「教授! 来て下さってありがとうございます!!」

もうすっかり青年となった木村が俺を見つけて駆け寄ってくる。

「・・・これで君もミステリー小説家だな・・・」

「教授のお陰ですよ! 在学中、本当にお世話になりました! このご恩は生涯忘れません。」

「ふ・・・大げさだな・・。私は君に道しるべを与えたに過ぎない。道を切り開いたのは、君の才能だ」

「いいえ! 教授が僕を引っ張り上げてくださったんですよ。これからも、里見修二の弟子として精進します!」

「それなら、今後も素晴らしい作品を提供してくれることを期待しよう」

「はい、お約束します!」

夢と希望に溢れた瞳で俺を見つめる木村・・・。
かつて、俺もこんな瞳をしたことがあっただろうか?・・・・いや、ないな・・・。
タバコをくゆらせながら、そんな事を考えた時だった。

「先輩! 来てくれたんですか?!」

木村が俺の背後に視線を向け、嬉しそうに手を振る。
俺はゆっくりと振り向いた・・・。

「木村君! おめでとう!! とうとうやったねー!」

「先輩! 先輩が今まで応援してくれたお陰ですよー!」

「そんなことないよー。木村君の頑張りだよーーー」

二人で手を取り合い、さも嬉しそうにはしゃぐ・・。
・・・・・立花・・・ここで、こんな形で再会するとは・・・。
いや・・・心の片隅でそれを期待してここに来たのかもしれない・・・。
暫く見ぬまに・・・女らしくなったな・・・。
在学中のあの頃は、まだどこかに頼りない少女の面影を宿していたが・・・。
売れっ子翻訳家としての自信が君を大人にしたのか・・・それとも支える男でもいるのか・・・。
そういえば・・・彼女は25になるのか・・・。
女に・・・なるはずか・・・。

俺は静かに二人を見つめていた。

「先輩! 里見教授も来てくださっているんですよ!」
木村が俺の存在を彼女に促がす。
立花は瞳を一瞬見開くと、ゆっくりと俺の方を向いた。
そして、昔見せたあの花のような笑顔を俺に見せた。
喜びに溢れたその笑顔に俺は・・・・見惚れた・・・。

「里見教授! お久し振りです! あ・・・今は教授じゃなくて理事長でしたね。議員さんとしてもご活躍で、
私達教え子は鼻が高いですよ!」

「いや・・・。君のほうこそ、翻訳家として随分と活躍しているそうじゃないか」

「いいえー。まだまだですよ。昔、教授にご指摘して頂いたライディングが、まだ完全に自分のものになっていなくて・・」

「・・・そうか」

「まだまだ勉強することはたくさんありますね。あ・・そうだ!コウ君や堂本君、春子も来ているんですよ!」

「え!? コウ先輩達も来てくれてるんですか? 嬉しいなあ!」

「うん。今呼んでくるからね・・!」
立花が人ごみに姿を消す・・・。

「確か・・・田中はプロサッカー選手、堂本は貿易会社に就職。谷川は保母になったんだったな」

「さすがは教授。教え子の進路は良くご存知ですね?」

「・・・ふん」

立花がその三人と連れ立って再び姿を現した。
俺と木村の姿を見て、嬉しそうな驚いたような・・そんな表情をした三人だ。
あの頃の面影を残しながらも自信に溢れた若者と成長している・・。

「俺も歳をとったわけだな・・・・」
自嘲の笑みがでる・・。

人はこういう人生を順調な人生だと言うのだろう。
小説家から大学教授、理事長・・・そして政治家・・・。
それでもユカリはもっと上へと下から突き上げる・・・。
そこから逃れたいと思う心も否定出来ないのに、俺はその道から・・・ユカリから離れられない・・。
身動きが取れない・・。あの夢のように、俺の手足は蜘蛛の糸に囚われてでもいるようだ・・。

しかし・・今、この若者達を見ていると・・・。
在学中に俺が感じていた暖かい光の世界が見える・・・。
かつての親友古賀との決別から閉ざされてしまった俺の心を、少しずつ開いていってくれていた光の世界・・。

それがいつの間にか・・・その光が見えなくなってしまっていた・・・。



パーティーも終盤を迎えた。
途中で抜けることも考えたが、何故かここまでいてしまった。
かつての人気小説家が政治家としてこのパーティーに出席したとあって、数多くの著名人や作家、果ては俺の後ろ盾を
欲しがる輩が次から次へと俺に名刺を渡し、媚び諂う・・。
俺は心の奥で彼らを見下しながらも、利用できる人間を物色してしまう。
・・・すでに習慣となってしまったか・・・。
今日何度目かの自嘲の笑いをする・・・。

そろそろ・・・退散するか・・・。

そう思い、出口に向かいかけた刹那、ふと・・彼女を捜した・・。
立花は何故か一人、出口付近で飲み物を片手に佇んでいた。
そのまま挨拶を受けて通り過ぎれば、きっとこのまま彼女と会う事はないだろうに、
俺は彼女の目前で足を止めてしまった・・・・。

「・・立花君・・」

「は・・はい?」
彼女は緊張し、怯えたように俺を見た。

「・・・君に渡したい物がある。暇が出来たらでかまわないが、私の元に来てもらいたい・・」

「・・・渡したい物・・・ですか?」

「・・・ああ。来れる日が決まったら、私の携帯に連絡をくれ。事務所にはかけるな。名刺を渡しておく・・」

「・・は・・はい」
立花は緊張したまま、俺から名刺を受け取った。

俺はそのまま会場を後にした・・・・・。


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