クラヴィスの目の前に聖地の入口であり、出口でもある聖門が現れた。
クラヴィスは歩みを止めることなく聖門をくぐり、外の世界へと足を踏み入れた。
サワッと聖地とは違う風がクラヴィスの体を撫でていった。
振り返ることもなく真っ直ぐに進み続けるクラヴィスの背中を、リュミエールの竪琴の音色が悲しげに追いかけていた。
六人が聖門まで来たとき、クラヴィスの姿は小さくだが見えていた。
「ルヴァさま、まだ走っていけば追いつきますよ!」
「行きましょう、ルヴァさま!」
ランディとマルセルのその言葉に、ルヴァは静かに答えた。
「いいえ。ここまでにしておきましょう。それがあの人の望んだことなんですから・・。それにほら、リュミエールも竪琴でお別れをしています。私たちもここでお別れを致しましょう」
その言葉に初めてリュミエールの竪琴の音色が、哀しげに響いていることに皆気づいた。
だが、オリヴィエは大きく息を吸い込むとクラヴィスに向かって呼びかけた。
「おーい、クラヴィスー!! 元気でねーーー! ほら、アンタたちもお別れを言いなさいよ。きっと聞こえるよ」
「はい。クラヴィスさまーーー! 僕たち頑張りまーーーす!!」
「クラヴィスさまーーー! 今までありがとうございましたーー!!」
呼びかけたのはランディとマルセルだけだったが、他の者たちも心の中で同じように思っていた。
その声が聞こえたのか、クラヴィスは振り返ってこちらを見た。
そして、軽く手を上げた。
不思議と彼らの心に安らぎのサクリアが流れ込んできたようだった。
クラヴィスは何処へ行くという目的のないまま歩いていた。
やがて、大きな樹の横を通り過ぎようとした時、ふと、樹の影に見覚えのある黄金の髪が風に揺れているのが目に入った。
「ジュリアス!?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・お前が聖地の外に出るとはな・・・。私を待っていたのか?」
「ああ。ここならば誰に見られることも無かろうと思ってな・・」
「フッ。それはわからんぞ。先程も残りの守護聖が皆、聖地の外まで私を追いかけてきていた」
「ほう。そなたもまた随分と慕われていたようだな」
「・・・・そうだな。光の守護聖でさえ、こうして現れたくらいだからな。私も驚いたぞ」
「フッ。文句を言いにきたのだ。・・・・これまでよくもこの私を謀ってくれたものだな」
「何のことだ?」
「この私に黙って聖地を去るつもりだったのだろう? 以前から気づいていたくせに私に相談も無しとはひどい話だ」
「・・・相談したからといってどうにかなるものではあるまい?」
「・・・・それはそうだが・・・。だが、しかし!」
「・・・お前の言いたいことはわかっている。すまなかったな・・・」
「う・・・わっ、わかればよい・・」
ふと、二人の瞳が交わされた。
そして二人の中に少年の頃からの思い出が駆け巡っていった。
「・・・・私が今日去ることを陛下に聞いたのか?」
「ああ。すべてを聞いた。そなたには感謝をせねばなるまい」
「・・・別にお前に感謝されることではない」
「なに?」
「私はただ、もう一人の男のためにしただけだ」
「リュミエールと新宇宙の女王のことか?」
「そうだ。お前も認めてくれるだろうな?」
「当の私が現女王と契りを交わすのだ。反対など出来るはずもあるまい・・・」
「・・・・そうか」
「そなたはこれからどうするのだ?」
「さあな。カティスではないが、のんびり旅でもして暮らすかな・・・」
「前女王を捜さないのか?」
「・・・・?!」
「私のアンジェリークが言っていた。彼女が女王に即位した時、自分が不慣れなのと続けての女王試験やらで、今まで聖地に住む我々守護聖の時の流れと外の世界の時の流れにそれほどの差は生じさせてないそうだ。我々の一日に対して、外の世界では長くても数ヶ月しかたっていない。だから、前女王はこの世界で存在しているはずだ」
「・・・それでも私より年上になっていることは間違いないようだが・・・?」
「そんなことを気にするそなたではあるまい?」
「フッ。だが、どうやって捜す?」
「とぼけているのか? そなたの持つ遠見の水晶球に願えばたちどころにわかるのではないか!?」
「フッ、ハハハッ。そうか、その手があったな・・・」
その時、二人の間を心地よい風が吹き抜けていった。
「ほう。外の世界は秋風が吹いているのか・・・。冷たくて、それでいて爽やかな風だ。聖地には季節がないからこんな風を感じることはなかったな」
「ああ。これからこの世界は厳しい冬に向かうわけだ。だが、また春がやってくるのだな。私は春風が好きだ。明るく暖かな光を運んできてくれる春風が・・・・」
「そうか。ならば早くお前の春風の元へ帰ってやるのだな。今頃心配しているかもしれぬ。お前が私と共にこのまま行ってしまうのではないかと・・・」
「フッ。馬鹿なことを・・・。私のサクリアはまだまだ健在だ。だが、いずれその日が来たときにはそなたと同じように去るだけだ。それも二人でな」
「・・・そうか」
「その時にはそなたに逢いに行くからな。それまでせいぜい長生きしていることだな」
「それは随分と無茶を言う。ヨボヨボになった私を見て笑う気か? ならばさっさと墓に入ってしまうに限るな・・・」
「なんだと?!」
「・・・冗談だ。せいぜい楽しみに待っているぞ、ジュリアス」
「・・・ああ」
「では、さらばだ・・・」
「・・ああ・・・さらばだ。私の片翼・・・」
ジュリアスは、クラヴィスの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
そのジュリアスの傍らには秋桜が秋風に揺れていた。
それから間もなく、聖地では現女王アンジェリークと光の守護聖ジュリアスの結婚式が執り行われた。
そしてすぐその後、新宇宙の女王アンジェリークと水の守護聖リュミエールの結婚も発表された。
クラヴィスが前女王アンジェリークと出会えたのかどうかは、誰も知らない・・・・。
終わり
あとがき おまけ
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