それから数日後の夜、未来は七条運転の車で花びら荘に向かっていた。
店で会った翌日に未来の予想通り加奈子から連絡があり、アパートのほうにも立ち退き要請が来ていたことを知らされたためだ。
七条は先日言っていた通り、新聞部の知人から得た情報を持って未来を送りがてら付き合ってくれていた。
勿論、お互いに仕事は済ませてきた後である。
「すみません、七条さんまで巻き込む形になってしまって・・・」
「いやあ、困った時はお互い様だろ? それに、俺もあの店の常連だし、君の役に立つのも嬉しいし、このことで仕事に影響されると俺も困るから、早く解決してもらわないとね・・」
少しいたずらっぽく言う七条だった。
高橋の部屋につくと、加奈子がすがるような瞳で未来にくっついてきた。
未来は優しく肩をさすってやった。
「本当にすまないね、未来君。君にはいつも面倒を持ち込んでしまって・・・」
「いいえ。困った時はお互い様です。これはこちらの七条さんの受け売りですけど・・・」
「あなたにもいろいろとご迷惑おかけします」
「いやいや、俺も加奈ちゃんのファンでしたからね。加奈ちゃんの困った顔は見たくないですよ」
「あ・・・七条さんってば、そんな話加奈子は初めて聞くよーーー」
「そうだったっけ?」
高橋の部屋に、つかの間の笑い声が響く。
「それで、知り合いに聞いた話ですけれどね・・・」
そこで七条が真面目な表情に戻って、情報を提供しだした。
「知り合いが調べてくれた結果、やはりこの近辺がここ最近まで区画整理内であったという事実はありませんでした。しかし、急に都庁のほうに許可が下りてまして、鈴原不動産が土地についての売買件があり、施工のほうは釘宮建設がすでに受注をうけ.る予定です。これはやはり、どこかからの圧力と都庁内に協力体制があったと思われますねぇ・・・」
「・・・やはり、そうか」
「ねぇ・・・それってやっぱ里見?」
そこで加奈子が七条に聞く。
「それで間違いはないだろうね。知り合いから直接その名前は出ていないけど、さる代議士がバックにいるという話は聞きつけているらしい。今は出てこないけれど、プロジェクトがうまく進めば必ず、名前が出てくるだろう。一つの街が見事に生まれ変わったと言う事になれば、知名度は大きいからね」
「それで七条くん。そのプロジェクトが成功した場合の利益度は?」
「今開発されている国道が完成するのが来年の秋。それに合わせてここに近代的なショッピングセンターが出来れば、都心の人の流れは、まずこっちにも流れてくるでしょう。人間目新しいものに映っていくのは性ですからね・・。」
「それでは、ますます攻め立ててくるのは間違いないわけだな・・・」
「ええ・・・十中八九・・・・。成功させれば利益は計り知れない・・・」
「うむ・・・」
高橋は腕を組んで考え込んでいる。
その時、部屋のドアを乱暴に叩く音が響いた。
未来が慌ててドアを開ける。
そこには、アパートの住人らしき男が二人ほどいた。
「た、高橋さん、今、また千代ばーさんのところに例の男たちが来てて・・・」
「なに?」
高橋が慌てて部屋を出て行く。
未来たちも同じようについて行く。
一号室の玄関のドアは開いていて、他の住人が数人中を心配そうに覗いていた。
高橋はその人込みを分け、中へと入っていく。
未来たちも狭い玄関の中へと入っていく。
「お千代さん、大丈夫か・・?」
「なんだ、あんたは?」
強面の男が高橋に向かって立ちはだかる。
「私はここの住人だ。私にも話しを聞かせてくれ。その権利はあるだろう?」
「ほう? あんたはなかなか話がわかりそうだな。いいだろう奥へどうぞ・・」
その男は高橋を奧へと通した。
「ああ・・・高橋さん・・・」
曲がった背中を更に曲げて小さく縮こまって千代は微かに震えていた。
そんな千代の隣に座り、優しく背中を叩いてやる高橋である。
「大丈夫だよ、千代さん。私がついてるから・・・」
「ほほう。あなたはえらく信用があるようですな。ここの住人の方だそうで?」
「ああ・・・高橋だ」
「私は鈴原不動産の松沢といいます。以後、宜しく」
そう言って松沢は名刺を差し出した。
今夜は鈴原不動産常務の松沢が直接と交渉に来たようだった。
「まあ、あなた方アパートの住民の方には本来、我々は関与する必要はないんですがね。大体のことはすでにお聞き及びだと思われますが、こちらの大家さんがここを明け渡してくだされば、必然的にあなた方も他へ引越ししていただくことになるだけですので・・・。しかし、それではあまりなお話なので、私どもとしましては、こちらの住人の方々お一人お一人にも立ち退き料としてそれ相当の金額をお支払いしましょうと、今、大家さんにお話していたところなんですよ。こんないい条件はありませんよ」
そこで高橋は冷静に答える。
「せっかくのお心遣いだが、我々はここを出る気はさらさらない。それにここはお千代さんの土地と建物だ。あんたたちに出て行けなどと言われる筋合いじゃない」
「我々も自分たちの利益だけで動いているわけじゃない。この計画は国からの支持も頂いているんですよ? もし強制退去通知が出れば、あなた方は一銭ももらえずに立ち退かないとならないんですよ?」
「我々には居住権というものがある。たとえ国がバックについていようがなかろうが、その権利は守られるべきものだ」
「我々にもすさんだ街を生き返らせるという使命と義務がありますよ」
「あいにくだが、この町はすさんでなんかいないさ。あんたたち御偉い方々の中身のほうが余程すさんでいると私は思うがね?」
「なに?」
松沢の部下たちが殺気立つ。
それを松沢は手を上げて静止する。
「まあまあ。そうケンカ腰にならんでも・・・。我々はあくまで穏便にお話し合いを・・と思ってこうして来ているのですから・・」
「それは、こちらも同じこと。穏便に諦めて頂きたいものですな」
「ふふふ。まあ、これくらいであきらめるようじゃ事業は成り立っていきませんな。今夜はこれで失礼しますよ。花房さん、皆さんと相談なさって良いお返事を聞かせてください。また来ますので・・・」
そう言って、男達は出て行った。
未来たちは皆、高橋と花房の側に集る。
「・・・高橋さん」
高橋は千代の背中を数回撫でると立ち上がって、何か思いついたように七条たちに話しかけた。
「こういった場合に我々に必要なのは団結力だ。明日の夜、みんなでこの問題について話し合ってみる必要がありそうだ。みなさんで、近所の方々に声かけを御願いします」
「うん、そうだね」
「ああ・・・そうしよう」
アパートの住人たちが頷く。
「未来くん、七条さん」
「はい?」
「君たちを使って悪いんだが、店の人たち、その近所の人たちにも声をかけて欲しい。一人でも多くの団結が必要だ」
「わかりました。今からお店のほうに行ってきます」
「か、加奈子もいくよ」
「うん」
高橋のきびきびとした以前のような狡猾な様子に驚きつつも、皆、自然とその信頼のおける支持にしたがっていた。
バロンに向かう七条の車の中で加奈子が嬉しそうに未来に話しかけた。
「なんだか、パパ。あの頃のパパに戻ったみたい・・・」
「うん、そうだね。私もそう思って喜んでたとこ・・・」
「・・・さすがは大学の理事長までやった人だね・・・・あのカリスマ性。やっぱり加奈ちゃん自慢のパパだよ」
「うん、あれが本当のパパだよ」
加奈子は嬉しそうに笑った。
三人を乗せた車は嵐の中へと突入した桜葉町の中をクラブバロンへ向かって走っていく。
まだ宵の口に入った店内は空いていたので、未来たちは佐弥子に高橋の伝言を伝えた。
佐弥子は七条に言われたとおり、昼間のうちに近所の人たちと話をしてみたところ、やはり同じように立ち退きの話をされ皆動揺しているようだと告げた。
明日の集会にも皆を誘って行く事を約束した佐弥子であった。
加奈子を送っていく車の中で七条があることを思いついた。
「明日の集会はこの分だとかなりの人が集ってくれそうだな。最初はみんな盛り上がっていくけど、長くなってくるとみんなの決断も鈍くなってくる。そこでちょっと演出を考えたほうがいいな・・・」
「・・・? 七条さんってば何考えてんの?」
「ふふふ。加奈ちゃんのパパの前で話すことにするよ」
そう言って七条はアクセルを踏み込んで、花びら荘へと急いだ。
戻る 進む
まだ宵の口