その人は執務室の窓から外を眺めていた。
何か物思いにふけっているような後ろ姿であった。
アンジェリークが入ってきたことに気づくと、彼はゆっくりと振り返った。
そして、美しい水色の髪の色と同じ瞳を、驚きで丸くしていた。
しかし、すぐにいつもの優しい微笑みを浮かべると彼女の側に近づいてきた。

「アンジェリーク。いえ、あなたのことはもう、新しい宇宙の女王陛下とお呼びしなければならないのですね・・・」

フッと寂しげな表情をした彼を見て、アンジェリークは勇気を奮い起こした。

「リュミエールさま、私、リュミエールさまのことが好きなんです!」

その言葉にリュミエールの瞳は先程よりも大きく見開かれた。
・・・が、スッとアンジェリークに背中を向けると暫く黙っていた。
やがて、端正というより美しいと言ったほうが良い顔をアンジェリークへと向けた。
その表情は悲しみに包まれていた。

「アンジェリーク。新しい女王となられるあなたがそのようなことをおっしゃってはいけません。わたくしがあなたへ密かな想いを抱いていたことをご存知で、それを叶えて下さろうという優しいお心の現われかもしれませんが・・・。もはや、どうすることも出来ません。女王候補と守護聖であった私たちの関係はもう、終わりを告げてしまったのです。あなたが立派な女王として、新しい宇宙のために使命を全うされるようにお祈りしています。それが、わたくしが出来ることのすべてです。お元気で、アンジェリーク。あなたのお気持ちと、わたくしの想いは永遠にわたくしの心の中にしまっておきますね・・・」

アンジェリークに言葉はなかった。
ただ、黙ってその部屋を出て行くしかなかった。

アンジェリークは、廊下に出ると執務室のドアを後ろ手に閉めた。
とたんに涙が溢れてきて止まらなくなり、彼女は暫くそのまま肩を震わせて泣きじゃくっていた。
しかし、ひとしきり泣くと、グイッとその涙を手で払い、顔を上げて胸を張り歩き出した。
何かを吹っ切ったように、いつもの、いや、いつも以上にキリッとし意志の強そうな瞳をした彼女からは威厳さえ感じられた。


リュミエールは帰っていくアンジェリークの後姿を窓から見つめていた。

(・・・・許してください、アンジェリーク。わたくしにはああ言うしかなかったのです。あなたは誰よりも輝いていた。女王になるのはあなたしかいないとわたくしは思っていました。それ故、あなたのためにわたくしなりに全力を尽くしてきました。そして、他の守護聖の多くの方があなたに期待されていました。そんなあなたをわたくしだけのものにしたいなど・・
わたくしには言えませんでした。ですが、先程のあなたのあの言葉・・。わたくしは嬉しかった。明日は即位の日だというのに、勇気を出してわたくしに打ち明けてくださったそのお心を、わたくしは永遠に忘れません・・)


アンジェリークは真っ直ぐに前を向いて歩いていた。まだ、先程の涙が頬を光らせていたが、新たな涙はその青い瞳から流れてはいなかった。
彼女は公園に向かっていた。

女王試験終了のせいなのか、普段と変わったところはない公園の風景なのに、彼女にはとても静かに感じられた。
そして、時々守護聖たちと一緒におしゃべりを楽しんだカフェテラスにひとりで座った。
すぐに、いつものメイドの女の子が来てくれたが、まだ女王決定の知らせは聞いていないらしく、”今日は独りなの?”と声をかけてきた。
アンジェリークは明るくそれに答えると、いつものケーキセットを頼んだ。
彼女は運ばれてきた熱い紅茶を一口含むと、先程のリュミエールの言葉を思い返してみる。

(・・リュミエールさまも私を想っていたとおっしゃってくださった。でも、それなのにどうすることも出来ないってどうしてなのかしら? 私が女王になるから? 何故女王になったら愛する事をあきらめなくてはならないの? 私にとってはどちらも大切なことなのに・・・。きっと女王陛下も候補の頃、私と同じ想いをされたのかもしれない・・。だから、今日という一日を下さったんだわ。結果は実らなかったけれど、私はあきらめないわ。そうよ! 私は女王にもなって、そして愛する人とも一緒にいるわ。私はそういう女王になってみせる! 私、リュミエールさまの愛をこの手に取り戻してみせるわ!)

アンジェリークは、彼女の持つ意思の強さを表す瞳を、先程リュミエールに告白して時のようにキラキラと輝かせた。
そして、大好物のケーキと紅茶を一気にたいらげると、元気良くカフェテラスを後にした。




彼女は美しかった。
女王の即位を宣言した彼女は、気品と威厳に溢れた姿で全守護聖の前に立っていた。
一人一人に祝辞を受ける彼女の横には、新宇宙の女王補佐官となったレイチェルが控えていた。
そして、そんな二人を暖かく見つめる女王とロザリアである。
女王は即位の儀に姿を見せたアンジェリークを見た時、一瞬悲しそうな表情をした。
彼女が今日ここに姿を現したということは、昨日の自分の心遣いが実を結ばなかったことを意味する。
しかし、彼女には何か固い意志があるように女王には思われた。
そして、自分たちが出来なかったことを彼女たちならやり遂げてくれるだろうと思った。

リュミエールは少し震えていた。
彼女の美しさに震えていた。そして、彼女の強さにも・・・。
自分が祝辞に何を言ったのかさえ、覚えていなかった。
ただ、彼女の自分を見つめる瞳がキラキラしてとても美しかった。
そして、その強い意志を秘める瞳に吸い寄せられていくような気がして、眩暈がした。
自分がこの結末を望んだはずなのに・・・。
守護聖として彼女の力になるのだと自分自身に言い聞かせたはずなのに、彼女の魅力に溺れそうになる自分に体が震えた。

(・・・・ああ。そんな瞳でわたくしを見つめないで下さい・・。わたくしの望みどおり、立派な女王として即位されたあなたなのに、何故そのように美しい瞳でわたくしをご覧になるのです? わたくしにはあなたのその瞳を見つめ返せるだけの強さはありません。・・・あなたの想いを拒んだのはわたくしなのに・・。あなたの瞳を見たら、あなたを抱き締めてしまいたくなる・・。女王であるあなたなのに・・・)

アンジェリークは見つめていた。
愛しい人を見つめ続けていた。
まるで、自分の決意を瞳で訴えるように・・・。

(・・・リュミエールさま。私、あなたの望みどおり立派な女王になります。新宇宙の女王である私があなたに会うことは難しいことかもしれません。けれど、私はあきらめません。きっとあなたの心をもう一度私のものにしてみせます・・)

ここに、そんな二人を見つめているもう一人の人物がいた。
守護聖一の長身。そして、相変らずの無表情を携えて皆と一緒に立っている闇の守護聖クラヴィスであるが、さすがにいつもと様子の違うリュミエールの姿に、心配そうな瞳を向けていた。
無気力な自分を心配して何くれとなく面倒を見てくれいる彼が、何かに怯えるように水色の瞳を伏せている。
そしてそれは新女王の視線によるものだとわかった。
他の守護聖たちには気づかれないような小さな変化なのだが、いつ側にいた彼だからこそ気づいたのかもしれない。
クラヴィスは試験中の二人の様子を思い返してみる。
そういえば、二人一緒の姿をよく見かけた。
リュミエールは自分の部屋に来ているときも、アンジェリークの話をよくした。
そして、アンジェリークも部屋を訪れた時にリュミエールのことを聞いてきたりした。
そして、話をする二人はどちらも幸せそうだった。

(・・・リュミエール、お前もか・・。お前もまた、かつての私と同じ想いに身を震わせているのか・・・!?)

クラヴィスの瞳は怒りと悲しみに包まれていた・・・。



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