立花未来・・・・それから・・・

高らかに笑うユカリさんの声・・・勝利の声に私はなすすべが無かった。
里見教授は私の言うことを信じてくれなかった。
私は負けたのだ・・・ユカリさんに・・・。
闇の世界へ・・・私が愛した里見教授は捕らわれ、落ちていく。
でも、こうして扉が閉ざされてしまった今、・・・もう、何も出来ない。
私は締め出された研究室の扉の前で泣いた・・。
愛しい人を思って泣いた・・・。
そして・・・その場を後にした・・・。


それからの里見教授は、情け容赦のない人へと変貌していった。
以前、時折見せてくれていた優しい瞳はもう見られない。
望み通りに学長選挙で勝ち抜き、最年少学長理事になった。
そして、講義もかなりの数を減らし、ゼミの学生たちも他のゼミへと移動することになった。
私は完全に里見教授とのかかわりを無くしてしまった。

四回生になり就職活動を開始する時期になったが、私は通訳になることを・・・やめた。
ユカリさんのかつての職業につくのがいやだった。
それに元々通訳の仕事はお父さんの仕事の手助けがしたかったのが発端だ。
そのお父さんも・・・・すでにいない・・。
それに・・・それに・・・翻訳家になれば、もしかしたら・・・。
元小説家だった里見教授とどこかで繋がっていられるかもしれない。・・そう思った。
以前教授は、私の翻訳のセンスを誉めてくれたことがあった。
・・・・翻訳家になろう・・・・。

大学院へと・・・かつて教授に勧められたことがあった。
教授との関係が以前のままだったら、私は大学院へと進んだかもしれない。
でも今は・・・めったに見ることのない教授から離れたかった。
ユカリさんと一緒に次から次へと他人を踏みつけにしていく教授を見たくなかった。
第一、そんなことをして地位を得ていても教授はちっとも幸せそうじゃない・・・。
そんな教授を見ているのは・・・つらい。


そして私は晃陽大学を卒業した。
すでにプロのサッカー選手として活躍しているコウ君に出版社の人を紹介してもらい、フリーの翻訳家として
契約してもらうことが出来た。
最初は短編小説の翻訳、映画の翻訳、段々と仕事の量も増えていき、メディアを中心な翻訳へと活動を活発にしている。
本当は小説の翻訳のほうが好きなんだけど・・これはこっそりと活動している。
そして今、里見教授の小説をライティングしてみている。
こんな繋がりだけでもあの人としていたかった・・・。


そして、あれから四年・・。
私はもうすぐ25歳になる・・。
コウ君は卒業前にイタリアのプロサッカー選手になった。
卒業まで大変だったけど、無事一緒に卒業しイタリアへと渡って行った。
驚いたのは、コウ君に『一緒にイタリアに来ないか』と言われたことだ。
ずっと、小さい頃からコウ君は私の側にいてくれた。
私をずっと守ってくれた・・・。私もコウ君が好きだ。でも・・・それは幼馴染としてだった。
里見教授に出会って、それがわかってしまった・・。
私が謝ると、悲しそうな瞳をしながらも笑って元気づけてくれた。
ごめんね・・・コウ君・・・。
堂本君は卒業後、イタリアと提携している海外貿易の会社に就職し、入社と同時に
自らイタリア赴任を希望して、コウ君の後を追うように行ってしまった。
向こうではたまにコウ君と遊んだりしているようだ。
春子は卒業後また専門学校に通って資格を取り、保母さんになった。
在学中はそんなことあまり聞かなかったので、どうしてと聞いたら、
「うーーーん。元々子供好きだし、これからは英語や語学教えられる人が活躍求められそうだし
それに、サッカー教えられるからね!」
と、答えてくれた。
世話好きな春子のことだ、きっといい保母さんになるだろうと私も喜んだのだった。

こうして、それぞれの道へと進んでみんなの活躍が伝わって来た頃の一大ニュース!
私にとって、高校、大学の後輩であり唯一里見教授との思い出を共有している人物、木村君が、今年の
ミステリー文学大賞の栄冠を勝ち取ったのだ。
私が卒業しても木村君と私の交友は続いていた。
手の指の不自由な彼の代わりに、彼の小説の清書をタイピングしてあげたり、多忙になりあまり大学に
来なくなってしまった里見教授の代わりに意見を交換してみたり、なかなか芽が出ない彼を励ましたりと、
小説家と翻訳家。畑は違うけれど同じ文学を愛する者として助力を惜しまなかった。
そのおかげで彼の書き上げた作品はかなりの数が出来上がっている。
その中の一作品がとうとう陽の目をみることになったのだ。
来年には映画化もされるそうだ。



そして今、木村君のミステリー文学大賞受賞パーティーに来ている。
たまたま運良く日本に帰ってきていたコウ君と堂本君、そして春子にもパーティーへの
出席を促し、四人で木村君のお祝いにやってきた。

「それでは、今年のミステリー文学大賞を受賞されました木村望さんにご挨拶を御願いいたします」

司会の女性に促され、マイクの前に立つ木村君。
この日が来ることを信じていたけれど、やはり嬉しい。
私はまた涙が止まらなくなり、春子に肩を抱かれコウ君に背中を叩かれていた。
授賞式、スピーチ、撮影も終わり歓談となったが、さすがに木村君はいろいろな人達に取り囲まれて中々私たちと
話す機会が巡ってこない。こちらもコウ君という今や大スター選手が一緒にいるため、時々撮影を
頼まれたりして、身動きがとれない。
やっと木村君が人垣を抜けているのを発見し、側に駆け寄った。
それでも誰か背の高い男性と話しているようで、声をかけるのを躊躇していたその時に、木村君の方が
私に気づいてくれて、手を振ってくれた。

「先輩! 来てくれたんですか!」

「木村君! おめでとう! とうとうやったねー!」

「先輩がずっと応援してくれてたお陰ですよーー!」

私たちは自然に手を取り合い、まるで子供のようにはしゃぐ。
そして信じられない言葉を木村君から聞いた。

「先輩! 里見教授も来て下さっているんですよ!」

一瞬その言葉に絶句してしまった。
そして視線を感じる方向へ目を向けると、そこにはかつての愛する人が・・・いた。

思わず・・・そう、思わず゛・・・私は感情がそのまま表情に表れた。
・・・・嬉しい! 里見教授!!!

「里見教授! お久し振りです。あ・・・・今は教授じゃなくて理事長でしたね。議員さんとしてもご活躍のようで、
私達教え子は鼻が高いですよ!」

つい型どおりの挨拶をしてしまった・・。
里見教授も以前と変わらない無表情で私を見ているけど、でも・・あの瞳は昔時々見せてくれていた
優しい瞳だ・・・。
ついつい、懐かしい里見教授の顔をじっと見てしまう。
暫く見ないうちに・・・少し歳・・・とったのかな・・・。
髪に白いものがチラホラ・・・。
・・・そっか・・私がもう25だもん。教授は41・・・・。
昔感じていた年代の違いをますます感じて私は寂しくなった。

「いや・・・君のほうこそ翻訳家として随分と活躍しているそうじゃないか」
え?・・・・知っててくれた?

思わず顔が赤くなってしまう・・。これじゃ学生の頃となにも変わってないな・・・。
私は気恥ずかしさからそれ以上教授と会話しているのがつらくなり、コウ君たちを呼びに
その場を離れた・・。
それに・・・教授とこれ以上、型にはまった会話をするのもつらい・・。
もっと別なことを話したい自分が別にいたから・・・。
コウ君や堂本君、春子に、そして私と木村君。晃陽大学でのあの日々が蘇ってくる。
そしてそして、里見教授もここにいてくれる。
もう戻ってくることはないだろう日々の光景が、今また目の前に現れてくれたような気がして
私は感慨に浸っていた。






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