インヴェンションの奇跡

もうすぐ、天之橋理事長宅での学園のクリスマスパーティーだ。
これで三回目にして、そして最後のパーティーになる。
私はすでに三年生。もうまもなく卒業式を迎えることになる。

だから今回は、私にとっては特別。
この三年間バイトも頑張ってきたから、お金もある程度溜まったので、ドレスを新調しようと思っている。
そして、プレゼントを二種類用意している。
一年生の時のプレゼント交換で、私のプレゼントは運良く氷室先生の手に渡った。
先生に当たったらいいなぁと思って買った《ガラスの一輪挿し》だったので、すごく嬉しかった。
先生の好みだったらしくて、先生もとても喜んでくれたみたいだった。
二年生の時、私はまさかまた当たらないだろうなと思ったけれど、なんとなくまた同じ物を買った。
そしたら、また氷室先生に当たったんだ。
先生もさすがに驚いていたけれど、とても喜んでくれた。
同じ物が二つもあっていいのかなぁ・・・と思いながらも嬉しかった。
そして、今年。
なんとなく違う品物にしたら、先生に当たらなくなっちゃいそうな気がして、また同じものを買っちゃった。
まさか・・・三年連続で当たるなんて奇跡に等しいよね。
でも、その奇跡が起こって欲しいとの願いを込めて同じ《ガラスの一輪挿し》を買った。
そして、それとは別に私はある物を用意している。
パーティーとは別に先生に渡そうと思っているクリスマスプレゼント。

せっせと編み進めて、もうすぐ完成する。

白い手編みのマフラー。
セーターとか編みたかったけど、私の腕では無理そうだった。
マフラーならなんとか編みなれているし、変な作りにならなくてすみそうだったから・・。
色はやっぱり先生には白が似合うと思った。
今までの感謝の気持ちと、別な気持ちも込めて私は心を込めて編んでいく。
もしかしたら受け取ってもらえないかもしれないけれど、それでもいい。
私の今にも溢れそうなこの想いを吐き出させてくれる物だから・・・。

教室で授業をする先生を、廊下を歩く先生を見つめながら、自分が編んだマフラーを重ねてみる。
受け取ってくれたらいいなぁ・・。
そして、それをしてくれている先生を見ることが出来たらいいなぁ・・・。
そんなことを考えて先生を見つめてボーッとしていたので、授業中に怒られてしまった。
いけない、いけない。これでは本末転倒。
渡す前に先生に嫌われてしまっては元も子もない。しっかりしなくては・・・。

そんなこんなで今日は12月23日。
私はドレスを新調するために、買い物に来ていた。
去年はピンクのハートのついたちょっと子供っぽいドレスだった。
今年はもう18歳になったのだし、先生にも大人の女性として見てもらいたい。
だから、今年は少し大人っぽいドレスを着たいと思う。
なので、いつものピュア系のお店のブティク・ソフィアを通り過ぎ、花椿先生がオーナーのブティク・ジェスへと向かう。
しかも、今日はバーケンをしているのだ。
私は期待に胸を膨らませて、店内へと入る・・・。

「あーら、子だぬきちゃんじゃなーい?」

「こ・・・・子だぬき?????」

いきなりの呼びかけにびっくりした私だった。

「あら? なにを固まっているのかしら、この子は?」

きょとんとした顔をして、私の顔を覗き込むのはこのお店のオーナー花椿先生だ。

「は・・・花椿先生・・こ・・・子だぬきちゃんはあんまりですよぅ・・・」

「あら、いつもそう呼んでなかったかしら?」

「違いますよ! 」

「あら、そーお? まあ、なんでもいいわ。それよりいい日に来たわねぇ。パーティー用のドレスかしらぁ?」

「・・・良くはないですけど・・・。ええ、ドレスを新調しようと思いまして・・・」

「・・そうねぇ。あなたの去年のドレスはちょっと趣味悪かったものねぇ・・・。あたし、よっぽど説教コいてやろうかと思ったわよ」

「・・・・うううぅ」

「まあ、最近のあなたは普段のセンスもまあまあになってきたしぃ、ここでこのあたしのアドバイスを受けられるって最高じゃない?」

「あ・・・はあ。宜しく御願いします。私、今年は少し大人っぽいドレスが欲しいんです」

「ふーーーん。お目当ての彼がそんな趣味なのかしらぁ?」

「え・・・・。えっと・・・多分違うと思いますけど・・・・・。でも、なんというか・・・」

「まあ、あんたくらいの歳の子は背伸びをしたい年頃よね。このあたしに任せなさい」

「はい!」

そうして花椿先生が選んでくれたのは、黒いロングドレスだった。
それに合わせて、黒いリボンのチョーカーも選んでくれた。
ついでにヘアスタイル、メイクのやり方まで教えてくれた。
さすがは世界に名だたる花椿先生だ。でも、ご本人の奇抜なセンスに私はついていけないんだけどね・・・。

これで少しは先生、私を独りの女性として見てくれない・・・・よなぁ・・。
この三年間で先生のことは理解してきたつもりなので、あまり期待はしてないけれど、それでもいつもと違う私にきづいてほしいと思う。
ああ・・・いけない。まだマフラーが完成していないんだった。
もう大体は編みあがっていて、あとは房をつけてラッピングするだけだ。
急いで帰って準備をしよう・・・。

と、通りを歩いていたら氷室先生を見つけてしまった。

わっ・・・郊外指導かな?
こんな大荷物なところを見つかったら、いろいろと聞かれてしまいそうだ。
そう思って私は物陰に隠れた。

先生はわき目も振らずにいつものようにツカツカと、足音がここまで聞こえるような軽快な足取りで歩いて行った。
私はホッとして歩き出したけれど、ふと気になって振り返ってみた。
すると、先生はジュエリー・ミルイヒの前で立ち止まっていた。

・・・・え?
まさか・・・お店に入っていくのかな? と、思っている間に先生は店内へと入っていった。

・・・・・・・・・・・・。
私はとても複雑な気持ちだ。
今日という日にジュエリー屋さんに入っていくということは、クリスマスプレゼントだろう。
明日のパーティーでのプレゼント交換に出す品物ならば、ミルイヒのような高価な品物にするはずがない。
昨年も一昨年も数学の参考書だったし・・・。
なら、きっと個人的に渡すプレゼントなのだろう・・・。
まさか・・・私に・・? ・・・・・・なんてことあるわけないよね・・・。
はあ・・・・・なんだろう、体から力が抜けていく。
さっきまではあんなに軽かった荷物が、まるで鉛でも入っているような重さに変わる。

やっとのことで家に帰り着いた私は、自分の部屋で座り込んでしまった。
そして、机の上に置いてあるもうすぐ完成の白いマフラーに目をやる。

・・どうしようかな。
もし、誰か別な人に氷室先生がプレゼントを渡すのだったら、私からのプレゼントなんて迷惑になるだけだろうし。

・・・・・・・・・。

これまでの想いが次から次へと溢れてくる。
先生が誰を好きでも、私のこの想いはもう止まらない・・・。
そう、私は先生が自分を好きになってくれないからって、先生への想いを否定したくはない。
それに、どのみち受け取ってもらえないかもしれないのを覚悟して、ここまで頑張って作ってきたんだもん。
とにかく、完成させよう・・・変わらぬ想いをこめて・・・。








そして、今日は24日。クリスマス・イヴ。
学園から急いで帰って支度をしていると、すぐになっちんやタマちゃんとの待ち合わせの時間が近づいてくる。
私は昨日、花椿先生にアドバイスを受けたとおり、いつもよりもちょっとだけ大人っぽく変身してみる。
尽が《孫にも衣装だぜ、ねーちゃん》などと言ったので、ゲンコツしてやった。
無事完成して綺麗にラッピングしたマフラーもちゃんと持ってきた。いつ渡せるかはわからないけれど・・・。

三人で会場へと向かう。
志穂さんと瑞希さんとは会場で会う予定だ。
みんなコートを羽織っているので、どんなドレスなのかは会場についてからのお楽しみだ。
果たして、私は皆になんて言われるんだろう・・。
そして、先生はどう思ってくれる・・・かな。楽しみなようで、それでいて不安だ・・・。

会場でコートと荷物を預かってもらって、すでに大勢の生徒や、先生たちでごったがえしている大広間へと入る。
理事長さんのお宅とはいえ、大きな家だなぁ・・といつも感心してしまうのだった。
普段はとても優しいおじ様って感じの天之橋さんなんだけどね・・・。

「うわーーー。今年はやけに大人っぽいドレスじゃんーーー」

改めてお互いを見たなっちんが私を見て、言い出した。

「えへへへ。今年で最後だから奮発しちゃった」

私はペロっと舌を出して照れた。

「とっても似合ってるねー。いいなー、私にはそんな大人っぽいのきっと似合わないなぁ。羨ましい・・・」

タマちゃんもニコニコしながら言ってくれていた。

「えーー、みんなだってすごく可愛いし、似合ってるよーーー」

このときばかりと女の子は自分をより綺麗に見せるために、画策する。
ある意味涙ぐましい習性と言わざるをえない・・。
そんなことを思う自分もしっかりとその習性に感化されてしまっているわけだけれど・・・。
少しでも綺麗に、そして異性としてみてもらいたい。
例えそれが叶わぬ夢となろうとも・・・。

「おおーーー綺麗どころのおねーちゃんたちが集ったなーー」

一通り女の子たちで着ているドレスについての騒ぎが収まった頃に、これまた普段とは違う衣装に身を包んだ男子たちが側へと近寄ってきた。
着飾るという習性は男女共通なのかも・・・しれない。

「あ・・・姫条くんたちだ」

「おーーっす」

姫条くんの隣には鈴鹿くんの姿も見える。

「おーー、自分今年は随分と色っぽいドレス着てるやんかー?」

姫条くんが私を見てそう言った。

「そ・・そう? おかしくない?」

「よー似合うとるでぇー。俺は自分はこういう服のほうが似合うとると思うんやがなーー」

「そ・・・そう?」

私は恥ずかしくなって思わず俯いてしまった。

「ちょっと姫条! あたしたちもちゃんと見てよねー!」

そこでなっちんが姫条くんの腕を引っ張って言った。

「なんや、お前。いたんか? 気づかんかったでぇぇー」

「こ・の・や・ろ」

いつもの二人の漫才みたいな会話に、私とタマちゃんは笑う。
鈴鹿くんは呆れ顔だ。

そんなことで時間が過ぎていって、天之橋理事長の登場でパーティーの開催が宣言された。

「メリーークリスマス!!」

あちこちでキーーンというグラスのかち合う音が響き渡る。
私たちもそれぞれに乾杯をする。

「・・・・メリークリスマス」

ぼそっと私の背後から聞こえてきたいつものクールな声。

「葉月くん・・」

私は振り向くと、笑顔で彼の持っていたグラスに自分のグラスをかち合わせた。

「メリークリスマス、葉月くん」

「・・・・今日のお前、いつもと違った感じがする」

「・・・そ、そう? このドレス似合わないかな?」

「・・・・いや。ただ違った感じがするって言っただけだ」

それは、似合っているって言ってくれてるの・・・かな?
相変らずよくわかんない葉月くんだけど、それでも誉めてくれているみたいな気はする。
それに私を見る瞳はいつにもまして優しい感じがするし・・・。ちょっとドキッとしてしまった。

「・・・・・それじゃ、俺、行く」

「あ・・・・うん」

そう言って葉月くんは行ってしまった。
わざわざ挨拶しに来てくれたんだ・・・・。

葉月くんの背中を見送りながら、そのまま視線はパーティー会場内を彷徨う。
・・・氷室先生はどこだろう。まだ見かけていない。
先生たちの座る教員席付近を見てみる。
・・・・いないなぁ。
まさか、来ていないなんてことは・・・ないよね。胸の奧がチリッと鳴る。

「・・どうしたの?」

タマちゃんがキョロキョロと落ち着かない私を心配してか、近づいてきてそう言った。

「あ・・・うん。氷室先生・・・まだ来てないのかな・・・って思って・・」

「ああ・・・そういえばそうだねー。もしかしたら、学園にまだいるのかもね・・・」

「あ・・・そうかもね」

帰りのHRでは普通にしていたし、パーティーについての諸注意もいつものようにしていたから、来るだろうとは思うけれど・・・。
・・・・何かあったの・・かな?
私はちょっと心配になってきてしまった。

そんな不安の中でパーティーは進んでいく。
そしてついにプレゼント交換の時間が来てしまった。
私のプレゼントは到着した時にすでに提出している。
このまま先生が来ていないのならば、プレゼントが当たる確率は0になる。
私は少しがっかりだ・・・。
サンタクロースに変装した数人の先生方がプレゼントを配っていく。
そして私の手元に来たプレゼント・・・・これは・・・。

私は慌ててプレゼントの包みを開けた。

《氷室印 微分積分講座》

ええぇっっっ?!・・・・これはいったい・・・。

私が独りで慌てふためいていたその時だった・・・。

「・・・また君に当たったのか。これは一体どういうことなんだろうな・・」

「・・キャッ」

私は思わず悲鳴を上げて後ろを向いた。
そこには腕を組んで佇んでいる氷室先生がいた。
手には今渡されたであろうプレゼントの包みを持っている。

「せ・・・先生。いつからいらしたんですか?」

「ほんの10分くらい前だ。事務処理が思っていたより時間がかかってしまって遅れてしまった。なんとかプレゼント交換に間に合ったようだ」

「・・そうだったんですか」

やっぱりお仕事で遅れてきたんだ。
先生が来てくれたことでホッと胸を撫で下ろした私だった。

「ところで、先生が持っているそれは・・・」

そう、その包みには見覚えがある・・・・まさか。

「ふむ。何やら見覚えのある形のようだな・・・」

そう言って先生は包みを開けていく。

やっぱり・・・出てきたのは私のプレゼント《ガラスの一輪挿し》だった。
なんという奇跡。

「もしや・・・これもまた君か?」

「そうです・・・まさに奇跡ですよね?」

「いや、待ちなさい。奇跡などというものは存在しない。これにはなんらかのファクターが・・・」

「先生ってば、クリスマスなんですからこういう奇跡があってもいいじゃないですか。ロマンティックなままでいませんか?」

「・・・・こういうのがロマンティックというものなのか?」

「そう思えばそうなりますよ」

私はニッコリと笑って言った。

「君がそこまで言うのなら、そうしとくか・・」

先生もフッと笑ってそう言ってくれた。

クリスマスイヴの夜に神様が与えてくれた三度目の奇跡。
私はとても幸せな気分だった。

・・・けど、少しだけ不安が・・・。

「でも先生。ということはそのプレゼント三個目ですよね?」

「ああ・・・そういうことになるな。しかし、私の嗜好と完全に合致しているのでなんら問題はない」

「そ・・・そうですか? 同じ物が三個もあって困らないですか?」

「いいや。それぞれの部屋に飾ってあるから特別なんら問題はない」

「え? みんな飾ってくれているんですか?」

「ああ。中に入れているのは造花だが、それぞれの部屋に彩りを与えてくれている」

「そ・・・そうなんですか」

私は驚きと嬉しさで頬が赤くなっている。
私のプレゼントが先生のお宅でみんな飾られているなんて、こんなに嬉しいことはないじゃない・・。

「・・・・何か問題か?」

先生が困惑顔で私を見ていた。

「い・・・いいえ! 大事に飾って頂いてありがとうございます!」

私はペコリと頭を下げた。
先生はちょっと顔を赤らめていつものようにコホンと咳払いをした。

「・・・コホン。別に君に礼を言われることではない。ところで・・・・・君のその服装は例年と何やら感じが違うようだが・・・?」

「あ・・・・・はい。今年は18歳になったので、少し大人っぽくしてみたくて・・・」

「18歳だからというのが理解出来ないが、学生は学生らしく清楚であれば宜しい。無理に背伸びをする必要はないだろう」

「は・・・はい。すみません」

やっばり似合わないと思ったのかな・・・ガックリ・・。
私は下を向いてしまった。

「あ・・・いや。別に似合わないと言っているわけではない。・・・・女性の変化に少し戸惑っただけだ・・・」

「・・・ぇ?」

私は驚いて顔を上げて先生の顔を見た。
先生は更に頬が赤くなっているようだ。

「・・・コホン。どうでもよろしい」

「はい」

クスリと私は笑った。
その時、窓際にいた生徒たちから歓声が上がった。

「・・・雪だ!!」

「・・・・え?」

「・・・とうとう降りだしたか」

先生がポツリとそう言った。

「ここまでの道中、空気がやけに湿っていたからな。この冷え込みで降りだせば雪になるだろうと思っていた」

「・・・ホワイト・クリスマスですね」

「それになんの意味があるのか、私には理解できない・・・」

「これもまたロマンティックですよ」

「・・・・そういうものか」

「・・・はい」

そうですよ、先生。
最後のクリスマスパーティーがホワイトクリスマスで、そしてそれを先生と一緒に過ごせるなんてこれ以上のロマンティックはないですよ。
と、言いたかったけれどそこは黙って微笑んでいた私だった。





そしてパーティーが終了して、門の前は帰路につく人、二次会へと繰り出す人たちでごった返していた。
なっちんたちからカラオケに行こうと誘われたけれど、用事があるからと断った。
なっちんは何か察したのか、頑張ってねと言ってくれた。

頑張りたいんだけど・・・・・。
ここで先生を捕まえないとマフラーが渡せない。そう思って先生を捜しているんだけど見つからない。
まさかもう帰ってしまったんじゃ・・・・そう不安に思ってウロウロしていたときだった。

「・・・どうした?」

「あ・・・・葉月くん」

葉月くんが近づいてきた。

「・・・・誰か捜しているのか?」

「あ・・・・・うーーんと・・・ちょっ・・・ちょっとね」

「・・・・・・・・・・雪だな」

「・・うん。ホワイトクリスマスだね」

「・・・今から海へ行ったら、寒いと思うか?」

「・・・え? そ、そりゃ寒いんじゃない・・かな」

「・・・・そうか」

私は葉月くんの言っていることがよくわからなくて、首をかしげていた。

「・・・・それじゃ、俺、行く」

「あ・・・うん。またね」

「お前の捜している奴、あそこにいるぞ・・・」

「・・・えっ?」

私が葉月くんが首を向けた方向に視線を移すと、そこには氷室先生がいた。
・・・・良かった、帰ってなかった。
そう思って葉月くんの方を向いたときには、彼はすでに背中を向けて私から離れて歩いていた。

「葉月くん!」

私がそう叫ぶと、背中を向いたまま手を挙げてくれた。
・・・・なんで私が先生を捜していることがわかったんだろう。
まあ、いいや。
とにかく今を逃してしまってはきっとマフラーは渡せなくなってしまう。
私は慌てて氷室先生の側に駆け寄る。

「氷室先生!」

「・・・・君か。どうした、今夜はもう遅い。気をつけて帰りなさい」

「あ・・・・あの」

そうマフラーのことを切り出したときに、私は気づいた。

「先生。今日は車じゃないんですか?」

「ああ。私はこれから酒を飲みに行く」

「それってもしかして、この間連れて行ってくれたマスターさんのお店ですか?」

「ああ・・・そうだ」

私はこれはチャンスだと思った。
先生と過ごせるもしかしたら最後になるかもしれないクリスマス・イヴ。
マフラーを手渡せるチャンスもあるかもしれない・・・。

「お願いします。私も連れていってください!」

「何を言っている。君は真っ直ぐに帰りなさい」

「いやです! お願いします、先生。私、大人しくしてますから!」

「絶対にダメだ!」

先生は怖い顔をして私を睨んでいるけれど、ここで負けてはいられない。
いつもならば、すぐに折れる私が真っ直ぐに先生を見つめるものだから先生のほうが困惑した表情になった。
そのまま先生が歩き出した。
私は黙ってそれについて歩く。
降り続く雪の中、先生の背中を見ながら歩く。
ここからあのお店までどれくらいの距離があるのかわからないけれど、絶対ついていくぞ・・と心に誓った。

そしたらすぐに先生がため息をついて振り返った。

「・・・わかった。私の車で行こう」

「・・え? 車、無いんじゃ・・・」

「理事長のご好意で、屋敷の駐車場をお借りしている。ついてきなさい」

「・・はい!」

私は先生の隣に駆け寄った。

「・・・・まったく君は・・・」

先生は私を見てフッと微笑んだ。

雪の中車は走り出す。
そんなに激しく降っているわけではないので、積もるまではいかないようだ。
私は車窓から外を眺めて、幸せに浸る。

ふと、気づいた。

「・・・先生、車運転しちゃったってことは・・・お酒は?」

「君と一緒で酒など飲めるわけがないだろう」

「す・・・・すみません」

悪いことをしちゃったと思ったけれど、今夜は許してください先生。
最後かも・・しれないですから・・・。
私はそこでまた胸がキュンとしてしまった。








さすがに車だとすぐに着いた。
ドアを開けるとすぐに綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーが目に入る。

「・・・綺麗」

私はそう呟く。

「いらっしゃい、お二人さん」

そう言って出迎えてくれたのが、先生のお友達のマスターさんだ。
私はあの社会見学の後にこのお店に来たときから、またこのマスターさんとお話してみたかったんだ。
先生でない氷室先生を知っている人・・・。
私が知りたい氷室先生でない先生を教えてもらいたかったから・・・。

「言っておくが・・・私たちは」

「はいはい、デートじゃないんだろう。オーダーはレモネード二つ」

「そういうことだ」

先生の言葉が少し寂しく感じたけれど、先生とマスターさんの会話がとても楽しいのでそんな気分も吹き飛んでしまった。
実際、デートとは言いがたいしね・・・・。

この間も思ったけれど、マスターさんの作ってくれるレモネードはとても美味しい。
こんな雪の夜なんて体が温まって嬉しい。
そんな私の目の前でマスターさんが言った。

「それじゃ、ここらへんで零一に一曲弾いてもらおうかな?」

「・・・俺は客だ。この店じゃ客に演奏させるのか?」

わ・・・先生、俺・・・だって。
早速いつもと違った先生を見ることが出来てしまって、私はどぎまぎしていた。

「仕方ないなぁ・・・。それじゃ、零一の子供の頃の話でもしようか?」

「・・・・え?」

その会話の展開に更に驚いた私だった。

「・・・・何故そうなる?」

「何故って、そりゃ退屈だからだよ。生徒さんだって聞きたいよねぇ?」

「はい!!」

先生には悪いけれども私はぜひ聞きたいと思っていたので、明るく即答してしまった。
先生は困惑した表情をした。

「・・・一曲だけだ」

そう言ってスーツの上着を脱ぐと、ワイシャツの袖をめくってピアノに向かった。
ピアノの生演奏が始まると気づいたのか、店内にいる他のお客さんたちの視線が氷室先生に注がれた。
かっこいいなーーー先生。
私も思わず、ジッと先生の姿を目で追った。

先生は楽譜を見ることもなく、弾き始めた。
あの夕暮の音楽室で聴いたときのようなクラシックではなく、ジャズみたいだった。
先生はこんな曲も弾けるんだ・・・すごいなぁ。

「バッハだね」

「・・・え?」

そこでマスターさんが私に向かって話しかけてきた。

「バッハのインベンションというクラシックを零一なりのアレンジでジャズ風に仕上げて弾いているんだよ」

「えーー、じゃあ、即興なんですか?」

「まあ、ジャズっていうのはもともとアドリブ演奏だからね・・・。あいつはクラシックも弾くけれど、ジャズを弾いている時は実に楽しそうに弾いているよ。
実際、不器用なやつなんだよね・・・。あの顔を見てごらんよ。あいつはピアノの前でしか素直になれない・・」

先生はまた今まで見たこと無いような表情を見せてくれていた。
音楽室で弾いていた時とはまた違う顔。
先生でない、氷室零一という一人の男性の顔・・・・なんだ。
私は胸がキューンとするのを感じた。

「ふふふ。いい顔して零一のこと見てるね・・・」

「・・・え?」

マスターさんが突然とそんなことを言い出したので、私はびっくりしてマスターさんを見た。
マスターさんは優しく微笑んでいた。

「あ・・・あの、先生の子供の頃ってどんなだったんですか?」

私は恥ずかしくなって慌てて話題を変えた。

「んーーー。今とあまり変わりないなあ。昔からあんな感じだったよ」

「・・・へえー」

マスターさんは私が慌ててふった話題に別に気にも止めないで答えてくれた。

「曲がったことが大嫌いで、融通がきかなくていつも人とぶつかってばかりいた。それでも自分の信念は断じて曲げない。それでいて、ちゃんと相手の気持ちを考えていて、いつも自分が傷つくことを選んでしまう・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・そしてとてもいい奴だ。そうだね?」

「・・・はい!」

私が即答すると、マスターさんはさっきよりも優しくニッコリと微笑んでくれた。

「・・・零一の面倒はいろいろと大変だけど、宜しく頼むね」

「・・・え?」

「長い間あいつの友達やってるけど、この店に女の子連れてきたのは君が初めてなんだよ。君はきっと特別な女の子だよ」

「・・・そうなんですか?」

「うん、そう。あいつのことは何でもわかる。元々わかりやすいやつだけどね・・」

「うーーん・・・わかりやすいような・・・わかりにくいような・・・・」

「あはははは。そこのところ、これから発見していってくれよ」

「はい、そうします」

そこまで話していたら、場内が歓声と拍手に包まれた。
先生の演奏が終わったらしい。
半分くらいしか聴けなかった気がするけど、素敵なお話聞けたからいいかな・・・・。

「・・・・何を二人で話しこんでいたんだ?」

「えっ・・・見てたんですか?」

「当たり前だ。演奏に集中していても周りくらいは見える」

先生は少し怒った顔だ。

「なんだよ、零一。やきもちかい? 可愛いねぇ」

「ば・・・・馬鹿なことを言うな! 大体お前が弾けと言ったから弾いてやったんだろう!」

「はいはい。俺が悪うございましたよ。でも、零一の演奏のおかげでクリスマスイヴの効果としてはバッチリだ。お客さんもみんな喜んでくれているよ。ありがとう零一」

「う・・・・・ああ」

・・・・やっぱりマスターさんのほうが上手だ。
私は思わずクスリと笑ってマスターさんの顔を見たら、マスターさんは私にウインクしてみせた。





時間も遅くなったので私と氷室先生は帰ることにしてお店の外に出た。
マスターさんはドアまで見送ってくれた。

「また、おいで」

そう言ってくれた。


雪は大分小降りになっており、今にも止みそうだった。
私は少し寂しく思いながら先生の車に乗り込んだ。

さあ・・・いつマフラーを渡そうか。
やっぱり車から降りたときかなぁ・・・・それとも黙って車に置いて降りちゃおうかな・・・。
そんなことを考えていたら、あっという間に家の近くまで来てしまっていた。
私が考え込んでいる間、先生も何も言わず黙っていたみたい。

私は思わず、家の近くの公園の手前で先生に言った。

「先生、すみません。その公園のところで止めて頂けますか?道幅もあるし家も周りにはないから止めても迷惑にはならないと思いますので・・・」

「・・・? わかった」

先生は少し怪訝そうな表情をしたけど、それでも公園の脇の道路に車を止めてくれた。

「・・・降りてもいいですか?」

「・・・寒くないか?」

「・・・平気ですよ」

私はそう言って車から降りて公園の中に歩き出す。

そこは小さな公園なので、ブランコとシーソーと砂場とジャングルジムくらいしかない。
先生も車から降りて私の後をついてきてくれた。
外灯の下、止みそうでいながらもチラチラと降り続くホワイトクリスマスの空の下で、私は先生に向き直った。

「氷室先生、これクリスマスプレゼントなんです。受け取って頂けますか?」

私はそう言って目をつぶってプレゼントの包みを差し出した。

「・・・プレゼントならすでに受け取っているが?」

そう、先生の声だけが聞こえる。どんな顔をしているのかは見えない。

「あれは、パーティー用のプレゼントです。これは先生のために私が作ったんです。お気に召さないかもしれないですけど、ぜひ、受け取って頂きたくて・・・・」

「・・・・・・・・・」

先生は暫く考えていたみたいだけど、黙ってそれを受け取ってくれた。

私は軽くなった手を感じて、顔を上げて先生の顔を見た。
先生はいつもの無表情のまま、プレゼントの包みを見つめている。
そして・・・・。

「開けてみてもかまわないか?」

「は・・・はい」

ほどいた包みから出てきた白いマフラーを見て、先生の瞳は一瞬見開かれていた。

「・・・随分と暖かそうなものだな・・・」

先生はそう言って微笑むとそれを私の目の前で首に巻いてくれた。
・・・うわぁ・・・・。
私は思わず涙がこぼれそうになっていた。

「それでは、君にお返しをしなくてはならないな・・・」

「・・・えっ?」

そう言って先生は、私の目の前にリボンのかかった小さな箱を差し出した。

「・・・これは?」

「・・・君へのクリスマスプレゼントだ」

「・・・ええっーー?」

「・・・コホン。いいから、開けてみなさい」

「は・・・はい」

私は信じられない気持ちで、その箱を受け取って開けてみた。

ジュエリー・ミルイヒのネームが入っているケースにパールビーズのブローチが納まっていた。

「こ・・・・これは」

「私はこういったものはよくわからないので、君が気に入るかはわからないが・・・」

「で・・・でも、こんなに高価な物を・・・」

「そうでもない。それに、君ももうすぐ卒業だ。卒業したら少しずつ良い物を身につけていくのもいいだろう」

「あ・・・ありがとうございます。とっても嬉しいです!!」

そうか・・・やっぱりあの時お店で買ったのはこれだったんだ・・・。
私は本当に舞い上がりそうだった。

「さあ、もう遅い。車に乗りなさい」

「あ・・・もう一つプレゼントをお願いしてもいいですか?」

「・・・・?」

「ここから家まですぐですから、歩いて帰ってもいいですか?」

そう私が言うと、先生はフッと笑った。

「・・・・わかった」

私と先生は並んで歩く。
ほんの数メートルの距離だけれど、私はとても幸せだ。
今だけ、先生と生徒じゃなく歩いているのだと妄想させてくださいね・・・・零一さん。
そう心の中でだけ私は呟いてみた。

「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました!」

自宅の門の前に着いて、私は生徒の顔に戻って先生に向かって頭を下げた。
そう言って門の中へと入ろうとしたら、先生が心配そうな表情で私を見た。

「もう11時だ。ここはやはり私からご両親に挨拶をしておいた方がいいのではないだろうか?」

「大丈夫です。パーティーが終わった時にちゃんと電話して先生と一緒だって言ってありますから・・」

それにうちの家族はわりとそういったことに鷹揚だった。
連絡さえちゃんと入れればどうこう言われることはあまりない。
心配してくれる先生がとても嬉しかったけれど、心配かけるのも申し訳なかった。
でも、そこで先生の表情がフッと変化したんだ。

「・・・・・・先生と・・・・」

えっ・・・・・どうしたんですか、氷室先生。
なんだろう・・・何か悲しそうな苦しそうな表情を一瞬見せた。
すぐにその顔は消えたけれど・・・・。

「・・・そうか。そうだ・・・な」

私はよくわからなかったけれど、胸の奧がキューンとなった。

「それでは、失敬。メリークリスマス」

そう言って先生は私が編んだ白いマフラーを靡かせながら、車に向かって歩いて行った。
私は先生の広い背中が遠ざかっていくのを見ながら、手に持ったブローチの箱を強く握り締めていた。






翌日の学園内。
昨日の騒ぎが嘘のようにいつもの学園生活が始まっていた。
氷室先生もいつもの顔。
そして私もいつもの私。
それでも、昨晩の奇跡続きのクリスマスの夜を、私は生涯忘れないと思う。




卒業まであと二ヶ月・・・・。





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