第五話 懐中時計
それから数日後、ハスラム宛てにある品物が届けられた。
皆が見守る中開かれた品物は、古い懐中時計だった。
ルヴァがその懐中時計の裏に何か文字が彫られていることに気づいた。
「えーーーっと、擦り減っていてところどころしか読めませんねぇー。あーーー、どれどれ? イ・ト・イ・オ・カ・−・ヘ・エ・ト・ラ・ジ・ュ?」
「どうやら、《愛しいオスカーへ、エトランジュ》と彫ってあるようですねー」
みんなの視線がオスカーさまへと向けられる。
オスカーさまは大汗をかいて慌てふためいた。
「しらーーーん!!! 俺はエトランジュなんて女性に心当たりはないんだぁぁぁ!!!」
その様子を見ていたハスラムは、居た堪れないようにその場を立ち去っていった。
「あっ、ハスラム、待て!」
「ハスラム、どこ行くの??」
少年守護聖たちのますます鋭くなった視線がオスカーさまへと向けられた。
「ひどい、オスカーさま! ハスラム、傷ついちゃったんだー!」
「そーですよ! ここまで証拠を突きつけられてもハスラムを認めないなんて、俺、オスカーさまを見損ないましたよ!!」
「ケッ! やっぱ、てめぇはその程度の男なんだよな!」
「ちょっ、ちょっと待てお前ら!! 俺は本当にだな・・・!」
「まあまあ・・・。みんな、そうカッカしないでさ! オスカーのそんな姿見てるのは楽しいけどさ・・・」
オリヴィエがスッと立ちはだかると、ルヴァから懐中時計を受け取った。
「あの子の話も聞いてあげなくちゃね・・・」
そう言ってハスラムの後を追いかけていった。
「ハーーースーーーラーーームーーー☆」
自分の部屋に帰っていたハスラムを見つけると、オリヴィエは優しく肩を叩いた。
「どうしたの? みんな心配しちゃったわよ? ん? オスカーのこと怒ってるの?」
「ううん。そんなことないよ」
「そう。なら良かった。それでね、私、あんたに聞きたいことがあるんだけどさ。エトランジュって、あんたのお母さんの名前だよね? あの時計は多分・・・」
「うん。母さまが片時も離さないで持っていた物なんだ。昔、母さまが父さまに贈った物なんだけど、なんでそれを母さまがまた持っていたのかは、僕、知らないんだ。母さまは昔のことはあまり話したがらなかったから・・・。ただ、僕は、母さまが毎日のようにあの時計を撫でながら、夜、泣いていたのを知っているんだ。きっとあの時計、母さまが連れて行かれるときに家に落としたんだと思う。僕が一人になっちゃったとき、サフラおばさんが面倒をみてくれようとしたんだけど、僕、父さまのところへ行くって言って、飛び出しちゃったから、きっとおばさんが見つけてここへ送ってくれたんだ。大体のことはおばさんは知っていたから・・。僕、ここに来て父さまに逢えれば、きっと母さまのいる場所もわかると思ったんだ。・・・だから、僕・・・・」
涙ぐむハスラムの手に時計を握らせると、オリヴィエは優しく抱きしめた。
(・・・可哀想な子・・・。しっかし、まさか本当にオスカーの子じゃないわよねぇ・・・? とにかく、早くなんとかしてあげないと・・・)
オリヴィエはハスラムの頭を撫でながら思った。
その頃、警備兵の部屋へ一人の兵士が飛び込んできた。
「おい! とうとうオスカーさまが追い詰められたぞ!!」
「どうしたって?!」
興味津々な兵士たちが集ってきた。
「実はな・・・例のあの少年が住んでいた街の知り合いから懐中時計が送られてきたんだ。その時計に愛しいオスカーさまへって彫られていたんだってさ!」
「へえーー。これで決まりだな」
「あのオスカーさまがねぇ・・・」
好き勝手に噂に興じている兵士たちの中で、ただ一人、驚きに慄いている男がいた。
ハスラムと見詰め合ったあの男である。
「おい! 今、懐中時計と言ったな!? その中に女の名前もなかったか?!」
その男の真剣な瞳に兵士は驚いた。
「えーーーーっと・・・・確か・・・・エトなんとかって言ってたかな・・・?」
「なんだって?! それじゃ、あの少年は・・・・。くそっ・・・やっぱり・・・」
その男は慌てて部屋を飛びだしていった。
後に残った兵士たちは、ただ呆然と見送っていた。
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