「・・・どうしたんだ?未来くん。元気がないじゃないか。久し振りの故郷で興奮して眠れなかったのか?」

「え・・・ええ。そうみたいですね」

東京へと向かう新幹線の中、昨日と様子の違う未来に古賀は複雑な思いだった。

「・・・未来くん、辛いのならこの件から手を引いたらどうだ?」

「・・古賀さん!?」

「君は私をこうして東京まで引っ張り出した。それで十分だろう。住民でない君がそれ以上する必要もない。私が弁護士として全力を尽くす。だから、君は・・・・」

その言葉に未来の表情は変わる。

「待ってください」

「辛いというのなら、古賀さんだって同じじゃないですか? かつての親友と恋人と争わなくちゃならないんですから! 私だけ逃げるわけには行きません。私もみんなと一緒に戦います!」

「・・・・私は大丈夫だよ。あれから大分月日もたった。それにこれは仕事だ。仕事となればどんな私情も挟めない。また、挟まないようにしている。だが、君は違うだろう・・・」

「いいえ。私も大丈夫です。昨日言ったとおり、みんなを助けないと修二さんだってユカリさんだって、助からない。私はそう思っています。だから、御願いです。私も手伝わせてください!」

「・・・・・わかった」

未来は古賀のその言葉にホッと胸を撫で下ろした。
そして、いつまでも落ち込んではいられないと自分を奮い立たせた。
みんなを助けることが里見たちも助けることになる・・・その自分の信念を信じて・・・・。

「取り合えず、今夜さっそく、その高橋という人と話をしたいな」

「はい、連絡はしてあります。丁度いいので、バロンで待っていてくれるように伝えてあります」

「立ち退きの対象になっているクラブだね?」

「はい。そこも出て行けと言われてもとても困る人ばかりです・・・」

「・・・うむ」

「しかし、クラブということは夜に行くのは不味そうだな・・・」

「古賀さんという素晴らしい弁護士さんを連れて行くって言ったら、今日はお店を貸切にして集会所の変わりにするって言ってましたよ」

「・・・・そうか。それは頑張らないといけないな・・・」

「・・・はい」

未来は古賀の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。





バロンにつくと、主だった人々が皆集っていた。
未来が古賀を紹介すると、拍手と歓声が湧き起こった。
古賀が以前、桜塚での岩崎グループの立ち退き騒動を収めた弁護士であるということが、いつのまにか広まっていたらしい。

「・・・・さっそくですが、私の考えを言いましょう。これまでの鈴原不動産、釘宮建設からのいやがせと思われる行為についてだが、これは陽動作戦だと思われます」

「・・・陽動作戦???」

いきなりの古賀の話に皆が動揺する。

「・・いやがらせ行為。それは花壇を荒らす、塀を壊すなどたわいのない行為だが、数箇所で同時に起こすことによって派手になり、皆の目はそこに注目することになる。同時に起こるために皆の意識は分散する。その間に本当の目的が実行されている・・と考えていいと思われる」

「本当の目的?」

高橋が聞き返す。

「それは勿論、めぼしい家の立ち退き交渉です」

「・・・・・・・・」

「人間というものは、目の前に突発的に起こる危機よりも、ごく近くで起こっているじわじわとした危機のほうが余程恐ろしく感じるものです。いつ、自分の下までやってくるか、そしてそれが妄想となってどんどん大きく膨らんでいき、強迫観念にしらぬまに覆われていく・・。そこを上手くついて、秘密裏に交渉していく。心理描写をついた巧妙な手口だ。誰かそういったことに詳しい輩がいるようだな」

「・・・そうだったのか」

「それがわかった以上、みなさんは目先のトラブルだけに捕らわれず、あたりの動向に注意をしていただきたい。私が協力する以上、心配するようなことはありませんから、他の方にも相手の上手い言葉に同調しないように働きかけてください・・・」

皆に安堵の表情が伺える。
古賀を連れてきたことはやはり正解だったと、未来はホッとした。
しかし、あの桜の丘での里見の言葉が鋭く胸を抉っていく。

「さあ・・大した物はご用意できませんが、軽いお食事を準備しました。皆さん、召し上がってください」

佐弥子が皆にそう言うと、あちこちから歓声があがる。

「酒はだめだぞーー。これから見回りいくんだからなーー」

「んなことぁ、わかってらぁ・・・」

貸切の店内に笑い声が響く。

住民たちはそれぞれ好きな席で軽く食事をしながら、ある者は歓談し、ある者は意気込みをそれぞれ語り合っている。

未来は、古賀と高橋と共にこれからのことについて話し合っていた。

「高橋さん、先程私が言ったことですが、実は私は別なことも考えているんですよ」

「・・・・と、言いますと?」

古賀は少し声のトーンを落とす。

「皆の目を外に向けさせ、その間に巧みに立ち退き交渉を進めて行ったのは間違いないでしょうが、問題はここまで効率よく話を進めていけるのは、釘宮でも鈴原でもない輩が動いているということです」

「・・・古賀さん、それはどういうことですか?」

未来も小声で聞き返す。

「つまり、我々の身近にいる誰かがそれを行っている可能性が高いということだ」

「・・・・!? 奴らと繋がっている誰かがいると?」

高橋の眉間に深く皺が寄った。

「高橋さんも実際はそこまで考えていたんではないんですか?」

「・・・・・・」

高橋は言葉に詰っている。
未来はその高橋の様子に、高橋も同じことを考えていたことを悟る。

「・・・確かに、皆からも同じような意見が出たこともあります。立ち退いた人間たちの奇妙な行動の連鎖。我々の裏をかくいやがらせの数々。しかし、今それを疑っていては皆が疑心暗鬼に捕らわれて、自滅していくのが目に見えている」

「おっしゃるとおりですよ、あなたの決断は正しいことです」

穏やかに古賀は高橋に言ってよこす。

「それが事実だったとして、どうすればいいんですか?」

「・・・・まずはその人物を探し出すことですが・・・・。まあ、ちょっと私に考えがありますよ」

古賀は視線こそ、高橋と未来へと向けているが、全神経はある一点に向けられていた。
それは、このテーブルの隣から、気づかれないように自分たちの話に聞き耳を立てているある人物に向けられていた。

そこで何故か古賀が再び声を元へと戻す。

「ところで、例のケガをされた住人の方の具合はどうですか?」

「ああ・・・検査の結果も異常はなかったので一安心していますが、ご老体ということで大事をとって二、三日入院する予定です」

「ああ・・・よかったですね、千代さん」

未来も胸を撫で下ろす。

「そうですか。それでは、明日にでもその件も兼ねて鈴原不動産にアポをとりましょう。高橋さんもご同行願えますか?」

「それは勿論、私が御願いしたいことです」

「ふむ・・・まあ、今回は大した話は得られないとは思いますがね」

「古賀さん、私も連れて行ってください」

「・・・・そう言うだろうとは思ったが、敵方に出向くわけだからな。君にもなんらかの危害が及ぶ可能性もでてくるんだぞ?」

「・・・かまいません。私は古賀先生の助手のつもりですもん。どこまでもついて行きますよ」

「ははは。そういえば、以前は事務所の手伝いもしてもらったことがあったな」

「・・・はい」

「・・・よし、わかったよ」

「ありがとうございます」

未来は高橋と目と目を合わせて微笑みあった。

集会件、食事会も終わり、皆がそれぞれ見回りに出かけ、高橋たちもバロンを後にしようとした時、高橋に話しかけてきた人物がいた・・。

「・・・高橋さん」

「ああ・・・小池さんか、どうしたね?」

「明日、鈴原んところに行くんだろ? 確かそう言ってたからさ」

「・・・ああ、そうだが・・」

「俺も連れて行ってくれよ。俺と千代ばーさんとは、じーさんが生きていた頃からの長い付き合いなんだ。その千代さんにケガをさせた奴らが許せねーんだよ。一言言ってやらねーと気がすまねぇ!」

「・・・しかし、まだ奴らがやったと限らないんだぞ?」

「んなの、奴らに決まっているじゃねーか! 千代さんだって奴らのこと見たって言ってんだろ?」

「それは、そうだが・・・・」

「いいですよ」

そこで、古賀が何故か小池に向かって返事をした。

「古賀さん?」

「そこまでの意気込みのある方を連れて行けば、鈴原もなにかしっぽを出してくれるかもしれませんよ。どうぞ一緒にいらしてください」

古賀にしては珍しく、薄い笑みを浮かべながら言った。
未来はその古賀の表情に、逆になにか違和感を感じていた。




「・・・古賀さん、なに考えてるんですか?」

未来は帰りのタクシーの中で古賀に向かって質問をする。

「・・・別に、なにもないよ」

「そうでしょうか・・・」

「私よりも、君のほうが気になるがね。本当に良いのか? このままいけば間違いなく里見とも対峙することになるぞ?」

「・・・もう言わないでください。覚悟はしてます。それよりも古賀さんのほうが心配ですよ」

「・・・ははは。お互いがお互いの決意を疑っていちゃしょうがないね。もうその話はやめるか」

「・・・はい」

明日はいよいよ初めてこちらから敵地に向かっていく。
未来の緊張は高まっていくのだった。





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