのよ・・」
呟きながらその紙包みを開いていく・・。
ユカリの瞳が蒼く光る。
そして、出てきた白い箱の蓋の下には・・・・・百万単位の札束がぎっしりと埋まっていた。
「・・・これはこれは、里見先生。お忙しい中ありがとうございます」
里見が応接室へと足を踏み入れると、二人の中年男性がソファから立ち上がり頭を下げる。
「いや・・・わざわざお越し頂いて恐縮です。どうぞ、おかけください」
普段通りの無表情のまま里見は答える。
「釘宮建設と鈴原不動産、日本を代表する大手会社のお二方が揃っておいでということで、どれだけ
壮大な計画を聞かせて頂けるのか楽しみですよ」
心にも無いことを言うのにも慣れた気がする・・・。
その言葉に強い味方を得たりと、鈴原不動産常務の松沢が積極的に話始める。
「さっそくですが、里見先生。先生は桜葉町はご存知でしょうか?」
「・・・都心からそう遠くない場所の街だと記憶していますが・・。確か、最近になって大きなマンションや高級住宅が建ち、
駅周辺も賑やかになってきたとか・・・」
桜葉町・・。
里見にとって故郷ともいえる桜塚市を思い出す町の名前に、懐かしさを覚えて見知っていたのだった。
「さすがは、先生ですな。確か関東の方ではないとお聞きしていたのに、都心以外の町にも
感心がおありとは・・・・。それでは、話が早いですな」
「そのマンションも我が鈴原不動産と釘宮建設のプロジェクトの一部です」
「・・・ほう」
「マンションだけではなく、都心からの交通ルート。その他モロモロを計算しましても、ここはこれから
開発されるべき場所です。そうすれば、ドーナツ化現象と言われるこの東京の街の更なる躍進に繋がることは
間違いありません。その具体案として・・・」
そこまで言うと、松沢は持ってきていた地図を広げてみせる。
「・・・・ご覧下さい。ここが桜葉駅」
地図には赤く桜葉駅周辺が囲ってある。
「そして、ここがマンション・・。そして、こちらに都心のビルがそびえております。ここがただいま建設中の国道。
これが完成しますと、都心とこの町と更に便がよくなり近くなる。これを見逃す手はありません。そこで、この囲んで
ある土地を利用して、ショッピング街を作る計画を立てました。ここに近代的なショッピング街が出来れば都心からの人の流れがこちらに流れてくるのも必然です。元々、ここら辺の土地は我が鈴原不動産管理の土地も多く、立地条件としては最適です」
「・・・・ほう。そこで鈴原不動産と釘宮建設の共同プロジェクトになるわけですか」
「・・はい。人が集れば土地も値上がり、建物の建築も増える。町は活気付く。言う事はありません。ひいては東京都、
国のためにもなります」
「・・・そして、莫大な利益にもなる・・・」
「・・勿論です。勝算のない仕事は今のご時世なかなかできませんからな」
「・・・ほほう。それで、私の力が必要というのはなんなんです? 勝算のあるプロジェクトのようですが・・・」
「こういった問題には付き物ですが、ここをご覧ください」
地図には細かく、細く青色で住宅に丸がついている箇所が数箇所ある。
「・・・この青く印がついているのは、すでに一度目の立ち退き交渉が済みいずれ更地になる場所です。
この町は戦後の廃墟から復興してからの住人が代々住んでいる人間が多く、土地に愛着が強い傾向があります。
印のついていない住民はそういった感情から立ち退きを拒みました。勿論、ここであきらめる我々ではありませんが・・。問題はなかなかこういった住人を説き伏せるのは難航します」
「・・・・そこで、私か・・」
「・・はい」
そこで、釘宮建設社長の釘宮が初めて口を開いた。
「・・・我々は勿論、正規に手続きをふんで参りますが、どうしても言う事をきいてもらえない住人に対して、国のバックがあるという強みを見せたいんですわ。元々あの近隣は国の区画整理内であり、今回の事業も区画整理プロジェクトの一環であるという看板が欲しいんです。もし、国から強制退去勧告が出れば僅かな立ち退き料で出て行かなくちゃなりません。しかし、今なら我々からそれ相当な金額を得て、立ち退きできるわけです。こんなお得な話はないですよ・・・・という話にもっていけるわけで・・・」
「・・・看板か・・。ということは、区画整理内だとでっちあげろと・・?」
「そんな・・・でっちあげなんてお言葉が悪い。どのみちあそこは開発されるべき土地ですよ」
中年男二人がいやらしく笑う。
「・・・・それでも言う事をきかない住人にはどうするんです?」
「それは・・それ。その道の筋を通させてもらうしか方法はありませんな・・」
その言葉の意味・・・。
その道を通す・・・その言葉の意味はおそらく、荒っぽい手を使うということだろう。
その道のプロを雇い、追い出そうということなんだろう・・・。
そこで、里見は以前にも同じような事柄があったことを思い出した。
(確か・・桜塚でも岩崎グループをめぐる立ち退き騒動があった・・。古賀がその事件を担当して、結局その開発は中止になったはずだ・・・。そして・・・・・その立ち退きリストに、未来の家も入っていた・・・・)
かなりひどいいやがらせを受けていたと聞いた。それに対してあの古賀が不眠不休で対応していたと聞いた。
いくら恩人の娘とはいえ、あの古賀にそこまでさせるとは、どんな女なんだと興味を持ったものだった。
ここでまた、未来を思い出すはめになった・・。
里見は一人苦笑する。
そんな里見に、目の前の男たちは怪訝そうな表情をする。
「・・・先生? なにか問題でもおありですかね?」
「・・いや、なにも問題はない。私が都庁に出て、圧力をかけて協力してもらえばいいわけですな」
「そのとおりで・・・」
「・・・・わかりました。協力してくれそうな人物に心当たりはあります。こちらであたってみましょう」
こういったために、いろいろと人脈を広げているんだ・・。
心の中で一人呟く里見。
そこで、ドアをノックする音がして筆頭秘書が入ってくる。
いつもながらの絶妙なタイミングだ・・。
「・・・お話はお済みかしら?」
「ああ・・・ユカリさん。丁度今、先生から0Kのお返事を頂いたところですよ」
「・・・そう。それはよろしゅうございましたわ」
「時にユカリさん。先程差しあげたお菓子はお気に入りましたでしょうか?」
いつのまにか、自分を抜きに話が進んでいる・・と里見は思う。
これもいつものことと言っても過言ではない。
黙って里見はタバコに火をつける。
「・・ええ。ありがたくご賞味させていただきますわ」
本当に菓子なのか・・・そんなことはわかっていながら、里見にはどうでもよいことだった。
「それでは、筆頭秘書のユカリさんも揃ったところで、ご都合のほうを伺いたいのですが?」
「あら・・・どういったことで?」
すでに里見に答える必要はない内容のようだ。
「一度、先生にもその土地と現状をご覧になって頂いて、この計画がまさに先生にとっても損のないお話であることを実感していただきたいと思いまして・・・。具体的なプランと一緒にお見せしたいのですが・・」
「・・・・ほう」
そこで里見が暫くぶりに口を開いた。
「・・・そうですわね、予定がつきましたらご連絡さし上げますわ」
また再び秘書が口をだす。
このあたりは秘書の仕事なのだろうが・・・。
「それでは、よろしく御願いいたしますよ、先生」
二人はソファーから立ち上がると、里見に手を差し出す。
タバコを消すと、里見も立ち上がり差し出された手を軽く握る。
気持ちはまるでないが・・・。
ユカリが二人をドアの外まで見送る。
里見はそのまま深くソファーに腰掛け、大きくため息をつく・・・。
「・・・・今度は俺が、立ち退かせる側に回るのか・・・・」
そう、独り呟く。
「・・・・どう、修二? なかなか素敵なプロジェクトに参加できると思わない?」
二人を見送って帰ってきたユカリが、里見の膝の上に乗り、両手を里見の首にまわす。
「・・・・ああ。そうだな」
「あら・・・なんかうかない顔しているのね?」
「・・・・別に」
「この仕事が成功したら、あなたの名前も更に知れ渡るわ・・。一つの町を生き返らせた功労者の一人よ。
更に上に行くための大きな足がかりだわ・・・」
「・・・・・・・」
「んもう、あまり乗り気じゃなさそうね。でも、あたしはゆるさないわよ。このチャンスを逃すのは・・。
このあたしが許さない・・・・」
そう言いながら、ユカリはその妖艶なる赤い唇をゆっくりと近づけてくる。
里見は唇をさりげなく避けようとしたが、ユカリはしっかりと里見の顔を支え込み唇を合わせてきた。
そして・・・・・・。
いつの間にか里見はその行為に、没頭していった・・・。
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