「ここは・・・・・・?」

未来はいつの間にか見覚えのある場所に立っていた。
そこは一面のピンクモーメントに包まれた場所。
何かと思って足元を見るとそれは桜の花びらだった・・・。
一面に舞う桜の花びら・・・・。

気づくと、正面にあの桜の丘が見える。
冬の季節である今は見ることが出来ないはずの満開の桜の木・・・・。

未来はゆっくりとその桜の木に近づく・・・・。

その木の側に誰かが立っている・・・・。

その人の側に未来が近づくにつれて、その人物の顔が段々とハッキリしてくる。

「・・・教授?」

未来はその顔を見てそう呟いたが、どこかに違和感を感じた。
里見の持つ悲しげな瞳でない涼しげな優しい瞳。そして、微笑み・・。
里見のようでいて、里見ではない・・・そんな感じを未来はうける。
それに、スーツではなく和服を着ている。
どこかで逢った気はするが、思い出せない・・・。

「・・・姫」

その男はそう自分を呼んだ。

「・・・え?」

「・・・・姫。やっとめぐり逢えた」

「・・・あなたは、誰?」

「・・・私は、姫に救いを求める者・・・。そして、姫を愛する者・・・。過去、現在、そして来世も・・・」

「・・・・救い?」

「ああ・・・、私の半身を救ってくれ。私はあやつ。あやつは私だ・・・」

「・・・誰のこと?」

「足元を見てくれ」

男に言われるままに未来が足元を見ると、いつの間にか花びらの絨毯がぽっかりと丸く消えて、地面が透けていた。
未来が跪いてその中を覗き込んでみる。

白い雲のようなものに覆われていて、よく見えない。
しかし、誰かがうごめいているのが見えてきた。
蜘蛛の糸のようなものに裸の全身を覆われていて、身動きが取れないらしい。
懸命に逃れようともがいている。
その男の顔を見たせつな・・・・

「修二さん!!??」

未来は叫んでいた。

思わず、立っている男を見る。

「あれは・・・修二さん?!」

「・・・・姫、頼む・・・」

そう言うと、その男はスーッと消えて行った。

未来は再び穴を覗き込む。
そして、叫ぶ。

「・・修二さん!!!」

蜘蛛の糸に覆われている里見もその声に気づいたのか、上を見上げた。

「・・・・未来!!」

未来はその穴に這うように身体を近づけると手を延ばした。

「修二さん! この手に捕まって・・!!!」

その手に気づいた里見は、更に動きを激しくして腕を未来の手に延ばす。

「・・もう少しよ・・ 頑張って! 修二さん!!」

「・・・未来・・・」

更にお互いに手を延ばしあう。
微かに指先が触れた。
もう少し・・・・もう少しで・・・・・。
そして、手と手が握り合った瞬間、突然白い雲が湧き起こり里見の身体を下から覆い尽くした。
そして、ものすごい力で里見の身体を引っ張った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・」

未来の手を離れ、里見の身体はその悲鳴と共に白い雲の渦へと消えて行った・・。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 修二さーーーーーーーん!!」






「ハッ」

気づくと、そこは新幹線の中だった。

「・・・・・夢だったんだ・・・・」

未来はため息をつく。
幸い、車両内は空いていて未来の様子に気づいた者はいない。
マンションであちこちに、二、三日出かけると電話連絡をしてから、すぐに新幹線に飛び乗った。
昨夜の事件で未来はほとんど寝ていなかったので、その疲れからいつの間にか寝入ってしまったらしい。

「・・・・いやな夢だった」

ふと呟く・・・。
現実にはしたくないと思った未来である。
そのためにも、ある覚悟をして今、新幹線でとある場所へと向かっている。
夢にも出てきた桜の丘のある場所・・・・桜塚市へと・・・・・・。



未来は懐かしい桜塚につくと、さっそくある事務所を訪ねた。

『古賀国際法律事務所』


そう、エアメールで帰国の知らせを受けていた古賀雅也の日本での事務所である。
東京ですでに連絡を入れていたので、古賀は約束の時間に事務所にいた。
懐かしいその顔を見る。

「古賀さん、お久し振りです!」

「・・・ああ、久し振りだな。随分と大人っぽくなったじゃないか・・」

相変らず、低い低音でぼそっと話すそのしゃべり方は昔とちっとも変わっていなかった。

「まあ、どうぞ。そこに座って・・・」

「・・はい」

「それで? 君の御願いってなにかな?」

さすがに古賀は、未来が東京から桜塚までわざわざ自分に逢いに来るほどの事態を察したようだった。

「・・・はい。実は・・・・」

そこで未来は桜葉町で起こっている立ち退き騒動について話し始めた。

暫くの時間が過ぎる・・・。

黙って話しを聞いていた古賀が、タバコに火をつける。
里見とは違った香りのするタバコ・・・。
白い煙を大きく吐くと、古賀は未来へと向き直る。

「その話は私も、新聞を読んで知っていたよ。まさか、君がまた巻き込まれているとは思ってもみなかったが・・・」

「私が直接巻き込まれているわけではないんですけど、どうしても助けてあげたい人たちがたくさんいるんです。私も古賀さんがいてくれなければ、今頃どうなっていたかわかりません。御願いです。どうか、私達の力になってください!」

「・・・ふむ」

古賀はそう唸ると、ソファから立ち上がり自分の机からなにか資料を取り出した。

「私が調べたところによると、そこは今は区画整理指定になっているらしいね」

「・・・・はい。でも、それもいつのまにか、急になんです。みんなおかしいって言ってます」

「・・・・鈴原不動産に釘宮建設か・・・。なかなかに大物ぞろいだな。そしてそのバックには、ある代議士がついているらしい・・」

「そ・・・それは」

そこで未来は言葉に詰る・・・。
古賀にとって因縁の相手、里見修二がその人だからだ。しかも、里見には古賀のかつての恋人ユカリが絶えず側にいる。
しかし、そこを敢えて、古賀に頼み込もうと未来はその覚悟でここに来た。

「ふふ・・・別にそこまで怯えることはないよ。知ってるよ、里見だろ?」

「・・・・はい」

「・・そして、秘書としてユカリもいる」

「・・・・・・・・・」

「・・・君は私と里見とユカリの過去の因縁話を知っているね?」

「・・・はい」

「・・・・それでも、私に力を貸してほしいと言うんだね?」

「・・・はい。古賀さんがどれだけあの二人に関わりたくないと思っているかはわかっています。それでも、今の私たちには古賀さんの力が絶対に必要なんです。ユカリさんの悪口は言いたくないけれど、ユカリさんは古賀さんが愛していた頃のユカリさんじゃなくなっていると思います。そして、修二さんを悪い方へ悪い方へと引っ張っていっています。私はそれをどうしても止めたい。私が学生の頃に修二さんが見せてくれていた優しさを私は取り戻してもらいたい。そのためにも、みんなのためにも、この立ち退き騒動は思い通りにさせてはいけないと思うんです!」

「ふふふ。相変らず、君は純粋な人だ・・・」

「・・・え?」

「・・・君は里見を愛しているんだね?」

「・・・・はい」

「・・そうか」

「古賀さん、御願いです! 以前、私を助けてくれた時のように、また私たちを助けてください!」

古賀は暫くタバコを燻らせたまま沈黙していたが、やがて、フッと笑みを浮かべた。

「・・・わかってるよ。私もそのつもりで今まで資料を集めていたんだ・・・」

「・・・古賀さん、それじゃ!」

「ああ・・・喜んで手伝わせてもらうよ」

「ありがとうございます!!」

未来は嬉しさのあまりうっすらと涙を浮かべていた。
それだけ、古賀が味方についてくれたことは大きかった。

「君にそれだけ喜んでもらえるのは私としても嬉しいが・・・、私は君にはいろいろと感謝をしているからね、協力するのは至極当然だよ」

「・・・・感謝?」

「・・・ああ、前回の時は、生前世話になった君のご両親への恩返しのつもりだったが、そこで、私は君に救われたんだ」

「・・・私はなにもしてないですけど・・・」

「・・・ふふ。君にはわからないかもしれんが、君と一緒にいて過去に縛られていた自分がいつのまにか解放されていたんだよ。だからこそ、今、こうして静かな気持ちで里見とユカリと対峙しようと出来る。君にはね、人を救い導いてくれるという不思議な力があるんだよ・・・」

以前、誰かにも同じようなことを言われた気がする未来であった・・。
そして、里見に似た男が彼を救って欲しいと頼んできたあの夢を思い出していた。

「・・・私にそんな力があるかはわかりませんが、もし、本当にそんな力が備わっているのなら、私は修二さんとユカリさんと、そしてみんなを救ってあげたいと、そう思います」

「・・うむ」

古賀はタバコをもみ消すと、再びソファへと座り、未来へと向き直る。

「私も君と一緒に東京に向かおうと思うが、まだ下準備が足りない。出られるのは明日の夜になると思うが、君は大丈夫か? それとも一足先に東京へ帰っているかな?」

「あ・・・二、三日はこちらにいるつもりで来たので大丈夫です」

「・・そうか。なら、また連絡するよ。久し振りの故郷でゆっくりしてくれ・・・」

「・・・はい」

未来は明るい表情で古賀に微笑んでいた。








未来はその足でホテルへチェックインをすると、窓から懐かしい桜塚市の町並みを眺めた。
小さい頃からの幸せの日々、そして家族を失った時の悲しみの日々、そしてそして、愛する人をこの手から失った失意の日々。いろいろな出来事が思い出されてくる。
そしてこれから、場所を変えてその愛する人と戦わなくてはならない日々を迎える。
それがいいことなのか、悪いことなのかは自分にはわからない・・。
けれど、それしかないと自分で選んできたことである。
もう、あの頃のように逃げることはしないと、未来は誓う。

ふと、桜の丘の桜の木が視線に入った。
季節は冬に入ったところだ・・。
桜の木は幹だけを残して、見ているだけで寂しい気分になる。

未来は再びコートを取り、ホテルの部屋を後にした・・。



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