ここは女王謁見の間。
女王とロザリアの前に、ついに覚悟を決めた闇の守護聖クラヴィスが跪いていた。

「とうとう・・・・その日が来てしまうのですね、クラヴィス・・・?」

「はい。陛下の優しいお心遣いに、このクラヴィス感謝しております。ですが、もう限界です。まもなく私のサクリアは消えてしまうことでしょう。これ以上のご迷惑はかけられません。陛下、ここに私は闇の守護聖の交代をお知らせいたします」

「・・・わかりました。次期闇の守護聖はすでにこの聖地に向かっております。ですが、まだ数日はかかることでしょう。それまでは闇の守護聖として今まで通り勤めて下さい」

「・・御意」

立ち上がったクラヴィスに、ロザリアが言葉をかけた。

「このことを他の守護聖たちに伝えようと思いますが、宜しいですか?」

「・・いや、それは遠慮したい」

「何故ですの?」

「私は静かにこの聖地を去りたい・・・。ただ、それだけだ。・・・頼む」

ロザリアは女王に視線を移した。
女王は、ただ黙って頷いた。

「・・わかりましたわ。ただ、新宇宙の安定度に乱れが起こっています。今、あちらの女王が力を尽くしていますが、万が一何事か起こった場合には、光の守護聖には知らせなくてはなりません。それは承知して頂けますわね?」

「・・・・わかった」

クラヴィスが謁見の間を去った後、女王が悲しげにロザリアに話しかけた。

「新宇宙の様子はどうなの?」

「はい。あちらの女王が補佐官と共に力を尽くしておられますが、どうやら数個の惑星の消滅は免れそうにありませんわね」

「・・・そう。あちらの女王にとって最初の試練ということになるわね。大したことは出来ないけれど、先輩として出来る限りの力になってあげたいわ。ロザリア、彼女たちを御願いね」

「お任せ下さい、陛下」






リュミエールも何かしら感じ取っていた。
女王の悲しげな瞳。突然新宇宙へと旅立ってしまったアンジェリーク。
そして自らの体に、サクリアに感じられる乱れ・・・。
何かが起こっていると守護聖としての自分が知らせている・・・。
しかし、ハッキリとしてこない・・・。

リュミエールはまるで答えを見つけようとするかのようにクラヴィスの部屋を訪れていた。
そこには、いつもとなんら変わりのない静かな闇の守護聖がいた。
気のせいであったのだと、自分に言い聞かせながらも彼の側を離れてはいけないような、そんな気がしているリュミエールだった。







それから数日後。ついに謁見の間へ光の守護聖が呼ばれた。

「あなたのことだからお気づきのことだと思われますが、ここ数日、守護聖たちのサクリアに乱れが生じておりました。わたくしたちの宇宙は陛下の御力により大した危害はありませんでしたが、まだ女王を迎えたばかりの新宇宙では、惑星が数個消滅したとの報告が入りました」

「なんですと!!」

女王補佐官ロザリアの言葉に、ジュリアスの眉間に皺が刻まれた。
新宇宙の補佐官レイチェルが、ロザリアの言葉に続けた。

「そこで、ジュリアスさまにサクリアを直接送って頂きたいんです。アンジェ、いえ、私達の陛下はこの事態を未然に防ぐことが出来なかったと、大変なショックを受けています。こんな時には誇りの力を送って頂くのが一番だと思います。そして、失われた惑星もそれにより再生できると思います」

「承知した。しかし、いったい何ゆえそれほどまでの乱れが生じたのかわかっているのか?」

「・・ええ」

その質問にはロザリアが答えを引き受けた。

「あなたも感じたはずです。ある一つのサクリアの弱体化を・・・」

ジュリアスは答えなかった。

「・・・ジュリアス」

そこで、女王が初めて口を開いた。
ジュリアスが跪いてその言葉を聞く。

「守護聖交代の時期が来ました。まもなく、新たな守護聖となる者がこの聖地に到着するでしょう。首座の守護聖としてこれからも皆をまとめていって下さい」

「それでは・・・やはり?」

「そう。闇の守護聖クラヴィスは、まもなくこの聖地を去ります。ですが、このことはあくまでもあなたの胸の内だけに留めておいて下さい。それがクラヴィスの最後の願いなのです。・・・静かに見送ってあげましょうね。悲しいけれど・・・」

「・・・御意」

ジュリアスは懸命に平静を装っていたが、拳が小さく震えているのを女王は見逃さなかった。









リュミエールは夜、クラヴィスの館から帰ると一人部屋で、いつものようにハーブティーを飲んでいた。
心が休まるはずのハーブティーなのだが、何故か心が騒ぐ。
"いやな感じ"が抜けないのだ。
リュミエールは何気なく見たチェストの上に飾ってあるあの水色の花が萎れているのに気づいた。

(・・・いったい、いつの間に? 朝、水を替えたときには元気だったのに・・・)

いやな予感が現実になる気がした。そう思ったとき、部屋をノックする音がした。

"まさか"と、思い、ドアを開けると、はたしてそこにはアンジェリークの姿があった。
ドアの外に佇む彼女の青い瞳は絶望的な悲しみに包まれ、すでに濡れていた。
彼女は部屋に入るなり、リュミエールに抱きつくと号泣した。

「リュミエールさま! 私には何の力も無かった! 宇宙を守ってあげられなかった! 私が女王だなんて、やはり間違いだったんだわ。それなのに女王もあなたも欲しいだなんて虫のいいこと考えていたんだもの。きっとバチが当たったのよ。惑星が消えてしま・・・・」

「アンジェリーク!!」

アンジェリークはリュミエールの腕の中で気を失っていた。

リュミエールのベッドに寝かされた彼女の瞳からは涙が溢れ続けている。
これまでにも彼女は何度か取り乱したことはあった。
しかし、これほどまでに打ちのめされている姿を見るのは初めてだった。
いったい何が起こったのだろうか。彼女の肩では背負えないほどのことなのだろうか。
リュミエールは何もしてやれない自分をもどかしく思っていた。

「・・・・ここは?」

「気づきましたか? アンジェリーク」

「・・・ごめんなさい。また、ご迷惑かけちゃいました」

「いいんですよ。それより、何があったのですか? わたくしに出来ることがあれば何でもおっしゃってください」

その言葉にアンジェリークの瞳から再び涙が溢れだした。
リュミエールは思わず、自分の唇でその涙を吸い取ってやった。

「リュミエールさま。・・・私、あなたに抱かれたい・・」

「えっ?!」

その言葉にリュミエールは驚愕した。しかし、アンジェリークは体を起こすとリュミエールの手を握り締めたまま続けた。

「御願いです、リュミエールさま! 私、自分で何を言っているのかよくわかっています。でも、もうどうしようもないんです。・・・あなたのおっしゃるとおり、立派な女王になろうと自分なりに精一杯頑張ったつもりです。・・・でも、結果的には自分の力の無さを感じただけ・・・。あなたが私に、これからも女王であり続けろとおっしゃるのなら、私に力を下さい! 心が頂けないのなら身体だけでも・・・。私はもう一人ではやっていけない・・・!」

リュミエールは圧倒されていた。
しかし、女王と守護聖であるという立場である自分たちがそのようなことを出来るわけがなかった。

「・・・心を落ち着けて下さい。何があったのかはわかりませんが、あなたなら大丈夫です。必ず乗り越えられます。それに、決してあなたは一人ではありません。わたくしたち守護聖が、たとえ離れていたとしても、常にあなたを支えています。ですから、そのようなことをおっしゃらないで下さい・・・」

その言葉にアンジェリークの表情が変化した。

「リュミエールさまは冷たいお方だわ・・・」

「えっ?」

「私は、女王候補の頃からあなただけを見つめてきました。その気持ちはあなたもご存知だったはず。そして、あなたも私のことを想っていたとおっしゃっていたはず・・・。それを、女王と守護聖。ただそれだけの表の姿に惑わされて、私の心を踏みにじるのね・・・。リュミエールさま。良いことを教えてあげます。女という生き物は、愛する人を得るためならばどんなことでもするのですよ・・」

そう言ったとたん、彼女はいったいその細い腕のどこにそんな力があるのかと思うほどの強い力でリュミエールをベッドへと押し倒し、彼の体の上に馬乗りになった。

「アンジェリーク!? いったい何を?!」

「動かないで!!」

「もし、あなたが動かれたら、私は今すぐこの聖地を去ります。これまでは、私も女王としての自分に自信があったから、あなたの冷たいお心にも負けないでやってこれました。でも、今はダメ。今の私には何も残っていません。ですから、新宇宙がどうなろうが皆様にどう思われようが、今の私にはどうでも良いことなんです。私がいなくなればレイチェルが女王になるでしょう。その方が宇宙のためには良いことかもしれませんね。もし、あなたもそうお考えなら、今すぐ私をハネのけて下さい。男であるあなたの力なら、私など簡単にハネ飛ばせるでしょう?」

確かに、リュミエールが本気で力を出せば彼女の華奢な体は簡単にベッドから吹き飛んでしまうだろう。だが、彼は動けなかった。自分が彼女をここまで追い込んでしまったという負い目と、そんなにも激しく愛されていたことへの喜びが渦巻いていた。

「・・・そのような悲しいことをおっしゃらないで下さい。あなたが女王にならずして誰がなるというのです? いつもの自信を取り戻して下さい。あなたはすでに立派な女王として君臨しています。それに、わたしくにこのようなことをせずとも、わたくしの心はあなたのものなのですよ」

「いいえ。あなたはご自分の本当の心を隠していらっしゃるわ。私が欲しいのは私と共に歩んでくれる男としての本当の心。わかってらっしゃるくせに・・・。強情な人だわ、あなたは・・・」

アンジェリークはそう言うと、リュミエールの唇を吸った。





何故・・・こんなことになってしまったのか・・・。
アンジェリークの去った寝室で、リュミエールは夜着を乱したままの姿で呆然と天井を見つめていた。
今までに経験したことのない気だるさに体を動かすことすら苦痛に感じられた。
やがて、彼はゆっくりと起き上がると体の節々に痛みを感じながらシャワールームへと向かった。
暖かなシャワーを顔面に受けながら、彼は自己嫌悪に陥っていた。

(アンジェリーク。あなたは先程幸せだとおっしゃった。ですが、これで本当に幸せなのですか? あなたは涙流していた。悲しい涙・・・。わたくしは守護聖としてあなたを支えた方があなたのためだと考えたのです。それがこんなにもあなたを追い詰める結果になってしまうとは・・・。先程のあなたは正気を失っていた。それでもわたくしはあなたを払うことが出来なかった。なぜなら、あなたを失うことが怖かったからです。あなたに愛されていることを心のどこかで喜んでいたからです。ああ・・・わたくしは何と罪深いのでしょうか。それでも、女王であるあなたの全てを受け入れる勇気がありません。わたくしはいったいどうすればよいのか・・・)

リュミエールはシャワーの蛇口をひねると、激しい流れの湯をその身に受けた。










クラヴィスは今朝のリュミエールの様子に心を痛めていた。
リュミエールとアンジェリークのことは、大体のことは予想がついていた。だが、今朝の彼の様子では何事かがあったようだ。しかし、自分にはもう、時間がない。
もどかしい想いにクラヴィスは苛立っていた。
心ここにあらずといった様子で、彼の部屋で竪琴を弾いていたリュミエールに、クラヴィスはついに言葉をかけた。

「どうした? 何を考えている?」

「はっ? いっ、いいえ。何も・・・」

「今日のお前は、何か重い憂鬱に包まれているようだな。・・・・何があった?」

いつも他人事には興味を示さない彼がこんなことを聞いてきたので、リュミエールは思わず自分の胸の内を言葉にしてしまいそうになり、慌てた。

「あ・・・いいえ。何もありません」

「・・・・そうか」

それきり二人は黙ってしまった。
リュミエールは正直、誰かに聞いて欲しかったのだが、まさか、女王である彼女と肉体関係をもってしまったとは言えなかった。しかも、クラヴィスは以前自分と同じ立場になりながらも、女王と守護聖としての関係を通した男である。今の自分のことなど恥ずかしくて言えるものではなかった。


自分の館に向かうリュミエールだったが、複雑な胸の内だった。
帰りたくない・・・・・でも帰りたい。
多分、今夜も彼女が訪ねてくるという予感があった。
案の定、彼女はやってきた。女王である今の彼女にとって、新宇宙と聖地にあるリュミエールの部屋の行き来など容易なことである。
アンジェリークは、ただ黙って手を差し伸べた。そしてリュミエールもまた、ただ黙ってその手を受けとめていた。
二人ともまるで心のない人形のようであった。
心を凍らせて、ただ肉欲だけを満たすために体を重ねているようであった。
愛し合っている二人のはずなのに・・・。
そんな想いが二人の心の奥で渦巻いていた。





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