そしてその日、アンジェリークとレイチェルは自分たちの宇宙へと旅立って行った。
その後の守護聖たちは、女王試験終了に気が抜けたのか、寂しそうに小庭園でくつろいでいた。
勿論、好きなだけ聖地にいても良いという特別な計らいを受けた教官や協力者たちも一緒だった。
三人の少年守護聖たちは、ティムカと一緒にアンジェリークやレイチェルのために、お別れ会を開こうという話をしていた。

楽しそうな四人を見ていたリュミエールは内心ホッとしていた。
アンジェリークは、別の新たな宇宙の女王。これからも自分たちとの繋がりは続いていくとはいえ、現女王とのように側近くに仕えることはない。それ故、彼女の姿を見る機会も少ないだろう。乱れた心を静める時間ができることが嬉しかった。
そして、今度彼女に会う時は、静かな瞳で彼女の瞳を見つめることができると自分自身に言い聞かせていた。
そんなことを考えていたリュミエールをハッとさせる声が聞こえてきた。

「みなさま、お客様をご紹介いたしますわ」

皆の視線が一斉にロザリアへと向けられた。

「新しい宇宙が完全に安定するまで、この聖地に滞在されることになった新しい宇宙の女王と補佐官のお二人です。・・・陛下のお計らいですよ・・」

ロザリアの背後から二人の少女が姿を現した。
アンジェリークとレイチェルであった。

「二人とも!」

嬉しそうに彼女たちへと駆け寄った少年たちとは対照的に、リュミエールは驚きのあまり身動きができなかった。
そんなリュミエールの姿に気づいているのかいないのか、アンジェリークは嬉しそうに少年たちと話をしている。
しかし、一瞬だけ彼女の瞳がリュミエールの瞳をとらえた。
その瞬間、リュミエールの肩がビクリと震えた。
それはほんの数秒の出来事のはずだったが、彼には何時間もの間のような気がした。
彼女は確かに自分と目が合ったとき、ニッと意味ありげな笑みを浮かべた。
それはゾクリとするほど魅惑的な笑みだった。

そんな彼の様子に気づいたのか、炎の守護聖が心配そうに顔を覗き込んできた。

「どうした? まるで幽霊でも見たような顔をして・・・お前らしくもない・・」

「あ・・・ああ、オスカー。いいえ、なんでもありません」

ハッとしたようにアンジェリークから視線をそらしたリュミエールだ。

「しかし、まあ、陛下も粋なことをなさるぜ。宇宙が安定するまでか・・。成る程、いい理由だな。お陰で暫くは退屈しないですみそうだ。なあ、リュミエール?」

しかし、リュミエールは返事をすることが出来ず、肩が少し震えていた。

「・・本当にどうしたんだ、リュミエール? 顔色が悪いぞ」

「えっ・・・ええ。わたくしは気分がすぐれませんので失礼させて頂きます。オスカー、どうか皆さんに伝えて頂けますか?」

「ああ・・それはかまわんが・・・。大丈夫か? 一緒についていこうか?」

「いいえ。大丈夫です」

(・・・・どうしたんだ? あいつ・・・)

オスカーは怪訝そうな顔をしながら水の守護聖の背中を見送っていた。


「どお? 新しい宇宙も楽しくなりそうでしょう?」

そう言ったのは、光と闇の守護聖を両脇に従え、テラスに姿を現した女王である。

「フッ」

女王の言葉に返事のつもりで笑ったクラヴィスだったが、その視線はリュミエールに注がれていた。

(・・・どうする? リュミエール。お前には私の時以上に厳しい運命が待っているようだな。あの新女王は何やら底知れぬ意思を感じさせる。このままではすまぬようだな・・・)



自分の私邸に戻ったリュミエールは、まだ体の震えが止まらなかった。
リュミエールは確かにアンジェリークに会わずにすむことにホッとしていた。だが、心の奥底では寂しさも感じていたのだ。
そのことを、あの一瞬で悟ってしまったのだ。
自分で終わりにしたはずの恋なのに、終わりに出来ない自分を発見してしまったのだった。
リュミエールは自分を両手で抱き締めると、そのまま寝室のベッドへ体を倒れ込ませた。



その夜に宮殿で行われた女王主催の食事会に、リュミエールは姿を現さなかった。
リュミエールからの改めての欠席の連絡と、オスカーの知らせにより、誰もリュミエールの様子に気づくものはいなかったが、勿論、例外はいる。
アンジェリークとクラヴィスである。
さすがにアンジェリークは、内心とても心配をしていた。
まさか、自分の存在がリュミエールをそこまで苦しめていたとは思いもよらなかったのだが・・・。

相変らず、表情の見えないクラヴィスであったが、アンジェリークを見つめる瞳には何かしら意味があるように見える。そして、視線を金色の髪の現女王に移すと、かつて自分が手を差し伸べた前女王と自らの姿を思い浮かべていた。



夕食会を終えたアンジェリークは、小さな花束を手に持ち、水の守護聖の部屋へと向かっていた。
その小さな花束は、食事会が終わってすぐに緑の守護聖に頼んで作ってもらったものだ。
水の守護聖と自分の瞳の色をした可憐な花である。
リュミエールのお見舞いに持って行きたいと言ったら、この花を選んでくれた。
最も、マルセルはこんな夜遅くにアンジェリークが訪ねて行くとは思っていなかっただろうが・・・。

リュミエールは昼間の疲れからか、本当に気分が悪かった。
しかし、幾分元気を取り戻し、ゆったりとした夜着姿で香りの良いお茶を飲んでいた。
そんな部屋にノックの音が響いた。
リュミエールは、今夜は誰も近づかぬように言ってあったので、怪訝に思いながらドアの側に行くと声をかけた。

「何事ですか?」

「リュミエールさま、私です」

「・・・?! アンジェリーク!!」

ドアのノブに手をかけていたリュミエールは、びっくりしてその手を引っ込めた。

「・・・ごめんなさい、こんな夜遅くに・・。でも、ご気分がお悪いと聞いて心配で・・。失礼だとは思ったんですけど、来てしまいました。どうか、お顔を見せてくださいませんか?」

リュミエールは軽い眩暈を覚えていた。
自分を心配して来てくれた彼女に逢いたい気持ちと、それを押し止める気持ちとが、彼の中で争っていた。

「・・・ありがとうございます、アンジェリーク。ですが・・・、このドアを開けることは出来ません。あなたはすでに女王となられたお方、このような夜に一守護聖であるわたくしの部屋に、女王であられるあなたをお入れすることは出来ません・・。たとえ、まだ候補であられた頃のあなたとわたくしの間に何かしら通じ合うものがあったとしても・・・それはすでに過去のことなのです・・」

そう言ってドアから離れようとしたリュミエールの背に、ドア越しにハッキリとした言葉が返ってきた。

「いいえ! 過去のことではありません。私の心はあの頃と何一つ変わってはいません。リュミエールさま、何故女王は恋をしてはいけないのですか? 私は愛する人と一緒に宇宙を支えていきたい・・。だって、愛する人が側にいてくれればこそ、私は女王としての力を発揮出来るからです。愛する人からもらった幸せを、たくさんの人々に与えてあげたい。私はそんな女王になりたいのです」

「・・・アンジェリーク、あなたは?」

リュミエールは驚いていた。
そのようなことは考えたことがなかったからだ。

「・・・ごめんなさい。私、本当はこんなことを言いたくて来たんじゃないんです。ただ、あなたのことが心配で・・。リュミエールさまのお顔を見たら安心できるだろうと思っただけなんです。でも、具合がお悪いのに無理に押しかけちゃったみたいで、本当にごめんなさい。今日はこのまま帰ります。これ、お見舞いなんです。それじゃ、おやすみなさい・・」

カサッとドアの前に何かを置く音がすると、彼女の足音が廊下を響いていき、やがて消えた。
それまでドアを背に佇んでいたリュミエールは、ゆっくりとドアを開けた。

そこには水色の花が夜露を含んで光っていた。








その頃、ここは夜の闇の主の部屋。
クラヴィスは感じていた。いや、感じ続けていたのだ。
もう、ずっと以前から・・・自分の体に起こりつつある変化を・・・。

しかし、持ち前の無気力と女王試験などで、敢えて気づかぬふりをしてきたのかもしれない。
だが、もはや認めずにおれないところまできてしまっていた。

「・・・ついに・・・ついに来たか・・・」

彼は大きく息を吐くと、それきり動かなくなった。



そして、ここにも夜の闇を感じている二人がいた。

「・・・とうとう来てしまうのね、ロザリア」

「ええ、陛下。ですが、何故こんな急に・・・。普通はもっと以前からサクリアの乱れは感じ取れるはずなのですが・・」

「・・それは、多分、あの方がそれだけ強大な力を持つ守護聖だったということなのよ。少しぐらいの変化など強大な力の前では微々たるもの・・。多分本人ですら今まで気づかないほどの・・。だから、少しずつ始まっていたことなのに、急に始まってしまったように感じてしまうのね。・・・いずれは誰にでも来ることだと覚悟はしていても、悲しいことだわ・・」

「そうですわね。陛下もわたくしも女王候補だった頃からのあの方との思い出がありますものね・・」

二人とも、かつての出来事に想いを馳せて暫く沈黙していたが、ロザリアが補佐官としての表情を思い出すと口を開いた。

「ところで、陛下。クラヴィスには、いつ通達をいたしましょうか?」

女王アンジェリークもまた、悲しげではあるが女王としての言葉を返した。

「そうね・・・。あの方のことだからすでに御存知だと思うけれど・・・。いずれ彼自身が私の前に話しをしに来る時まで、私は黙っていることにします」

「かしこまりましたわ」

「・・けれど、次の闇の守護聖がすでに力を現し始めているはず・・・。その調査だけは進めてもらわないとならないわね」

「心得ておりますわ」

女王はふと、あの人はどうするだろうかと思った。
闇と相反するもの。それでいて決して切ることの出来ない強い結びつきを持つもの・・・。
それは、光・・・・。

「・・・ジュリアスがこのことを知ったらどう思うかしら・・・」

女王は独り言のように言った。

「・・そうですね。あの方たちは昔から仲が悪かったみたいでしたけれど、どちらかというと"ケンカするほど仲がいい"って感じでしたからね。それこそ、試験開始当時のわたくしたちのように・・・」

その言葉に女王はクスリと笑った。

「本当にそうね。・・・だから、悲しい別れになるかもしれないわ。特にジュリアスにとっては・・・」

「では、ジュリアスには?」

「それも、ギリギリまで待ちたいわ。ただ、守護聖交代の時期には、守護聖全体のサクリアに乱れが生じるわ。私は女王になって時間があったから、私たちのこの宇宙の均衡が乱れることは抑えられると思うの。でも、まだ女王となったばかりの彼女では、新しい宇宙に少なからず影響が出てしまうかもしれないわね」

「はい。注意して様子を見守りましょう」


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