翌日、闇の守護聖クラヴィスが女王謁見の間へと呼ばれていた。
ついに、新たな守護聖となる人物が聖地に到着する日がわかったのである。
「・・・次期、闇の守護聖は明後日この聖地に到着するそうです」
「・・・わかりました」
「・・・準備は出来ているの?」
「・・・いつでも」
「・・・そう。・・・・ねぇ、クラヴィス。次期闇の守護聖との引継ぎも兼ねて、世話役として暫く聖地に留まっては頂けないかしら? 闇の守護聖として本当に長い間責務を果たしてきたあなたですもの。その経験を次の闇の守護聖に伝えてあげたらその人も心強いと思うの。どうかしら?」
その言葉にクラヴィスは、フッと笑みを浮かべた。
「その申し出は辞退させて頂きます。私などが世話をしては、私と同じような怠惰な守護聖になってしまう。そうなったらジュリアスの眉間が今まで以上に歪められてしまうでしょう。あれ以上ジュリアスを苛つかせては、さすがに皆にも影響が出てくるでしょう」
それを聞くと女王もまた、クスリと笑った。
「そう・・・かもしれないわね。・・・わかりました。今の言葉は取り消します。では、もうこれでお別れなのですね?」
「・・・・・・」
補佐官ロザリアも悲しそうに言った。
「わたくしたちが女王候補の頃から、あなたにも思い出をたくさん頂きました。忘れませんわ。陛下も、わたくしも・・・」
「・・・そうだな。私も思い出というものを得たのかも知れぬな・・・。この聖地で・・・」
再び女王が寂しそうに聞いた。
「いつ・・・・発つの?」
「明日中には・・・」
「やはり、誰にも言わないでいくつもり?」
「・・・・・・」
「ジュリアスにも?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・わかったわ」
「・・・・・それでは」
そう言うと、背中を向けたクラヴィスだったが、すぐに向き直ると先程跪いていたときとは違い、今度は立ったまま女王の側近くまで歩みを進めた。
「陛下。いや、アンジェリーク。私は今、闇の守護聖としてではなく、一人の友人として最初で最後の願い事をお前に聞いてもらいたいのだが・・・?」
「まあ。どうぞ、おっしゃってください」
女王もまた、玉座から降りると、以前良く見せたひまわりのような笑顔を見せた。
「お前は、女王というものは恋をしては勤まらないものだと思うか?」
「えっ?!」
「私の以前のことは知っているはずだ。前女王がまだ女王候補だった頃、私たちは恋をした。しかし、彼女は女王の道を選んだ。私はその時、差し伸べた手を払われたと思った。進むべき道が別れてしまったと思った。しかし、最近見た二組の男女を見ていて思った。彼女は私と共に宇宙を統べる女王になろうとしていたのではなかったのだろうかと・・・。私がそれに気づいてやれず、私が彼女の差し伸ばした手を払ってしまったのかもしれないと・・・。女王という責務は愛する者と一緒には出来ないものなのか? そして、その逆もしかり・・・。いいや。愛する者がいてこそ、自分の力に新たなる力が加わり、発揮出来るのではなかろうか? お前はどう思うのだ? アンジェリーク」
「わっ・・・私は・・・」
「お前も心の奥では同じように思っていたのではないか? しかし、相手があの光の守護聖では無理だと決めているのではないか?」
「クラヴィスさま。・・・・それじゃ」
「そうだ。一組の男女はお前たちだ。女王候補の頃から気づいていた。お前とジュリアスとの間に女王候補と守護聖以上の気持ちが通い合っていたことを・・・。だが、あのジュリアスのことだ。自分の心を殺してでも首座の守護聖としての責務を全うしようとするに違いないと思っていた。本当はお前を心から愛しているというのに・・・。あの、レクウサの岬に咲き誇る白い花のように・・・・」
「・・・・知ってらしたんですか?」
「・・・・ああ。あの花は光の守護聖の心の奥から沸きあがった想いの姿だ。もっとも、当のジュリアスは気づいていないようだがな・・・」
「・・・ああ」
女王は涙ぐんでいた。
「アンジェリーク。ジュリアスも心の奥では女王と守護聖としてではなく、お前と共にいたいと思っているのだ。だから、お前から手を差し伸べてやってくれ。あれのことだから素直に手は出さぬと思うが、その時は無理やりにでも掴んでくれ。そうすれば、あれの凍った心も解放されるだろう。そして、もう一組の男女も・・・」
「それは・・・新宇宙の女王のこと?」
「そうだ。そして、その相手はリュミエール」
「・・・そう。なんとなく気づいていました。だから、私は即位前日にあの子にチャンスをあげました。私のようにはならないで欲しいと思って・・・」
「・・フッ。リュミエールのことだ。あやつも守護聖の立場を越えられなかったのだろう。しかし、新宇宙の女王はあの気性だ。そう簡単にはあきらめなかったらしい。それ故、リュミエールもまた、苦しんでいる。・・・・もう、終わりにしたいのだ。私のような想いを誰にも味わわせたくないのだ。アンジェリーク。お前の力で皆を幸せに導いてやってくれ。暖かな心の天使よ・・・・」
女王は、暫くクラヴィスの薄紫の優しい瞳を見つめ続けていた。そして、美しいエメラルド色の瞳を嬉しそうに細めた。
「ありがとう、クラヴィスさま。何だか私、勇気が沸いてきました。あなたの御願い、確かに承りました。でも、上手くいくかはわかりませんよ!」
「フッ、大丈夫だ。あれの気持ちなど私には手にとるようにわかる。私を信じろ」
「はい!」
まるで女王候補の頃に戻ったようだと、側で聞いていたロザリアは思った。
そんなことを考えていたロザリアの名を女王が呼んだので、ロザリアはハッと我に返った。
「あなたはどう思う? 今のお話」
「あっ、ええ。わたくしも賛成ですわ。どのみち補佐官であるわたくしがしっかりしていれば良いことですもの。ただ、これからジュリアスとののろけ話を聞かされることになるのかと思うと、頭が痛くなりそうですわね」
「あーー、ひっどーい!」
そんな二人の様子にクラヴィスは笑った。
「ねぇ、ロザリア。早速だけど、ジュリアスにレクウサの岬で待っているように伝えて。これは女王命令だって言っちゃっていいわ」
「はいはい。早速、特権を利用なさるのね」
「イジワル言わないで! ねぇ、クラヴィスさま?」
「・・ああ、そうだな。・・・・では、さらばだ・・・」
「ええ、クラヴィスさま。ありがとう」
「ごきげんよう、クラヴィスさま」
二人に見送られながら、クラヴィスは謁見の間を後にした。
おそらく、女王とジュリアスがうまくいけば、新宇宙の女王アンジェリークとリュミエールも悩まずにすむことになるだろう。しかし、クラヴィスは出来ることならリュミエールに自分から気づかせてやりたかった。
守護聖や女王という表面的なものなど、本物の愛の前では単なる肩書きにしかならないのだということを・・・。
その日も、夕刻からリュミエールは、まるで逃げ場所で心を癒すかのようにクラヴィスの部屋で竪琴を弾いていた。
しかし、リュミエールはまだ知らない。
クラヴィスが明日にはこの部屋から、この聖地から去ってしまうということを・・・・。
ジュリアスはレクウサの岬に咲き誇る白い花を見つめていた。
彼女が女王になった後も、この大陸エリューシオンは順調に発展を遂げ、今や活気に溢れた都市があちらこちらに出来上がっていた。
しかし、このレクウサの岬の風景だけは、あの女王試験の頃とちっとも変わっていなかった。
ジュリアスは少し不安になった。
ロザリアから、この岬で待つようにとの女王からの命令だと聞かされた時には耳を疑った。
女王である彼女が、何故今更このような大陸に自分を呼んだのか・・・?
担がれたのではないか・・・そう思ったとき、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「・・・ジュリアスさま!」
振り向くと、そこにはいつもの女王のいでたちではなく、薄いバラ色のワンピースに身を包んだ少女が立っていた。
ジュリアスは慌てて跪いた。
「陛下のお呼びにより、このジュリアスお待ち申し上げておりました」
少女は跪いているジュリアスの手を取り、立ち上がらせる。
「ここは聖地ではありません。だから私は今、女王ではなく一人の女の子としてお話したいのです。御願い、アンジェリークと呼んでください。昔のように・・・」
「・・・・・しかし、陛下。陛下ともあろうお方が何故、今更このようなところに私などを・・?それに・・・」
その言葉が言い終わらないうちに、少女はジュリアスの胸に飛び込んだ。
「陛下!?」
ジュリアスは慌てて体を離そうとしたが、少女はしっかりと抱きついて離れなかった。
「ジュリアスさま。私、あなたのことが好きなんです!」
「・・・!?」
「・・・本当は女王候補だった頃にこう言いたかった。だけど、勇気が出ないまま女王になってしまってあきらめていたの。でも・・・・」
「・・・でも?」
「ある方の最後の言葉が私に勇気を与えて下さった」
「・・・・・・」
「女王という責務は、愛する者と一緒にいてこそ膨大な力が発揮出来ると・・。そしてそれは、守護聖も同じだと・・・」
「・・・!」
「だから、私はあなたと一緒に女王として、この宇宙を守っていきたい・・・」
「・・・しかし、私は・・・」
「その方がおっしゃってました。この白い花はジュリアスさまの心の奥から沸きあがった想いの姿だと・・。そして、それは今も変わっていないと・・・」
「・・・フッ。あやつだな・・・」
ジュリアスの瞳が優しく細められ、何かをあきらめたように小さく息を吐いた。
「わかりました?」
「この私に、そのようなことが言えるのは一人しかいまい。・・・それから、何と言った?」
「私が手を差し伸べても簡単には手を出さないから、その時には無理やりにでも掴めって・・・」
「フフフッ。あやつの言いそうなことだな。それで、そなたは私をどうするつもりだ? アンジェリーク」
アンジェリークは、やっと名前を呼んでもらえたことに嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「勿論、無理やりにでも捕まえますわ。こうやって・・・・」
アンジェリークは、ジュリアスの肩に体重を預け、爪先立ちをすると自分の唇を彼の唇に軽く触れさせた。
「まだだめかしら? それなら最後の手段として、女王命令にしますよ?」
「ハハハハッ。それではこのジュリアス、逆らうことは出来ませんね、陛下?」
「あっ、でも、命令なんかであなたの気持ちを縛ろうなんて思ってません。今のは冗談で・・・」
「・・・私も冗談だ。この私としたことが、本当は喜んでいるのだ。この白い花が私の心の現われだなどと私自身気づきもしなかったことだったのに、あやつはそんなことまで知っていたとはな・・。今、不思議と素直に自分の気持ちを話せそうな気がする。この、あの頃と変わらぬレクウサの岬とそなたの心のせいかも知れぬな・・・」
「それと、あの方のね・・・」
「ああ、そうだな。・・・・アンジェリーク。私もあの試験の頃からそなたを愛していた。今もその気持ちは変わらぬ。しかし、そなたは女王となった。私は後悔していた。何故自分の気持ちを伝えなかったのかと・・。だが、すぐ私は自分の心を押し殺した。そして、首座の守護聖としてそなたを支えていくことにしようと心に決めた。しかし、心の奥底で疼くこの想いを完全に消すことは出来なかった。今、私は救われたような心地だ。アンジェリーク。私はそなたの行く道を照らす光となろう。共に歩む道を私は最も幸福な光で照らすだろう。だから、そなたは安心して女王の道を進むがいい。そなたの側には私がいる・・」
「ジュリアスさま!」
アンジェリークは再びジュリアスに抱きついた。
今度はジュリアスから彼女に口づけをした。
二人は暫く幸福な一時に酔っていた。
・・・が、やがてジュリアスが呟くように言った。
「不思議なものだな・・・。女王と守護聖。あんなにもこだわっていたものなのに、いざ崩してみるとこんなにも安らいだ気持ちになるとはな。・・・・あやつには感謝せねばなるまい。・・・それで、クラヴィスはいつ発つのだ?」
「明日だそうよ。・・・・会ってあげるんでしょう?」
「・・・・・そうだな」
「幸せになってもらいたいわ。・・・前女王さまに逢えるといいけれど・・・」
「・・・・・・・」
レクウサの岬に吹く風は、昔と変わらず優しげだった。
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