翌日、リュミエールは普段どおりに宮殿での朝参を済ませると、自分の執務室で執務をとっていた。
女王や少年守護聖から無理をするなと言葉をかけてもらった彼であったが、今朝には元気を取り戻していた。

そんな彼の執務室を地の守護聖ルヴァが訪ねてきた。

「あーー、リュミエール。お仕事中すみませんねぇ。これ、お見舞いと言っちゃなんですが、お茶請けに珍しい物が手に入りましたので持って来たんですよーーー」

「それはありがとうございます。さあ、どうぞ。すぐお茶をお煎れします」

「あーー、それでは失礼して・・・。あ、どっこいしょっと・・」

年寄り臭い言葉を発して席に着くと、手の中にあった包みを開いて見せた。
そこには、赤や白、黄色といった色鮮やかな不思議な形をした菓子があった。
いつものティーセットでお茶を煎れ始めたリュミエールが聞いた。

「・・可愛らしいですね。・・・それは何というお菓子なのですか?」

「あーー、これはですねぇー。金平糖という物なんですよ。ほら、デコボコとした不思議な形をしてますでしょう? これを作るのに最低でも二週間はかかるそうなんですよー。疲れている時にはとっても良い回復剤になるそうなんです」

そう言って、ルヴァはそれを一つ摘むと口に放り込んだ。

「うーーん。甘いですねぇ。でも、これを舐めながらお茶を飲むと、また格別なんですよねぇー」

「ありがとうございます、ルヴァさま。わたくしの体を心配して下さったのですね。わたくしならもう大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「あーー、それは良かった。ところで、体の心配といえば、陛下のことなんですが・・・あなたは今朝感じませんでしたかー?」

リュミエールには何のことなのか思い当たることがなかった。
ルヴァは首をかしげながら続けた。

「うーん。私の気のせいなんでしょうかねーー。どうも今朝の陛下はいつもの元気がなかったんですよねーー。それに、あの綺麗なエメラルド色の瞳が悲しそうに私には見えたんですけどねー」

そう言われてみれば、リュミエールにもそんな風に見えたような気がした。
しかし、リュミエールにはそれよりもアンジェリークの姿が見えなかったことが気になっていたのだ。それで、ついルヴァに聞いてしまった。

「ルヴァさま。アンジェリーク、いえ、新宇宙の女王陛下のお姿が朝参には見られませんでしたが・・・?」

「ああ。あのお二人は新宇宙へ行ってらっしゃいますよ。何しろあの方々は、あくまであちらの女王と補佐官でいらっしゃいますからね。ご自分たちの宇宙をこれからどんどん発展させて頂かないといけませんからねー。でも、午後にはこちらに帰ってらっしゃいますよ。まだまだ安定してませんからね、あちらは・・・。陛下には・・・ああ、なんだかややこしいですねぇ、二人も陛下がいらっしゃると・・・。新宇宙の女王陛下には、まだこちらで勉強して頂いて、それが済んだらこちらでの生活ともお別れ・・・ということになりますかねぇ。少し寂しいようですが・・・」

その言葉は、リュミエールの胸をチクリと刺した。
そう、いずれはそうなる。
そして、今、自分が一番望んでいることなのだ。
だが・・・胸に痛みが走るのを抑えることが出来ないリュミエールだった。

「あー、それでは、私はこれで。どっこいしょっと。ああ、そうそう。この金平糖ですが、もしあなた一人に余るようでしたら、クラヴィスにでも持っていってあげてください」

ルヴァはそう言うと、部屋を後にした。

「・・・・クラヴィスさま・・!?」

そういえば、いつも側にいたはずの彼の姿を、自分は最近間近に見ていないことにリュミエールは気づいた。




ここにも一人、今朝の女王の様子に心を乱している男がいた。
誇りを司る首座の守護聖。
忠誠心という重い鎖に縛られている孤高の象徴とも言うべき光の男である。

「オスカー。今朝の陛下の様子に何か感じはしなかったか? いや、陛下だけではない、ロザリアもだが・・」

そう。ジュリアスも女王の悲しげな緑の瞳を見逃してはいなかった。

女王は女王候補の頃から泣き虫で、よく泣いていたのを知っている。
自分の胸の中で泣いたこともある。
だが、その時とは違い、つらく何かに耐えている瞳だった。

ジュリアスは今にも問いただしたい気持ちだった。
だが、女王と守護聖という立場が彼の口を凍らせる。

「そうですか? 私は別に感じませんでしたが・・・」

「・・・そうか。別に何もないのなら良いのたが・・・。ただ、私は最近いやな感じがするのだ」

「いやな感じとは?」

「・・ハッキリとは感じ取れてはいないのたが、私のサクリアに乱れが起こっているような・・」

「そんな馬鹿な!」

「いや、馬鹿とは言い切れぬ。私も守護聖の任について、かなりの時が過ぎた。いつサクリアが衰えてもおかしくはあるまい・・」

「そのようなことをおっしゃられては困ります! いったいどうされたのですか? いつものジュリアスさまらしくありません!」

いつもは従順なはずのオスカーも、さすがに掴みかからんばかりの勢いだ。

「・・・・悪かった。確かに私らしくない言動だったな・・。しかし、何かしら起こっているような気がするのは本当だ」

「・・・・・」

否定したものの、二人の心の内ではいつかは迎えねばならない日のことを思い、悲しみに潰されそうになるのだった。


「失礼いたします、クラヴィスさま」

リュミエールにとって、久し振りに訪れた闇の守護聖の部屋である。
部屋に入ってきたリュミエールを気にするふうでもなく、クラヴィスはいつものようにタロットを操っていた。

「暫くお訊ね出来ず、申し訳ありませんでした」

その言葉にもクラヴィスは無言である。
しかし、そんな様子のクラヴィスではあるが、こちらの話はきちんと聞いてくれていることを知っているリュミエールは、気にすることもなく言葉を続けた。

「実は、ルヴァさまから珍しいお菓子を頂きました。クラヴィスさまにも差しあげてくださいとのことでしたのでお持ちいたしました」

そう言ってクラヴィスの机に包みを広げた。

「ほう・・?」

初めてクラヴィスが言葉を吐く。

「金平糖というのだそうです。作るのに大変な日数がかかるそうで・・。わたくしも頂いたのですが、不思議と心が休まる甘さなのですよ。すぐにお茶をお煎れいたしますね」

そう言うとリュミエールはティーセットを取りにクラヴィスの側を離れた。
クラヴィスは金平糖を一つ摘むと口に放り込んだ。

「確かに甘いな。・・・そう言えば、女王もまだ候補だった頃には、こうして菓子を作ってはこの部屋に置いていったな。この私に有無を言わさず勝手に置いて、そして出て行った。まったく・・・フフッ」

リュミエールはお茶を煎れながらクスクスと笑った。

「それでもクラヴィスさまは黙ってそのお菓子を食べておられましたよね」

「・・・何しろあやつは後で必ず、どうだったかと聞いてきたからな。返事に困ると思っただけだ」

ふと、リュミエールはルヴァの言っていたことを思い出した。

「・・・陛下といえば、ルヴァさまがおっしやっておられました。今朝の陛下のご様子がなぜかとても悲しげでいらしたと・・・。クラヴィスさまはお気づきでしたか?」

その言葉にクラヴィスは、静かに瞳を伏せた。

「・・・・・。陛下の正直なところは変わっておらぬな。そういえば、それしか取り柄がないなどと言っていたこともあったな・・。・・・優しい娘だ。昔も・・・・、そして女王になっても・・・」

「・・・・クラヴイスさま?」

リュミエールはクラヴィスの言っている意味が理解出来ずにいた。

「・・・なんでもない。独り言だ。女王のことならば私よりもジュリアスの方がわかっているだろう。何しろあれが公私共に女王の側近なのだからな」

「またそのようなことをおっしゃられては、ジュリアスさまがお怒りになられますよ」

リュミエールが微笑んで諌めた。

「・・・かまわぬ。私はあれを怒らすことが楽しみなのだからな・・・」

「まっ・・・ふふふ」

珍しく闇の守護聖の部屋に笑い声が響いた。




久し振りに闇の守護聖と話をしたせいだろうか。
部屋にもどったリュミエールは心が安らいでいた。
そして、花瓶に生けた彼女が見舞いにと置いていった水色の花を眺め、一つの決意を心に決めた。

(・・・やはり、わたくしは守護聖としてあの方を支えていこう。あの方もいずれ新宇宙に帰られれば、心を落ち着けて頂けるだろう。それまでわたくしさえしっかりしていれば良いのだから・・・。あの方のすべてを包みこめるだけの広い心であの方を見つめていくこととしよう。この花のように、涼しげに・・・)

その夜、再びアンシ゜ェリークはリュミエールの部屋の扉をノックした。

「こんばんわ、リュミエールさま。あの、私、お茶請けにと思ってクッキーを焼いてきたんですけど、今日は御一緒してくださいますか?」

リュミエールは先ほどの決意を改めて思うと、扉を開けた。

「ようこそ、アンジェリーク。先日はせっかく来てくださったのに申し訳ありませんでした。どうぞ、お茶をいれましょう」

また追い返されるのではと、少し心配だったアンジェリークは、ホッとして部屋の中へと入った。
すると、正面のチェストの上の花瓶に飾られた水色の花が自分を迎えてくれていた。

「・・ああ、そうでした。お花をありがとうございました。とても心が落ち着く花ですね。わたくしの髪とあなたの瞳の色の花ですね」

ティーセットをテーブルに置きながらリュミエールが微笑んだ。

「はい。マルセルさまに御願いして作っていただいたんです。私もとっても好きなお花です」

アンジェリークは持ってきたクッキーを入れた小箱を開けた。
リュミエールは、クッキーを口に入れると優しい笑みを一層優しくした。

「とても美味しいですよ。さすがに女の子ですね」

「良かった。本当はちょっと心配だったんです。新宇宙から帰ってきてからすぐ焼き始めたんですけど、何回か焦がしてしまって・・・。やっとうまく焼けたと思ったら今の時間になっちゃったんです・・」

「・・・ただでさえお忙しいのに、わたくしのためにありがとうございます。おや? その本は?」

リュミエールは、クッキーの箱と一緒に持ってきたらしい数冊の本に気づいた。

「あっ、これは・・・。新宇宙の安定度もだいぶ高まったんですけど、まだまだ高めなくてはならなくて・・。今も聖地に留まって下さってる教官の方々に教えて頂いているんですけど、それだけでは間に合わないので、こうして空いた時間に自習しているんです。それで・・・御願いがあるんですけど、ここで勉強をさせて頂けませんか?」

「えっ?!」

意外な言葉にリュミエールは瞳を見開いた。

アンジェリークは少し身を乗り出して、訴えるように言葉を続けた。

「不安なんです! 一人で部屋の机に向かっていても、自分がこれから女王として、あの広大な宇宙を、惑星を、そして多くの生命を背負っていかなくてはならない・・・。私なんかで本当に大丈夫なのかしらって。段々とそんな気持ちが大きくなってきてしまって、本に目を通していてもちっとも頭に入っていかなくて・・・。だから、リュミエールさまのお側でなら、きっと落ち着いて勉強できるんじゃないかって思うんです。あなたの優しさに包まれたこのお部屋でならって・・・。いけませんか?」

リュミエールは驚いていた。
意志の強い自信に溢れて瞳を持つこの少女が、胸の中にこんな弱さを隠していたとは思わなかったのである。

「・・・それであなたのお役に立てるのなら、わたくしはかまいません。どうぞ、ゆっくり勉強なさってください。そして、一日も早く、立派な女王として人々を導いてあげてください。あなたになら、必ず出来ます。どうか自信を持ってください。わたくしも守護聖として全力でお力になりますから・・・」

リュミエールのその言葉は、アンジェリークに嬉しさと、そして一つの不安を与えた。

さっそく本を開いたアンジェリークを、リュミエールはお茶を飲みながら見つめていたが、やがて席を立つと竪琴を取り出した。
アンジェリークもまた、本を見ながらチラッとリュミエールを盗み見ていた。

(・・・今日のリュミエールさまはこの間の時とは別人のように落ち着いてらっしゃる。さっき守護聖として支えるっておっしゃってらしたから、また私と距離をおかれてしまったんだわ。どうして私の気持ち、わかってくださらないのかしら? 私のことそんなに好きじゃなかったのかな? ううん、あきらめちゃだめよ。だって、私はリュミエールさまにすべてを支えて頂きたい。女王として、そして一人の女の子として・・・」

竪琴を弾き出したリュミエールだったが、自分をジッと見つめているアンジェリークに気づくと、手を止めた。

「あ・・・うるさいですか? 耳障りでしたら止めますが・・・」

「いいえ。返って落ち着くみたいですから、ぜひ御願いします」

「・・・・それでは」

また静かに弾き出したリュミエールをアンジェリークは暫く見つめていたが、また本に視線を移した。

どのくらいの時がたっただろうか・・・・。
あと、アンジェリークを見ると、彼女は本を開いたまま静かに寝息をたてていた。
リュミエールは演奏を止め、彼女の側へと近づくと肩に手をかけようとしたが、すぐにその手を引っ込めた。

(・・・かわいそうに。疲れているのですね。無理もありません。こんな細い肩に、一つの宇宙が重くのしかかっているのですから・・・。このままにしておいて風邪でもひかれたら大変ですね。・・・仕方ありません・・・)

リュミエールは、寝室へ続くドアを開けるとアンジェリークを抱き上げ、自分のベッドへと彼女を運んだ。
そして、彼女の肩まで毛布を掛けてあげると、寝顔を見つめた。

(・・・アンジェリーク。こうしてあなたの寝顔を見ていると、心の奥に閉じ込めた想いが疼いてくるのを抑えるのに大変です。ですが、今だけわたくしに勇気を下さい。夢の中にいるあなたの前のわたくしに、今だけ勇気を・・・)

リュミエールはアンジェリークの唇に軽く口づけると、寝室を後にした。





翌朝、アンジェリークは目覚めた時、自分が今どこにいるのか、すぐには理解出来なかった。
しかし、昨夜のことを思い出して慌てて飛び起きると辺りを見回した。

(リュミエールさまは何処で寝られたのかしら?)

アンジェリークが寝室を出ると、居間のソファーに横になって寝ているリュミエールがいた。

(・・・・ごめんなさい、迷惑ばかり掛けて・・・。リュミエール様、私はあなたが好きです。女王になった今でも、何も変わることはありません。そして、新宇宙に行ってしまったとしても変わることはないでしょう。でも、出来ることならこの聖地にいられるうちに、あなたの心を私のものにしたい。あなたと私の間に強い結びつきをもって新宇宙へ旅立ちたい。ああ・・・もう、時間があまりありません。御願いです。私の心を受け止めてください・・・)

アンジェリークは暫くリュミエールの寝顔を見つめた後、机で何事かを書いて部屋を後にした。

リュミエールが目覚めた時、チェストの上においてったはずの花瓶が机の上に移動しているのに気づいた。
近づくと、可憐な水色の花の下に何やら書いてある紙を見つけた。

《リュミエール様。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。でも、とても嬉しかった。今日も元気に新宇宙へ出かけられそうです。また今夜、お邪魔しても良いですか? 今日こそ寝ちゃったりしないで一生懸命勉強しますから・・》

(・・・・アンジェリーク)

リュミエールはアンジェリークが愛しくてたまらなかった。また今夜も来るという言葉に、胸が高鳴るのを抑えることが
出来なかった。

その夜、アンジェリークは昨日よりも早い時間にリュミエールの部屋を訪れた。手にはバスケットが握られていた。
彼女はバスケットの中身を見せる。

「今日は夜食用にと思ってサンドウィッチを作ってきたんです。今日は昨日みたいに寝ちゃったりしませんから・・」

「フフッ。そんなに無理をなさらなくても良いのですよ。わたくしは、こうしてあなたがわたくしの部屋を訪ねてくださったのが正直言って嬉しいのです。守護聖として女王平価であるあなたに言うべき言葉ではないのですが・・・・」

「・・・・・・・」

アンジェリークはその言葉に返事をしなかった。

昨夜と同じように、アンジェリークは勉強をし、リュミエールは竪琴を弾いていた。
暫くして、アンジェリークは今日新宇宙を訪れた時に感じたことを話そうか悩んだ。その話はきっとリュミエールを悲しませることになるかもしれない・・・。

「リュミエールさま」

「・・えっ?」

「・・・クラヴィスさまに何かお変わりはありませんか?」

「・・・? いいえ、別に。先日お会いしたときも、今朝お会いした時も特別には・・・。クラヴィスさまに何か?」

「えっ? あ・・、いえ、別に何でもありません」

アンジェリークは慌てて本に視線を移した。
確信はなかったが、アンジェリークも女王に即位してから日が立つにつれて、守護聖たちのサクリアも感じ取れるようになっていた。
それゆえ、新宇宙に行ってサクリアを感じたとき、クラヴィスの闇のサクリアが弱まっていることを感じてしまったのだ。
女王であるがゆえに、悲しい現実に気づいてしまったアンジェリークであった。

(私の考えが間違っていなければ、もうすぐ闇の守護聖の交代時期になる。クラヴィスさまがこの聖地を去って行ってしまう。そうなったら、この方の悲しみは如何ばかりになるだろう。今の私ではこの方を支えてあげられない。リュミエールさまのためにも、私のためにも急がなくっちゃね・・・)

アンジェリークはその時のリュミエールの悲しみようを想像するだけで、胸が潰れる想いだった。その時に自分と彼との間に確固たる絆が出来上がってさえいたら、少しは支えになるかもしれない。彼女はそう思っていた。
アンジェリークはその夜、リュミエールに送られて自分の部屋へと帰った。


翌日、アンジェリークとレイチェルは新宇宙へ行ったきり聖地へ帰ってこなくなった。
リュミエールは覚悟をしていたとはいえ、ショックを受けた。

(・・・明日も来るとおっしゃっておられたのに、こんなに急だなんて・・・。いいえ。これで良いのです。これで・・・)

リュミエールは寂しい気持ちを懸命に抑え、自分に言い聞かせていた。




                

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