リュミエールは曲を奏でるというよりも、ただ指だけが動いているといった状態だった。
そんな様子をお茶を口に運びながら見ていたクラヴィスだったが、ついに口を開いた。
「リュミエール。話を聞いてもらいたいのだが・・・」
「はい、何でしょうか? そのように改まわれて・・・」
「・・・以前、私が心を動かされた女性がいたことは知っているな?」
「はっ・・・はい」
「彼女は私ではなく女王の道を選んだ。私と共に生きるよりも、女王として宇宙に君臨することを選んだ。そう思っていた、最近までは・・・・」
「最近までとは・・・?」
「続けての女王試験。そして二人の女王と接しているうちに気づいてきたのだ。あの時のすれ違いの意味を・・・」
「・・・すれ違い?」
「私が彼女に告白した時、彼女は私が好きだと言ったが、女王候補であるが故に考える時間が欲しいと言った。翌日、約束の森の湖に現れたのはジュリアスだった」
「ジュリアスさまが?!」
「お前にも想像がつくだろう? ジュリアスが私に何を言ったか・・・。だが、そんなことよりも私は彼女が来なかったことにショックを受けたのだ。それが彼女の答えなのだと私は思った。後でルヴァから、彼女が宮殿からの急な呼び出しで私を待たせてはいけないと、ジュリアスに伝言を頼んだのだと聞いた。だが、私の心はすでに砕けてしまっていた。彼女が何を言っても、誰が何を言っても、もはや私は受け付けなかった。そんな中で彼女は女王となった・・・」
リュミエールは、何故クラヴィスが、今、自分にこんな話をするのか理解出来ないでいた。
そんなリュミエールを知ってか知らずか、クラヴィスは淡々と言葉を続ける。
「だが、もしあの時彼女が来ていたら、私に何と返事をしていただろうか。きっとこう言ったのではないだろうか。《自分は女王になる。しかし、独りでではなく、あなたと一緒に》・・・と・・・」
「・・・・!」
リュミエールは驚愕した。
そして、同じことを言った水色の瞳の人を思い出していた。
「愛はエネルギーになる。こんな私でさえ恋をすれば変わる。そのエネルギーを与え合えば、女王であろうと守護聖であろうとその責務を倍の力で全う出来るのではないか? 女王や守護聖という表面的なものにとらわれて不幸になっていては、この聖地の中は不幸な人間ばかりになってしまう・・・」
「・・・クラヴィスさま。・・・何故・・・そのようなお話をわたくしに?」
リュミエールは恐ろしさに震えていた。
もしや、クラヴィスは自分のことを知っているのではないか・・と。
「・・・フッ。ジュリアスとアンジェリークのことを知っているか?」
「・・・ジュリアスさまと現陛下のことですか?」
「そうだ。あの二人は女王試験の頃から思い合っていた。しかし、互いに胸の内を明かさぬまま今日まで来ていた。女王と守護聖という肩書きに身動き出来ずにいたのだ。だが、先程聞いた話では、あの二人はとうとう思いを打ち明け合い、共に歩むことを決めたようだ」
「何ですって?!」
「・・どうした? そんなに驚くことか? まあ、あのジュリアスが相手だからな。だが、ジュリアスも表面では片意地張っているが心の内は純真無垢な少年のようなやつだ。アンジェリークの真っ直ぐな心で迫られては、虚勢などどこかへ吹き飛んでしまうだろう。これでもう、私と同じ過ちを犯して無気力無関心な守護聖が誕生することもなくなるというわけだ・・・」
「・・・・クラヴィスさま」
リュミエールは確信した。
やはりクラヴィスは自分のことを知っている。
そして、自分には同じ想いをしてくれるなと言ってくれているのだと・・・。
自分の中にあった心の枷が一気に無くなっていくのを感じた。
だが、まだ一抹の不安が残っていた。
「・・・お話はよくわかりました。ですが、クラヴィスさま。何故そのようにご自分のことをお話して下さるのですか? 他にも何かおっしゃりたいことがおありなのでは・・・?」
その言葉にクラヴィスは小さなため息をついた。
「・・・今まで世話になったお前に・・・黙ったままなのも酷だな。・・・・私はもうじき聖地を去る」
「ええっ!?」
先程よりもショックな話に、リュミエールは言葉が出なかった。
「リュミエール。今まで何故黙っていたと責めないでくれ。私自身ギリギリまで気づかなかったのだ。これまで長い間、自分のサクリアにもまるで無関心だったからな・・・。だが、いずれは来ることだ。お前にも他の誰にでも・・・。私の場合、遅いくらいだろう・・」
「・・・・クラヴィスさま」
「・・・そんな顔をするな。私はむしろホッとしている。私はすでに守護聖としての自分に疲れ果てていた。やっと解放されるのだ。無論、お前たちとは永遠の別れになるのだろうがな・・・」
「クラヴィスさま・・」
「お前には世話になった。私のような者に心を尽くしてくれた。感謝している」
「・・・そんな」
リュミエールは何と言ったらよいのかわからなかった。
本当はたくさん言いたいことがあるのに、胸が痞えてなかなか言葉として出て来なかった。
「・・・いつ・・・なのですか?」
「・・・・まだ、わからぬ。すでに次期闇の守護聖は聖地に向かっているとのことだが・・・」
「・・・他の皆さんには?」
「・・・いいや。お前が最初だ。もっとも、私は他の連中に知らせるつもりはない。無論、女王やロザリアは知っているが、私が口止めを願い出た。だから、お前も他言は無用だ」
「・・・ですが、それではあまりにも・・・」
「良いのだ」
クラヴィスの瞳は静かだった。
そして、これまでに見たどんな時よりも優しく、穏やかな表情だった。
もはや、何も言うべきではない。
リュミエールはそう感じた。
「・・・わかりました。でも、去られる時がお分かりになりましたら、わたくしにだけはお知らせくださいね・・」
その言葉にクラヴィスは一瞬、戸惑ったような表情を見せた。
「・・・わかった」
クラヴィスはそう一言言うと、優しく微笑んだ。
リュミエールの去った後のクラヴィスの表情は先程とは違い、とても悲しそうだった。
明日、聖地を去るとはどうしても言えなかった。
心の中で、すまないと詫びるクラヴィスであった。
リュミエールは落ち着いていた。
確かにクラヴィスのことはショックであり悲しいことであったが、その時には必ず自分に知らせてくれると約束してくれたこともあり、今は考えないことにした。
それよりも、あのジュリアスと現女王が二人で新たな道を進むという話に心が向いていた。
それならば、自分たちも同じように歩んでいけるのではないか・・・・そして、そのことを絶えず自分に言い続けていたアンジェリークの想いを拒絶し、あまつさえ、あのように追い詰めてしまった自分を責めた。
夜も更け、やがて部屋の隅に光が現れると新宇宙の女王アンジェリークが姿を現した。
今夜の彼女の瞳も、悲しみに包まれ心ここにあらずといった表情である。
リュミエールはそんな彼女を見ていたら、胸に込み上げてくるものを感じて思わず駆け寄ると、強く彼女を抱きしめた。
アンジェリークの表情は暫くの間変化は無かったが、リュミエールの体が小刻みに震え、僅かに嗚咽が聞こえてくるとハッとしたように体を離して彼の顔を見た。
「・・・リュミエールさま?」
リュミエールの美しい水色の瞳からは、優しい水が流れていた。
さすがにアンジェリークの瞳も心配そうに見つめ返している。
「・・・・許してください、アンジェリーク」
そう言うと、再び彼女を抱きしめたリュミエールだった。
「・・・あなたのおっしゃる通りでした。女王や守護聖という表面的なものに捕らわれ、愛しいあなたを苦しめ続けてきましたが、わたくしにもやっとわかりました。愛しい方が側にいてくれることがどんなに幸せなことなのかを・・・。アンジェリーク、わたくしを許して頂けますか? わたくしをまだ愛して頂けますか? こんなにもあなたを苦しめたわたくしを、まだ必要として頂けますか?」
「・・・リュミエールさま!?」
アンジェリークにとって、青天の霹靂であった。
心まで凍り付いていた彼女にとって、この突然の言葉にどう返事をしたら良いのか思いつくまでに、暫く時間がかかった。
「も・・・勿論です。謝らなければいけないのは私のほうです。私は・・・・あの時から半ばヤケになってしまって、あなたにとても酷いことをしてしまいました。リュミエールさまこそ、こんな私を嫌いになったんじゃないですか?」
そう不安そうに顔を上げるアンジェリークの表情からは、もう以前の人形のような様子は消えていた。
「・・・ああ。いつものあなたの表情に戻られましたね。良かった。安心してください。わたくしはあなたにああされることを心の奥底で望み、そして喜んでいたのですから・・・。ですが、今夜はわたくしにあなたを愛させてください。独りの男性としてあなたを愛したいのです・・」
「リュミエールさま。・・・嬉しい・・・」
アンジェリークの瞳にも涙が溢れていた。
リュミエールはアンジェリークに軽く口づけをすると彼女を抱き上げ、寝室へと運んだ。
アンジェリークをベッドへと横たえると、彼女の髪を撫でた。
「アンジェリーク。わたくしはこれから、あなたがおっしゃる通り、あなたと共に宇宙を支えていきましょう。とは言っても、わたくしは女王であるあなたに何もしてあげられませんが・・・」
「いいえ。こうしてあなたが私をこの優しい水色の瞳で見つめて下さっていれば、それだけで私の力は何倍にも増大します。ああ・・・私は今、とても幸せです。体だけの繋がりなんて、あんなに虚しいものだなんて思わなかった。心さえあれば、こんなにも満ち足りた気持ちになるんですね」
「そうですね。そんなことも分からずに、あなたのためだなんて理由をつけて、自分の心を偽っていたわたくしの愚かさ。許してください、アンジェリーク。わたくしもとても幸せですよ。愛するあなたをこうして心から抱くことが出来るのですから・・・」
「・・・・リュミエールさま」
二人は互いの心を確かめ合うように肌のぬくもりを求め合った。
翌日、クラヴィスはいつものように執務室で香りの良いお茶を飲んでいた。
暫くして、いつも窓を覆っていた黒く重いカーテンを一斉によけると窓を開けた。
いつも暗闇に包まれていた闇の守護聖の部屋に明るい日差しが差し込み、キラキラと光輝いた。
(フーーッ。私にはまばゆいな・・・)
クラヴィスは、母から譲り受けた水晶球とタロットカードだけを持つと、ぐるりと室内を見渡してからそこを出た。
クラヴィスが向かったのはルヴァの部屋である。
ルヴァは、相変らず本を読んでいるうちに夜を明かしたとみえて、部屋の明かりがついたままだった。
「あーー、どうしました? あなたがこんな朝に私を訪ねて下さるなんて・・・。さあ、どうぞ。今、お茶を煎れますから・・」
「いや。近くを通りかかったので寄ったまでだ。すぐに行く。ただ・・・」
「・・ただ?」
「・・・・フッ。いや、何でもない」
「・・・? そうですか、残念ですねーー。いえね、実はまた珍しいお茶請けを手に入れたんですよーー。<かりんとう>っていうんですがね。これまた美味しいんですよー。では、後でリュミエールに渡しておきますので、良かったら食べてみて下さいねーー」
「・・・ああ。ではな」
「はい。では、また」
次にクラヴィスが向かったのはジュリアスの部屋であった。
これまで彼からジュリアスの部屋へと赴くことなど滅多に無かったため、ドアの前まで来ると少し躊躇したクラヴィスだった。
やがて、静かにドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。
(・・・留守か。最後に一目会っておきたいと思ったのだが・・・。フッ、仕方あるまい。さらばだ・・・ジュリアス)
クラヴィスは少し寂しそうな表情をすると、その足を庭園へと向かわせた。
庭園中央の噴水の辺りまで足を進めると、少年守護聖たちがいつものように何やら言い合っていた。
三人はクラヴィスを見つけると、少し緊張した面持ちになった。
いつものクラヴィスならば、ただ黙って通り過ぎるだけだったであろうが、静かに近づいて行った彼である。
「・・・そこで何をしている?」
「あっ、えっと・・・いつもの口ゲンカなんです。ボクの話にゼフェルが文句を言ってきて、それをランディが怒ってくれたんですが、そこからまた二人の口論が始まっちゃって・・・。もう、クラヴィスさまからも言ってやってください!」
マルセルは言葉をかけてもらえたのが嬉しかったのか、子供のようにまくし立てた。
慌てたのは二人である。
「なーに言ってんだ、お前は!!」
「そうだよ、マルセル! わざわざクラヴィスさまに言う事でもないだろ!?」
「だって、いい加減にしてほしいんだもの。ボクの気持ちだってわかってよね!!」
そんな三人の様子にクラヴィスはクスクスと笑った。
三人の表情は固まってしまった。
「ゲッ。クラヴィスが笑っていやがる!?」
「・・・俺・・・初めて見た」
「・・・ボクだって・・・」
呆然と見ている三人を尻目にそのまま背中を向けて去っていくクラヴィスであった。
「・・・どうしたんだ? あの野郎は・・」
「ああ。何だかクラヴィスさまじゃないみたいだ・・・」
「うん。・・・でも、クラヴィスさまの瞳・・・とっても優しかったよ・・・」
三人の胸の内に何かしら締め付けるものがあった。
ルヴァは先程クラヴィスに約束した<かりんとう>をリュミエールに持って行こうと、戸棚の中を捜しながら考えていた。
(・・・どうも・・・気になるんですよねーー。先程のクラヴィスの様子。それに最近はジュリアスや女王陛下の様子も変だったですし・・・・。うーーーん。私は何か大事なことを見逃しているような気が・・・・)
突然、ある考えが頭の中を過ぎった。
手に取った菓子の袋がボトボトと床に落ちた。
「まっ、まさか!?」
ルヴァは一目散に女王の部屋へと駆け出して行った。
クラヴィスは庭園を真っ直ぐに聖門へと向かっていた。
途中の占い館の横でオリヴィエとオスカーが立ち話をしていた。
「あーら、クラヴィスじゃないの? あんたがこんな所に来るなんて珍しいじゃない?」
「おい、オリヴィエ。それはヤボな質問だぜ。クラヴィスさまだって大人の男だ。気になる女性のことでも聞きにいらしたんじゃないのか?」
「ばか! あんたじゃあるまいし、んなわけないじゃないよ! ねぇ、クラヴィス?」
「フッ、さあな。そういうお前たちはここで何をしている?」
「私はねぇ・・・ちょっと気になるあの子とラブラブフラッシュ! なんてね。・・・ってこと」
その答えにクラヴィスが言葉を出す前にオスカーが突っ込みを入れた。
「女王試験も終わったのに、一体誰とラブラブフラッシュするんだ?」
「あーら、私だって女王候補じゃなくたって気になる子くらいいるわよ!」
「まさか・・・他の守護聖の誰かじゃないだろうな?」
「んフフフッ。もしかしたら、アンタかもしれないよーーん♪」
「うっ!! オリヴィエ。お前、そりゃシャレになってないだろう?」
「それ、どーゆー意味よ!」
ついにクラヴィスは二人の会話に声をあげて笑った。
「クックッ。お前たちの会話はいつ聞いてもおもしろいものだな・・」
「・・・・・?!」
「・・・・あんた・・・・いったいどうしたの?」
二人とも、クラヴィスの様子に茫然自失である。
「・・・別に。・・・ではな」
去っていくクラヴィスの背中を、さすがのこの二人もなすすべがなく見送っていた。
リュミエールは、再びアンジェリークと心を通わせることが出来た喜びをクラヴィスに伝えたいと、彼の部屋に向かっていた。
そして、今までのことをすべて話そうと心に決めていた。
それに加えて、クラヴィスへの心からの感謝を・・・・。
しかし、彼の部屋を見て愕然とした。
光が満ち溢れているその部屋は、すでに闇の守護聖の部屋ではなかった。
リュミエールはすべてを悟った。
リュミエールは部屋を後にすると、自分の長いローブが乱れるのも構わずに走った。
そして、自分の部屋に飛び込み、竪琴を手に取るとまた走った。
庭園まで走ってくると、まだ少年守護聖たちがいた。
リュミエールの今まで見せたことのない慌てぶりに、ただ驚いている三人であった。
「ど、どーしたんですか? リュミエールさま?!」
「ハア、ハア・・・クッ、クラヴィスさまを、見かけませんでしたか?!」
「クラヴィスならさっき、この道を占い館の方へと行ったぜ」
「それも何だか様子が変でしたけど、何かあったん・・・・」
ランディの言葉を最後まで聞かずに、リュミエールはまた走った。
その後姿に再び呆然とする三人である。
「クラヴィスといい、リュミエールといい、どーなってんだ?!」
ゼフェルが呆れたように言ったところへ、今度はルヴァが走ってきた。
「ハァ、ハァ・・・・ハァ・・・」
体力的に劣るルヴァは、ここまで走ってくるので息があがり、なかなか声が出ないようだ。
「ルヴァさま?! いったいどうしたんですか?」
「クッ、クラヴィスを見かけませんでしたか?」
「・・・今、リュミエールも同じこと聞いて血相変えてあっちへ走って行ったぜ」
「それに・・・クラヴィスさまも何か変でしたし・・・」
「ハァ、ハァ。・・・・ということは、クラヴィスはすでにここを通って行ったんですね?」
「はい。少し前ですけど・・・」
「あーもー! ルヴァ、いったいどうしたってんだよ!!」
ゼフェルの言葉にルヴァは大きく深呼吸をした。
「ハーーッ。実は今、女王陛下から伺ったんですが、クラヴィスが今日この聖地を去るんだそうです!!」
「えーーーっ!?」
三人は驚きに体が固まった。
ルヴァはそんな三人の様子にもかまわずに続けた。
「明日には次の闇の守護聖が到着するそうです。何でもクラヴィスが誰にも言わないで欲しいと陛下にお願いしたらしいんですよ。まったく、あの人も冷たいですねぇー」
「ケッ! あいつの考えそうなことじゃねえか! カッコつけやがってよ!」
「そうかー。だからクラヴィスさまはボクたちにあんな優しい瞳をして下さったんだ・・・」
「・・そんなことより、追いかけなくていいんですか? このままお別れだなんてあんまりだと思いますけど・・・」
「ああ・・・そうですねーー。間に合わないかもしれませんが、追いかけてみましょうか!?」
リュミエールはまだ走っていた。
そして、何を思ったのか正門への道とは違う横道へと入っていった。
そこは小高い丘になっており、頂上からは占い館付近が見渡せた。
リュミエールは頂上に着くと竪琴を弾き始めた。
息が乱れ、手が震えて、いつもの演奏とは比べ物にならないが、それでもクラヴィスへの想いが音色に現れていた。
その音色は、すでに聖門の見える場所まで歩を進めていたクラヴィスにも聞こえた。
クラヴィスは足を止めると、音色の聞こえてくる丘の上へと視線を向けた。
幽かにリュミエールの姿を認めることが出来た。
そして、リュミエールにもこちらを見上げるクラヴィスの姿が見てとれた。
言葉を交わすことなく、視線を合わせることもなく、ただ見つめ合う二人であったが、互いの心は切ないくらいに伝わってきていた。
(・・・リュミエール。お前は私とは違う道を歩むがいい。さらばだ・・・・)
(・・・泣いてはいけない・・・。涙であの方の姿が見えなくなってしまう・・・。もう二度と・・・逢うことのかなわないあの方の姿を・・・・最後まで見届けて差しあげたいのだから・・・・)
ルヴァたちはやっとのこと占い館の側にいたオスカーとオリヴィエに出合った。
「どうしたのよ? 揃いも揃って・・・」
「しかもまた随分と慌てているもんだな。どうした?」
「よーーー。クラヴィスがここを通らなかったか?」
「ああ、クラヴィスさまならさっき会ったが・・?」
「それもクスクス笑っちゃったりしてさ。私たちビックリよ。あの人いったいどうしちゃったわけ?」
「どうしたもこうしたもないんですよ。クラヴィスさま、今日聖地を去られちゃうそうなんですよ!」
「なんだって!?」
「・・・守護聖交代ってわけ? でもなんで今まで誰も気づかなかったのさ! カティスの時は皆知ってたじゃない!」
「お、オレにそんなこと言われても・・・・」
掴みかからんばかりのオリヴィエにランディはタジタジである。
「・・・クラヴィスがそれを願ったんですよ」
ルヴァの言葉に、オリヴィエは吐き捨てるように言った。
「フン。あの人らしいけど・・。いやなやつだよね、ジュリアスと一緒でさ・・」
「そう言うなよ。俺はなんとなくわかるぜ。そういう気持ち」
「そーだよなぁ・・・。オレもそんときはそーすっかもな」
オスカーの言葉にゼフェルが腕組みをしながら頷いた。
「ねぇ、こんなことしている間にクラヴィスさま、聖地を出ちゃうよ。追いかけなくていいの?」
マルセルの言葉に皆ハッと我に返った。
「そうだ、急ごうぜ」
六人となった守護聖が一斉に聖門へ向かって走り出した。
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